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それぞれの夜明け

「お願いがあるんだ。イリス」

 私に名前を呼べれたその人物は人なっこい笑顔を浮かべながら首を傾げこちらを見た。

「なんですかロテスタ―様」

「これ、王子様に何て口の利き方を」

 イリスの姉が眉をしかめる。

「今更じゃないかアンリ。私は平気だよ」

「ですが・・・」

「で、お願いって?」

 イリスは姉の言葉など気にすることなく話を進めた。

「君、薬草を集めに山に入るだろう。もしそこでレインリナを見つけたら教えて欲しい」

「あのレインリナですか」

「そうあのレインリナ。奇跡と呼ばれる方でなくてもよいからお願い出来るかな」

「奇跡でなくてもよろしいのですか」

 アンリが不思議そうに聞いてくる。

「うん。どっちにしても今では珍しい花だから見つけたら研究をしてみたいんだ」

「・・・わかりました。取り敢えず覚えときます」

「ありがとう。頼むね」

 イリスのやる気のない返事に私は笑った。

「そうやって・・・」

「うん?」

「笑ってた方がいいですよ」

「そうかな」

「俺はすきです」

 普通の事を話すようにさらっと言われた言葉にロテスタ―の心を温かくなった。

「イリス! 何て失礼な事を」

「怒らないでアンリ。彼の素直さは私も見習わないとね。ありがとうイリス」

「よくわからないけど、どういたしまして?」

 イリスの返事に私は彼が好きだと言ってくれた笑顔で返した。


 冷たい風にロテスタ―は身を震わせ目を開けた。懐かしい記憶を思い出したのは彼イリスを思っての事だろう。

 数時間前に兄ローランドの手によって裁きの塔へ幽閉された私は塔から逃げ出し、厩舎から馬を拝借してその場を離れた。向かうのは・・・。

 明るくなりかけた空を見上げる。

 イリスは人を傷つけるようなことはしない。そう私は思っている。誰よりも姉を慕い、その姉と同じくらい王子である私を事あるごとに気にかけ心配してくれていたそんな彼が・・・ユリナ殿を?

 イリスの姉のアンリは私が幼い頃から側に仕えている。でも弟であるイリスの存在を知ったのは5年前。手に入りにくい薬草の話をアンリにしたところ、数日後にその薬草を用意してくれた時だった。その時、弟がいて山で薬草採取の仕事をしていると教えてくれたのだ。

 山に入れば危険が伴う。もちろんイリスはそれに対処できるだけの動きが出来る。でも、それだけだ。兄上が話していた暗殺者などでは決してない、はず。

 強い風が木々を揺らす音がある声と重なる。

『誰の子かわからぬ。そんな者の血は王家には不要』 

 ロテスタ―は耳を塞ぎ首を振る。

 そんなことは知りたくなかった。知ってもどうにもならいのなら知らずにいた方がよかったのに・・・悲しみではなく虚無の涙を流したあの夜、私の側にいてくれたのはアンリとイリス。ただ静かに寄り添ってくれた二人。

 私の人生にキミたちは必要だったけど、君たちには私は必要ない。私に縛られる事は何一つとしてないんだ。君たちが苦しい事は私も苦しい、反対もそうかもしれない。でも、私がどうにかしなければならない事を君たちがすることはないんだよ・・・お願いだ、私から離れて行かないで。私をひとりにしないで、私のために側にいて欲しいんだ。

 ロテスタ―は耳を塞いでいた手を下ろした。声など聞こえないただ風の音が聞こえる。

「何を失ってもいい・・・でも、君たちだけはだめだ」

 夜明けを告げる鳥の声。ロテスタ―は立ち上がり、馬の手綱を取った。

「兄上。私も守らせてもらいます。大切な者たちを!」

 全てを振り払うようにロテスタ―は馬を走らせた。


『ありがとイリス』

 何気に口にした笑っていた方がいいと言う言葉にあの方はそう笑い返してくれた。

 俺とあの方が会ったのは5年前。でも、姉が側に仕えてからずっとあの方の話は聞いていて、俺にとってその存在はずっと身近にあったしあの方の笑顔は俺たち姉弟にとって何よりも幸せな事だった。けど、その笑顔が段々と陰り始めたのは弟の第三王子が婚姻して暫くたった頃だっただろうか。寂しそうで苦しそうなそれでも笑顔でいようとするそんなあの方の姿に俺たち姉弟は胸を痛めた。

 そんなあの方の苦しい胸の内を知ることになったのはほんの些細な出来事。

『私は何者なのだろうな・・・』

 そう涙を零しながら呟いたあの方をアンリと俺は何も言えず、側についていて差し上げる事しかできなかった。

 その時でも今でもはっきりと俺の胸の中には確かなものがある。それは優しくて穏やかなあの方が心から笑顔になれるように幸せでいられるようと守ること。姉も同じ気持ち。

 だから俺たちは動いた。俺たちがする事であの方が困らぬように細心の注意をして・・・でも、どこかで何かがずれ始めたのも確かだった。

 奇跡の花レインリナ。その花を求めてモーリテス家の当主は山に入った。その人は誰もがうらやむ容姿で、地位も名誉も持っていた。

 その花は貴女には必要のないものでしょう? 全てを手に入れている貴女はその花に何を願うのでしょうか。これ以上あの方を追いつめないで欲しいのです。そう思ってしまったその瞬間俺は・・・。きっとあの方は俺のした事を叱って怒ってくれるだろう。そして泣いてくれる。そしてご自分を責めるであろう。でもどうかそんな事しないで欲しい。俺は自分の為にした。あの方の幸せが己の幸せだと思い込んでしまったから。

 モーリテス家の当主は命を取り留めた。王太子やモーリテス家が襲った輩を捜している。いずれ全てがあの方の知る事となだろう。

 後悔はないが自分達がしたことにあの方が苦しまないようにしたい。何事もなくこれからも過ごして行かれるように、その願いもあの方には納得できないかもしれないけど。それでもあの方の幸せを願う。

 俺たちが愛すべき王子であり、俺の大切な・・・あの方のために。


 裁きの塔の最上部から王太子ローランドは北の空を眺めていた。

 弟であるロテスタ―がこの塔から抜け出したと先程知らせが入った。まあ、そう仕向けたのは私なのだが、多分弟もわかっていることだろう。私と同じで性格が少々曲がってしまっているから。

 弟自身が手を下すことはしていない。でも、その要因を作ったのは彼の心の弱さだ。なあ、ロテスタ―。心の弱さと強さは同じなんだよ。弱いと思っていてもそれが強さにもなるし、その反対も然り。

 私は王太子である前に兄だから、君の幸せを思う訳で・・・ロイデンは別だがな。(ユリナの幸せは思う)出来れば私の試練を乗り越えて欲しい。大切な者を傷つけた報いは受けなくてはね? その先にどんな事が未来が待っているかわからないけど、それが君の出した答えだと思う。楽しみだな。

 笑みを浮かべたローランドの横顔に朝日が差し込んだ。

 

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