大切にしたい大事な人の気持ち
モーリテス家の屋敷の一部屋にマルスの仕事部屋がある。マルス・ホーデン・ノットはモーリテス家の執事でユリナの秘書を任されている。
マルスが久しぶりに戻った部屋の机の上には小山位の書類が積まれていた。まあ、これ位で済んだと思いましょう。しかしユリナ様にいったい何が起きたの言うのだろう。1人で勝手にどこかに行くなどこれまでは無かった事。いや、私が知らないだけで本当はこれまでも自由にされていた?・・・否、それは断じてないと言える。あの方は先代から任された当主としての責務をこれまでしっかり果たされたきた。そう考えると今回のユリナ様の行動はあり得ない。
マルスが書類に手を伸ばし掛けたと同時にドアがノックされる。
「パパスです」
「どうぞ」
パパスはドアを開け軽く一礼して部屋に入った。
「ユリナ様の支度の方は?」
「他の侍女がお手伝いしております」
「そうですか・・・」
私は先程のユリナ様の言動を思い出し、パパスに問う。
「パパス、ユリナ様の事に関しては私に逐一報告をしていると思うが・・・なにか他にないか」
マルスの言葉にパパスは話していいものかどうか迷う表情を浮かべた。それを見逃すマルスではない。
「あるのですね」
「・・・とても些細な事でございます」
「話してください」
パパスに話ではユリナ様が山から戻られ意識を回復されてから、以前の当主として過ごさられていた時よりも色んな表情を見せているとのことだった。確かにさっきの執務室でユリナ様は自分に頭を下げた。これは当主としてあり得ない。もし仮に主に非があったとしても謝罪の言葉を口にすればいい・・・なのにそれを態度で示した。
「些細の事ではありますが、それを無意識に屋敷外でされると大きな事になるかもしれませんね」
「そうでごさいますね。でも・・・ユリナ様はユリナ様ですから。私は何の心配もしておりません」
そうパパスはしっかりと私に言い放つ。彼女がそういうなら今のところは様子を見てみる事にした。しかしその後もパパスの言葉は続き、
「あのロイデン王子こと以外でしたら」
私は苦笑を浮かべつつ、
「ロイデン殿とはどうですか」
「どうとは?」
マルスの問いにパパスは問いで返してきた。
「おふたりの仲です」
深く長い息をパパスはつく。
「あの方は決まりを守ろうとする意志がございません」
「ああ、当主の配偶者としてのあれですね」
パパスは頷く。
「お嬢様が命の危機にあってから尚更抑えが効かないご様子で、隙あらばと言う感じです」
「・・・ユリナ様は?」
「嫌、ではないのでしょうが・・・時と場所を考えて欲しいと王子にはっきり言っておりましたね」
ロイデン殿の気持ちもわからなくはないとマルスは思う。大事な人を失うかもしれないという恐怖にその人を抱きしめて決して失ってはいないのだと安堵したい気持ちが。
「まあ、我々はどんな時もユリナ様のお気持ちが一番ですからね」
「もちろんです」
私の言葉にパパスは当然だと言うように返した。
ユリナとマルスがいなくなった執務室でカインとソニオは自分達の仕事をしていた。
ソニオは書類に筆を走らせながら口を開く。
「カイン」
「なんです?」
カインも書類に目を通しながら返事を返す。
「義姉上は、大丈夫でしょうか」
「大丈夫なように我々がいるんですよ」
「そうですが・・・暗殺など、許せれる事ではないでしょう」
「人を殺めたり傷つけたりすることに許せれる事はありません。例えそこにどんな理由があろうとも。姉上を傷つけた者にはきちんと落し前をつけます、それが王族でも」
「本当に・・・君たちは義姉上が大切なんだね」
「・・・それ、セレサ怒るよ」
「え?」
ソニオは己が言った言葉を反芻する。
「もちろん僕も義姉上が大切ですよ! 当たり前じゃないですか」
この場に居ない妹に気を使う義弟にカインは苦笑いする。
「姉上はモーリテス家の主、そして家族として私と妹を守り支え続けてくれた。だから私達も同じ心持で姉上の側にいる。でも、一番は姉上に一人の女性として幸せになってもらいたくて、ロイデン王子との婚姻も賛成したのに・・・それがなぜ暗殺未遂になど」
「カイン。それ、セレサ怒るから」
「確かに・・・セレサはこの婚姻に反対だった」
「そう、だから今回の件で彼女のロイデン王子に対する不信感が増した訳で」
「それもなんとかしないと、ロイ王子自身悪い方ではないしね。ただ、あの皇太子の弟ってだけで苦手意識があるみたいだからな」
「あの方とは全然違うと思うんですけどね」
「姉上を好いてる所は同じだが、もしいま皇太子が姉上に求婚したら私は全力で阻止する。どんな手を使ってでもね」
思った以上のカインの声色にソニオは驚き、彼を見る。
「カイン?」
書類に目を通しながらカインのその瞳は冷たく殺気を帯びていた。
「義姉上がそれを望んでも?」
「それは絶対にない。断言できる」
「それはわからないんじゃ・・・」
「わかるよ。姉上が私に言ったんだがら」
「えっ?」
カインは息をつき、ここだけの話だと釘を刺し言葉を続けた。
「皇太子は2度姉上に求婚している」
ソニオは目を見開く。
「知らなかったのも当然。公にしてないし、皇太子もその場の雰囲気で口にしたらしいし、姉上のその時すぐ断っている」
「2度も?」
頷くカイン。
「皇太子との婚姻事態悪い事ではないし、私は理由を姉上に訊ねた・・・」
ソニオは息を飲む。
「『彼と私は立ち位置が近いだけ、そこに特別な感情はないの』とそして『私の方にはだけど』と」
「てことは皇太子の片思い、ですか」
「そうゆう事。なのにいつまでたっても姉上を自分の側に置いて、姉上の幸せの邪魔をする。好いた人の幸せを考えられないような男に大事な姉上を渡せるか? それに姉上の中に皇太子への気持ちは全く無いというのに」
「・・・それはわかるよ。義姉上の気持ちを尊重したんだよね。では、今回のロイデン王子との婚姻はどうなの。政略結婚だよね?」
ユリナの気持ちを考え皇太子との婚姻は無いと言い切ったカインがロイデンとの政略結婚を認めるはずがないとソニオは思ったのだ。
「ソニオ、私の話聞いてましたか」
「ええ。カインが義姉上の幸せと気持ちを考えて・・・えっ!」
静かに頷くカイン見てソニオは口をつぐむ。
カインは何事も無かったように再び手元の書類へ目を向け、ソニオをも若干震える手で書類に筆を戻した。




