Episode7-1 麗花とのお付き合いと気になること
「私、衝撃の事実に気がついてしまいました、お兄様……!!」
「藪から棒に何を言っているのか分からないんだけど」
リビングのソファにてお兄様と読書中に天啓が頭の中に降ってきた私、百合宮 花蓮。
そう、あのお茶会から数週間後の今日。
ずっとどこかで引っ掛かっていた、その答えを急に思い出したのである。
私が登場する乙女ゲーム【空は花を見つける~貴方が私の運命~】通称【空花】のもう一人のライバル令嬢である薔之院 麗花と、他家の子供との間に起きた問題ですっかり忘れていたが、あのお茶会の主催者である春日井夫人。
どっかで聞いたことあるな~と思っていたが、なぜ忘れていたのか。
春日井と言えば、麗花がライバル令嬢として登場する“太陽編”のメインヒーローの幼馴染であり親友であり、攻略対象の一人、春日井 夕紀の実家じゃないか!!
何てこった! 遭遇しなかったから良かったものの、何て危険なお茶会だったのだ!
これはもう何が何でも催会には出席しないようにしなければ、一体どこでどんな罠が張り巡らされているかわかったのもではない……!!
「油断できません……!!」
「花蓮、本。ページ握りしめないで」
「あっ」
お兄様に指摘され、すっかり皺くちゃになってしまった悲惨な状態の本に気がつく。げっ。こんなのお母様に見られたら淑女高説三十分コース直行だ。
慌ててページについてしまった皺を手で伸ばしていると、お兄様が声を掛けてきた。
「どうかした? 何か悩み事?」
「あら、何もありませんよ?」
問い掛けに何でもないと明るく否定する。
……乙女ゲームの話なんて、絶対誰にも言えないもんね。
「そう? ならいいんだけど。ま、新しいお友達もできて最近楽しそうだしね」
「えっ。楽しそうですか?」
「うん。何かすごく生き生きしているように見えるよ? 今日だって遊びに来るんだろう?」
頷こうとした時、「花蓮さん!」と明るく大きな声が少し慌てたお手伝いさんとともに、リビングに入ってきた。
うん、最初の緊張していた頃の子とは別人だねぇ。
私は本を閉じてローテーブルの上に置き、小さな客人を出迎える。
「ようこそ、麗花さん。そんなに急がなくても私は逃げませんよ」
「べ、別に急いでなんかいませんわ! 何を言いますの! あっ奏多さま、お邪魔いたしますわ」
「いえいえ、どうぞごゆっくり。いつも花蓮と仲良くしてくれてありがとう」
同じく読んでいた本を閉じ、私の横に並んだお兄様のお出迎えに麗花はぽぉっとなっている。
こらこら、気持ちは分かるけどお兄様に見惚れるんじゃありません。
何だかな。ライバル令嬢はライバル令嬢同士、男性の好みも似るものなのか?
「それじゃあ行きましょう、麗花さん」
「ええ! 失礼しますわ、奏多さま」
頷くお兄様を残し麗花の手を握って、リビングから出て2階の自室へと向かうため階段を登る。
ちなみに麗花の百合宮家訪問はこれで八回目になる。こんなに頻繁に来て何が楽しいのか分からないが、麗花はいつも雰囲気的に楽しそうだった。
「本日は何をしましょうか?」
いつも通り己の部屋へと連れてきて促せば、麗花は少し逡巡した後、パンっと手を軽く叩いた。
「では、この前言っていたあやとりなるものを見せてくださいませ!」
「あやとりですね」
リクエストに応えるべく、ベッドの下に隠してある秘密のボックスからブツを取り出せば、早速麗花から質問が飛ぶ。
「ヒモ? あやとりはヒモを使うんですの?」
「そうですよ。ほら、これが川です」
バッと簡単に基本の型を作って見せれば、麗花は何とも言えない顔をした。
「……地味、ですわね」
「ではこれは? 東京タワー!!」
「……」
ちょっと難易度を上げてみたが、返事がなかった。
私は静かにそっとブツを秘密ボックスへと封印した。
「……ずっと言おうか迷っていたのですけど。あなた、遊びが時代遅れではありませんこと?」
「ズバッと言い過ぎですよ!」
ふんだ! ヒモ一つでちゃんと遊びになるから経済的なんだぞ!
テレビゲームみたいに電気代とか掛かんないんだぞ!
「分かってますよ。どうせ私の部屋には今時の物なんて何もありません!」
この秘密ボックスの中には、主に正月に遊ぶ道具しか入っていない。
まだ六歳だからだとか言うことではなくそれ以前の問題として、社会に進出しているとはいえ百合宮家は旧華族の末裔という、由緒正しい血統の家系。
ヒエラルキーの頂点であるお母様の考え方が古き時代の人のソレなのだ。「コマで一時間は遊べるでしょう?」とか言っちゃう人なのだ!
その証拠に、お兄様のお部屋にもゲーム機などありはしない。
「あーもう、暇ー」
投げ遣りな気分になってカーペッドの上をゴロゴロ転がっていると、信じられないというような表情の麗花と目が合った。
「あなた何をしておりますの!?」
「え? 麗花さんもやる?」
「は!? やりませんわよ、何を言っていますの!?」
そんなに怒らなくても。冗談だよ。
「ところで花蓮さん。あなた段々崩れてきてません……?」
「え? 何が?」
「私に対する態度のことですわよ! 何の躊躇いもなく床の上を転がる子なんて初めて見ましたわ!」
「床じゃなくてカーペッドの上ですよ~?」
「同じ事ですわよ!?」
突っ込みに疲れたのか、はぁ、と溜息を吐く麗花。
「初めて会ったあの日のあなたはお母様である咲子さまに似て、とても凛としていたのに……。私は夢を見ていたのかしら……?」
「夢だったらこうして一緒にいませんよ~。いいじゃないですか、こんな私でも」
「自分で妥協を提案しないでくださいませ。でも、その姿は私以外には見せておりませんのよね?」
何故か後半部分を強く言った麗花に首を傾げる。
うんまぁこんなのお母様には絶対見せられないし、お兄様にもバレていない筈なので、知っているのは麗花くらいなものだろう。お父様は割愛する。
「麗花さんしか知らないと思いますよ?」
「ならいいのですわ」
やけに嬉しそうな顔をしてそう言う麗花にキョトンとする。
謎だ。麗花の喜びのツボが全然分からない。
というか私が麗花に素を出し始めているのも、彼女に慣れてきたからじゃないかとふと思った。
ほらあれ、気安い相手には逆に素を隠すのが難しくなるというかバカバカしくなるという。とどのつまり、お兄様の言う通りなのだ。




