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食べられるゾンビ

作者: 村崎羯諦

 荷台に積まれた冷凍ゾンビの数を一から数え直し、発注書に書かれた数字と一致することを改めて確認する。荷台から降り、運転手に確認が済んだ旨を伝えると、運転手は帽子を脱いで軽く会釈をし、そのままトラックのエンジンをかけ始める。輸出用の冷凍ゾンビを乗せた運搬車はマフラーから白灰色の煙を吐き出し、港へ向かって工場を出発した。俺はトラックの後ろ姿を見送った後、近くに忘れ物が落ちていないかだけを確認して工場のモニター室へと戻った。


「お疲れさまです」


 モニター室に入ると、樽原が肥えた身体をゆっくりと振り返らせ、ねぎらいの言葉を投げかけてきた。遅めの昼食をとっている最中だったらしく、目の前の机にはコカコーラと分厚い脂身を挟んだ食べかけのサンドイッチ、そして樽原が肌身離さず持ち歩いているというキューピーマヨネーズが置いてあった。俺は適当に返事を返した後、樽原の隣の席に腰掛ける。目の前にずらりと並んだモニター画面には、狭いゲージの中をうろうろと歩き回るゾンビたちの姿が映し出されていた。


「温度や湿度の調整はちゃんとできてんのか?」

「どっちも正常ですよ。というか、機械で自動的に調整しているんだから大丈夫ですって」

「本当に大丈夫か?」

「やっとの思いでこの部署に配属されたんですよ? そんなつまらないミスをするわけないじゃないですか」


 樽原はそう呑気に答えると、コーラをごくごくと美味しそうに飲み干した。そして、大きなゲップをした後で、モニタに映し出されたゾンビへと視線を戻す。


「それにしても……すげぇ、美味そうですね」


 樽原が生唾を飲み込む音が聞こえてくる。俺は樽原の無尽蔵な食欲に呆れながらも、美味しそうという言葉に対しては強く同意する。


「そうだな。ゾンビウイルスが初めて現れたときはこの世の終わりだと思ったもんだが、なんだかんだなんとかなったし。そして何よりも……ウイルスに感染するだけであんだけ人間が美味しくなるなんてな」

「こいつらを初めて食べた人間は尊敬しますよ」


 樽原はマヨネーズをサンドイッチにかけ、そのままがぶりとかぶりついた。中に挟まった脂身が外へと飛び出し、樽原の太い指に付着する。


「一度でいいから食べてみたいですね。超高級食材となった今となってはなかなか難しいけど」

「お前食ったことないのか? 俺は食ったことあるぞ」


 俺の言葉に樽原が大きく目を見開く。どんな味だったと尋ねてきたので、俺は少ない語彙力でその時食べた食感、風味、味覚について語る。樽原は興奮した面持ちで俺の離しに聞き入り、話が終わると、鼻息を荒くしながら手に持ったサンドイッチにかぶりついた。俺も俺で、薄れかけていた食事の記憶がまざまざと蘇り、口の中で溢れんばかりの唾液が湧き出てくるのを感じた。


「あんだけゾンビがいるんだし、一人くらい俺たちが食べちゃってもわかんないんじゃないですか?」


 樽原は冗談半分に、だがどこか真剣味を込めた口調でそうつぶやいた。高級食材である以上、管理はきちんとなされており、数が足りなくなったらすぐに他の職員にバレるはずだ。俺は管理部門の一責任者としてそう諭す。


「本当にできないんですか?」


 樽原がそう食い下がったが、俺は強い口調で駄目だと告げた。樽原は何かを考え込むかのように眉をひそめたながら、机の上に置いてあったマヨネーズを右手で持ち、それを直接飲み始めた。


*****


 四半期に一度。工場にはゾンビにするための生きた人間が刑務所から届けられる。俺は事前に管理台帳を更新し、ウイルス等の下準備を入念に行ったうえで、樽原とともに人間のゾンビ化業務にあたった。


「お前は、確かこの作業は始めてだったか」


 俺の質問に樽原がどこか緊張した面持ちでうなづいた。初めて取り組む重大な仕事のため、肩に力が入りすぎているのかもしれない。俺はゆっくりと搬送された人間たちのもとへと歩み寄る。人間は予め昏睡状態にされており、一人一人縦に長いカプセルのような箱に丁寧に収納されていた。俺は送られてきた人間の数を何度も数え、事前に送られてきたリストと性別や年齢が一致するかを目視で確認する。その間、樽原は俺の後ろに立ち、食い入るようにじっと俺の動きを見つめていた。


