Prologue 始まりの顔面ダイブ
よろしくお願いします!
庭園に咲き誇る美しい花々に向けて、キラキラとした目でそれらを映す少女。
少女は車の中から頬を染めて停車するのを、今か今かと待ち遠しい気持ちを表向きには隠し、膝の上でキュッと手を握る。
そんな少女の様子をちらりと横目に見ただけで、初めから興味も関心もなかった目的地を閉めだすように目を閉じる、隣に座る少女より少し年上の少年。
少年――少女の兄である奏多はこの時、己の隣に座る妹を注意して見ていたらどうなったのだろうかと、後に度々思うようになる。
だってまさか、あんなことになるとは誰だって思うまい。
普段自分達の母親を倣って静かに上品に、仮面のような微笑みを張りつけ振舞う、この面白みのない人形のような妹が。
「奏多さま、花蓮さま。到着しましたよ。……花蓮さま!?」
その性格を映したかのようなハンドルさばきで丁寧に停車した、穏やかな運転手の珍しく慌てた声に何事かと閉じた目を開けた奏多は、勢いよくバタンッと閉められた扉の音にそちらを見る。
すると大人しく隣に座っていた筈の妹の姿が忽然と消えており、はてと窓の外を見れば、ギョッとした。
常日頃静々と歩くようにと躾けられ逆らうことなく体現してきたあの妹が――走っていた。
しかもタッタッタというような可愛らしいものではなく、ダダダダダッという全速力で。
咲き誇る花の中をどこへ向かって突き進んでいるのか、猪のように真っ直ぐ走って行く妹を呆気に取られて見つめているばかりだった奏多は、この時起こした妹の突飛な行動に頭が相当混乱していたらしい。
だからそれが起こっても、ただこう思っただけだった。
――あ、こけた。
しかも顔面からいった。あれ痛いわ。
「か、花蓮さまぁ~~!!?」
年老いた運転手の悲鳴にようやくハッとして何が起きたかを理解した奏多は、慌てて車から降り、地面に顔面ダイブした妹へと向かって走る。
「花蓮、大丈夫か!?」
既に運転手に抱きかかえられている妹の顔を見ると、彼女は目を回して気絶していた。
その傷一つなかった小さな額に、大きなこぶを作って。




