Episode51-2 復帰してびっくりすること
待って。おかしいでしょ何で泣いてるの!?
目が真っ赤じゃん!
「俺のために怒ったせいで、お前がケガする羽目になったじゃん。大体何で普段大人しいくせに、たまに変な行動力発揮するんだよ。細っこくて力もないくせに、同じ背丈の相田庇えるわけないだろ。頭いいんだから判るだろそのくらい! 何で役立たずとか言うんだよ。お前一人で、皆のことちゃんと守ってたじゃんか。全然役立たずなんかじゃないだろ! 分かれよそのくらい!!」
「……」
ダメだ、私また間違えたな。
本当に何の驕りもなく、あの時ばかりは自分のことを役立たずだと思っていた。何もできてないと思っていた。全体的に見て、お兄様が全部まとめてくれたようなものだし。
でも、こうして私が自分で出した評価を違うと、泣いて怒ってくれる人がいる。悔しく思ってくれる人がいる。
私こそ人の気持ちを、もっとちゃんとよく考えるべきだった。
「すみませんでした。役立たずって言ったこと、取り消します。だからあの、泣かないで下さい」
「泣いてねーよ!」
「はいはい泣いてないですね。じゃあこれで目のゴミ取って下さい」
スカートのポケットからフリルのついた白いハンカチを取り出して差し出したら、睨まれた。
「拓也ハンカチ貸して」
「えっ。えー……うん、はい」
「サンキュ」
「……」
私と裏エースくんを交互に戸惑いながら見ていたたっくんは、迷いながらもズボンのポケットから紺色のハンカチを出して裏エースくんに手渡した。
ハンカチで目元を押さえる裏エースくんをジト目で見つめながら、白いハンカチをポケットに戻す。
うん、分かってる。
悪いのは私だから何も言わない。
「……まだ時間あるから。手紙読めば?」
「そうだね。それで皆が、花蓮ちゃんのことどう思っているか分かるよ」
気まずい空気が流れる中で、裏エースくんがポツリと呟いた。
それを聞いたたっくんもニコッと笑って促してきたので、持ってきた手紙の束から一番上に重ねていた手紙を言われた通りに開いて読み始める。
『おケガは大丈夫ですか? 今日から学校に来られるみたいで良かったです。早く一学年のヒーローにお会いしたいです』
「ヒーロー?」
続いて、二通目。
『私は隣のクラスの者です。クラスの子を助けに、あの聖天学院に立ち向かったって聞きました。そんなことが出来そうなイメージなかったから、すごく驚きました。クラスの子を助けてくれて、ありがとうございます』
三通目。
『俺、あの場でずっと見てました。親が聖天学院の生徒の家の会社の社員で、俺はあそこにいても怖くて動けなかったのに、百合宮さまはすぐに行動されていました。自分が恥ずかしいです。俺、百合宮さまのように強い男になります!』
『初めに謝ります。ごめんなさい。百合宮さまは噂されているような人じゃなかった。大きなケガをしても、同じ班の子を守っていたって聞きました。噂通りならそんなことしないし、できません。百合宮さまはとても素敵な女の子です』
『バスから降りてきた時の姿を見て驚きました。大丈夫ですか? しっかり直して学校にまた来てほしいです。無理はしないで下さいね。僕もそうですが、クラスが違っても皆百合宮さまを心配しています。早く治るように皆で祈っています』
「これは……」
どれも私のことを気遣っている。
私が自分で評価していた役立たずだなんて言葉は、どこにも書かれていなかった。
「わかった? 花蓮ちゃん」
読む手を止めた私に、たっくんが笑ってそう聞いた。
そろっとその奥にも視線を向けたら、既にハンカチは返却したのか赤い目とバチっと合った。
「どうなんだよ。役立たずなんて書いてあったか」
「……いいえ。皆さん、あの、私を心配してくれてたり、私のようになりたいと」
「だろ」
フンッ、とそっぽを向いた裏エースくんは相当おかんむりである。
たっくんはそんな裏エースくんを宥めながら、私にもフォローを入れてくれる。
「あのね、別に花蓮ちゃんのことや、あったことを言いふらしてはないんだ。あんまりその時のことを言うのも、花蓮ちゃんには良くないと思ったし。でも、あの場で見ていた他のクラスの子が花蓮ちゃんがすごかったって言い始めちゃって。それで一年生中に広まっちゃって、花蓮ちゃんに直接言う勇気はないから、だったら手紙で気持ちを伝えようってことで、いつの間にか何かファンレター運動みたいな感じになっているんだ」
「ファ、ファンレター……」
驚愕の事実を知って愕然とする。
あの、性格が悪いと噂され見た目も美少女で比べられたくないと近づかれなかった私が、ファンレターをもらえる立場まで一足飛びに昇格しただと……!?
