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百合三昧(短編集)  作者: 渡辺純々
29/42

バカ待つ二人(2)

 無事大学も合格し、高校を卒業して新しい生活に追われる日々。

 私は約束通り渚先輩との連絡を再開した。そればかりか、渚先輩は帰省するたびに私の一人暮らしの部屋に遊びに来るようになった。

「いいんですか、ここへ来て。夏菜子先輩怒るんじゃないんですか?」

「夏菜子は今日明日と親戚の家に挨拶に行くからいいの。それに、ちゃんと美冬のとこに行くって言ってオッケーもらってるから」

「まあ、そうでしょうね。ただの後輩の家に遊びに行くくらいで、夏菜子先輩は嫉妬なんかしませんもんね」

「そゆこと」

 簡単に肯定して、渚先輩はニシシッと笑う。その返しに軽く傷付きつつ、それでも渚先輩に会えたことが嬉しくて笑みがこぼれた。

 気付けば泊まるのが当たり前になっていたし、私が二十歳を超えたのを機に二人でお酒を飲むようにもなった。渚先輩は相変わらずで、その間も夏菜子先輩から咎められることもない。

 渚先輩が私に会いに来てくれる。私のそばにいる。その事実がただ嬉しくて、私もズルズルと渚先輩のペースにはまっていた。

 最初の頃は、特に何も思わなかった。渚先輩が私に会いに来るのは、地元の友達に会うのと同じ感覚で。顔を見て、お互いの近況を確認し合って、それで昔のような気持ちを懐かしみたいだけなんだろうと。

 でも。おかしいなと気付き始めたのは、私が大学一回生の年末の時。

「え、うちで年越しするんですか?」

「うん。だって美冬は今年一人なんでしょ? だから、そんな寂しい後輩のために、この私が一緒に新年を祝ってあげようと思って」

「でも、夏菜子先輩は? いつも一緒に年越ししてましたよね?」

「あー、夏菜子は今回実家で年越しするって。今年産まれた甥っ子君が帰ってくるらしいから、その相手しなきゃいけないんだってさ。嬉しそうに話してたよ。あの子子ども好きだから」

 そう言った時の先輩の顔が、ひどく私の不安を掻き立てた。

 まるで、私が渚先輩と夏菜子先輩が付き合っていると聞いた時と同じ顔。悲しくて、苦しくて、切なくて。自分でもどうしたらいいかわからない感情を抱えてしまった時の人間の苦悩。それが渚先輩の表情から滲み出ていた。

 まさか、二人に限ってそんなこと。きっと私の勘違いだろう。そう思っていたけれど。

 その後も、会う度に渚先輩はふとした拍子に同じような顔を見せるようになった。お酒が入った時なんかは特に。

「私と夏菜子、どうなっちゃうんだろ……」

 酔い潰れる寸前に吐いたセリフが、妙に耳に残る。

 もしかして、渚先輩が私に会いに来ているのは、何か別の理由があるんじゃないだろうか。巷に溢れる甘酸っぱい陳腐な理由などではなく、深い海の中から息が切れる寸前で水面に顔を出すような、そんな危うい何か。まるで何かから逃げているかのようなその先輩の表情は、私をたまらなく不安にさせた。

 そして、その私の不安は的中する。

「先輩、どうしたんですか急にっ」

 私が大学三回生になったある日、帰省時期でもなんでもない日に、何の連絡もなく渚先輩が突然私のアパートにやってきた。先輩は「やっ」と言って片手を挙げる。

「美冬に会いたくなっちゃって。来ちゃった」

「来ちゃったって、いったい何が……」

「昨日、夏菜子と別れた」

 その信じられない一言に、私は絶句した。直後、頭が真っ白になる。

 別れた? 誰と誰が? 何で?

