Episode46-2 瑠璃子さんがやって来た
気がつけば自宅に到着したようで、楽しい気分が一転、これから待ち受ける難関にどんよりと暗雲が忍び寄ってきた。
……お兄様、貴方の妹はお兄様のことを信じていますよ!!
「あっ……」
瑠璃子さんが何かに反応したので私も同じ方向を向くと、お兄様用の送迎車が帰ってきた。
よかった、お母様に会う前にどういう話をしたのか事前に聞ける!
一安心して瑠璃子さんと手を繋いで車から降りると、お兄様も車から降りてきて何故か車の反対側に回って扉を開けていた。
誰か同乗しているのか、エスコートをするような素振りを見せるお兄様を見つめていると、その手に引かれて車から降りて出てきたのは――
「え、麗花さん!!?」
――まさかの薔薇の少女だった。
な、何で麗花まで家に?
えっ、今日皆で遊ぶ約束とかしてなかったよね??
お兄様と手を繋いで、ちょっとだけ頬の赤い麗花が私達に気がついたと思ったら、目を見開いて唖然とした表情で固まった。あーデジャヴ。
「ちょっとって……ちょっとって、あれちっともちょっとではありませんわ! 大ケガしてるじゃありませんの!!」
一気に顔色を失くした麗花がそうお兄様に言っている。事前に私のことを説明していたみたいだが、あの様子では麗花の予想以上に私は怪我人に見えているらしい。
お兄様からパッと手を離した麗花が駆け寄ってきて、目の前に立った。
「何で遠足に行ってこんなケガするんですの!? どうやって転んだらこんなことに……っ」
「わああっ、麗花さんまで泣かないで下さいよ!」
怪我を負った私がそんなに気にしてないのに、何でこう周りが泣き始めるのっ。むしろ私にとったら、相田さんを守ったという名誉の負傷だというのに!
言いながら目に涙を浮かび上がらせて泣き出す一歩手前の麗花に慌てていると、ポンと優しく麗花の肩にお兄様の手が乗せられた。
「ごめんね、僕の説明が足りなかったね。さっきも言ったと思うけど、病院の先生にはちゃんと診てもらって処置も済んでいるんだ。安静にしていればすぐに治るから大丈夫なんだよ」
「奏多さま……」
「そ、そうですよ麗花さん! こんな包帯グルグルですけど、二週間でバッチリ治るって先生も仰ってましたから! ね、ピンピンしているでしょう? さっきも飛び跳ねてみせたんですから!」
「え?」
ピクっと眉を一瞬上げたお兄様が、ジ、と私を見つめる。あれ、何か不味いこと言った??
「飛び跳ねたの?」
「えと、あの、はい」
「病院の先生言っていたと思うけど。安静にしているようにって」
い~言っていたような、そんな気がしますね~……。
「げ、元気の証明のために」
「花蓮?」
「ごめんなさい」
皆まで言わせずお兄様の深い笑顔の前には、私の勝算のない言い訳など塵に等しかった。
シュンとしていたら、はぁと上から軽く溜息が。
「僕もこんな日にクドクドと言いたくないんだけどね……。麗花ちゃんも瑠璃子ちゃんも、せっかく来てくれているんだし」
思わずと言ったようなその言葉に、瑠璃子さんがおずおずと申し出る。
「あの、花蓮さんがこういう状態ですし、後日にやり直した方がいいかと思います」
「私も瑠璃子さんに同意しますわ。花蓮さんが元気な時の方がよろしいですわ」
続けて麗花までそう言うものだから、一体何の話をしているのかと何だか仲間外れ感を味わっていると、「う~ん」と珍しいことにお兄様が悩ましい表情を見せた。
「二人とも妹のことを気遣ってくれて、とてもありがたいんだけど。ただ、どうも家の者が母も含めて張り切っているようで、電話出てくれなかったんだよね。どうしようかな……」
「ちょ、ちょっと待って下さいお兄様! もしかして私のこと、まだお母様に伝わってないんですか!?」
「間違いなく知らないね」
なんてこった!
頭の良いお兄様ならうまく話してくれると思っていたのに、それ以前に電話も繋がっていないとは!
監禁の現実が近づいてくる恐怖に怯えていると、お兄様が徐にズボンのポケットからヴーとバイブ音を鳴らす携帯を取り出す。
「母さんからだ」
神よ!
手を合わせて祈るようにお兄様を見つめる。
「もしもし、奏多です。いえ……。あ、はい無事に家には、花蓮も瑠璃子ちゃんと一緒にいますがその前にちょっと話したいことが……えっ、ちょっと待って下さい母さん! 母さん?!」
……ゆっくりと携帯を耳から離したお兄様が、既に事の次第を把握して崩れ落ちている私を見下ろす。
「ごめん」
「お、お兄様、私はどうしたら」
「骨は拾ってあげるね」
見捨てられたあぁ!
事のあらましを知る唯一の味方からの戦線離脱宣言にショックを隠しきれない私を置いてけぼりに、そして――遂にその時はやってきた。
バアァンッ
パーンパーンパパーン!!
「花蓮ちゃん、お誕生日おめでとー!!」
「「「お誕生日おめでとうございます!!」」」
「…………え?」
一体何が起こったのか、崩れ落ちている私に降りかかるカラフルな紙吹雪と、カラフルな糸。
突然開いた玄関扉の奥から出てきたのは、満面の笑みでクラッカーを発射した後の格好の、お母様とお手伝いさんたち。
全く一連の流れについていけず頭の中が真っ白な私と、私の姿を目に映して固まるお母様とお手伝いさんたち。
事態を見守るお兄様と麗花と瑠璃子さん、そして坂巻さんとお兄様の運転手である本田さん。
「き、」
目の前の人から、そんな音が口からこぼれた瞬間。
「きゃあああああぁぁぁーーっ!! 花蓮ちゃん……っ」
「「「お、奥様ぁ!」」」
ムンクの叫びの如く顔を真っ青にしてフッと気を失って倒れ込むお母様と、そんなお母様の状態と私とを交互に見て、混乱の渦に陥るお手伝いさんたちという混沌が我が家の玄関前で発生したのだった。
 




