メリークリスマス
「もう、ほんっと信じらんない!」
そう叫ぶと、スイはハンドルを握りしめて思い切りアクセルを踏み込んだ。
陸空両用トラック、通称"ソリ"。光学迷彩機能を搭載したこの事業用自動車は、クリスマスイブの夜となると何千何万という膨大な数が世界中の空を飛び回る。小型、中型、大型とそれぞれ種類はあるけれど、スイが運転しているのは一番難易度の高い大型のソリだった。
「ちょっとスイ飛ばし過ぎ! いくら空飛んでるからって交通違反にならないなんてことはないんだからね」
「うっさい、うっさい! 約束破りのミカの言葉なんかもう聞かないもんねーだ」
「はあっ? 私がいつ約束破ったのよ」
「破ったよ! 今年のクリスマスイブは休み取って二人で過ごそうねって約束してたのに。それなのになんで仕事入れてんのよ」
「仕方ないじゃない。今年の"サンタ"役の人達がみんなインフルエンザで次々倒れちゃったから、人手が足りなくてお鉢が回ってきたのよ。これが独身社員の宿命なの」
「それでも、今年は二人で過ごしたかった」
「じゃあ、スイは子ども達にプレゼントが届かなくてもいいって言うの?」
「よーくーなーいー! チビっ子達がどれだけこの日を待ちわびてると思ってんの。プレゼントはちゃんと届けなきゃダメーっ」
「じゃあ、仕方ないじゃない」
「それでもやだー!」
「スイのわがまま! あんたなんかもう知らないっ」
「な……っ」
スイが突然急ブレーキをかける。当然予想していなかったミカは、シートベルトが身体に食い込むほど思い切り前のめりに倒れ込んだ。
「いったぁ……。ちょっとスイ! いきなり止まったら危ないでしょ」
「ミカのバカ! 今日は……今年のクリスマスは特別な日なのに。それなのに、なんでわかってくんないのよ。ミカのバカバカバカ!」
「はあっ? なにそれ。もうスイいい加減にして。そんなに文句ばっか言うんなら運転しなきゃいいでしょ。スイは今日休みなんだし」
「やだよ! ミカが私以外の人の助手席に乗ってるなんて想像しただけですっごい嫌なんだもん。ミカの隣は私がいいの」
「なっ……なにそれ、あんた私のこと大好きじゃん」
「ち、違うよ! ……ってこともなくもないけど。そんなこと言ったらミカだって、甘いの苦手なくせに私の大好きなチョコレートケーキ買ってきてくれたじゃん。あそこのケーキ屋さん、ここからめちゃくちゃ離れてるうえにいつもすっごく並ぶから嫌だって文句ばっか言ってるくせに。そんなことしてくれるなんて、そっちの方こそ私のこと大好きじゃん」
「それはっ……スイの喜ぶ顔が見たかったから」
「ミカ……」
「スイ……」
『コラー!』
なんとなく空気が良い方向へ流れようとしていたその時、無線機から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。
『"サンタ20971"と"トナカイ36854"! サボってないで仕事しろ』
「げっ、隊長……っ」
「課長……じゃなくて隊長、これはべつにサボっているわけでは……」
『言い訳すんな。あんた達の担当区域は一番多いんだからね。痴話ゲンカする暇があったらとっとと子ども達にプレゼント配ってきな』
「大丈夫です。スイの運転技術なら、このくらいのロスあっという間に取り戻せます」
「ちょっ、ミカ……っ」
『大した自信だ。もしそれて間に合わなかったら即シバく! 覚悟しておけ!』
『は、はいぃ……!』
ブツンと激しい音を残して無線は切れる。隊長の鬼のように怒った顔を想像して、二人は同時にブルっと身体を震わせた。
「ミカんとこの課長さん、マジ怖いよね。さすが首都東京エリアの隊長任されるだけのことはある」
「うちの課長、普段も厳しいけど、特に"サンタプロジェクト"の時は気合い入ってるからね。子ども達には等しく幸せになる権利がある。だから、私達大人はそれを守らなきゃいけないって」