「どうして……」

 動揺を隠しきれず、辛うじて吐き出せた言葉に対して、渚先輩はへらりと笑って答える。

「どうしても自分の子どもが欲しいんだって。ほら、あの子子どもが大好きだから。だから別れてほしいってさ」

「なっ……! それで先輩はオッケーしたんですか?」

「するしかないじゃない。だって、どう足掻いたって、私には叶えてあげることができないんだから」

 そう言って無理に笑おうとする渚先輩の姿があまりにも痛すぎて。私の中で身を焦がすような激しい怒りがこみ上げた。

「あの女! なんて自分勝手な理由でっ……最っ低!」

 そんなこと、付き合う前からわかっていたことじゃないか。この先ずっと二人で生きていくことになると。

 私はてっきり、夏菜子先輩は子どもと渚先輩を秤にかけて、その上で渚先輩を選んだのだと思っていた。だからこそ、二人の絆の強さが悔しかった。もう諦めるしかないと思って身を引いたというのに。いったい、この有様はなんだ。

「……なんか、私以上に怒ってるね」

「当たり前でしょ! 先輩は腹立たないんですか?」

「んー、どうだろ。私もあの子が子ども欲しがってるって薄々感づいてたのに知らないフリして逃げてたから。そのツケが回ってきただけで、自業自得なんじゃないかと思ってる」

「はあっ? どんだけお人好しなんですか! 悪いのはどう考えても夏菜子先輩の方でしょ」

「ごめん、夏菜子のことあんま悪く言わないで。それはそれで辛い」

 その渚先輩の今にも泣きそうな顔を見て、どこかへ飛び散っていった理性のカケラ達が、ちょっと待ってと私に声をかけた。それは徐々に集約し始め、私の頭が冷静さを取り戻していく。

 今一番辛いのは誰だ。それは渚先輩に他ならない。では、その傷付いた先輩がわざわざここへ来たのはどうしてだ。先輩が今一番必要としていること、私に求めていることはいったいなんだ。

 バカか、私。そんなのもうわかりきっている。

「先輩、泣いていいですよ」

「え?」

「今なら、缶チューハイ一本で勘弁してあげます」

 最初、渚先輩は驚いていたけれど。私の真剣な顔を見て冗談ではないと悟ったのか、少しして「ごめん」と呟くと、私の胸へ飛び込んできた。そして、本当に子どもの様に声を上げて泣いた。

「夏菜子……夏菜子……っ」

 どうしてだろう。二人が別れたことは自分にとって喜ばしいことのはずなのに。

 泣きじゃくる先輩を抱きしめながら、私は悲しくて、胸が苦しくて。その日、私は渚先輩と一緒にお互い気の済むまで泣いてしまった。

 私だって人間だ。夏菜子先輩と渚先輩が別れたことはチャンスだと思ったこともある。傷付いた渚先輩を癒せるのは私だけだ、私が夏菜子先輩より渚先輩を幸せにしてみせると。

 でも、渚先輩が負った心の傷は、あまりにも深すぎて。

 これは、放置しておけば一週間程度で塞がってしまうような、誰にでも治せる生易しい傷などではない。その傷を負わせた張本人と、負った本人同士が癒し合わなければ元の状態に戻らないという、最も難易度の高い傷。

 そう理解してしまったからこそ、私は渚先輩に告白しなかった。

 夏菜子先輩のことを引きずったままの渚先輩ではなく、夏菜子先輩とのことをきちんと清算し終わったありのままの渚先輩に対して想いを伝えたかった。そして、夏菜子先輩のこととか抜きにして、純粋に私をどう思っているのか、それを聞きたかった。

 そう、これは私のちっぽけなプライド。だからこそ、夏菜子先輩には渚先輩を呼ぶよう説得し、渚先輩には夏菜子先輩の結婚式に参加するようせっついた。

 そのおかげで、渚先輩は夏菜子先輩の結婚式に参加したらしいけれど。

 それから二週間、まったく音沙汰がないとはどういうことだ。いつもは、長くても一週間くらいで「今暇?」くらいの他愛もない連絡はよこすはずなのに。

 もしかして、失敗したか。自分が仕組んだ手前、もし二人の仲が修復不可能なほど悪くなってしまったらと思うと、ろくにご飯もノドを通らない。

 そんな心ここに在らずな日々を過ごしていたある日、やっと渚先輩からお泊りしたいとの連絡が入ったのだ。

「たこ焼きパーティーなのに、おつまみとか余計な物買い過ぎてません? お酒もいつもより多いし」

「いいじゃん、たまには。今日はがっつり飲みたい気分なの。私の奢りなんだから文句言わない」

 仕事帰り。同じく仕事終わりの先輩と近くのスーパーで待ち合わせをして、買い物を済ませた後。スーパーのビニール袋を両手に持ちながら、私と渚先輩は駐車場に停めている車まで移動していた。

