先輩と後輩
「先輩、お待ちください!」
「い、や、だ! 清姫、あんた生徒会役員なんだから廊下走っちゃダメでしょが」
「だって先輩がお逃げになるから。緊急を要する特別な事由に該当すると思われますのでよろしいかと」
「んなわけあるかぁ!」
ここは私立のお嬢様学校。その校舎を、家が超絶お金持ちの清姫と、超ど庶民の先輩鈴木が追いかけっこしていた。
「なんでいつも私に絡むんだよっ」
「先輩のことをお慕い申し上げているからです。何度申し上げたらご理解いただけるのですか?」
「何回言われてもご理解できんわ!」
鈴木は進路変更して階段を下りる。途中からは面倒くさくなってジャンプで。どうだという気持ちで後ろを振り返ると、なんと清姫が手すりに座りながら滑るように階段を降りていた。そして、スキージャンプの着地のようにひらりと舞い降りる。それを見て、階段にいた生徒数人が「きゃあっ」と黄色い歓声を上げた。
「こいつ、マジか……」
「お待たせいたしました」
「待ってねぇよ。それより、お嬢様がはしたないことすんな」
「すみません。ですが、こちらの方が早いと思いましたので。それより、どうでしたか、今の私の身のこなし。惚れ直しました?」
「いや、まず惚れてねぇし」
軽口を言いつつ、鈴木は諦めて走るのをやめた。いつもどれだけ逃げても、どこへ逃げても、必ず途中で清姫に捕まってしまう。残り少ない昼休み。ちょうどこの辺が潮時だと判断したのだ。
「やっと諦めてくださったんですね」
清姫が嬉しそうに鈴木の腕に抱きつく。気付けば、周囲に人だかりができていた。
「やめてくんない? あんた人気者だから、誤解されたら面倒くさいんだけど。つーか、いつも面倒くさいんだけど」
「お断りします。なぜなら、皆様にも先輩は私のものだと示しておかなければいけませんから」
「誰も私なんか取んねーよ。こんなど庶民のドブネズミなんか」
「ドブネズミ?」
そのキーワードに、清姫の目が鋭く光った。鈴木はしまったという風に口を手で塞ぐ。
「先輩、もしかしてどなたかにそう言われましたか?」
「ま、まっさかぁ。私が勝手にそう思ってるだけだって」
「そうでしたか。それならよろしいのですが」
そこまで言った後、それまで女子高生らしい顔をしていた清姫の表情が一変、まるで今から人を殺しに行くかのような無感情な鉄仮面へと変わった。
「もし、どなたかにそう言われたのでしたら、私はその者を永久追放するところでした」
「いっ……つ」
腕に絡みついた清姫の手に力が込められる。痛みに鈴木は思わず顔を歪めた。
「おー、怖い、怖い。さすが氷姫。氷のような冷たい眼差しに能面のような無表情、そして誰にも容赦ない悪魔のようなその態度。そしてついたあだ名が"氷姫"」
「先輩、どこでそれを?」
「亜澄羅が……生徒会長が教えてくれた。一年の時は何言ってんのかさっぱりわかんなかったけど、あんたが高等部に進学してきてやっと意味が理解できたよ。ほら、私外部からの入学だから」
この学校は、基本幼稚舎から大学までエスカレーター式だ。外部受験者の数はそんなに多くない。だから、同学年で外部入学かつ庶民なのは鈴木だけで、唯一話をするのは物好きの現生徒会長、亜澄羅くらいだった。だからといって、鈴木はそれを寂しいと思ったことはないけれど。
「それはもう過去のことです」
「いや、夏休みまではそうだったでしょ。それまでもこいつスゲーとは思ってたけど、無表情で教師泣かせてる姿見た時は衝撃的だったなぁ。全校生徒どころか教師までがあんたを"様"付けして呼ぶ理由がよくわかったよ」
「それ以上お褒めになるのはおやめください。恥ずかしいです」
「いや、褒めてねーし。むしろ反省しろって言ってんだけど」
「だって、仕方ないじゃありませんか。先輩とお近づきになるのを控えなさいと言われて、黙っていられなかったんです。正当な理由を述べてください、と少し強めに申し上げましたらああなってしまっただけです」
「なんか遠回しに私が先生にごめんなさいの気分なんだけど、まったく」
