ユリナの記憶
トーホー地方の主要都市ホクティに宿を取り、ユリナ達一行は腰を落ち着かせた。
「いいですかセリーナ。このフロアーは私共で貸し切っています。この階にいるのは我々モーリテス家の者だけですが、油断はないように。ドアも決められた手順を守って開閉する事」
「はい」
マルスがサンの代わりにユリナ付きになったセリーナ・ガロに説明している。
「ユリナ様は?」
「先程入浴を終えられ、お疲れなのかすでに寝室へとお入りになられました」
「まだ、就寝してはいないのですね」
セリーナは頷き、
「ベットの上で、仕事の資料をご覧になっておいででした」
「・・・今頃はお休みになっているであろうから、ご様子を見ておいてください」
「わかりました」
マルスは眼光鋭くユリナの部屋のドアの方を見た。
少し硬めのマットにふかふかの掛布団。手にしていた資料はすでに読めない程、私ユリナの瞼は降りていた。
人の気配に沈みかけていた意識が瞼を押し上げる。
「セリーナ?」
「起こしてしまいましたか。申し訳けございません」
ベットの上、置き去りにされた書類を彼女は集めていた。
「・・・いいのよ。そのままうとうとしちゃった私が悪いんだから」
セリーナは集めた書類をサイドテーブルの上にまとめ置き、ユリナに横になるように促す。
「おやすみ、セリーナ・・・」
「おやすみなさいませ、ユリナ様」
灯りを消し、セリーナは寝室を出ていく。
沈みゆく意識に中で遠征へと向かったであろうロイデンの事が思い出せれた。今頃はどうしているのだろうか? 無事に遠征の地に着いていればいいなと思いつつ私の意識は途切れた。
誰かの呼びかけに私は王城の通路を歩いていた足を止め振り返る。
「モーリテス殿」
「・・・ロテスタ―王子」
「お付きの者も付けずに歩かれるとは不用心ですね」
ユリナに追いついたロテスタ―は足を止める。
「ご心配痛み入ります」
ユリナはお辞儀をした。
んっ? 私はユリナの中にいるのに彼女はちゃんと存在している感じ・・・そうこれは初めてユリナの記憶を体感した時と同じ。
顔を上げた彼女がロテスタ―王子にあまり心を許していない事がわかる。
「なにか、ございましたか」
「いや、なにも。ただ、先ほどのお茶の席で母、王妃様が仰ったことを鵜呑みされないで頂きたいと思いまして」
お茶の席・・・例のお茶会の事かな。
「・・・何のお話でしたでしょうか」
ロテスタ―はユリナに近付き、横に並んだ。そして彼女の耳近く吐き出された声は低く冷たいもの。
「王妃の戯言などお忘れ下さい。弟と他の国との姫の子の話ならともかく、弟と貴女の子はこの国には必要ないのです。アマテナはモーリテスの血など欲していない」
ユリナは感情を表に出してはいないが、彼女がロテスタ―に対して関わり合いたくない人第一位になった事だけは確かだった。
「・・・そのようなお話、王妃様はなさっておいででしたでしょうか? わたくし途中から気分が優れずお話の方も・・・もし、そのようなお話を王妃様がされていたのでしたら私は謹んでご辞退させて頂く所存です」
ロテスタ―はユリナを一瞥する。
「私の年齢では子は難しいかと・・・」
自分で言った言葉に彼女の心が哀しんでいた。
私が叫びたかった。こっちこそモーリテスにアマテナの血なんていらないけど、ユリナはロイデンが好きだから・・・そんな事関係ないの。なのにこの王子ときたら、許しませんで~
「確かに、そうかもしれませんね。でも、万が一の可能性がないとは言い切れませんので」
どうしてユリナが子供を手離すと言う前提でこの王子は話すんでしょうね? もし、子供が出来てもユリナや特にロイデンがそんな事許すはずがないのに。ロテスター王子の意図がわからない。
ユリナは心に痛みを抱えたまま、それでもはっきりと言い放つ。
「もし、奇跡が起こって子が授かったとしても、その子を手離すことは致しません。母として親としてそしてロイデンと共に守ってまいります」
「・・・立派なお考えです」
「それに、王太子様や貴方様がご成婚し、お子を授かればいい話の様な気がします。王妃様はおふたりの先の見えないご成婚より、こちらに矛先を向けてしまっただけかもしれません」
まあ、あのローランドもいずれは誰かと結婚するんだろうけど全然想像できないし、この第二王子も難しそう。
「そうですね。仰る通り・・・兄や私がまずは頑張るべきなのかもしれませんね」
それにしてもあのお茶会の後、ユリナとロテスタ―王子との間でこんなやり取りがあったとは・・・。
「・・・では、失礼致します」
「引き止めて申し訳なかった」
歩き始めたユリナの後ろ姿にロテスタ―が声をかける。
「最近、奇跡の花をグローナル山で見かけた者がいるらしいです」
その王子に言葉にユリナではなく私が振り返る。彼の口元には微かだが笑みが浮かんでいた。
お前か!
なぜユリナがレインリナを探しに山に行ったのか、謎は解けた。この王子の所為だ。彼女は王子の言葉に反応することなくこの場を離れていったが絶対聞こえてた。じゃなければ花を探しになど行かない。
でも、疑問も浮かぶ。なぜユリナはロテスタ―王子の言葉を素直に信じたのか。いや、そもそも彼女が行った山はグローナル山だったのだろうか? これはマルスに確認しなければ。
私はロテスタ―王子を見る。すでに彼から笑みは消えており無表情でユリナが去って行った方を見つめていた。
「・・・お互い様か」
なにが? 私の問いかけは聞こえない。気付いたのは王子の悲しみを隠すように伏せられた瞳。
その瞳が気になって私は王子の後をついて行こうと思ったのだけど、それは出来ない相談ね~だったようで私の意識はそこで途切れ、別の場所へと飛んだ。
聞いたことがある曲が耳に届く。ユリナの中で私はここが屋敷の中のあの小部屋だと気がつく。
ユリナはテーブルの前、視線の先には手の中にある音の箱。
「ロイ・・・」
私はユリナの中でその呟きをとても愛おしくそして切なく感じとった。
「・・・あなたが、好き」
胸がきゅんとした。その気持ちがユリナのものか私なのかはわからない。でも胸の疼きは確かなもの。
私の意識はユリナから離れ、テーブルを挟んで彼女の前に立っていた。
「貴方と私のために、出来る事・・・」
ほんの数秒考えた様子のユリナは何かを決めたように音の出る箱を置き、そのまま小部屋を出ていった。私は追いかけようとしたが、その場から足が動かない。
彼女はきっとこのままレインリナを探しに行こうとしている。止められるものなら止めたかった。だって彼女は二度とロイデンに会えなくなる。もう戻らない過去の記憶。それでも私は声にならない声を叫ばずにはいられなかった。




