真白な一日(2)
「でも、六花が生徒会長をできたのは桃香ちゃんのおかげだと思う」
「そんな。私何もしてないですよ」
「そんなことないよ。中学の時もさ、生徒会に入りたかったはずなんだけど、私や父さんが仕事で帰りが遅くなることが多くて。結局六花がチビ達の面倒みる羽目になったから、諦めるしかなかった」
「それは、まあ。本人も言ってましたけど」
「でも、高校入ってからは六花の代わりに桃香ちゃんがチビ達の面倒みてくれてたでしょ。部活にも入らず、うちで一緒に遊んだり、おやつや夕飯まで作ってくれたり。そのおかげで六花は生徒会に入ることができた。だからありがとう」
「いえ、そんな。私はべつに……」
そんな素直に感謝されると、少しだけ良心が痛む。
私が下の子達の面倒をみると手を挙げたのは、少しでも六花のそばにいたいという下心有りの不純な動機からだ。ここで六花に必要とされて、さらに胃袋まで掴めば、私を手放せなくなるだろう。そう思っての腹黒い計算。ああ、もう。これじゃあ六花を責められない。
「六花が言ってたよ。桃香ちゃんのおかげで自分はしたいことができてるから感謝してる。でも、本当にこれで良かったのかなって」
「六花が? それ、どういう意味ですか?」
「自分だけしたいことしてて良いのか、桃香ちゃんを犠牲にしてないか。それが心配なんじゃないかな」
「犠牲だなんてそんなっ。私はただ、六花が本当にしたいことを諦めるところはもう見たくなかったから。少しでも彼女の力になりたかっただけです」
中学の時、家庭の事情で生徒会入りを断った時の、あの六花の切なそうな顔が忘れられない。
生徒会長になって生徒のトップに立つ。それが六花の目標だった。だから、口では平気だと言っていたけれど、あの負けず嫌いのことだ、相当悔しかったに違いない。
でも、そんなこと怜さん達には言えないから。
本音を隠して、何も感じてないフリをして。その姿がおばさんの葬式の時の六花と被ってしまって。とても痛々しくて。
だから、高校に入ったら彼女がしたいことを諦めなくていいように、私でできることは何でもしてあげようと思った。
「私はお菓子が作れればそれで充分なんです。だから、六花が家庭の事情でまた諦めようとしているのなら、私が彼女の代わりに秋山家で下の子達の面倒を見ればいいやって。そこでお菓子作ればいいじゃんって思っただけです。単純なんですよね、私」
「ううん、すごいことだと思う。普通は友達のためにそこまでできないよ。だから六花にとって桃香ちゃんだけは特別なんだろうね。あのひねくれちゃんが唯一心を許せる相手」
「それを言ったら怜さんもですよ。最初、六花はここの受験も諦めようとしてましたけど。怜さんが、お金のことは気にせず絶対行け、って背中を押してあげたから、六花は今行きたかったこの高校を卒業できるんです。あいつ、相当シスコンですよ」
「まっさかぁ。そんな素振りまったく見せないよ」
「いやいや。その証拠に、私や他人に対しては呼び捨てか"さん"付けのあの六花が、唯一怜さんだけ"ちゃん"付けなんです。下に見てるわけでもなく、一定の距離を置いてるわけでもない。六花なりの最上級の親愛の証なんです。見ててわかりますもん、あいつは怜さんのことを尊敬してるって。だから、間違いなく六花は怜さんのこと大好きで、超が付くほどのどシスコンです」
「そ、そうかな? なんか桃香ちゃんにそう言われると照れる」
怜さんは私の力説に素直にデレる。その様子がなんだか可愛らしいので、こっちが嫉妬するくらいだということは今は言わないでおこう。
「怜ちゃんっ?」
驚いているその声に思わず振り返る。見ると、目を大きく見開いた六花が、スーツ姿の怜さんを凝視していた。超上機嫌の怜さんは、満面の笑みで六花に駆け寄って、その勢いのまま彼女に飛びつく。
「六花卒業おめでとう!」
「あ、ありがとう。でも、なんで? 今日は朝からドラマの撮影だったよね?」
「機材トラブルで午前中フリーになったんだって」
「機材トラブル?」
「そう。それで、どうしても六花の卒業式に出たかったから、無理言って抜けさせてもらったんだ」
「そ、そうなんだ……それは、ありがとう」
