Episode58-2 そこに至る回想の終わり
同学年での私の評価も好転し、たっくんや裏エースくん達との友情もあの仲違いを経て深まり、人間関係絶好調な私。
そして随分前にお兄様からも連れておいでと言われ、両親からもその時既に家への招待の許可を貰っている、あのたっくんを遂に我が家に!
お兄様は遠足の時に会っていて、「しっかりした子だね」って言って下さったし、お母様も気に入る筈だ。だってたっくん良い子だもん!
ふふ、ふふふと一人で笑っていたら、我が家を見てポカンと口を開けたまま、微動だにしていないたっくんに気づく。
「拓也くん?」
声を掛けると、彼はゆっくりと開いた口を閉じて、緊張した面持ちになった。
「僕、普通に本借りたいとか言っちゃったけど、大丈夫……?」
「えっ。大丈夫ですよ。私の本ですもの」
「……うん。あの、送迎車の時から実感したつもりだったけど、花蓮ちゃんがすごい家のお嬢さまだって、今ちゃんと分かった気がする……」
生まれた時からこの家に住んでいる身としては何とも言えないが、前世を振り返れば確かになと思う。
我が家は旧華族の末裔の家系ということもあって、家自体の建築年数はとてつもなく古い。しかもお手伝いさんも、数人住み込みで勤務可能なくらいにでかくて広い。
時代の移り変わりによって何回かリフォームをしているらしく、現在の外観はヨーロピアン調で、旧華族なんて部分は一欠片も残っていないのだ。残っているのは体に流れる血くらい。
まぁ内装も然りだが、古風な来客があった時のために応接和室は三部屋ほどある。
うーん……。麗花ん家も洋風の豪邸で、ウチと家の大きさ的には同じくらいだし、瑠璃ちゃん家も家の敷地内に自家工房があって広かったから、普通の感覚でいたわ。私達例外だったわ。
「えっと、外にいてもアレですし。中に入りましょう?」
「う、うん」
強張った顔のたっくんを連れて玄関を開けると、今日は時間がたまたま合ったようで、お母様とお手伝いさんが迎えてくれた。
「お帰りなさい、花蓮ちゃん」
「お帰りなさいませ、お嬢さま」
「ただいま帰りました」
ペコリと礼をして挨拶した後、ピキッと固まっているたっくんを紹介する。
「こちら、私のクラスメートでお友達の柚子島 拓也くんです。お母様、前に私が熱を出して学校をお休みした時に、お電話下さった男の子です」
「あら! まぁまぁ、この子が?」
「はい。今日は私の読んでいる本の中で、お勧めの本をお貸しするのでご招待しました」
「あ、あのっ。柚子島 拓也です! お世話になります!」
緊張しきりのたっくんに、お母様はあらまぁと笑った。
「花蓮の母です。いつも花蓮ちゃんから柚子島くんのお話を聞いていて、どんな子か会ってみたかったの。今日はお会いできて嬉しいわ。花蓮ちゃんと仲良くしてくれてありがとう。これからも、仲良くしてくれると嬉しいわ」
「はい!」
ニコニコと笑うお母様、これは好感触!
しかしあまりにもたっくんが緊張しているため、ここは早く百合宮家という意識を遮断する方向で、私の部屋へ案内した方がいいと判断する。
「拓也くん。私のお部屋は階段を上がってすぐ手前のお部屋です。私はお菓子をお手伝いさんと一緒に準備しますので、先に行って待っていて下さい」
「え、女の子の部屋に僕一人で入るの!?」
「ふふっ。はい、待っていて下さい」
ええっ、と困った顔をするたっくんだが、お母様同様ニコニコする私を見つめて、諦めたように項垂れた。
「……うん。分かったよ。待ってるから早く来てね」
そう言ってその場にいる面々にペコっと頭を下げて、静かにゆっくりと階段を恐る恐る上がっていくたっくんを見送る。我が家はお化け屋敷じゃないぞ、たっくん。
「電話で話した印象通りいい子ね、柚子島くん」
「そうでしょう! たっくんはいい子で素敵でとっても魅力的な子なんです!」
早速彼の評価をその場で口にするお母様に、パァッと顔を輝かせて大きく頷き同意する。
電話があった時のお母様の様子から好感度は高いと思っていたが、こうしていざ本人に対面してもらって、大事な友達を認められるというのはとても嬉しい。しかも学校で一番最初にできたお友達である。
更には男の子のお友達!
これが浮かれないでいられようか!
「たっくんに早く来てと言われておりますし、早速準備してまいります!」
すぐさまキッチンへ行こうとするも、だがお母様から「待って」とストップがかけられる。
「何ですか?」
「でも花蓮ちゃん。今日ってお約束の日でしょう?」
「お約束??」
はて、何かあっただろうか?
コテンと首を傾げる私を見て、お母様が目を丸くする。
「朝食の席でも言っていたじゃない。今日は瑠璃子ちゃんが新作のお菓子の試食を持ってきてくれるから、楽しみ!って」
「…………あっ!」
そうだった!
梅雨時期に向けての、涼しげな新作お菓子の試食女子会!!
裏エースくんがまた抜け駆けしたのと、たっくんが初めて人から本を借りるというのと、突き指したのとドッジボール特訓と色んなことで、すっかり頭から飛んでってた!!
「それに麗花ちゃん、もう来ているわよ?」
「えっ!? あっ、靴がある! れ、麗花さん今どちらに?」
「花蓮ちゃんのお部屋で待っているけれど」
「えぇ!? お母様それちょっと早く言って下さい!」
たっくん行かせちゃったよ!
どうしよう、ただでさえ我が家の豪邸さとたまたまのお出迎えでド緊張していたのに、安全地帯である筈の私の部屋で見知らぬ女の子(しかも縦ロール)と単独で対面させてしまう……!!
「お、お菓子より先に様子見てきます!」
そう言ってすぐさま階段を駆け上る私に、「階段走っちゃダメよ!」と注意が飛ぶが、返事をする余裕もなく急いで自室へ向かう。
恐る恐るゆっくり上がって行っていたから、急げばまだ間に合う筈!
息を切らしながらやっとこさ階段を上りきり、バッと顔を上げた先で目に飛び込んできた光景――……。
回想終了。
そこに至る回想の始まり冒頭に戻り、次話に続く。