鈴木は深いため息をついた。本人に悪気はないんだろうけれど、清姫は鈴木のことになると目の色が変わる。そのおかげで鈴木まで注目を浴び、周りからさらに距離を置かれるようになった。べつに孤立することにはそこまで抵抗はないが、見ず知らずの一年生にまで名前を覚えられるほど注目を浴びる生活は、鈴木にとっては大きな誤算だった。できれば目立たずひっそりと卒業したかったのにと。
「清姫様!」
何人かの生徒が勇気を出して清姫に手を振る。すると、清姫は笑顔でそれに応えた。それを鈴木は不思議そうな顔で眺める。
「なんですか?」
「いや、変わったなーと思って」
「変わった?」
「あんたのこと。前はあんな風に声かけられてもガン無視だったじゃん。遠目から見ててマジ怖えーと思ったもん」
「そうでしたか?」
「そうでした。亜澄羅も驚いてたよ。あんな姫見たことないって」
本気でやばい薬を使用してるんじゃないかと疑ったほどだ、という亜澄羅の言葉はここでは言わないでおく。
「もし、私が変わったとおっしゃるのであれば、それはたぶん先輩のおかげだと思います」
「私? なんで?」
「それは……」
「そこの二人、お待ちなさい」
声をかけられ、二人思わず振り向く。そこに立っていたのは、生活指導の田中先生だった。
「げっ、田中……!」
「鈴木さん、この騒ぎを起こしたのはあなたですね?」
「騒ぎって……ただ人が集まってるだけじゃん」
タメ口でボソッと呟く。しかし、先生には聞こえていたらしい。片眉がピクリと動いた。
「何度も言ってるでしょう。これ以上清姫様をたぶらかすなと。あなたのせいでここの風紀が乱れているのですよ」
「いや、清姫が勝手に私にまとわりついてるだけなんですけど」
「お黙りなさい」
強い口調でピシャリと遮られる。まるで鈴木が悪であると決めつけているようだ。これには清姫が黙っていなかった。
「先生、よろしいでしょうか」
清姫のそのトーンの低い声に、先生だけでなく周りの人だかりもしんと静まり返る。清姫の表情は氷のように冷めていた。
「この騒ぎの原因は私にあります。私が鈴木先輩を追いかけ回してしまったからです。ですから、咎められるべきは私だと思いますが」
「それは……」
「それなのに、先輩だけ注意されるのは、何かべつの意図があってのことですか? もしそうなら、私は黙っていませんよ」
「…………っ」
その目の鋭さと雰囲気に、ついに田中先生が言葉を失った。これ以上続けたら話がややこしくなる。そう感じ取った鈴木は、清姫の頭を押さえつけて一緒に頭を下げた。
「すみませんでした!」
「え……?」
「後輩が先生に対して生意気な口答えしました。悪いのは先輩であるこの私です。きちんと反省させますので、ここはどうか一つ寛大なお心で許してください!」
「せ、先輩っ?」
「ほら、清姫もちゃんと謝る!」
「…………すみませんでした」
鈴木にそう言われ、不服そうだが清姫も謝った。それを見て、怯んでいた田中先生の態度が元に戻る。
「わかりました。清姫様の発言については言及いたしません。ですが、鈴木さん、あなたは生徒指導室に来なさい」
「うえ、やっぱりか」
「どうして先輩が生徒指導室に行かなければいけないのですか!」
「前に忠告したからです。もしまた騒ぎを起こし、風紀を乱すようなことがあれば、その時は退学に処すると。もちろん、校長にもお伝え済みです」
「退……学……?」
清姫の動きが止まった。何が起きたのかわからないと言いたげに目が見開いている。そして鈴木を見た。
「先輩、どうして言ってくれなかったんですか」
「だあって、言ったらあんた校長室に怒鳴りに行くでしょ? そんで騒ぎが大きくなる。それははっきり言ってごめんなの」
「しかしっ」
「それにさ、正直清々してるんだよねー、退学になって。ここに入ったのは母親の陰謀みたいなもんだし。私みたいなど庶民にはここは居心地悪かったしね」
「だったら、私も一緒に退学します。だって、先輩は何も悪くない。悪いのは付け回していた私なのですから」
「あんたが退学してどうすんの。成績一流、家柄一流のあんたはここに残って、私の代わりに学校生活満喫しなさい。これは先輩命令。なんつって」