 渚先輩は、いつも通りだった。別段落ち込んだ様子もなく、いつもの調子でへらへら笑っている。だからこそ、夏菜子先輩の結婚式がどちらに転んだのかわからなくて、すごくやきもきしていた。

 私から切り出してもいいものなんだろうか。結婚式に参加して、夏菜子先輩と仲直りできましたか、と。

 いや、ダメだ。私は渚先輩に対して、結婚式に行った方が良いとは言ったけど、仲直りしろとまでは言ってない。

 だったら、夏菜子先輩の結婚式どうでした、と世間話の一つのようにさらりと聞いてみようか。ああ、でも。もし最悪だった、なんて言われたらどうしよう。その後上手く返せる自信がない。

 そんなことを一人悶々と悩んでいると、突然渚先輩が私の顔を覗き込んできた。

「美冬、なんか変な顔してるけど。何か言いたいことでもあんの?」

「……別に、変な顔なんてしてません」

「そう? あんた昔から何か悩んでる時は、眉間にシワ寄せてすっごいブサイクな顔してるからさ。そうなんじゃないかと思って」

「失礼な! そんな顔してませんよっ」

 なんと失礼な。そう思い本気で怒る私を、渚先輩はケラケラ笑ってかわす。そのあまりのいつも通りのさり気なさに、私はバカバカしくなって大きなため息をついた。

 高校の時から、渚先輩は私が悩んだり落ち込んだりしていると、こうやってさり気なく励ましてくれる。私が話しやすくなるように、ワンクッション置いてハードルを下げてくれる。だからもう、誤魔化しは効かないんだろう。そう諦めた。

「先輩、夏菜子先輩の結婚式に行ってきたんですよね。その……どうでした?」

 普通に聞けているだろうか、変に怪しまれてはいないだろうか。そう考えただけで心臓がドキドキと激しい音を立てる。

 上手く仲直りできたのだろうか。それとも……。

 そう緊張しながら答えを待つ私。それを知ってか知らずか、渚先輩はこちらが拍子抜けするほどにっこり笑った。

「すっごく良かったよ!」

「へ?」

「夏菜子、すごい幸せそうだった。夏菜子だけじゃなくて、新郎も、ご両親も、その場にいた人全員が幸せになれるような、そんな素敵な式だった」

「そう、だったんですか」

 私が聞きたいのは式の良し悪しじゃない。夏菜子先輩とは仲直りできたのか、一番知りたいのはそこだ。でも、まさか私の口からそれは聞きにくい。ああ、もう焦れったいな。

 そうやきもきする私を置いて、渚先輩はかまわず話を続ける。

「昔はよくわからなかったけれど。結婚式って良いもんだね。ちょっとしたくなっちゃった」

「えっ?」

「美冬もさ、いい加減良い人見つけて結婚したら? 私なんかの相手してなくてさ。でないと、将来孤独死しちゃうよ?」

 そう言って、渚先輩はからかうようにケラケラ笑う。でも、私には冗談に思えなかった。

 渚先輩の言葉を聞いた瞬間、私の足も、時間も、すべてが静かに止まる。両手に下げていたビニール袋は、見事に私の手から離れ、グシャリと鈍い音を立てて地面に落ちた。

「ちょっ、美冬? 卵が割れちゃう――」

「……どうして、そんなこと言うんですか?」

「え?」

「どうしてあなたが、私に結婚しろなんて、そんなひどいこと言うんですか!」

 結婚したら。そのセリフは、家族や、親戚、数少ない友人達から散々言われてきた。彼氏すら作れない私をひどく心配して、お見合い話を勧めてくることもあった。

 それでも、渚先輩だけはそれを言ってこなかった。結婚しろとも、彼氏作れとも言わず、ただ私といつも通り接してくれていた。

 それがどこか嬉しくて。心のどこかで期待している自分がいた。渚先輩は、私に結婚してほしくないんじゃないか、他の誰かのモノになってほしくないんじゃないかって。

 それなのに、その期待はさっきの一言で呆気なく崩れ去ってしまった。

「全部渚先輩のせいですよ。私が結婚できないのも、彼氏作れないのも。全部、全部! それなのに……っ」

「美冬?」

「十年ですよ? 十年も先輩のこと想い続けて、その結果がこれなんて……。私、バカみたい……本当、バカみたい!」

 そう叫ぶと、私は渚先輩から逃げるように走った。涙を拭う余裕なんかないほど、全力で。

 バカだ、私は。わかってたことなのに。渚先輩にとって私は、だだの手のかかる後輩なんだって。先輩が私に会いに来てくれるのは、寂しさを紛らわすだけのことだったんだって。そう、わかってたはずなのに。

