Episode49.5 side とある忍の語り③-2 忍は見つけられた
言われた秋苑寺くんはおよよと片手で泣き真似をし始める。
「冷たい! 薔之院さん相変わらず冷たい! 詩月、薔之院さんが俺のこと友達じゃないって!」
「彼女が言うんならそうなんだろう」
「お前俺の従兄弟でしょ? 何でフォローしてくれないの!?」
白鴎くんにまですげなく返された秋苑寺くんは、プクっと頬を膨らませた。ちぇ~と口を尖らせて拗ねているが、それでも未だに薔之院さまの腕を離す気配はない。
彼女も彼女で疲れたのか、振り子作戦は諦めて腕を動かさなくなった。
「……フォローと言えば、あの女生徒は貴方方のご親戚じゃありませんの? 今日偶々こちらに来ましたけど、私が来なければどうなっていたと思っていますの」
「ん? ん~……まぁ厳重注意くらいじゃない? 有栖川の春日井くん好きにも困ったもんだよねー。そもそもあいつがファヴォリに選ばれたこと自体奇跡みたいなもんなのに、そこらへん分かってないからさも当然って顔してて、笑っちゃうよね~」
「学院側が他家へファヴォリの打診をギリギリまで延ばした結果、家格基準で有栖川がファヴォリに選ばれた。期限がギリギリだったせいか本人の性格や能力ではなく、俺と晃星の遠縁という理由で決められたと聞いている。むしろ遠縁というだけで有栖川の面倒を押し付けられるのは、こっちもいい迷惑だ」
「そうそ。俺ら別にあいつのこと、同じファヴォリって思ってないし。逆に面倒起こしてさっさと抜けてくんないかなぁ~って、そんな感じ?」
薔之院さまが唖然としている。
自分もここまでのことは聞きたくなかった。
席移動しとけばよかった。
冷たいどころの騒ぎではない。極寒である。
「それで、中條さまが犠牲になってもいいと思っていらっしゃいますの? 彼女は白鴎さま、貴方のクラスの女子のまとめ役でしょう」
直接声を掛けられて、そこで初めて白鴎くんの涼しげな切れ長の瞳が、本から薔之院さまへと向けられた。
「君も言っていたように、あれは有栖川には春日井から注意すべきだ。そもそも緋凰が先に苦言を口にしていたのだから、少し待てば春日井からも注意があったと思う。さすがに春日井から言われれば引いたと思うが、それを待たずに動いたのは中條だ。……有栖川と同じで俺と同じクラスだからという理由で、何もかも俺に頼るのは違うだろう」
「それでも引かないと思う面の厚さに俺は一票~。そもそもで言うんならさ、学院側が元々ファヴォリに入れたかった人間逃がしたせいじゃん。どこの誰か知らないけど、ギリギリまで待つってよっぽど入れたかったんだろうねー。断る方もすごいけどさぁ。その子が入ってれば有栖川、ファヴォリじゃなかったわけだし」
「……」
淡々と考えを言う白鴎くんの後に連なるように、秋苑寺くんが言った言葉の何かが引っ掛かったのか、途中から薔之院さまの顔が真顔になった。
「お二人の仰ることはよく分かりましたわ。白鴎さまが仰ったことも、秋苑寺さまが仰ったことにも確かに一理あることは間違いございません。ですが、だからといって予想がその通りになるとは限りませんし、私は止められるのなら止めるべきだと思いますわ。最悪の事態になる前に」
あくまでも私の考えですが、とそこまで言って、冷やかな視線を掴まれている腕へ向ける。
引き際を見たのか気紛れなのか、そこで秋苑寺くんは彼女の腕を放した。
「ふーん。でもあっちもこっちも守ろうとするのって限界あるじゃん。あんま一人で気負わない方がいいよ。ファヴォリは薔之院さんだけじゃないんだし」
「私では力不足だと仰りたいんですの?」
「えーそっちに考えちゃうんだ。言ったじゃん。俺、困ったことがあったら相談にのるよって。お友達の晃星くん頼ってもいいんだよってことが言いたいんだけど」
白鴎くんが少し目を見開いて、隣に座っている秋苑寺くんを見た。その彼の反応から、秋苑寺くんがとても珍しいことを言ったのだと分かる。
そして、言われた薔之院さまはというと……。
「私と貴方はお友達ではありません!!」
ドキッパリと言い切り、フンッと顔を逸らして歩みを再開させた。
……秋苑寺くんは薔之院さまと仲良くしたいようだが、薔之院さまは違うみたいだ。というかあそこまで友達拒否をされるとは、秋苑寺くんは薔之院さまに何かやらかしたのだろうか?
拒否された秋苑寺くんといえば、「詩月っ。薔之院さんがまた俺のこと友達じゃないって!」とまた白鴎くんに泣きついている。
何だか情報量が多過ぎて、脳の処理があまり追いつかない。これ以上情報を詰め込むと多分処理落ちするから、今日のサロン観察はここまでにしておこう。
「あの」
というか四人がサロンに揃うのは久しぶりのことで、白鴎くんと秋苑寺くんが入室してきた時からもしかしたら今日何かが起きるかもとは思ったが、まさかこんなことになるとは。
「あの」
そこに薔之院さままで。
本当に彼女がサロンに来るのは珍しい。今日は一体どうしたんだろう。ちょっとお茶でも飲んで落ち着……
「聞いておりますの!?」
「……っ!!?」
バッと見上げると一歩分の間隔を開けた距離で、薔之院さまがこちらをひたと見つめている。
待て。後ろ……いや、ここは室内の一番隅。後ろには誰もいない。え、自分が話し掛けられたのか!?
「……なに」
「お隣、座ってもよろしくて?」
サッと視線を巡らせば、確かに隣の一人掛けソファが空いている。
コクンと頷くと、彼女も頷いて静かにソファに腰を下ろした。そして学生鞄からブックカバーのかかった本を取り出して読み始める。
「……」
びっくりした。
びっくりしすぎて胸がドキドキしている。
話し、掛けられた。
影が薄……気配を消しているのに。
そっと視線だけを横へ向ける。
しっかりと縦に巻かれた髪は本を読むために後ろへ流しているので、そのスッキリとした横顔が顕わになっており、真剣な眼差しがまっすぐに本へと注がれている。
こんなに近くに、あの薔之院 麗花がいる。
本当に今日は一体どうしたというのか。明日は雪でも降るのか。春なのに。
あの時からそう時は過ぎてはいないと思うのに、彼女の横顔は凛としていて。
泣き出しそうな彼女はもう消えてしまったのだと、何故だか少しだけ寂しく感じてしまった。




