マネージメント
「あー、もうやだぁ」
そう言って、怜は事務所のソファにダイブした。
ここは小さな芸能事務所。所属しているタレントもまだ少ない。そんな中で、秋山怜は大手に負けないほどの看板売れっ子だ。
「なに、今回の”男装執事刑事”そんなに嫌だった?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ご主人様の秘密、暴きます。あの決めゼリフ吐く時の怜はすごくカッコよかったと思うけど。おかげでまたファンも増えたし」
「そこなんですよぉ~」
情けない声を出しながら、怜は頭を抱えてうずくまった。百八十センチ近くある身長が、今はハリネズミのように小さく見える。
「いいじゃない。自分のことを好きだと言ってくれる人が大勢いるんだから」
「よくないですよ! 目が合っただけで大興奮されるんですよ? 怖くないですか?」
「べつに。何が怖いの?」
「狂気じみてて怖いんです! もしちょっとしたことで嫌われたりしたら、同じ熱量の反動が返ってくるんですよ。きっと私殺されちゃう」
「考えすぎだって」
ブルブル震える怜を眺めながら、私は小さなため息をついた。
モデルや女優の仕事をしている時の怜は凜々しくてカッコイイのに。一旦仕事から離れると、こんな風にネガティブな面が暴れ出す。表と裏があるのは悪いことではないけれど、毎回マネージャーとしてやる気を引き出すのは一苦労だ。
「じゃあ、やめる?」
わざと突き放したように言ってみる。すると、怜はピタリと動きを止めた。そしてむくりと起き上がる。
「……やだ。やめない」
「どうして?」
「六花の入学金稼がないといけないから」
六花というのは、怜の二番目の妹だ。彼女の家は七人家族で、父親と怜の二人で一家の家計を支えている。その事実を再認識させられて、私の心はズキリと痛んだ。
私はそっと怜の隣に座る。
「本当に嫌だったら辞めてもいいのよ。六花ちゃんの入学金は私がなんとかするから」
これは本音だ。マネージャーとか事務所のこととか関係なく、怜が本気でそうしたいと願うのなら、たとえクビになろうとも、私は社長と掛け合ってその願いを叶えてやりたい。これは私が怜をウチに引っ張ってきた時に誓ったことだった。
怜が、私の言葉の真意を探るように見つめてくる。そして、小さく首を横に振った。
「やだ。やめない」
「だから、六花ちゃんのことは――」
「そうじゃなくて!」
怜が私の言葉を遮る。そして、子犬のような視線をこちらに向けた。
「だって、私が辞めたら鳴海さんは誰か別の人のマネージャーになるんでしょ? それは絶対にやだ」
「やだって……」
言ってて恥ずかしくなったのか、怜は赤くなった頬のままそっと視線を逸らした。その不意打ちの可愛さに、ふと理性が飛びそうになる。しかし、それに釘を刺したのは胸の苦しさだった。
「私は怜に慕われるような人間じゃないの。あなたがどうしても欲しかった。だから、あなたの家庭の事情を利用して強引にウチに誘った。本当は最低な人間なのよ、私」
もともと内気で人前に出るのが極端に苦手だった怜を、無理矢理この世界に引っ張ってきたのは私だ。しかも、彼女の家庭の事情を利用して、まるで脅すかのように。今だって、それで彼女をこの世界に縛り続けている。ずっとそのことは心に引っかかっていた。
彼女が私に笑顔を向けるたび、どこか胸の奥が紐で縛られたように苦しくなる。罪悪感が心を蝕んでいく。もう耐えられなかった。
怜はどう思っただろう。怖くて顔が見れない。しかし、俯く私の顔を、怜は優しく包み込んだ。
「鳴海さんは最低なんかじゃありません。だって、鳴海さんがこの世界に誘ってくれたおかげで、六花はずっと行きたがってた私立の女子校に行くことができるんです。諦めるんじゃなくて、希望が持てるようになったんです。六花だけじゃなく、他の妹弟たちも。だから、鳴海さんには感謝してるんですよ」
「でも、もしかしたら他に怜に合った仕事があったかもしれないじゃない」
「確かにそうかもしれません。でも、後悔はしてないんですよ、私」
「どうして?」
「鳴海さん、私を事務所に入れるために半年も父と交渉してくれたじゃないですか。今まで誰かにそこまで必要とされたことがなかったから、私すごく嬉しかったんです。だから、この人のために頑張ろう、この恩を返せる仕事をもっとやろうって思ったんです。だから、これからもビシバシ鍛えてください」
「怜……」
彼女のその屈託のない笑顔を見て、胸の奥を縛りつけていた紐がゆっくり解けていくのがわかった。
ああ、そうか。なんで監督やプロデューサー達がこぞって怜を使いたがるのか、今少しわかった気がする。
良くも悪くも、怜は素直なんだ。今まで請け負ってきたタレント達は、私の小言や厳しさについていけず、すぐさま担当から外された。
でも、怜は違う。彼女はすべてを素直に吸収して、自分の糧として成長していく。要領は良くなくても、相手の意図するところを感覚でくみ取って表現する。だから、みんな彼女を好きになる。応援したくなる。むろん、それは私も。
「敵わないなぁ……」
「何か言いました?」
不思議そうな顔をする怜に、私は首を横に振って否定した。怜がそう言うのなら、私はマネージャーとしてその望みを叶えてあげなければいけない。
「わかったわ。じゃあお言葉に甘えて、昨日きた映画の話受けるわね」
「お願いします。ちなみに、どんな映画なんですか?」
「確か、恋愛映画だったかな」
聞くないなや、突然焦った顔の怜が私の肩を掴んできた。
「恋愛って……まさかキスシーンとかないですよねっ?」
「さて、どうだったかな」
「鳴海さん!」
泣きそうな顔がちょっと可愛い。もう少しイジメたくなる。でも、これ以上の意地悪は可哀想なので、私は事実を伝えることにした。
「大丈夫。今回は主人公の恋敵の役だから。キスシーンはないよ」
「なんだ、良かったぁ」
ホッと安堵のため息をつく怜を見て、微笑ましくて思わず笑ってしまった。
「安心した?」
「そりゃもちろん。だって、やっぱりキスは好きな人としかしたくないですし」
最後の方の言葉は、口がもごもごしてて尻すぼみになっていた。でも、残念ながら私の耳にははっきりと届いている。
「今回の映画の設定なんだけどね、女子校なんだって。その中で、怜の役はその高校の王子様的存在ってなってたかな」
「え……?」
「これでまたファンが増えるわね」
「嫌だぁ~!」
悪夢を思い出したかのように、怜は再び頭を抱えて唸りだす。自分で振っといてなんだけど、このまま放置していたら、もしかしたら断るとか言い出しかねないかもしれない。それは色々困る。
「怜」
私は彼女の名前を呼ぶと、両手で彼女の顔を包み込んだ。そして、その唇に優しいキスをしてあげた。
「元気注入。これで頑張れそう?」
ビー玉のように丸々で透き通った怜の瞳が、私をじっと見つめている。両頬はほんのり熱い。
「もっと……」
「ん?」
「もっと元気ください」
怜の可愛いおねだりに、思わず口元が緩む。まさか、私が全力で怜のキスシーンを断っていたなんて、疎い彼女は気付かないんだろうな。
「いいわよ、いくらでも」
私は怜のマネージャーだ。だから、これからも公私ともに彼女を全力で支えていく。今日改めてそう誓った。