あ、すっごい嬉しそう。必死に隠してるけど、嬉しいオーラがダダ漏れだ。口には決して出さないけれど。怜さんが来れなくてガッカリしていたのは六花も同じだったから。
「私、感動して式の時何回も泣いちゃった」
「そんな大げさな」
「大げさなんかじゃないよ。六花には一番苦労かけたし。その六花が無事に卒業したんだなって思ったら、なんか、嬉しくて……っ」
「なんで怜ちゃんが泣くんだよ。もう、昔から泣き虫なんだから。それに、一番苦労してんのは怜ちゃんの方でしょ」
「そんなこと、ないよ……っ」
「……あのー、お二人とも。美しい姉妹愛を見せてもらってるところ大変申し訳ないんですけど。そろそろ離れてもらえませんか?」
『えっ?』
姉妹水入らずのところに割って入る。べつに空気が読めてないわけではない。もっと周囲に気を配ってほしかったからだ。
もうずいぶん前から周りの生徒達がざわついている。あの秋山怜がここにいると。そこにプラスアルファで六花が加わったもんだから、周囲のボルテージは最高潮。「キャーっ」という黄色い歓声があちこちから上がっている状態だった。
「あちゃー、これはマズイね」
「怜ちゃ……姉さん、離れてください。場が混乱します」
「ね、姉さんっ?」
「怜さん、ここは空気読んで六花に従ってあげてください。あの子カッコつけマンなんで」
「ああ、なるほど。そういうことね」
さすが長女。六花の言動の理由を瞬時に理解するとは。そのまま、怜さんは音もなく芸能人スイッチをオンにした。
「みんな、混乱させてごめんね。でも、どうしても六花と六花のお世話になったみんなの卒業式をお祝いしたくて来ちゃった。だから感謝の意を込めて、時間の許す限りみんなの要望に応えるよ」
「じゃ、じゃあ一緒に写真撮ってください」
「いいよ。可愛いお姫様の頼みなら」
そう言って、男性モデル並みのバリバリのキメ顔でウインクをする。すると、周りにいた生徒達だけでなく保護者までもが頬を赤く染めて「キャーっ」と大絶叫した。その怜さんのあまりの変わりように、唖然としたのは私と六花。
「怜さんの撮影現場とかに見学行くことはちょくちょくあったからさ、芸能人スイッチの入った怜さんを見るのは初めてじゃないんだけど……」
「未だに慣れない、あんなカッコつけた怜ちゃん。別人の霊でも乗り移ってんじゃないのか」
「いやー、でも芸能人スイッチ入った怜さんはやっぱカッコいいよね」
「そうか? 私は普段の怜ちゃんの方が好きだけど。それもこれも、全部あの女のせいだ」
「あの女って、鳴海さんのこと? 言っとくけど、怜さんが卒業式に来れたのは、鳴海さんがスタッフの人達に頭下げてくれたからなんだからね。少しは感謝しなさい」
「鳴海さんが……チッ」
「うわー、舌打ち最低。ほんと鳴海さんのこと嫌いだよね、六花は」
「大嫌い。卑怯な手を使って怜ちゃんを芸能界に引きずりこんだこと、まだ根に持ってるからな」
「それだけじゃなくて。大好きなお姉さん取られて面白くないんでしょ?」
「あんな女にうちの怜ちゃんはやらん」
「お前は父親か!」
こいつ、ほんと怜さんのこと大好きだな。なんだかここまでくると、嫌われてる鳴海さんに同情したくなる。
「でも、心の底では鳴海さんのこと認めてるんでしょ? じゃなきゃ、六花は今頃二人を別れさせるためにあれこれ画策してるはずだもん」
「頭の中で計画は百個くらい考えたけどな」
「でも、実行しなかったんだ」
「……だって、怜ちゃんが傷付くところは見たくなかったから」
「六花……やっぱりあんたってシスコ――」
「それ以上いったら顎砕く」
「怖っ!」
「まあ、正直ムカつくし腹も立つけど。怜ちゃんが惚れてる以上、怜ちゃんを幸せにできるのは現時点で鳴海さんしかいないから」
「鳴海さんと一緒にいる時の怜さん、とっても幸せそうだもんね」
「でも、それはそれで気に食わない。だから、嫌がらせぐらいはいいだろ」
六花は、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。学校ではクールな生徒会長様なのに、そういう子どもっぽいところを見せられると、六花らしいなと思ってなんだか安心する。
そんな思いが顔に出ていたのだろう。六花が面白くなさそうに私を睨む。
