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第六章

■第六章


 大会当日の朝。

いつものように走ろうとしたら雨が降っており、家で楽譜を読み返す。

「ダダダダーン……ダダダダーン……」

 耳にイヤホンをし口で音を言いながら 、曲をさらう。

 交響曲全体を通して、用いられる重要な動機が頭から入る運命。

 冒頭の動機は指揮者の解釈が非常に分かれる部分であり、ゆっくりと強調しながら演奏する指揮者が近年は多く奏司もそれに準じていたが 、今回は速く活発に……の音声指示に従うことにした。そのほうが、楽章の基本となるテンポとほぼ同じ速さになり部員たちが安定すると考えた。

「若干、ずれるな……もう一回……」

 運命 の入りは交響曲の中でも難しく、呼吸をあわせないと 崩れる。オーケストラでは一度崩れたらよっぽどのことがない限り立て直すことはできない。

「……って、もうこんな時間か。シャワー浴びなきゃ」

 自室をでて 居間に向かうと、音楽が流れていた。

「ベートーヴェンのピアノ・ソナタ月光 ……?」

 浴室に行く前に居間を除くと 、圭吾がスピーカーで音楽を聞いていた。

「圭吾?」

「あ、奏くん。おはよ」

 そう言って、スピーカーを止める圭吾。

「母さんのディスク?」

「うん、そう……」

 流れていた音声 は母、咲の演奏だった。

「珍しいね……母さんの演奏を流すなんて」

「そんなことないけど、今日奏くんが演るのが運命って聞いてつい……ね」

「そっか……」

 母さんは最近はショパンやリストといった超絶技巧と呼ばれる曲ばかり弾くから、俺自身も久しぶりに聞く。

「今日、沙月ちゃんとマスターと一緒に行くからさ……頑張ってね」

「あぁ……ありがとう」

 圭吾にそう言って、シャワーを浴びに行く。

「よし、頑張ろ……」

 シャワーの栓を締めて、浴室を 出てアイロンをしっかりしたワイシャツと制服に着替える。

「燕尾服じゃないのも変な感じだな……」

 今回の大会は高校のオーケストラの大会らしく、服装が制服だった。

 着替えていると家のチャイムが鳴る。外に出ると楽音同好会のメンバーと桜花が待っていた。

「朝早くからどうしたん ?」

「いやぁ、奏司。一回寝るとなかなか起きんやん? 本番に寝坊したら困るなぁと思ってなぁ……」

「しねーよ……」

「いいから、さっさと準備しなさいよ!」

 玲香に急かされて慌てて 部屋に戻り準備し、一緒に向かう。

「お待たせ……」

「行こう! 奏司くん」

 桜花に言われ、気持ちを切り替える。

「あぁ……行こうか」


 会場につき 、控室で待つ。

「なぁなぁ奏司……トイレ行かへん?」

「いや、さっきいった じゃんか……」

 龍が本日四度目のトイレに誘ってくるので断る。

「いやぁ……ほんまこの時間が一番嫌や……生殺し感半端ないし、ほんま早くしてほしい……」

「っても 奏司……うちラストから二番目だぞ?」

「ひぃぃいいい……ほんま、堪忍してほしい……」

 そう言ってトイレに向かって走り出す龍。

「ったく、あいつはいつもうるさいな……」

 隼人がトランペットを磨きながら呟く。

「いつもあんな感じなのか?」

「あぁ……本番前にいつもああなる。個室は一個空いてないと思ったほうがいいぞ」

「本番大丈夫か?」

 本番中に腹痛くなったらどうするんだろうか……

「それは大丈夫だ。あいつ本番になった瞬間人が変わるから」

「え?」

「腹立つけど、緊張とは無縁の演奏をするよ。あいつが大舞台でミスしているところを俺は見たことない」

「大した信頼なんだな ……少し羨ましい」

 心の奥底から羨ましかった。そんな人間関係が築けていることそのものが……

「お前のおかげなんだよな ……」

 隼人がトランペットを置いてこちらを向く。

「お前が来てくれたから、俺らはここに戻ってこれた ……心から感謝するよ」

 頭を下げる隼人。

「そういうセリフは無事、終わってからだろ……?」

「それもそうだ」

 お互い、苦笑すると係の生徒が俺らに出番を伝えてくる。

「龍、呼んでくるか……」

「もうおるで……」

 顔を青くした龍が目の前にいた。

「うおっ! 顔青いけど大丈夫か?」

「大丈夫や……行こうか……」

 待合室に行くとオーケストラ部全員が揃っていた。

「よーし、皆いるね?」

 副部長が確認する。怪我をしているため、一年生と係などを回していたらしい。

「いるみたいだね……よし、部長! 挨拶!」

「えぇ……こういうこと事前に伝えてよ……」

 文句を言いながら、皆の中心に立つ部長の楓。

「もう今さら、どこを注意しようとか言う気はないわ……私から言えるのは一つだけ、今までの私たちの人生の中で一番いい演奏をしよう!」

 そう部長が言うと、円陣を組始める。

「行くよ! 珠神オーケストラ部 !!」

「「「「「おうっ!!!!」」」」」

 円陣が崩れ、待合室から順番に人が出て舞台に上がっていく。俺は指揮者だから最後だ……

「奏司くん……頼むよ!」

 背中を副部長にパシンと叩かれる。

「はいっ!」

 桜花がチューニング音を鳴らし徐々に大きなラ音が出来上がり、桜花が 席に座る。

