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トーホー地方からの手紙。

 朝の気持ちの良い風が窓に掛かるカーテンを揺らしていた。が、私ことユリナ・モーリテスはベットの上で半身を起こしたままぐったりしていた。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 心配そうにお付きのセリーナが私の顔を覗き込む。

「・・・夢見がね」

 夢というかユリナの記憶なのだが、本当の事を言う訳にもいかず言葉を濁した。

「ご気分が優れないようでしたら、マルス様にお医者様を」

「医者を呼ぶほどではないし、時間が経てば平気だから」

「そうでございますか・・・では、朝食のご用意をしても?」

「お願い」

 セリーナが寝室を出て行くと私は起こしていた半身をそのまま背中にあるふかふかの枕に沈めた。

『行ってはダメ! 行っちゃいけない!』

 何度ユリナの記憶の中で叫んだことだろう。彼女の背中は一度も振り返ることなくあの小部屋を出て行った。

 私は両手で顔を覆う。ユリナの記憶を知ることは大事だと思う。彼女がなにを見てどう感じていたのかが少しでもわかるから・・・でも、戻らない時間と何も出来ない今の私。どうにかしようと足掻いてもどうにもならない事が悔しくてイラッとする。

「貴女の幸せな記憶はどこに仕舞ってあるの?」

 ユリナの笑顔の記憶があるのは姉としてカインとセレサの側にいる時と、婚姻の時にロイデンに見せたはにかんだ笑顔だけ。私が楓の時もそんなに楽しい事なんて無かったけど、それなりに笑ってたと思う。

 ねえユリナ、こらからは貴女の表情筋をたくさん動かすから少しくらい小じわが出来ても怒らないでね。貴女を幸せにするためにやれる事は何でもするから、笑顔を周りに見せてあげて欲しい。貴女の笑った顔はとても素敵なのだから。あれっ、これって自画自賛? まっいいか。

 私が顔を覆っていた両手を退かすと爽やかな風が頬をなでた。

 

 朝食後の弟カインと共にお茶を頂きながら、マルスが今日の予定を伝える。

「午後から新商品の打ち合わせで、関係者の方々がお見えになります」

「午後から?」

「はい。ユリナ様の体調を考慮して、午後に変更させていただきました」

 マルスは何でもお見通し~、でもね。

「姉上お加減がよろしくないのですか?」

 ほら、カインが心配するでしょう。

「たいしたことは無いの。起きた時に気分が優れなかっただけで、今はなんともないから」

「そうでしたか。よかった」

 安心したように笑うカインに私も笑顔を見せた。

「なのでユリナ様には午前中はお部屋で安静にお過ごししていただきたく」

「えっ!?」

 マルスがジト目で私を見る。だって元気なんだよ私。

「ユリナ様」

 諭すようにマルスがユリナの名を呼ぶ。

「マルスの私への心配はわかるけど、打ち合わせを午後にしてくれただけで十分」

 きっとマルスはセリーナから今朝の私の様子が変だった事を聞いているから、尚更安全策を取ろうとしているのだろう。

「そうね。安静にしていてほしいなら一つだけ頼みを聞いてもらってもいい?」

「無理難題ではなければ」

「難しいことではないわ。街の本屋に行きたいの」

「それは安静になっておりませんし、お探しの本があるのでしたら取り寄せますが」

「自分の目で見て探したいの。お願い」

「・・・まあ、宜しいでしょう」

「姉上、私も一緒にいいですか」

「もちろんよ。マルスも行くわよね?」

「当然でございます。ユリナ様、決して無理はなさいませんように」

 年長の兄のような眼差しをユリナに向けるマルスに、私は安心させるように笑顔を向ける。

「わかったわ。ありがとうマルス」

「礼などは・・・」

「言葉にしなければ伝わらないでしょう。これまではともかくこれからはそのつもりでね」

 マルスは何となくだがサンが言っていたユリナ様の『心持ち』の話が分かるような気がした。心持ちを変わらざる得なかったお嬢様がここにいて、そしてそれはいい方へと流れていると感じる。

「マルス?」

「今は、それでよろしいかと」

 よくわからない感じのマルスからの許しも出たので本屋にGo! 私としては街に出る事がこれまでなかったので、まるで『初めてのお◯かい』や『◯◯散歩』のような感じです。

「馬車を用意いたします」

「馬車?」

 私の疑問符にマルスが息をつく。

「ユリナ様。モーリテス家の当主である貴女が街を自由に歩かれる事など出来ません。おわりですよね」

 わかりません。が言いたいことはわかります・・・けど。

「運動だと思えば」

「それは安静とは言いません」

「・・・馬車でいいわ」

 マルスに負けた。まあ、勝てるとは思っていないけどさ・・・。そんな私達のやり取りを見てカインが肩を震わせ笑いを堪えておりました。弟よ、笑うなら遠慮なく笑って下さい。

「あっ、そう言えば屋敷には無事こちらに着いたことを知らせたのかしら」

「はい。こちらに着いてすぐ」

「そう・・・」

 この場合、ロイデンはどうするのだろか? 多分彼は心配してるよね。

「・・・ロイには?」

「お知らせするにも、遠征先でございますし」

 でも、行っている場所はわかっている。

「マルス、本屋に向かう前に彼に手紙を書くわ。用意をお願い」

「かしこまりました」

 その場をマルスが離れると、カインが私を見ていた。

「カイン?」

「愛情いっぱいのお手紙を書いてくださいね」

「なっ、何を言ってるの!」

「でないと、あの人姉上欠乏症でこちらに来てしまいそうですから」

 ありそうなので返す言葉が見つからない。

「それと、おふたりは婚姻したのですから特に姉上はロイデン殿に対して感情をもう少し出してもいいと思います・・・もう、秘めた想いではないのですから」

 カインが優しく微笑む。

 秘めた想いだったのだろうか?・・・アマテナ国の末の王子で、あのローランドの弟。ユリナ的にはローランドには知られたくないと思っていたのは確かだと思う。だってばれていたら絶対面倒な事態になっていたから。

 私はユリナの記憶を探す・・・それらしきロイとの記憶はない。もしかしたら私には見せたくないのかもしれない。彼女だけが見つめたロイデンの姿。

 ユリナは彼を守りたかったのかもしれない。ロイデンという大事な人と自分の気持ちを。

「姉上?」

「・・・そうね。そう言うことにしておくわ」

「何か、違ってましたか」

 ユリナはカインに微笑み返す。もうこの話はお終いの意味を込めて。彼は理解したのかそれ以上の言葉を紡がなかった。

 視線を窓に向ければ青い空に雲が流れていく。さあ、弟の要望である愛情一杯分の想いを込めた手紙をロイデンに送りましょう。

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