「なんだよ」
「いや、可愛いなぁと思って」
「しばく」
「照れるな、照れるな。そんな仲じゃないでしょ」
「どんな仲だよ」
「それは……」
一瞬言葉に詰まった。今までは単なる幼なじみと即答していたのに。
鼓動が早い。身体もなんだか熱い。その先を考えるのが何故か少し怖い。でも、何か言わなきゃ。
しかし、私が次の言葉を言う前に、怜さんの六花を呼ぶ声がそれを遮った。
「おーい、六花。この子達が六花も一緒に写真撮りたいって」
「はあ? なんで私まで」
「行ってあげなよ。これも怜さんのイメージアップのためだって」
「でも……」
六花が何か躊躇うように私を一瞥する。珍しい、あの六花が私に気を遣うなんて。
私は彼女を安心させるように優しく微笑んだ。
「私のことは気にすんな。ほら、怜さんも時間限られてるんだから、行った行った」
「……わかったよ」
六花は渋々と言った感じで怜さんの方へと走っていく。私はその後ろ姿を見送った後、一人誰もいない校舎の中へと足を踏み入れた。
両親は式が終わった後、私がお店に戻るよう促した。だから、心置きなく中を見て回れる。
「一度でいいから、ゆっくり校内を見て回りたかったんだよねぇ」
後輩達は帰宅したり部活に行ったりで、校舎にはほとんど人は残っていない。そんな静かな中を、私はスマホ片手にのんびり歩く。そして、職員室や生徒会室、保健室や中庭など、各教室や六花との思い出が詰まった場所を次々写真に収めていく。なんだか懐かしい。
「もう、今日で最後かぁ」
どれくらいそうしていただろう。けっこう時間が経っているかもしれない。六花達はもう帰っただろうか。
そうこうしているうちに、最後に行き着いたのは三年生の教室だった。
先月のバレンタイン、やっと立花に本命チョコを渡せた一番思い出の深い場所。好きな人と気持ちが通じ合った、人生最高の一日。
「……のはずなんだけど」
府に落ちないのは、私がここでとある失敗をやらかしてしまったから。
「私、ちゃんと告白してなくない?」
本命チョコを渡したことで、もう勝手に告白した気分になっていたけれど。
冷静に考えて、本当にあれで私の気持ちは伝わっているんだろうか。
「私、六花に好きって言ってもらってないんだよね」
不安なのは、それが一番の理由。
あの時確かに六花は、私への想いを断ち切れない、と叫んでいた。だから、それイコール私のことが好きということなんだろうなと勝手に解釈して自分を納得させているけれど。
でも、やっぱりはっきり好きって言ってほしい。今のままの二人だと、自信を持って付き合っていると声高に叫べない。
あの日、怜さんにチョコを渡した後、撮影現場に来てもいいと言われ、何も考えずホイホイついていって、終わった後そのまま六花と別れた。それ以来、六花とは今日まで会っていない。だから、この中途半端な関係を打破するのは今日しかない。
「でも、いざとなるとなかなか……」
勇気は、生クリームを絞り出すように滑らかには出てこない。いざ本人を目の前にすると、勘違いだったらという考えが脳裏をよぎり、私の足と口を竦ませた。
「六花のバカ……」
負けず嫌いなんだろ? だったら今度はお前から告白してこい。あんたは、このままの関係でいいと思ってんの? 私は嫌だ、もう幼なじみのままなんて耐えられない。
「ここにいたのか」
「六花っ?」
静かな教室に響く声に、思わず振り返る。そこにいたのは、少し息を切らせた六花だった。いつぞやと立場が逆転している。
「まだ帰ってなかったんだ」
「桃香探してた。昇降口に靴が置いてあったから。つーか、うろちょろしすぎだバカ。おかげで時間かかっちゃっただろ」
「何それ、勝手に探しに来といて文句言うとかありえなくない? 私は校舎内の写真撮ってただけなのに」
「はあ? なんでそんなもん撮んだよ。そんなにこの学校好きだったのか?」
「まさか。私はべつに六花みたいにここ行きたくて来たわけじゃないから、思い入れなんてないし。これは六花のため」
「私?」
「正確には、亡くなったおばさんのため。こうやって写真に撮っとけば、あとで遺影の前でお話できるでしょ。おばさんの方もさ、天国で、ここ変わってるーとか、懐かしーって昔を懐かしむことができるかもしれないし」