 それなのに。勝手に期待して、十年も片想いし続けて、それで勝手に傷付いて。

 私に渚先輩を責める資格なんてない。すべては自業自得。先輩を諦めることを諦めてしまった私が引き起こした、悲劇にもならない喜劇。

 そう理解していても、胸が張り裂けそうに苦しくて。十年経った今でも、こんなにも渚先輩のことが大好きで。自分じゃもう制御できないのに。こんなに辛い思いは、もうしたくないのに。

「美冬、待って!」

 どうやら、渚先輩は私を追いかけてくれていたらしい。息を切らしながらも追いついた渚先輩が、私の右腕を掴む。しかし、私はそれを思いっきり振り払った。

「もうほっといてください!」

「そんなことできるわけないでしょ!」

「私が心配だからですか? ほっとけないからですか? もうそういうのうんざりなんです!」

「はあっ?」

「結婚しろって言うんなら、いい加減先輩のこと諦めさせてくださいよ!」

 そう叫んだ直後、渚先輩は力任せに私を引き寄せた。そしてその勢いのまま、涙でぐちょぐちょになった私をきつく抱きしめた。

「ごめん、さっきのは私が悪かった。ちょっと美冬を試したんだよ。まだ私のこと好きかなって。でも、まさかあんたがこんなに傷付くとは思ってもみなくて。考えなしだった、ごめん」

「……は? 試す? まだ好きかなって……え? ん?」

 渚先輩の言ってる意味がよくわからない。潤んだ瞳のまま見上げると、先輩は肩をすくませて苦笑した。

「ごめん、美冬の想いには早い段階で気付いてた。でも、あんたの隣はあまりにも居心地が良すぎて。気付かないフリして甘えてました。だから、ごめんなさい」

「え……ウソ……えぇっ?」

 信じられない告白に、私は思わず渚先輩から離れた。

 ちょっと待って。じゃ、何か。渚先輩は私の気持ちを知りつつ、夏菜子先輩と付き合ってる間も、そんな私と一緒に遊んだり、過ごしたり、お泊りしてたってことか。何食わぬ顔で、私がどう思っていたか知りもしないで。

 そう思ったら、急に怒りがこみ上げた。

「先輩、それってすごくひどくないですか! 私がどれだけ傷付いたか、辛い思いしてたか、先輩にわかりますかっ?」

「いや、うん、だから本当にごめんなさい」

「謝って済む問題じゃありません!」

 腹の虫が収まらない。渚先輩を想い続けたこの私の十年は、いったいなんだったんだ。ただ先輩に弄ばれて、傷付いただけの日々だったのか。

 そう思ったらやり切れない。何回殺しても殺し足りない。

 そんな殺意が渚先輩にも伝わったのだろう。先輩はというと、今までにないくらい真剣な顔をして私と向き合った。

「ちゃんと話すから。私がどうして美冬を手放せなかったのか、その理由を。だからお願い、私の話を聞いて」

 その表情と、佇まいと、纏う雰囲気だけでわかる。渚先輩の伝えたいという真剣な思いが。

 たぶん、これを聞かなかったら、私は一生後悔するだろう。そう直感し、私は怒りを吐き出すように小さくため息をついた。

「わかりました。聞いてあげます」

「よかった、ありがとう」

 渚先輩はホッとした顔で苦笑する。悔しいなと思うのは、真剣な先輩も、微笑む先輩も、どちらも憎めないということ。

 結局、私は何をされても渚先輩のことが好きなのかもしれない。そう思ったら、頭に上っていた血がゆっくり落ちていくのを感じた。

 渚先輩はそんな私の様子に気付いているのかいないのか、ゆっくりと話始める。

「夏菜子と付き合い始めの頃は、何も考えずただ幸せだった。好きな人と両想いになれて、向こうも私のことを好きだって言ってくれる。そんな些細なことが嬉しかった」

「そうですか。それは良かったですね」

「でもね、だんだんと二人の時間を重ねていくうちに、今度は不安になってきたの」

「不安?」

「夏菜子といて幸せな反面、どこかで不安も感じるようになった。子どもが欲しいとどこかで思ってる夏菜子が、いつか私から離れていくんじゃないかって。そんな夏菜子の気持ちに気付かないフリをしていくうちに、だんだん息苦しくなってきて。どうしようかと悩んでる時に、美冬といるとその息苦しさが消えていくのを感じたの。不安なことやズルい自分を忘れて、ただの私になれてるって」

