Episode6-2 祝?お友達爆誕
頭の中を疑問符で埋め尽くす私だったが、何だか居心地が悪そうな麗花が気になったので、春日井夫人に部屋から見送られながら子供部屋へと帰ることにする。
意味深なお母様の言葉の意味を考えながら歩いていると、「ちょっと」と隣から声を掛けられた。
「何でしょう、薔之院さま」
見れば麗花はまた俯いてしまっている。
今度は一体どうしたというのか。
「薔之院さま?」
「……あの、あ……あ、あ……あなた! 赤は好きですの!?」
「好きですけど」
それが何だ。
なぜそんなことを聞いてくるのかと疑問に思えば、「あああ! 違いますの! そんなことを言いたいのではありませんわ!」と頭を振り乱している。
ちょ、怖い! 怖いよ麗花さん!?
「ですから! あ、あああ、ああありがとうって言いたかったのですわ!!」
「あ、ありがとうって……、え、ありがとう?」
何か彼女からキレ気味に言われたことを繰り返せば、頭に入ってこなかったその言葉の意味をようやく理解する。
あ、ありがとうって言った? 麗花が??
さっきまでごめんなさいを言ったことのなかっただろう麗花が!??
目を見開いて凝視すれば、麗花は顔を真っ赤っかにして怒鳴り始めた。
「何ですのその顔は!? 私が感謝の言葉を口にしたのがそんなに驚くようなことですの!?」
「……正直に言うと、はい」
「何ですのあなた正直にも程がありますわ! 先程も私が心を落ち着けている時に、勝手に扉を開けてしまいますし……!!」
あ、それやっぱり根に持ってたんだ。
「だって謝るなら早い方が良いと思って」
「それにしてもでしょう!? 私にも心の準備というものがありましてよ!?」
何だなんだ。
借りてきた猫みたく大人しかったのに、急に騒ぎ始めたぞ!?
「えっと、ごめんなさい」
「っ!? 何であなたすぐ謝れますの!? というか別に謝って欲しいわけではありませんわ! ありがとうって言いましたでしょう!」
えええぇぇ、何でこの子怒ってんの?
取りあえず感謝されているってことで受け止めていいんだろうか?
「では、ありがとうございます」
「ではって何ですの!? わ、私が両親以外に初めてありがとうって言いましたのよ! 軽く受け止め過ぎではなくて!?」
ちょ、どうしろって言うの!?
麗花曰く感謝されている筈なのに、さっきから理不尽なことばっかり言われてないか!?
私が麗花への対応をどうすべきか頭を悩ませていると、「ああああっ」とどうしてか麗花も頭を抱えてしゃがみこんだ。
「しょ、薔之院さま!?」
「もうっ。そんなことを言いたいのではありませんのに……!! どうして私はこんな物言いばっかり……!!」
悔しさを滲ませた声でそう言う麗花を見て、私は納得した。
きっと本心と口に出したい言葉が噛み合っていないのだろう。生まれた時から培ってきた性格はそう変われるものでもない。まぁ、まだ六歳だからその余地はあるが。
「薔之院さま。ゆっくりでいいので、伝えたい言葉をしっかり相手に伝えることから始めてみませんか?」
「……私、そのつもりで話していますわ」
「でも、心の言葉と口から出ている言葉は違っていますのでしょう?」
「……ええ」
だったら話は早い。
「今日のような催しに招待されることは今後もありましょう。一度言葉を呑みこんで、本当にその人に伝えたいことを口にすれば、きっと大丈夫です」
最初の頃は難しいかもしれないが、賢い麗花ならばきっとこなせるだろう。これで麗花の周りとの衝突も、少なからず避けられる筈だ。
一人うんうんと頷いていると、どこか不満げな表情の麗花にじっと見つめられていることに気づく。
ん? 何かなその顔は?
「あなたは、そこにいないような口振りですわね」
「え? まぁ……」
私は今後、このような催しには極力出席するつもりはない。
だってもし今回のように【空花】主要人物に出会ってしまったらどうするのだ。特に月編の人物は要注意なのに! そんな危険を冒すくらいなら、例え引きこもりと言われようがコミュ症と噂されようが、その方がマシである。
ところがそんな私の返答が気に入らなかったらしく、麗花は目を吊り上げている。
「まぁ!? あなた、今まぁって言いました!? それはいないということですのね!?」
「え、えぇ!?」
「そんなの困りますわ!!」
バッと立ち上がった麗花はガッと私の肩を両手で掴んできた。
ちょ、どうした麗花!?
「こ、困るって」
「提案したあなたが側にいなくてどうするんですの!? 言い出しっぺは最後まで自分の言ったことに責任を持つべきではなくて!?」
「そ、それは、まぁ……」
ぐっ、正論なので言い返せない!
「あああ! ほらっ、また思ったことと違うことを言ってしまいましたわ! だから……っ」
「え? 違う?」
「だから……っ! と、友達になってくださいまし……!!」
………………は?
え、いま何て言いました?
ポカンとする私の表情を見て、カッと頬を染め上げた麗花だが怒鳴ることはせず、逆に小さく泣きそうな声で話し始める。
「ふ、普通に話してくださったのは、あなたが初めてなんですの。こんなに誰かと話せたのも初めてで……っ。それなのにもう会えないなんて、そんなの嫌ですわ!」
「会えないってそんな」
今生の別れでもないのに大袈裟では?
雰囲気で嫌そうな気配を察知したのか、麗花の眉毛がへにゃっと下がった。
「と、友達に、なってもらえませんの……?」
「!!!」
な、涙目上目遣いキターーーーーーッ!!!
え、何これ子供麗花のお願いチョー可愛いんだけど!!? 幻の鼻血噴きそうなんだけど!? 友達ってアレだけど、私これどうしようマジで断りづらいっ!!
そうして私の口から出てきたものは。
「お、お友達、なりましょうか……」
という、何とも間抜けな返答であった。
「本当ですの!? うそじゃありませんわね!?」
私から是の返事を貰った麗花はキラキラと顔を輝かせ、今日一番の笑顔を炸裂させた。やめてくれ。もう私のHPはゼロだよ。
「とっても嬉しいですわ! これからよろしくお願いいたしますわね、花蓮さん!」
「……よろしくです、薔之院さま」
「まぁ、薔之院さまだなんて! 麗花と呼んでくださいまし!」
「…………はい、麗花さん」
――メインヒーローを回避した筈が、どうやら私はもう一人のライバル令嬢を攻略してしまったようです。