「桃香、お前……」
「六花はこういうことに疎いからね。私がしっかりフォローしとかないと」
言い終えるやいなや、六花が私を抱きしめた。
「え、ちょっと六花っ?」
「いつもありがとう、支えてくれて。桃香がいてくれなかったら、今の私はいない。もっと酷い人間になってたと思う。でも、桃香がいつも私に無償の優しさをくれるから、私は人間になれてる。秋山怜の妹だって胸を張って言える、恥ずかしくない自分でいられてる。だから、ありがとう。そんな桃香のことが、私は好きだ」
袖口に隠れた両手に、桜色に染まった頬と潤んだ瞳。六花の素直な想い。
好き、好き、好き。
ああ、どうしよう。好きが溢れて制御できない。
私は本能の赴くまま、六花の顔を優しく引き寄せて、そしてその可愛いらしい唇にキスをした。
あたたかくて、柔らかくて。いつまでもこうしていたいと欲望が暴れだす。しばらくして唇を離すと、六花の顔は真っ赤だった。そんな様子が愛おしい。
「ひねくれてて、負けず嫌いで、皮肉屋で。でも、誰よりも努力家で、不器用だけど優しい、そんな六花のことが私も大好き」
世界中どこを探しても、六花以上に好きになれる人はいない。きっと向こうもそう思ってる。だって、私達二人は恋人同士なのだから。バカップルと言いたければ勝手に言え。
「私の好き、ちゃんと伝わった? まさかあんな告白しといて、自分の好きは友達としてだった、とか言わないよね?」
からかい半分で言ってみる。すると、六花が私を乱暴に引き寄せた。そして、戸惑う暇も与えず半ば強引に唇を奪う。
「んんっ……あっ……んっ」
空いた隙間から六花の舌が滑り込み、私のそれと激しく絡み合う。
熱い。頭がクラクラする。恥ずかしい。でも、どうしよう、やめてほしくない。もっと欲しい。
熱い吐息が漏れ、六花の舌が引き抜かれる。お互いを繋いでいる透明な糸を人差し指で断ち切ると、六花はそれをペロリと舐めて笑った。
「へえ、そんなエロい顔もするんだ」
「なっ……!」
「これで私の好き、勘違いしないよな?」
「するかバカ!」
六花の人を小バカにしたような笑いを見て、意識が一気に覚醒する。
ありえない、ありえない、ありえない!
「六花のエッチ! まだ付き合ったばっかりだってのに、あああ、あんな激しいキス、するなんてっ」
「仕方ないだろ。ほんとは私が桃香のファーストキスを奪う予定だったのに、お前が先に奪うから。だったらディープな方は私が先にいただこうかと」
「そんな理由でっ? どんだけ負けず嫌いなんだよ!」
こいつの思考回路はどうなってんだ。ひねくれにも程があるだろ。何が一番頭にくるかって? あの勝ち誇ったような六花の顔だ。
「はあ……。もう信じらんない」
「でも、桃香も気持ち良さそうだったじゃん」
「当たり前でしょ。好きな人とするんだから、気持ち良いに決まってんじゃん」
ここは誤魔化してもしょうがないので素直に答えてみる。すると、今度は軽い口づけをされた。
「六花ぁー?」
「いや、両想いで良かったと思ったらつい。本命チョコはもらったけど、桃香からちゃんと好きって言われてなかったから。私の勘違いだったらどうしようって、実はずっと不安だった」
「六花も? 実は私も……さ。告白し損ねたし、六花に好きって言ってもらえてなかったから。このまま中途半端な関係は嫌だなーってずっと思ってた」
「全部告白しなかった桃香が悪い」
「いいもんねーだ。そのおかげで六花から好きって告白してもらったし。私的には結果オーライだよ」
「腹黒い戦略」
「お前が言うなっ」
お互い睨み合う。しかし、すぐに可笑しくなって二人とも笑い出した。
「良かった、お互いの気持ち確認できて」
「ああ。でも、せっかく両想いになれたのに、今日でここともお別れだ。桃香とも初めて別々になる」
「寂しいか?」
「寂しい」
「およ? 珍しく素直」
私がそう驚いている間に、六花は私の肩に頭を乗せた。
「学校で一緒ってだけでも足りないのに、これからは時間合わせないと会えないとか。足りなさすぎだろ、なんだこれ地獄か」
「ウソ……六花ってこんな可愛い生き物だったっけ」
「桃香ぐらいには甘えてもいいだろ」
