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ユリナの小部屋

 書庫の隠し扉の奥に現れた階段。

 階段を見上げていた私は目を閉じユリナの記憶を探る。

「とりあえず初めてではないみたいね」

 そうとわかれば安易に怖がることもないので私は階段を上った。 

 階段は10段位だったろうか。上がり切ったそこには六畳ほどの部屋があった。部屋の天窓から月明かりが入り中を照らす。

「ここは何部屋?」

 ユリナの記憶はここで何かをしたことはなく、この部屋の存在を知っている事だけ。

 ひとりがけのソファとサイドテーブル。

「音はあれかな」

 見ればサイドテーブルの上に小さな箱があり、その上部が開いていた。

 私は箱に近付きそっと覗き込むが中にはなんもない。箱を手に取り裏を見るとネジがあった。

「これって」

 この世界にあるかわからないけど音の出る箱。ふたを閉めネジを回す。

 ふたを開ける。

 静かに澄んだ音が箱から聞こえてきた。それはさっき部屋の外で耳に届いていた音と同じ。

 この世界で初めて聞いた曲と言うものかもしれない。

 私はソファに座り目を閉じその音色に耳を傾ける。

 この世界に来る前はそれなりに色色な曲を聞いていたな・・・アイドルからJポップ、歌謡曲、アニソンに洋楽。そう言えば丁度村下さんの『◯恋』にはまってネットで聞きまくってた。あの方の声と歌詞に胸がず~んてなる。

 ふっと頭にこの部屋の様子が浮かぶ。これはユリナの記憶。この場所のこのソファに座りこの箱から流れる曲を聞いている。

 私は目を開け、手の中の箱を見る。ふたの内側に薄くなっているが文字が読み取れる。

『ユリナ嬢へ』

 この箱は誰かがユリナに送った品らしい。ユリナが自分の部屋ではなくここにこれを置いておく理由がよくわからないけど・・・多分、大切なものなのだと思う。あっでもそれなら自分の近くに置いておく?

「1人で聞きたかったのか、聞かれている姿をみられたくなかったか? それともこれは関係ないのかも」

 私は箱の蓋を閉じる。

 ユリナのこれまでを私は彼女の記憶という断片的なものでしか知ることが出来ないし、その時の彼女の考えや気持ちはわからない。でも、彼女はモーリテス家の当主として自分の感情を表に出すことも、1人の時でさえ愚痴ることも無かったのかもしれない。以前の私は愚痴をカラオケ店の個室で叫びまくってた。後はマンガとゲームで現実逃避。だってね溜め込むのは身体に悪いもの。発散して気持ちを切り替えなければ仕事は続けられません。

「・・・んっ? ここって」

 私は改めて部屋を見回す。なにもないけど落ち着けるそんな部屋でソファに腰かけ箱から聞こえる曲を聞く。

『私がわたしでいられる場所』

 その思いが胸にすとんとはまった。

「うん・・・よかった」

 箱をサイドテーブル戻し、私は小部屋を後にした。


 寝室に戻った私は部屋に差し込む月明かりに誘われ窓に近付く。

 夜空に双子月と呼ばれる月が二つ並んでいる。

「これだけ明るいと月明かりだけで出歩けるわね」

「今度はどちらに?」

 はっきり言って心臓が止まりかけました。私はゆっくりと声の方へと振り返る。知った人物がたっていた。

「サン」

「はい。なんでございましょう」

 いや、それこっちのセリフだからね。

「・・・どうかした?」

 サンはユリナの側に来るとその手をとった。

「手が、冷たくなっておりますね。身体が温まる飲み物をご用意しましたのでお飲みください」

 私はベットに入り、サンが手渡してくれた湯気の立つカップを口に運ぶ。

 温かさと甘い香りが身体をめぐる。サンの言う通り体は冷えていたらしい。

「暖かくなってきたとはいえまだ夜は冷えますから、お気をつけください」

 サンは私がどこに居たのかわかっていて何も言わない。

「サン」

「はい」

「ありがとう」

「マルスにも伝えておきます」

「えっ、マルス?」

「屋敷の内で彼が知らない事など」

 私は思わず部屋の中を見渡した。

「別にお嬢様を見張っている訳ではありませんよ。ただ、常に誰かがお嬢様を見守っている。その者がマルスに報告するのです。まあ、大体はいつもお側にいるわたくしですけど」

 ほっとして息をつく私。

「心配かけてしまったのね、ごめんなさい」

「・・・お嬢様が謝る事ではありません。それが私達の仕事です。それに、お嬢様にもそういう時間は必要ですから」

 サンやマルスはあの小部屋の事を知っているのだろう。そしてユリナにとっての部屋の意味を。

 瞼が重たくなってきた。サンが私の手からコップを引き取り、上掛けを掛けてくれる。

 意識が遠くなり何をサンに言ったかよく覚えていないが、彼女がとても驚いている表情を見た気がした。

 サンは静かに部屋のドアを閉め廊下に出た。

「ご様子は?」

 廊下に佇むマルスにサンは会釈する。

「お休みになられました」

「そうか・・・サン?」

 少し戸惑っている表情のサンにマルスは問う。

「あの小部屋に行かれることはお嬢様には必要な事だとわかっておりましたが、先ほど眠られる前にこう仰ったんです」

『今の私が、あの部屋に行く事はないわね・・・』

「? 今のユリナ様には必要ないと」

 マルスは思案気に首を傾げる。確かにユリナ様が瀕死の状態で山から戻られてからのご様子は以前と違う所が多々あったが、サンの聞いたお嬢様の言葉が確かだとすればあきらかに以前のユリナ様とは異なる。

「ロイデ」

「ありえません」

「早いな。だがなくもないだろう。あの山での後、変わった事と言えばロイデン様がこのお屋敷にいるようになった事しか変化はない」

「・・・私にはお嬢様の心持ちが異なるように思います」

「心持ち・・・考え方か」

「はい。はっきりとしたことは言えませんがあの騒動のあとユリナ様の中で変わらざえない何かがあり、それが今のお嬢様の心にあるのではないかと」

 マルスは頷きつつ、

「変わらざえない何かか・・・」

 多分、私がユリナ様に訊ねたところで答えが返ってくるとは思わないが、一度折をみて聞いてみてもいいかもしれない。

「サン」

「はい」

「ロイデン様は悪い方ではない。ただ、ユリナ様へのお気持ちがまっすぐ過ぎるだけ」

「・・・わかっております」

 わかっていても納得はしていないか。マルスはサンの感情のない平坦な声からそう読み取った。

「あっ話は変わるが2日後、ユリナ様とカイン様は仕事でアマテナの北にあるトーホー地方に向かわれる。支度を頼む」

「わかりました。貴方も同行するのでしょう」

「同行はするが、今回は護衛の部分が大きい」

「私もご一緒していいのよね?」

「すまないがサンには屋敷の方・・・睨まれても変わりませんよ決定事項ですから」

 サンは仕方なさそうに息をつく。

「まあ、あの王子よりは安心ですけど・・・」

 その時そう言ったサンもそれを聞いて苦笑したマルスも、この後の王子ことロイデンの活躍を知るのはもう少し先の話。

 

 

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