私がユリナ・モーリテスってどこの誰サン?
声を掛けたものの火の玉からの答えは無く、炎が揺らいでいるだけ。さて、どうしたものかと火の玉を見つめていると炎の揺らぎの中に1輪の花の姿が見えた気がした。
「私が死ぬ前に見てた花?」
よく見ようと目を凝らし近付いた瞬間、火の玉の虹色の炎が私を包み込んだ。
1輪の花が斜面に咲いている。その花の色は多分私は生きていた世界では見たことのない色をしていた。
『見つけた・・・』
その声の主を私は知らない。でも、私が声を出している感覚があった。姿を確認することは出来ないが目の端に見える服装で私ではない誰かの身体なのだとわかるしそして女性だ。もしかして、あの火の玉の体なのかもしれない。
私は花の根を土ごと掘り起こし、鉢植えに詰め替える。そしてその全体をケースにいれ背負う。ずっしりとした重さが体に伝わった。
「ザシュ」
鋭い音と共に近くの幹にナイフが刺さる。振り向く私の視線の先にナイフを手にした男の姿。
私は走り出す。走りながら私ではない彼女の気持ちが伝わってくる。
(ここで死ぬかもしれない、でもここで死ねない)
胸を焦がす、切ない想い。彼女は誰の事を考えていたのだろう。
走り続ける彼女の視界から私は自分の意識の目を閉じた。
人が一人身を置ける洞穴で彼女はケースを大事そうに抱え込み目を閉じ座っていた。私は虹色の火の玉と一緒にその彼女の姿を見てた。
アップにまとめていたシルバーに近い金色の髪が解けて、彼女の顔に掛かっている。洞穴に朝陽が差し込み、彼女の髪が虹色に輝く。
「あなた…なのでしょう?」
私は再度火の玉に問いかけてしまう。
「多分だけど、体に戻らないと死んじゃうんじゃないのかな」
彼女をよく見るとケースを抱き座っているその体に呼吸運動がみられない。
「えっ、もしかしてもう」
火の玉に振り返ろうとして、私の体は優しく背中を押された。そして倒れながら見たのは火の玉ではなく彼女の姿だった。
彼女は寂しげにそれでいて強い意志を持った瞳で私を見つめて言った。
「ユリナ・モーリテス」
「ユリナ・・・モーリテス?」
私はその言葉を繰り返す。
「貴方の新しい名前です。どうぞ、末永くお願いします」
意識が遠くなる私の頭に泣きそうになりながらもそれを堪えて微笑む彼女の様子が写真の様に焼きつき、私の胸を痛めた。
「てっ言うか、私の名前ってどういう事!?」
私、青山楓の叫びが誰かに届くこともなく、そしてユリナ本人に何の説明もされないまま静かに深い眠りへと沈んでいく。
ただ、意識が完全に途切れる寸前、声を聞いた。ユリナだったのかもしれない。その声が彼女だったと確信できたのはもう少し後の話。
私はその声の言葉に込められた意味を今は知るすべもなかった。
町の中心部のモーリテス家に急ぎの馬車が到着してから半時。屋敷の中は多くの使用人が静かに動き回っていた。その一人、サン・パパスがお湯入りの桶を手にある部屋に向かっていた。
部屋のドアの横には2人の屈強の男が剣を腰に差し、仁王立ちし辺りを警戒していた。
部屋の前に来たサンは男共に目配せすると、ドアを開けさせる。
「ありがとう。しっかり頼むわね。」
サンが中に入り、ドアは閉められた。