そう言って、鈴木は片手をヒラヒラさせて清姫から離れていく。その姿を見て、清姫の胸に熱い何かがこみ上げた。
「……いで」
「ん?」
「嫌です……一人に……しないで」
振り返った鈴木どころか、田中先生も周囲にいた生徒すべてが驚いて呼吸を止めた。何故なら、あの氷姫とまで言われている清姫が泣いていたから。
「き、清姫?」
「行かないで……。先輩……退学……嫌だぁ……っ」
駄々っ子のように、清姫は涙を零しながら大泣きする。たぶん、清姫が泣いているところを誰も見たことがないのだろう。どうしてよいのか、誰も動こうとしない。ただ一人、鈴木以外は。
「こんの、バカたれ」
そう言うと、鈴木は清姫を優しく抱きしめた。
「高校生にもなって、人前でそんなに泣くやつがあるか」
「だって、だって……う、うっ」
「ったく、世話の焼けるやつ」
よしよしと鈴木は清姫の頭を撫でる。周囲の生徒達から、ほうっと熱いため息が漏れた。
「もうその辺にしませんか、田中先生」
「あなたは……」
声のした方へ全員の視線が集まる。田中先生に声をかけたのは、生徒会長の亜澄羅だった。
「亜澄羅、あんたこんなとこで何やってんの?」
「君と清姫様が二人でいると面白いことが起こるからね。見逃したくはないだろう? 場所は探さなくても人だかりですぐわかるし」
「そりゃどうも」
そんな鈴木と亜澄羅二人の会話を、田中先生が面白くなさそうな顔で遮る。
「それで、生徒会長のあなたが私に何の用ですか?」
「鈴木君の退学の件ですが、もう少し待っていただけませんか?」
「なんですって」
「確かに彼女に非はあるかもしれません。しかし、それは清姫様にも言えることです。それなのに一方だけ退学というのは不公平ではありませんか?」
「それは……」
「そのような差別は、淑女たれ、という我が校風にそぐわない。みなさんもそう思いますよね?」
生徒会長が周囲の生徒達にそう問いかける。すると、ほとんどの生徒が首を縦に振った。
「先生、退学は待ってあげてください!」
「そうです、清姫様が可哀想です!」
「先生、お願いします!」
『お願いします!』
「あなた達……っ」
お願いしますの大合唱に、田中先生が困惑した表情で怯む。そんな先生に亜澄羅が追い討ちをかけた。
「これだけの生徒がお願いしているんです。それに、風紀が乱れるというその一点のみで簡単に生徒を退学させるなんて、そのこと理事長は了承しているんですか? 少なくとも私は聞いていませんが」
「…………っ」
理事長という単語が出てきて、田中先生は苦虫を噛み潰したような顔をして亜澄羅を睨んだ。どうやら、理事長までは話が通っていなかったらしい。
「わかりました。今回のところは見逃してあげます。ですが、次はありませんからね」
「はーい」
田中先生は悔しそうに立ち去っていく。その後ろ姿を見送りつつ、亜澄羅が鈴木と清姫の所へ近寄って来た。
「良かったね、退学回避できて」
「あんた、近くにいたんならもっと早く助けなさいよ」
「おや、どうして私が助ける前提で話をしているのかな?」
「私はあんたにとって最高のオモチャだから。だから、あんたがそんな私を簡単に手放すはずがない」
「大した自信だね。でも、オモチャというところは否定しないよ」
「あの、先ほどからいったい何の話を……?」
一通り泣き終えた清姫が、不思議そうな顔で先輩二人を見る。しかし、亜澄羅は微笑んだだけで周りへと視線を向けた。
「場所を移しましょうか。ここは目立ちます」
「確かにね」
見れば、生徒達には安堵の表情が漏れ、中には泣いている人までいる。今にも清姫達の所へ駆け寄って来そうだ。ということで、亜澄羅の提案で三人は生徒会室へと移動した。
「好きな所へ座ってくれ」
「了解」
清姫と鈴木は、部屋の真ん中辺りにあるソファへと腰を下ろす。室内は綺麗に整頓されていて、窓を背にした生徒会長の椅子が太陽の光に照らされて黒く輝いていた。
「もう少ししたら昼休みは終わるけれど、教師には私から上手く言っておくよ」
「へーい。あんがと」
「あの、先ほどのことなんですけど……」