「それはつまり、私を逃げ場所にしてたってことですか?」

「まあ、そういうこと。卑怯でしょ、私」

「はい」

「うわ、手厳しい」

 私が素直に頷くと、渚先輩はそう言って苦笑した。

「結局、その不安が的中して夏菜子と別れて。あの時は本当に自暴自棄になりかけてた。夏菜子が私から離れていった辛さと、そんな彼女に別れた責任を押し付けてしまったズルい自分。それらを抱えて生きていくのが、だんだんしんどくなってきて。正直、もう死にたいって思った時もあった。生きるの面倒くさいなって。でもね、そんな時美冬が私を助けてくれたの」

「私が?」

「そう。生きるの面倒くさいなって思う度に、必ず美冬が私のそばにいてくれた。何をするでもなく、ただご飯食べて、話しして、このバカって怒られて。そんな日常が楽しくなってきてさ。だんだんと、この子と離れるのは嫌だなー、って考えに変わっていった。美冬がそばにいてくれるなら、まだ生きててもいいかなって」

「そ、そんなこと言っても、私は騙されませんよ! 未だに夏菜子先輩のこと想い続けてるくせに」

「夏菜子とは別れたよ」

「え?」

「この前の結婚式の時、夏菜子とはちゃんと別れた。それで、やっと親友に戻れた」

「本当、に?」

「うん。そうさせてくれたのは、美冬のおかげだよ。夏菜子から聞いた、あんたが私を結婚式に呼ぶようあの子に進言してくれたって」

「それは……」

「またあんた一人悪者にしちゃったね。ごめん。でも、私のためにありがとう」

 そう言って、少し照れたように笑う渚先輩を見て、胸がキュッと締め付けられた。ああ、やっぱり私はこの人が好きだと。

「夏菜子と別れた後、本当はもっと早く美冬の気持ちに応えてあげられたらよかったんだけど。私がヘタレで、なかなか夏菜子とのことに踏ん切りがつかなくて。今のままの私じゃ、真剣な美冬の想いに応える資格はないってずっと思ってた。その間に、美冬に誰か好きな人ができたとしても、それは自業自得で仕方ないって」

 そこまで言うと、渚先輩は一度言葉を切った。よく見ると、唇が微かに震えている。

「でも、まさか美冬がずっと私のことを想い続けてくれるなんて、思ってもみなくて……っ」

 渚先輩の声が震え、その瞳が徐々に潤み始める。それを見ていて、何故だろう、私の胸も熱くなった。

「ありがとう、こんなどうしようもない私を、見放さないでいてくれて。ずっと想い続けてくれて、ありがとう……ありがとう……っ。大好きだよ、美冬」

「先輩……!」

 居ても立ってもいられなくて、今度は私から渚先輩を抱きしめた。

 渚先輩の気持ちを聞いて、この十年間の私が報われていくような気がした。

 十年も叶わない片想いを続けて、そのせいで掴めたはずの幸せを逃して。私はいったい何をやっているんだろう。そうまでして先輩を想い続けてしまう自分は、なんて愚かなんだろうか。そう思い後悔する日もあった。

