ペガサスの馬車に乗って移動中 前編
ここは馬車の中です。かといってガタゴト揺られてはいません。眼下に見える城下の風景に私はため息をつくしかなかった。
「姉上」
「カイン、わかっているわ。これは私の為なんでしょう」
「お分かりいただいていれば結構ですよ。ユリナ様」
同じ馬車の中、カインの横に座っているマルスが口にする。
「でもねマルス・・・」
私ことユリナ・モーリテスは窓から見えかくれする翼の動きに首を横に振った。ペガサスなんてファンタジーの世界の話のはずがここでは現実でありました。でも、この異世界アマテナには魔法は存在しない。私的には魔法がよかった見たかったと。くすんハ◯ー・◯ッターの世界。
「・・・私は道すがらの街や人々の暮らしの様子を見ながらトーホー地方に向かいたかったの」
「わたくしもそう思っておりましたよ。しかしながら同行されないロイデン様の意向を無視、もとい無下にもできません」
そうユリナの夫であり、アマテナの第三王子のロイデン・アマテナ。
ロイは今回のユリナの仕事に同行できないばかりか、王族として別の場所に視察に行く事になった。なのでユリナを心配した彼がペガサスによる移動を希望したのである。
確かに空での移動は速い。ペガサスはアマテナの国馬であり、王族のみ利用ができるらしい。なのでペガサスがひいている馬車は自ずと王族関係となる。でも安全と言えるのかどうか。だってバレバレな訳で、反対に狙われやすいよねて感じです。ですがマルスの言うとおり、ロイの気持ちなので・・・。
「でも姉上、あの方をどうやって説得なされたんですか。視察には行かず姉上と一緒に行く気でしたよね」
そうあれは私がユリナの小部屋を見つけた翌日の執務室で、マルスからトーホー地方での仕事で明後日にはここを立つとの話しを聞いた後のディナーでの事。
「えっ、明後日ですか。私は聞いていませんが」
ロイデンの言葉にそこにいた私とカイン、マルスにサンは心で『だから今話してます』と呟いていたと確信する。
「私も今日マルスから聞いたばかりですので」
「なんてことだ・・・」
「ロイ?」
「私も今日、王から遠征に向かう事が伝えられたんです」
あまりの偶然に私はマルスに視線を向けるが、マルスは知りませんよ的な表情。
「そうでしたか。ではお互いに」
「もちろん僕は貴女と一緒に行きますよ」
「はい?」
「当然です。貴女を今度こそ守らなければ」
「状況が違います。今回私は仕事でトーホー地方に行くのであり、カインとマルスも同行します」
「僕も一緒ではだめですか?」
寂しそうに首を傾げるロイの様子に私の気持ちが揺らぐ。
「ロイ、ダメ以前に王から王族として視察を申し使ったのでしょう。私情でどうこう出来ることではありません」
「王族としてよりユリナの夫として側にいるのが僕本来の姿だと思うのですが」
ああっ、サンの目が怖い。
「ロイデン殿、いや義兄上。姉の心配はわかりますが私もマルスもいます。我々をもう少し頼ってはいただけませんか」
ロイデンがカインとマルスを見る。
「彼女の側にお二人がいるその安心感に何の疑いはありません。だだこれは自分の気持ちの問題なのです。ユリナと離れている時、この間と同じような事になってしまったら僕は悔やんでも悔やみ切れない。彼女の生死もわからず馬を走らせたあの時の苦しい思いは二度としたくありませんから」
ロイの気持ちもわからずではない。なのでここにいる誰もが彼に強く言う事が出来ないでいた。あのサンであっても。
「僕は貴女と一緒にいきます」
私は止まっていた手を動かしスプーンを置き、サンに目配せする。
「カインはこのまま食事を続けて。ロイは私と一緒に来て下さい」
サンがユリナの椅子を引き、席を立ったユリナは部屋のバルコニーへ出て行く。
双子月が照らすバルコニーにユリナに続きロイデンの姿。
「ロイ」
少し距離を置いて私は彼と向かい合う。
「僕は」
「少し私の話を聞いてくださいますか?」
ロイデンは頷く。
「貴方の気持ちや言いたいことはすごくわかります。でも、貴方はまだ王族の人間です。私の夫であってもその立場よりも王族としての立場の方が優先される。そうではありませんか」
「しかし・・・」
「貴方がご家族の前でおっしゃった例の話はまだ他の者には内密のはず。いま貴方が王族として国を蔑ろにする行いをすれば、貴方の望みを王は叶え難くなってしまうのでは?」
「でも、功績をあげてしまったら他の者が僕を辞めさせまいとするかもしれない」
「ロイ」
私は手を伸ばし彼を手元に呼ぶ。
ロイデンは引き寄せらるようにユリナの手を取りその腰を抱く。
私は小声でロイの耳元に話す。
「でも、優秀すぎる王子はいらないと思いますよ。後継者問題いの火種になりますし」
ロイの兄であるローランドはともかく周りの人間がいらぬことを言うだろう。
「僕はそんな」
「わかっています。だからこそ第三王子として国や王の為にやれるだけの行いをし、その後なら貴方の願いも通りやすくなると考えます」
「いまは、王子として行動せよと言う事ですか」
「私は王子としての貴方を尊敬しています」
「夫としては?」
「・・・それは、これから築き上げて行く事なのでは?」
納得できかねない表情のロイデンの頬にユリナは触れる。
「ユリナ?」
ロイはユリナにとってどんな存在なのだろうと思う。
「貴方は私にとって」
私の問いかけはロイの口づけで止まってしまった。
優しいキスは私のと言うよりユリナの身体全体をほんわかと包み込む。この感覚は多分、ユリナのロイに持つ好意の現れなのだと思う。
離れた唇から2人の吐息がこぼれた。
ロイデンはユリナをみつめる。
「貴女にとって僕は当たり前の僕であって欲しいと願っています」
私はロイを見つめ返す。
「そばにいて当たり前、抱きしめてキスして当たり前、笑顔や泣き顔を見せてくれるのも当たり前、怒るのも喧嘩するのもそして仲直りするのも当たり前。そんなこと全てを貴女が当たり前のようにしてくれる僕でありたいです」
それはごく普通のことかもしれない。でも、ユリナにとっては・・・。
私はロイの背中に手を回し精一杯抱きしめる。ロイはピクリと身体を強ばらせつつも抱きしめ返してくれる。
そしてロイのその胸に聞こえない程の小さな声で囁く。
「彼女には当たり前なことほど難しいのですきっと」
髪にキスをふらせるロイデン。
「何度でも貴女に誓います」
私は顔を上げる。ロイの碧眼に映るユリナ。
「ユリナ・モーリテスを愛し続ける事を」
その言葉と共に重なった唇。その瞬間、朧げだった婚姻式のユリナの記憶がはっきりと映像として頭に表れた。
祭壇の前、ロイデンは今と変わらぬ言葉をユリナに送った。ユリナはロイデンを見つめ微笑む。
名残惜しそうに2人の唇が離れる。
「ロイ」
「んっ?」
「遠征から戻ってこられたら、お時間を作りましょう」
ロイの顔が歓喜に溢れ、私は息が苦しくなるほど抱きしめられた。