「もちろんだよ!」
やばい、六花のデレやばすぎる。普段無い分可愛すぎてキュン死しそう。
辛抱堪らなくなって、私はシュンと落ち込んでいる六花に再びキスをした。
「……桃香のエッチ」
「六花が可愛いこと言うからでしょ。ってか、あんたは大げさに考えすぎなの。別々っていってもそれは学校がってだけで、お互い実家通いなんだから。その気さえあれば毎日会えるじゃん」
「でも、日中は会えないじゃん」
「そりゃそうだけど。あんたどんだけ私のこと好きなのよ」
「部屋に閉じ込めて独り占めしたいくらい好き」
「愛情が狂気的っ」
「ふん、もういい。桃香は私に会えなくても平気なんだな」
「そんなわけないでしょ」
ちょっと拗ねてる六花がまた可愛いらしい。そんな彼女を私は優しく抱きしめた。
「今までみたいに六花に会えなくなるのはすっごく寂しいよ。でも、今は気持ちが通じ合ってるから前より平気。それに、お互い夢に向かって走っていくんだもん。六花が夢を叶えるために必要な時間だっていうんなら、私は我慢できるよ」
「桃香……やっぱり離れたくない」
「おいこら、私の話聞いてた?」
「でも、我慢する。私も、桃香が夢を叶えるところ見てみたい」
「お、六花良い子。それでこそ私が惚れた女」
「茶化すな。ほんとは一緒に住めたらいいんだけどな……」
「これ以上怜さんに負担かけたくないんでしょ? 学費だけでも大変なのに、さらに生活費まで出してとは言えないだろうし」
「バイトするにしたって限界はあるからな。学業が疎かになったら本末転倒だ」
「じゃあさ、お互い社会人になったら一緒に住もうよ。そしたら少なくともお金の面は心配しなくてすむでしょ?」
「それまで私が待てるかどうか……」
「確かに、私も我慢できないかも。私も相当六花のこと好きだわ」
「ざまあ」
我慢するとか殊勝なことを言ってみたはいいけれど。六花と会えなくなることをちょっと想像しただけでため息が出る。今だって、繋いでいるこの手を一瞬たりとも離すことができない。
「じゃあ、早いうちに私が一人暮らしするよ。実は両親に自立のために一人暮らししろって言われてたんだけど、なんだか不安で決心つかなかったんだよね」
「お前、それ早く言えよ。そしたらいつでも会いに行けるし、お泊まりだって気軽にできんじゃん」
「そうだよね。うん、その方が実家にいるよりは六花に会える時間が増やせるかも。じゃあ、とりあえず学校生活落ち着いたら親に相談してみるよ」
「まかせた」
ふと目と目が合い、お互い吸い寄せられるようにキスをする。
不思議。これからお互い別々の道を歩いて、会える時間も少なくなるっていうのに。寂しさはあるけれど驚くほど不安はない。何の確証もないのに、二人は大丈夫だと自信を持って言える。
それはたぶん、お互いがお互いのことをどれだけ好きか、ちゃんと確認できたからだと思う。これまでの二人の時間が後押ししてくれる。大丈夫、私達はお互いを必要とし合ってる。だから、心が通じ合っていれば少しくらい離れてても心配ないって。
唇を離す。すると、そのタイミングで六花のスマホが鳴動した。
「あ、怜ちゃんからだ」
「なんて?」
「"桃香ちゃん見つかった?" って。そういえば、最後に三人で写真撮りたいって言ってたから桃香探しに来たんだった」
「あんた、それ先に言いなさいよ! 怜さん時間まだ大丈夫なの?」
「いや、ピンチだと思うよ。怜ちゃんかなり焦ってたし」
「ウソでしょっ?」
「いいんじゃない、遅刻すれば。そしたら管理不行届きで鳴海さんが怒られる。ケケケッ」
「バカなこと言ってんじゃないの! ほら、行くよっ」
悪魔のように笑っている六花の手を掴んで走り出す。すると、六花がその手を握り返してきてくれた。それだけで、なんかもう好きが溢れてくる。
これからどうなるかなんて、先のことはよくわからない。もしかしたら、今回の告白失敗みたいに不安になることもあるかもしれない。
それでも、この手があれば、六花がそばにいてさえくれれば、何でも乗り越えていけそうな気がする。この大好きな人がそばにいれば、私はきっと無敵でいられる。
そう、私達の真っ白な未来は始まったばかりだ。
卒業おめでとうございます!