 でも、今ならはっきりと、自信を持って言える。この人を好きになって良かったと。想い続けて良かったと。

「こんな私の言葉、たぶん簡単には信じられないと思う。だから、今度は私が待つよ。美冬が信じてくれるまで。美冬が私にそうしてくれたように。いつまでも私は待ってる」

 そう言って、渚先輩は私を抱き返してくる。それがあまりにも心地良くて。

 ひとしきりそれを噛みしめると、私はわざと悪戯っぽく笑った。

「待たないでください」

「えっ? なんでっ」

「これ以上待つのはごめんです。だから、先輩の気持ち信じます。先輩を想い続けたこの十年間、この先きっちり利子付きで返してくださいね」

 本当は、まだ自信がない。渚先輩のその気持ちを信じれるかどうか。本当はまだ夏菜子先輩への未練が残っているんじゃないかと疑っている自分もいる。

 それでも、信じたいと思う。私のことを好きだと言ってくれた、渚先輩のことを。ずっと長い間想い続けてきた、この最愛の人の想いを。私は信じたい。

 私の返しを聞いた後、渚先輩がそっと私の頬に触れる。それがあまりにも愛しくて。私はその手に自分の手を重ねた。

「美冬、好き」

「私も、渚先輩のことが大好きです」

 二人の距離が縮まり、熱い吐息が頬にかかる。そのまま、お互いの情熱を伝え合うように、私達はその唇を重ねた。

 長年想い続けていた瞬間。もう叶わないとどこかで諦めていた夢。それが今、こうして実現した。私の想いが渚先輩に伝わって、二人の好きが一つに交わる。その快感に、私の目から一筋の涙が零れた。

「なに泣いてんのよ」

「先輩だって」

 お互いの涙を拭き合いつつ、その光景が可笑しくて二人同時に笑う。そして、どちらからともなく手を繋いだ。

「さて、晴れて両想いになれたことだし。美冬ん家行ってたこ焼きパーティーしますか」

「両想い記念がそれってどうなんですか? ムード台無しですね」

「え、何不満? だったら、家着くなりいきなり押し倒してもいいけど」

「それ以上冗談言ったら、家に入れてあげませんから」

「本気だよ?」

「はあっ?」

「あ、顔真っ赤」

 ニシシッと愉快そうに笑う渚先輩が恨めしい。そんな思いを目に乗せて訴えてみたけれど、先輩には効かないらしかった。

「あ、そうだ。美冬に一つ相談があるんだけど」

「お金の貸し借りはごめんです」

「そうじゃなくて。うちの兄貴が再来月結婚して実家に戻ってくるみたいでさ。だから、家族みんなが私を追い出そうとしてるんだよ。邪魔になるから、実家暮らししてないで一人暮らししろって」

「そりゃそうでしょうね。ちょうどいい機会じゃないですか。前に一人暮らししたいって言ってましたし」

「まあね。だからさ、美冬私とルームシェアしない?」

「ああ、ルームシェアですか……って、は?」

「あ、付き合ってるから同棲か。どうせ私が一人暮らししたって、どっちかの家に入り浸ることになるんだから、今が一緒に暮らすチャンスだと思うんだけど」

「はあっ? 同棲って、私達まだ付き合ってゼロ日ですよっ」

「そうだけど。想い続けた長さでいったら、うちらもうベテラン夫婦並みじゃん? だから問題ないでしょ」

「いや、そういう問題じゃなくて!」

「実は、ネットで調べてもう何軒か良い部屋見つけてるから。今度二人の休みが合う日に、一緒に不動産巡りしよう」

「ちょっと、勝手に決めないでください!」

「なに、美冬は私と一緒に暮らすの嫌なの?」

 それまで超強引だった渚先輩が、ふいに真面目な顔つきになる。

 これはズルい。そんな風に急に切り返されたら、つい建前とか周囲の目とか、そんなの考える暇なく本音が出てしまう。

「……嫌なわけないじゃないですか。むしろ、嬉しいです」

「そっか、なら良かった」

 そんな風に嬉しそうに笑わないで。そんな顔を見れた嬉しさと恥ずかしさで、私の身体はカッと熱くなる。

 ああ、もう。いつもいつも私を振り回して。なんなんだこの人は。

「じゃあ、決まり。ちなみに、新居の寝室は二人一緒だからね」

「なっ……!」

 そう悪戯っぽく笑う渚先輩を見ていて、私の恥ずかしさはピークに達した。

「このバカ! もう知らないっ」

「でた、美冬の“バカ”。これが無いと美冬じゃないよねぇ」

「はあっ? 意味わかりません!」

「ありのままの美冬が大好きってこと」

「っ……このバカ! バカバカバカっ」

「あ、照れてる。可愛いー」

 そう言って、渚先輩は顔を真っ赤にした私の頭をよしよしと撫でる。でも、私は振り払うことはしなかった。

 きっとバカは私だ。こうやってからかわれても、何されても、結局渚先輩のことが大好きなのだから。


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