まさか、本当にそんな風に見られて、思われたりしていたなんて少しも思わなかった。Cクラスの子を助けたとか、全然そんなつもりなくて。頭にもなくて。
何も悪くないどころか、私を有栖川少女から守ってくれていた裏エースくんが理不尽にも傷つけられたから。それが許せなかっただけなのに。
「私は……。私はただ、私の怒りの気持ちのためにそう行動しただけです。だって太刀川くんは、何も悪くなかったじゃないですか。私たちの班長で、お友達なのに、謝りもしないだなんて。許せる筈がありません。だから、そんな、当たり前のことでこんな、皆に良い子だって思われるのは違います」
「違わないよ」
はっきりと告げられる否定の言葉。
「その当たり前のことが、僕たちはすぐにできなかったんだ。固まっているだけだったんだ。当たり前だと、怒って行動できたのは、花蓮ちゃんだけ。誰もそれができなかったんだ。家の格がどうとか関係がどうとか過る前に、友達が傷つけられたから怒れたのは、花蓮ちゃんだけなんだよ」
優しくて穏やかな声が耳に心地いい。
不思議だなと思う。
たっくんの言葉は自然と心にするりと入りこんでくる。
小さく微笑んで、手紙の表面を撫でる。
「……嬉しかったよ」
ポツ、と小さいそれが耳に届いた。
「めっちゃ焦ったけど、お前、拓也の時みたいに俺のことで怒ってくれるんだって思って、嬉しかった。Cクラスのヤツの時には戸惑ってたのに、俺の時はすぐに駆けつけて怒ってくれて。結構さ、拓也と俺じゃお前の中で開きがあると思ってたから。だから嬉しかったのに、何か自分が役立たずとか失望されたとか変なことばっか言うから、納得いかなくて。でも俺、謝らないからな」
「そこは謝ろうよ。仲直りしてよ」
「ぷっ!」
流れるようなたっくんの華麗なツッコミに思わず噴き出してしまう。クスクス笑い始めた私と顔を顰め続ける裏エースくんを困ったように見て、左右に首を振るたっくんには絶対に私たちは敵わないのだ。
今回の諸悪の根源は私の失言だし、裏エースくんは譲らないようなので仕方がない。
「ふふふっ。太刀川くん、バッカじゃないの」
「はぁ!?」
「花蓮ちゃん!?」
目を剥く裏エースくんに、ギョッとするたっくん。
「私も、今の貴方の発言に納得いかない部分があったもので。以前の貴方の言葉を借りるなら、友達に何々の方がとかなに優劣つけようとしてんだよ、です。何ですか拓也くんと太刀川くんの開きって。もちろん私が拓也くん大好きなのは周知の事実ですが、貴方は違うとでも? 私、貴方以上に遠慮なくズケズケものを言える人はいませんよ。拓也くんと太刀川くんに対する態度は、同一人物じゃないんですから違って当たり前でしょう。私だってちゃんと、太刀川くんに甘えていますのに」
「甘え……えっ、いつ!?」
「教えませんそんなの。自分で考えて下さい」
「マジで!?」
マジだよ。知らなかったの?
やれやれ、裏エースくんだって自分のことは鈍チンじゃないか。
「拓也くん。もう時間もあまりないでしょうし、鈍チン太刀川くんなんて放っておいて、先に教室に行きましょう?」
「えっ!?」
びっくりするたっくんの手を繋いで立ち上がると、すかさず裏エースくんも負けじと空いている方のたっくんの手を掴む。
「勝手に置いてくなよ」
「私は二週間も拓也くん不足なんです。太刀川くんはずうぅっと拓也くんを独り占めしてたんですから、今度は私が独り占めする番です」
「はぁ? 拓也は花蓮だけのじゃないし。てか俺だってずっと拓也と一緒だったわけじゃないし。だから俺も一緒に行くからな」
「嫌です」
「嫌です!? ひっでー!」
そのまま何やかんやと裏エースくんといつもの調子で言い合いながら、中庭を歩いていく。
並びは三人横列。
裏エースくん・たっくん・私の順番。
明確に仲直りって感じではなかったけれど、多分、これが一番私と裏エースくんらしいのかなと思う。
だっていつもなら少し困った顔をして宥めるたっくんが、この時ばかりは私達の言い合いを聞きながら、楽しそうにニコニコと笑っているのだから。
 




