Episode58-1 そこに至る回想の終わり
指を保冷剤で冷やし、給食を食べて完全回復した私は、たっくんと裏エースくんと一緒に校内に設置されている公衆電話へと来ている。投入口に十円をチャリンと入れ、番号を押すのはたっくん。
彼がお家に電話する間、私と裏エースくんは揃って運動場で遊ぶ生徒たちを観察した。縄とびで跳んだりサッカーやドッジボールなど、とても楽しそうである。
「私、外野なら活躍できると思うんです」
「ダメなもんはダメ。何回空気凍らせる気だ」
「~~だって! 私だけ仲間外れはイヤです! 私だってボールに触りたいです!」
たまたま顔面にボール直撃して、たまたま突き指しただけなのに! たまたまそれが続いただけなのに!
裏エースくんの腕を掴んでユラユラ揺らしていると、「ヤ、メ、ロ」と怒られた。はぁ~と溜息を吐き、半眼で私を見る。
「特訓でもするか?」
「特訓?」
「キャッチボールとか……あ、知ってるか?」
「分かります」
「ん。最初は軽くボール投げて取ったり、逆に投げる練習してみたり。つーか、花蓮クラスの令嬢だと体あんまり動かさないだろ。そういう習い事とかしてたら動けそうなもんだし。練習したら取れるようになるんじゃないか?」
なるほど、特訓。
勉強にしてもスポーツにしても、復習や繰り返し練習は大事だという。
「ぜひお願いします! ……あ、でもそうなると太刀川くんのお時間を取ってしまいます」
勢いよくお願いしたものの、すぐにシュンとした。
最近、私のお願いでトランプもしてくれたしな。たっくんとの仲直りにも協力してくれたし。裏エースくん、大好きなサッカー全然できてない……。
「私、頑張って一人でやってみます。上手くできるようになったら、見てもらえますか?」
「いや付き合うって。言い出したの俺だし」
「でも太刀川くん、ずっと私と拓也くんと一緒でサッカーしてないじゃないですか。好きなこと、私のせいで太刀川くんができないのはダメです……」
そう言うと彼は目を丸くして私を見つめて、フッと笑った。
「いーんだよ。俺が好きで花蓮と一緒にやるって言ってんだ。言っただろ、ずっと変わらないものなんかないって」
「えっ。それってもうサッカー嫌いってことですか!?」
「違うし。サッカーは好きだけど、優先順位が変わったってこと。それに花蓮一人でやらせるの心配だしな。お前すぐケガするし、誰か見とかないとダメだろ」
「私そんなにケガしてます!?」
遠足のは不可抗力だと思っているし、ドッジボールはたまたまだと思っている。まぁ、今まで何回か顔面ダイブもしているけども。
それにしても、と思う。
裏エースくんの中の優先順位。
サッカーが大好きなサッカー少年である彼が、サッカーよりも、私を優先してくれるという。何かそれは妙にくすぐったいと言うか、気恥ずかしいと言うか。
嬉しい。そう、嬉しいのには違いないのだけれども。
何だか落ち着かなくてモジモジと指を擦り合わせていると、「お待たせ!」と電話を終えたたっくんが駆け寄って来た。
「あっ。お、終わりましたか。お返事どうでした?」
「うん。大丈夫だって。迷惑かけず、遅くならないようにって言われたよ」
嬉しそうに笑って言うたっくんにホッとする。
彼がどうしてお家に電話をしたかというと、あの二時限目終了後の十分休憩の時に話した、本を貸すという件。
本日は花の金曜日で、せっかくだから家に来てもらって私の部屋から直接渡すという方向に話が進み、それで友達の家に寄ってから帰るということを、その許可も含めお家に連絡をしていたというわけである。
無事に許可が下りたようで何より。
もちろん帰りは我が家の車で送迎だ。
「なに話してたの?」
「お、そうだ。拓也も特訓するか?」
「特訓? 何の?」
「ボールキャッチしたり投げたりの特訓。お前も苦手だろ。当たるのも触るのもダメって言ったら花蓮、ボール触りたい仲間外れイヤって言い出してな。だったら練習するかって。一応昼休憩の時間で、運動場の隅でやろうと思ってんだけど」
「……そうだね。僕も苦手克服したいから、一緒にやりたい!」
「決まりだな!」
あっという間にたっくんも特訓への参加が決まり、来週から早速始めることになったのはいいものの、自分のした勘違いにちょびっとだけ恥ずかしくなった。
そ、そうか。別に私だけじゃなくて、たっくんも得意じゃないからそれを含めての優先ってことか! だよね!
「せ、せっかくなのでクラスでも苦手な子を誘ってやりませんか!? その方が次のドッジボール、皆楽しいと思います!」
はいっと手を上げてした提案に二人も同意し、教室に帰って参加を募ったら、意外にもクラスの半数は集まった。
結構皆動けていたように見えたが、これも人望厚く人気者の裏エースくん効果だろうか?
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
そうして帰宅する段になり、現在たっくんと一緒に送迎車の中。
「今のところ私がお勧めしたいのは、『こはるびより』っていう本です。ご存知ですか?」
「ううん。どんな本なの?」
「ジャンルはホラーです。可愛い題名だったので、てっきりほのぼのした内容なのかなと思って読んだら、見事に騙されました……」
「えぇー……。ホラーかぁ。僕そっち方面はあまり読まないんだよね」
「苦手ですか?」
「苦手、になるのかな? 一応最後まで読めるんだけど、ドクドクローみたいにもう一度読みたいって思うようなものがなくて」
「なるほど。……あ、着きましたね」
二人で色々話して本題のお勧め本の話をしていたら、いつの間にか我が家に到着した。何かあっという間に着いた感じ。
……そうか! これがお友達と一緒だと、時間の流れが速く感じる効果……!
ここにきて今更であるが、学校の友達を家に招待したということに頬が緩む。