 すると、アナウンスが流れ始める。

「次は珠神戸高等学校オーケストラ部の皆様です」

 拍手が起こると同時に舞台袖から一歩一歩踏みしめるように歩いていく。

 観客席からところどころ声が聞こえる。

「今年も珠神は学生指揮者か……」

「やはり、先生の引退が響いてるのでは……」

 大方の声が渋い声だ 、先ほど控室のテレビで見たとき もほとんどの高校が 教師が指揮者だった。

「あれ……藤崎奏司じゃないか?」

「あぁ! 本当だ……!」

「海外に行っていたんじゃ?」

 彼らの話をぶった切るように俺はひな壇の上にあがり指揮棒を掲げる。

 あ、やべ……挨拶忘れた。やり直しを考えるが、苦笑している部員の顔を見てまぁいいかとそのまま指揮棒を降ろす。

『ベートーヴェン交響曲第五番 ハ短調 作品67』

 指揮棒を降ろし 、再度振り上げ降ろす。

「(よし、タイミングバッチリ……)」

 動機が終わり、ソナタ形式による展開に移る。

「(このまま第一楽章いけるか?)」


「なるほど、奏司はこう解釈するか……」

「相変わらず、こういうところで聞くの好きですね……」

「おう、圭吾……」

 ダルそうに缶コーヒーを飲んでいる喫茶店の爺さんこと行成。

「どうですか、奏司は……」

「多分、こっからだな……しかし、面白い解釈ができるようになったよ本当……」

「まぁ……そうすかね……」

「昔のお前の そっくりだな……まぁ、遥かに上手いが……」

 ケタケタと笑う行成……昔からこの人はそうだ。

「一緒にしないでくださいよ……あいつに失礼だ」

「ほう?」

「音楽から逃げて、執筆のマネごとをしている俺の何倍もすごいですよ……」

 そうだ……息子は俺の何倍もすごい。

「だが、あいつは間違え なくお前さんと咲の息子だよ。お前からは音楽以外まともな才能を受け継いでないみたいだがな……」

「どうゆ うことですか……」

「あ? 本人にはできていると思っているみたいだがオムライスの食い方なんか、お前と五十歩百歩だぞ?」

「食い方……そんな汚いっすかね?」

「汚いな……何をどうしたら、椅子の下があんな汚くなるのかワシには想像がつかん」

「そっすか……」

 自分としては綺麗に食べているつもりだが、他者からしたらそうでもないらしい。

「それと女たらしなところな。全くワシの孫だけでなく美雨にまで手をだす とは……それに今演っているコンミスとも一緒にいるらしいじゃないか」

「それは……つか、僕関係なくないですか?」

「よく言うわ。ワシの娘を泣かせたのはお前さん じゃ」

 これ以上この話を続けてもろくな事 にならなそうだ。

「そういえば、愛しのお孫さんと一緒にいなくていいんですか?」

「沙月は観客席から見てるだろ……」

「あなたも観客席から見ればいいのに」

「ワシがあの空気に触れる時は演る側の時と昔から決めているからな……」

 まだまだ現役でいるつもりの爺さんが大きな声で笑う。

「第一楽章終わりましたね……って、何やってんだ?」

 テレビに映るオーケストラを見ていると、コンミスの桜花という娘と美雨と言う 娘が席を入れ替えていた。

「くくくっ……コンミスを同じ交響曲の際に変えるなんて初めて聞いたぞ」

「え、てかいいんすか?」

「まぁ、今回の大会の規定にコンミスが入れ替わることを禁止とは記載しとらんみたいだな 」

 記載がないからやっていいというわけではないだろう……

「まぁ、演目の最中にフルートがピッコロと持ち変えるなんてよくあることじゃし……」

「それとこれとは違うでしょ……」

 呆れつつ、彼らの演奏を楽しみにテレビを凝視する。



 コンミスの桜花が席を立ち上がり、美雨と交代する。それを見てざわつく観客達 。

「どういうこと?」

「え? コンミスって変わっていいの?」

 ガヤガヤと観客席が騒ぎ始める。

「(そりゃびっくりもするよな……)」

 考えたのは俺だが、聞いたことがあまりにもない。

 第二楽章を振り始める。第一主題はヴィオラとチェロが出る穏健なもので、第二主題は木管、続いて金管で鳴る 力強いものだ。

そして、第三第四楽章と続き曲が終わる。

「ブラボー……!」

 一人の顧客から大勢に伝わり、多くの人間が拍手をし始める。

「素晴らしい……!」

「これが珠神戸オーケストラ部 ……完全復活じゃないか!?」

 多くの人の拍手に見送られ、控室に戻っていく。

「奏くん……やっぱり君はそっちの道を歩くんだね……」

 沙月がボソリと呟き、席をたった 。


「ふぅ……終わったぁ……」

 充足感と幸福感に包まれながら、椅子に身体を預けていると龍が慌てて控室に走り込んでくる 。

「奏司……結果が出たぞ……」

「どうだった?」

「……タイムオーバー。審査対象外」

「……は!?」

 珠神戸高校オーケストラ部の演奏は高評価ではあったが、タイムオーバーによって審査対象外だった。しかし、観客達 の間では珠神戸オーケストラ部 が完全復活したという情報が出回った。

 また、指揮者として復活の兆しをみせた 奏司の情報も一気に出回った。

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