清姫が眉間にシワを寄せながら、今にも出て行きそうな亜澄羅へと声をかける。亜澄羅は「ああ、そのことですか」と眼鏡をかけ直した。そして鈴木へと目配せをする。鈴木はため息をついた。
「清姫、この生徒会長が理事長の孫って知ってるよね?」
「はい。存じ上げております」
「んで、私はそいつの手放したくないオモチャなわけ。つまり、どういうことかわかる?」
「えーっと……」
「つまりは、こいつが本気出せば理事長の力使って私の退学を阻止できるってこと」
「あっ!」
「まあ、本当に助けてくれるかどうかは怪しいけどね」
「少なくとも、君が私を楽しませてくれている間は安心したまえ」
「へーい」
「ああ、それと清姫様に一つ忠告を」
「忠告?」
「清姫様と出会ってから今日までの間に、全校生徒の中でこの鈴木の株が急上昇しているのをご存知ですか? あの氷姫から笑顔を引き出し、なおかつその氷を溶かした功績を、みな正当に評価し始めているのです」
「そうなのですか?」
「ええ。ですから、ご自分のモノになさるなら早めに手を打った方が賢明かと。誰かに取られる前に」
「亜澄羅! あんた何言ってんのっ」
「誰かに取られる前に……」
「清姫、あんたもあいつの言葉に惑わされるなっ」
「おっと時間だ。では、私は失礼するよ。お二人とも、どうぞごゆっくり」
そう言って、口角を上げながら亜澄羅は部屋を出ていった。
「あいつ、わざと含みのある言い方しやがって。絶対楽しんでんな」
「先輩」
「な、何?」
「田中先生に先ほどおっしゃっていたことですが、あれは本音ですか?」
「何が?」
「退学になって清々するという発言です」
「ああ、そのこと。あれは……」
「私は嫌です! 先輩と離れるのは絶対に嫌っ」
清姫の悲痛な叫びが、静かな生徒会室に響く。その時、午後の授業開始を知らせるチャイムが鳴った。その間、二人は無言で動かない。そして、鳴り終わった後、鈴木がゆっくり息を吐いた。
「あんたさ、なんで私のことそんなに好きなわけ? 私にはそのきっかけすら思いつかないんだけど」
「それは……私が万引きしようとしていたのを、先輩が止めてくれたから」
「万引きを? あ……あー! 思い出した、お嬢様のくせにコンビニで万引きかよって心の中でツッコんだ記憶がある」
「良かった、覚えててくれたんですね」
清姫はホッと安堵のため息をつく。しかし、すぐさま悲しそうな顔をした。
「私、子どもの頃からずっと完璧を求められていたんです。同級生や周りにいる人間は、みんな競争相手。だから誰にも弱さを見せず、心を開かず、ただ競争に勝つことだけを強要されてきました。そして気付けば友達もできず、氷姫なんて呼ばれるようになっていて」
「うわ、何それ最悪! そりゃストレス溜まるわ」
「ええ。そんな毎日に限界がきたある日、私は万引きに手を染めようとしました。きっと、どこかで完璧を崩したかったんでしょう。そんな時、先輩がそれを止めてくれた。お店の人に一緒に謝ってくださいました。先輩である私が悪いと」
「あー、私中学までずっと運動部にいたからさ。つい上下関係気にしちゃうんだよね。つーか、もしかしてそれがきっかけ?」
「はい。店員さんに見つかった時、頭が真っ白になって、どうしていいかわからずとても怖かった。そんな時先輩が現れてくれて、一緒に謝ってくださって。私はそこで初めて他人を頼ったんです。その時、何故か涙が止まりませんでした。そして心がとても軽くなった、生きやすくなった気がしたんです」
「大げさすぎじゃない?」
「いいえ。私には革命的でした。世界を変えるほどの衝撃だったんです。それ以降、先輩が近くにいないと怖くて落ち着きません。もう昔のような氷姫に戻れないんです。今や先輩は、私の世界の中心なんです、支えなんです。だから、どこへも行かないでください」
すがるような清姫の表情。本当にそう思い込んでいるかのようだ。それを感じ取って、鈴木が清姫の頬に触れた。
「目、閉じて」
「え?」
「いいから」
そう言われ、清姫はそっと目を閉じる。世間一般に考えてこのシチュエーションで何が起こるのか、想像すると勝手に胸が高鳴っていく。気付けば鈴木の吐息を感じれるほどになっていた。そして。
「いたーいっ」
