Episode49.5 side とある忍の語り②-2 忍は観察中
こちらの騒ぎに何事かと、高学年の方からも幾人か興味を示したように顔を向けている先輩がいて、ヒヤリとする。あまりに騒ぎが過ぎてしまうと、最悪ファヴォリの品性と秩序を乱すとしてファヴォリからの追放、という処分も有り得るのだ。
もちろん話は双方から聞きはするが原因がどうであれ、騒ぎを起こしたとして双方とも処される。
学院の特別な生徒だからこそ、他の学院生よりも厳しさを求められる。
有栖川と対峙しているリーダー格の女子は、由緒正しき華道本家現宗主の令嬢、中條 結衣。
彼女は比較的一年プティ女子の中では家格も高く、しかしそれを鼻にかけたりしない友好的な性格をしている。
クラスは白鴎くんと同じ1ーBで、確か学級委員もしていて先生からもそれなりに信頼を受けている女子である。もしこの騒ぎで中條に何らかの処分が下されるようなら、入学から比較的落ち着き始めた女子の派閥争いが激化することは必至だ。
「いい加減に春日井さまから離れなさい! お二人のご迷惑になっているのがまだ分からないの!?」
「何よ、隣にいる私がただ羨ましいだけでしょう? 嫉妬は醜いですわよ」
「何ですって!?」
中條は言うことを聞かない有栖川しか見えておらず、先輩方から向けられている視線に気づいていない。
この状況を打破できるとすれば、この場にいる低学年ではあの四人しかいないのだが、当事者になっている春日井くんと緋凰くんは女子に囲まれていてどうなっているのか、こちらからでは不明。
ちらっと白鴎くんと秋苑寺くんの従兄弟組を見れば、彼等は我関せずというように静観どころか興味もなさそうに、視線も向けず長ソファに座ったままだ。
一応有栖川は白鴎くんの遠縁と聞いているから彼女を諌めてくれればいいものを、身内の恥とばかりに知らん顔をしている。冷たい。
「春日井さま緋凰さま、ここではうるさくて勉強になりませんでしょう? あちらへ移動しましょう?」
「貴女さえ邪魔しなければ、お二人がわざわざ移動される必要はありません!! いい加減に――」
「――騒がしいですこと」
たった一言だった。
たったその一言で、あれだけ激化していたその場がシン……と静まり返った。囲んでいた女子達が中條含め、恐る恐るゆっくりと振り返る。
振り返った先、サロンの入り口扉のすぐ傍に立っていたのは、一年生どころか女子のプティではトップの家格のご令嬢――――薔之院 麗花その人であった。
サロンに滅多に来ることのない珍しい彼女の登場に、高学年の方でも少しのざわめきが生じる。
薔之院さまがその綺麗に整えられた柳眉を僅かに寄せ、ゆっくりと騒ぎの元へと歩を進め、女子達の前で立ち止まる。
「扉を少し開けただけでも、声が私のところまで届いてきましてよ。私と同じ学年である、貴女がたの声が」
「も、申し訳ありません。薔之院さま」
凛とした声に気圧されて、女子達が顔色を青くして彼女へと小さく謝罪の言葉を口にする。
しかし謝罪された方の彼女はといえば、その言葉に目を細めた。
「謝罪する相手が違いますわよ。ずっとこの場で騒がしい声を聞かされていた方々は、やって来たばかりの私よりもさぞ不快だったことでしょう」
そこで初めて周囲へと顔を向けたことで、自分達の騒ぎが高学年の方でも目を引いていたことに初めて気がついたようだった。
青かった顔色を羞恥に赤く染め、中條が代表して高学年の方へとペコリと一礼する。
「さ、騒がしくしてしまい、大変申し訳ありませんでしたっ」
見ていて先輩方は不快よりも好奇の方が今回は強かったらしく、ヒラヒラと手を振って気にしていないと意向を示している。良かった。
心配していた処分の心配がなくなったことでホッとしたのも束の間、まだ根本の問題が解決していないことを思い出す。
そしてそれは、薔之院さまが未だその場から離れていないことからも窺える。
薔之院さまはただ立っているだけなのに、沈黙の圧に耐えきれなかった中條が状況の説明をしようとしたのか、何かを話し出す素振りを見せたが。
「結構ですわ」
ピシャッと勢いを挫かれ、泣きそうな表情に変わる。
中條のそんな表情を見て薔之院さまは小さく息を吐き出し、それに更に中條が肩を竦めた。
「……状況を見ただけでどうしてそうなったのか分かるので、わざわざ説明はしていただかなくてもいい、という意味で言ったのですわ。言葉が足りなかったですわね」
「い、いえっ。すみません私こそ」
責められているのではないと感じて幾分ホッとしている中條を置いて、「さて、」と薔之院さまの視線が騒ぎの元凶たる人物――有栖川……ではなく、春日井くんへと向けられる。
「ごきげんよう、春日井さま。中條さまと皆さまが諌められているにも関わらず、そこの女生徒の振舞いを見逃されておいでで、いい高みの見物ですわね」
「薔之院さん……」
「何ですの? 貴方が一言何かを仰っていれば、中條さまもあそこまで騒いだりなさらなかった筈。貴方がそこの女生徒に皆さまが納得される何かを仰っていれば、中條さまたちが諌めに来ることもなかった筈。私から見れば、明らかに春日井さまの落ち度しか感じませんけれど」
ド正論である。
あの春日井家の御曹司にあそこまで言えるのは、さすがとしか言いようがない。
中條と有栖川の口論には我関せずだった白鴎くんと秋苑寺くんまでが、薔之院さまとのやり取りは気になるのか顔を向けている。
女子の中のトップである薔之院さまに意見する女子はおらず、また男子にしても彼女の持つ近寄りがたい雰囲気に意見できる度胸のあるやつはいない。
ここでもまた口を出せるとすれば、あの四人しかいないのだが……。
「か、春日井さまをお責めにならないで!」
「うわぁ……」
しまった、思わず。
しかし周囲の低学年プティは、皆同じことを心の中で思っているぞ絶対。
プティの中でも下の女子が、トップオブ女子に逆らった。
というか、最たる元凶のお前が言うなと言いたい。
そしてこの時、頭の中に閃くものがあった。
……そうか。空気を読むとは、こういうことか!
なるほど。逆に空気を読まなければ有栖川のように、その場の空気を修復不可能なまでに崩壊させてしまうということが起こってしまうのだ。
空気を読むことを習得できた喜びに感慨深く頷いていると、ヒヤッとした何かの気配を察知する。
ハッとして意識を戻すと、中條含む女子らは可哀想なことに、今にも倒れてしまいそうなほどとても顔色が悪くなっていた。