「あの、俺は一体何をすれば」


 確認作業が終わり、いよいよ人間のゾンビ化作業に移ろうというタイミングで樽原が唐突に質問してきた。なんの作業もしていないにもかかわらず、毬のようなまんまるな顔の額にはうっすらと汗が浮かびだしている。指示待ち人間の樽原の思いがけない言葉に俺は少しだけ戸惑ったが、俺は予め計画していたように、カプセルを開けて人間の身体全体を押さえているようにと指示を出す。


「昏睡状態になっているのにですか?」

「万が一があるからな」 


 樽原は「やっぱり研修で習ったやり方とは違うんですね」と独り言をつぶやいた後、一番近くのカプセルを開き、中に入っていた人間の身体を太い両腕で押さえつける。俺は作業道具入れとは別のアタッシュケースを開け、中に入っている注射器を取り出す。そして、樽原が押さえつけている人間の身体の腕に針を突き出し、中に入ったウイルスを体内に入れる。ウイルスは別に血管の中に入れる必要がない以上、慣れさえあれば、特別な技術は要らない。それでも樽原は俺から技術を学び取ろうと、手元の動きをじっと見つめ続けていた。


 一人の人間をゾンビ化し、そして次の人間へ。俺は手慣れた手付きで一人一人丁寧にウイルスを注入していく。


「あれ、人間の数より注射器の数が一本だけ多くないですか?」


 ゾンビ化する人間も残り一人となったところで、樽原は眉をひそめてそう尋ねた。


「万が一があるからな」


 俺はアタッシュケースを閉じ、そう返事をした。樽原は不思議そうに頷いた後、俺に指示された通り、最後の一人のカプセルを開き、中の人間を両腕で押さえつける。俺は注射器をもったまま、カプセルに近づく。


 そして、一呼吸を置いた後、俺は右手に持った注射器を、樽原の右腕に突き刺した。


「え?」


 樽原が素っ頓狂な声をあげる。俺はその反応に構わず、注射器の中身を樽原の体内に注入していく。ようやく俺の行動を理解した樽原がつんざくような悲鳴をあげる。樽原は両腕を大きく振り回し、刺された右腕を伸びた左手でヒステリックに掻きむしり始める。床に叩きつけられた注射器のガラスが割れ、中身がコンクリートの床へと散乱する。恐怖で痛みを感じないのか、樽原の右腕の肉が伸びた長い爪でえぐり取られ、赤い鮮血がじわりと滲み出していく。


「うちの会社って、ゾンビの在庫管理は徹底してんのに、ウイルスの管理は杜撰なんだよな」


 樽原が鬼の形相を浮かべながら俺に襲いかかろうとしてくる。しかし、いくら体格が良くとも、日頃運動を怠っている人間など恐れるに足りない。俺は樽原の体当たりをひらりと交わし、足を引っ掛けてそのまま地面に倒れ込ませる。顔面から勢いよく倒れ込んだ樽原が苦悶のうめき声を発する。そして、ゾンビ化が早くも進んでいるのか、徐々に身体全体が黒みを帯び始め、動作全体が鈍くなりつつあった。


 俺は床を転げ回る樽原をそのままにし、作業道具入れを取りに行く。中には、書類や工具と一緒に、モニタ室から密かに持ってきていたキューピーマヨネーズが入っていた。俺はそれを手に取り、樽原のもとへと戻る。身体はすでにゾンビ化を終え、樽原は意味のない喃語を発するだけだった。


「ひと目見たときからずっと……美味しそうだなって思ってたんだ」


 あらん限りのコネと権限を利用し、樽原を花形のゾンビ管理部へと異動させ、自分の部下というポジションに配置させた。すべてはこの日のために、この日の快楽のために。長きに渡る努力に思いを馳せながら、樽原の肥えた右腕にマヨネーズをかける。


 そして、俺はこみ上げてくる衝動に身を任せるまま、目の前のご馳走に勢いよくかぶりついた。

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