戦え、勇者ノリコ!(2)
「ぬはっ」
そんな間抜けな声とともに、私は勢いよく目を覚ました。その先には、いつもの見慣れた天井が映っている。
「ここは……」
体を起こし、周囲を見渡す。壁に掛けてある高校の制服、ウサギやクマのぬいぐるみ、ピンク色の布団。それらすべてが私の部屋だと教えてくれていた。
目覚まし時計に目をやる。彼が活動するまで、あと十分余裕があった。
二度寝しようか。そう思ったけれど、なんだか目覚めスッキリだったので、私は目覚まし時計のスイッチを切ってベッドから離れた。
母特製のサンドイッチを味わいながら食べ、身支度をすべて整えて家を出る。十一月下旬の気温は、私の身を縮こませるのには充分だった。
ふと前を見る。小さな家の門の前に、私のよく見知った女子高生が立っていた。
「おはよう、理沙」
そう言って、彼女は軽く片手を挙げる。
「おはよう、典子」
私も同じように片手を挙げた。
門を出て、二人並んで歩く。
「寒いね」
「そうだね」
典子も、私と同じ学校指定のコートを羽織っている。彼女と私の違いと言えば、髪の長さと、去年のクリスマスに私があげた緑色のマフラーと、同じ時に彼女からもらったピンクのマフラーくらいだった。
冷たい北風が、私達をからかうように通り過ぎる。私は風になびく長い髪を手で押さえるけれど、ショートの典子はまったく動じずにスタスタと歩いていた。
典子とは保育園以来の付き合いだけれど、高校二年生となった今でも、彼女が髪の毛を伸ばしているところを私は見た事がない。彼女なりにこだわりがあるのだろう。典子らしいと思った。
そんな彼女を見ていて、ふと今日見た夢の事を思い出す。
実に、変な夢だった。まるで幽体離脱して典子の夢の中を見ているような、そんな夢。勇者が典子で、魔王が巨大スライムで、私に似た妖精がいて。典子の影響で始めたゲームだったけれど、それはもはや私の趣味になりつつある。それが夢に反映されてしまったのかもしれない。
それにしても、夢の中の私に似た妖精はよくもまあ、あんなに偉そうにペラペラと喋れるものだ。感心する。
横目で、典子を一瞥する。彼女は黙々と歩き続けていた。
ああ、魔王に立ち向かっていく典子は、カッコ良かったな。思い出すと、胸の奥が熱くなった。
典子は私にとって特別だった。落ち着いていて、面倒見がよくて、ちょっとネガティブなところも可愛くて。私が悲しい時や落ち込んでいる時、ずっとそばに寄り添ってくれる、心優しい、とても大切な存在。うわ、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
「どうかした?」
典子が不思議そうに私を見る。私は「なんでもない」と言って、両手を左右に振った。
いけない。ただでさえ私は感情が顔に出やすい性格なのに。このままじゃいけない。そう思った私は、何か話題を振ることにした。
「そういえばね、今日変な夢を見たんだ」
「変な、夢?」
気のせいだろうか、典子の肩が一瞬ピクっと上がった気がした。
「私も、変な夢、見た」
「本当? すごいね、私達。一心同体だ」
ちょっと嬉しい。心が繋がってる、そんな感じがして、なんか、いい。
「どんな夢だった?」
典子にそう訊かれて、私は今日見た夢の内容を一生懸命巻き戻す。
「なんかね、巨大なスライムが出てきて」
「へっ」
突然、動物の鳴き声のような奇声が聞こえた。それが典子の口から発せられたものだと気付いたのは、私の二歩後ろでカバンを落とし、立ち止っている彼女が見えたから。いや、立ち止っているのではない。体を硬直させているのだ。慌てて典子に駆け寄る。
「典子、どうしたの? 大丈夫?」
「はは、大丈夫。なんでも、ない、ない」
そう言って、典子は落ちたカバンを拾って歩き始める。でもどうしよう、右手と右足を同時に出して歩いている。めっちゃ不自然。考えるまでもなく、彼女は明らかに挙動不審だった。
こんな典子、初めて見た。彼女は何があっても冷静に対処できる、私とは真逆の性格の持ち主なはずなのに。
彼女をこんな風にしてしまった原因は何か。私の頭に、一つ閃くモノがあった。まさか。でも、確認してみる価値はある。私は急いで彼女の隣に並んだ。
「ねえ、典子が見た変な夢って何?」
「ひぇっ」
私が質問すると、典子はまるで大嫌いな犬に遭遇した時のように、大きく体を後ろに仰け反らせた。「それは、その、えっと」なんて言って、目をあちらこちらに泳がせている。
絶対怪しい。逃がさないぞ。そんな風にジーっと典子を見つめる。すると、観念したのか、彼女は一度大きく深呼吸をしてから口を開いた。
「小さな、妖精が、出てくる、夢」
「妖精!」
その単語は、つい数分前にも私が心の中で呟いたものだった。
巨大なスライムに動揺して、小さな妖精が出てくる夢を見たという典子。まさか、と徐々に私の胸が高鳴っていくのがわかる。
もし、夢の中の勇者ノリコと、現実世界の典子がリンクしていたとしたら?
そんな、まさか、まさか!
「あああ、あのさ」
「はひっ」
一つ大きく飛び跳ねた心臓が、私の口から裏返った声を発生させた。うわぁ、恥ずかしい。動揺しすぎ。落ち着け、私。
そう思いつつ、どうしたらいいかわからなくて、とりあえず典子の次の言葉を待ってみる。しかし、一向に彼女の口は開かない。
車が一台、私達の横を通り過ぎる。二台目の車が、猛スピードで駆け抜けていく。そして三台目が通り過ぎたところで、やっと典子の口が開いた。
「理沙に、話したいことがあるの。だから、今日の放課後、時間空けてもらってもいい?」
典子の目は、一直線に私の目を捉えていた。
典子の顔が真っ赤に染まっている。体が小刻みに震えている。それが寒さのせいではないことは、長年隣で彼女を見てきた私にはよくわかった。
典子のいう“魔王”の正体って、もしかして……。
「うん、いいよ」
私は満面の笑みでそう答えた。それを聞いて、典子の顔からも笑みが零れる。
典子は今、再び魔王と対峙している。魔王と戦う為に、その身に宿る聖剣を構えている。
「行こうか」
「うん」
私達二人は、再び肩を並べて歩き出した。
戦え、勇者ノリコ! 負けるな、勇者ノリコ!
ここは、あなたが強く望めば何でも叶う世界。
あなたの願いは、きっと叶うはずだから。