「カッコいいなぁ〜。まさにサンタの鏡だね」
世界児童玩具協会、通称"WCTA"。これに加入している世界中の玩具メーカーは、クリスマスイブの夜、クリスマス基金で集めた資金を元手に、恵まれない子ども達に向けて一斉にプレゼントを配っている。これが"サンタプロジェクト"。
配送係を"サンタ"、サンタを子ども達の場所まで運ぶ運搬係を"トナカイ"と呼び、基本ツーマンセルで動く。サンタは玩具メーカー社員が、トナカイは運送会社のトラック運転手が、それぞれ男女関係なく持ち回りで請負っていた。
「プレゼントって言っても、型落ちや売れ残りのオモチャがほとんどなんだけどね。そんなのもらってほんとに嬉しいのかな」
「嬉しいに決まってんじゃん! ミカはわかんないかもしんないけど、プレゼントってさ、たとえお菓子一つでももらえたら嬉しいもんなんだよ。自分だけにもらえる特別な贈り物。まるで少しだけ特別になったような気がして幸せになれるんだ。だから、私このサンタプロジェクト好き」
スイはそう言うと、まるで子どものようにニシシッと笑った。それを見て、ミカの胸にじんわりと幸せが広がっていく。
「私、べつにこの会社に入りたくて入ったわけじゃなかったからさ、最初このサンタプロジェクト好きじゃなかったんだよね。面倒くさいし、企業のイメージアップ戦略の一つっていうか、偽善くささが気に入らなかったから」
「そうなの?」
「うん。でも、初めてスイと組んだ時にその考えが変わった。スイは、純粋に子ども達のために動いてて、本当に楽しそうに、嬉しそうに仕事してて。子ども達の幸せが自分の幸せだって感じられるその素直さが初めて羨ましいと思った」
「な、なに、どうしたの急に。すっごく恥ずかしいんですけどっ」
「本音だよ。そのおかげでずっと無視してた子ども達からの手紙を初めて読んで、こんな自分でも誰かを喜ばせることができるんだって思ったら、このサンタプロジェクトも悪くないかもって思うようになった。だからスイには感謝してる」
「私だって! 私さ、バカでケンカばっかしてて、そのせいで高校も中退して。トラックの運転しか能が無いの。そのせいでいつも周りからバカにされてて、ずっと悔しいって思ってた。でも、ミカだけは違った。初めて私のことを褒めてくれたの。たった一つでも才能があるのは羨ましいって。その言葉聞いてさ、ちょっとだけ自分を好きになれたんだ。だから、私もミカには感謝してる」
「スイ……」
照れたように笑うスイを見て、ミカの中で溢れでる愛しさが理性を押さえつける。欲望のまま、ミカは手を伸ばしスイの顔を引き寄せると、そのまま彼女の唇にキスをした。
「少し早いけど、クリスマスプレゼント。気に入ってくれたら嬉しいけど」
「ミカ……」
「私だって、今日はスイと二人だけで過ごしたかったんだからね。二人が付き合って一年の記念日だもん。誰にも邪魔されたくないじゃない」
「覚えててくれたんだ」
「当たり前でしょ。だって大切なことだもん」
「ミカぁ……やっぱり大好きぃーっ」
「私も。スイのこと大好きだよ」
スイがミカに抱きつき、再び唇が重ね合わされる。ラジオから流れるクリスマスソングが終わると、「ポーン」という時報が鳴り、女性の淡々とした声が午前零時を二人に知らせてくれた。
「メリークリスマス、スイ」
「メリークリスマス、ミカ」
「じゃあ、そろそろ行こうか。トナカイさん」
「そうだね。子ども達がサンタさんからのプレゼントを待ってるんだもん。絶対間に合わせるよ」
スイが「ゴーッ」と掛け声をかけてアクセルを踏み込む。すると、再びソリはゆっくりと空を走り始めた。
「帰ったらさ、チョコレートケーキ食べようよ」
「いいね。その後で、二人だけのクリスマスの続きをしよう」
「賛成!」
今宵はクリスマス。どうか、皆様にもサンタとトナカイからの温かい幸せが届きますように。
メリークリスマス。