突然襲われた鼻の痛みに思わず目を開ける。見ると、鈴木が清姫の鼻をつまんでいた。
「ぶわはははっ! だぁーれがお前なんぞにキスするかっての」
「先輩ひどい!」
「べつにキスするなんて一言も言ってないでしょ。勝手に妄想したのはそっち」
「うぅー……」
「それに、私はあんたを可愛い後輩としてしか見てないから。残念でしたー」
鈴木が舌を出して笑う。ムッとしたのはもちろん清姫だった。
「私のどこがいけないのですか? 成績良し、運動神経良し、家柄良し、周囲の信頼度良し。これだけ完璧な人間は他にいませんのに」
「そういうことを自分で言うところだよ。早く気付け」
清姫はよくわからないと言いたげに首を傾げる。それを見て、鈴木はため息をついた後苦笑した。
「あんたがつきまとってくるまではさ、本気でいつ退学してもいいって思ってたんだよ。周りにも色々言われたし、なにより自分が居心地悪いってずっと思ってたから」
「先輩……」
「でも、あんたが私を追いかけ回すようになって、毎日が楽しくなった。必死で逃げてるうちに、周りの声とか居心地の悪さとか、そんなの全部忘れてただの生徒になってる自分に気付いたんだ。それってすごくない?」
「よくわかりませんが、すごいと思います」
「でしょ。それ以来、私はここを離れたくなくなってる。少なくともあんたがこの学校にいるうちは、私もここにいようって」
「本当ですかっ?」
「本当よ。ウソついてどうすんの」
「良かった、本当に良かった……っ」
「なーくーなーっ」
「ふえぇー」
目に涙を溜めている清姫の頬を、鈴木は優しく摘む。そして、白い歯を見せて笑った。
「あんたは氷姫に戻れない、怖いっていうけど。あんたはそんなに弱くない。現に他の生徒にも笑いかけられるようになった。それはすごい成長だよ。これからももっとあんたは変わっていく。だから、その成長を楽しめ」
「成長を……」
「そう。少なくとも私は楽しんでる。あんたの成長を」
そう言って、鈴木は清姫の頭をクシャクシャと撫でた。そんな風に誰かに撫でられたことがなかったので、清姫の胸がゆっくりと熱くなる。
「私、先輩のことが好きです。私のモノになっていただけませんか?」
真剣な想いだった。今までよりも強くそう思っている。それは鈴木にも伝わったようで、困ったという風に自身の頭をポリポリ掻いた。
「今はダメ。さっき言った通り、私はあんたを後輩としてしか見てないから。そんな気持ちで付き合うのは、真剣なあんたに失礼でしょ?」
「私はそれでもかまいません」
「ダーメ。私が嫌」
「そうですか……」
清姫が今にも泣きそうに視線を落とす。それを見て、鈴木が座ったままの清姫をソファの背もたれに押し付けた。
「せ、先輩っ?」
「もう諦めた? 私のこと。あんたの想いはそんなもん?」
「……いいえ、絶対諦めません」
「そう。なら頑張って私を落としてみせな。私を好きにさせるのは至難の技だぞー?」
悪戯を思いついた子どものように、鈴木は口の端を上げて笑う。清姫には、まるで挑発されているように感じた。清姫はキッと鈴木を睨む。
「それでも、必ず好きにさせてみせます。先輩が告白したいと思うような、そんな女性になってみせます。だから、覚悟しててください」
今度は清姫が不敵に笑う。その強気な姿勢は、彼女本来の強さのように思えて、鈴木は思わず微笑んだ。
「いいね、その調子。それでこそ何者にも屈しない清姫様だ。でもさぁ」
そこまで言って、鈴木は清姫の耳元へその口を近付けた。
「私、けっこう嫉妬深くて束縛強いから、好きにさせたら大変だよ?」
「え……」
「そっちこそ覚悟しといてね」
口が耳から離れ、鈴木の目が清姫の潤んだ瞳を捕まえる。狙った獲物を逃さない狩人のようなその瞳に、清姫の身体が熱い何かにゾクリと反応した。この人に捕まりたい、この人のモノになりたいと。
「お、ここ飲み物あんじゃーん」
いつもの砕けた鈴木の明るい声が、室内の雰囲気ごとガラリと変える。清姫は夢から醒めたような気分だった。
「飲んでもいいよね? 会長がごゆっくりって言ってたんだし」
「授業は受けられないのですか?」
「きっと亜澄羅が上手くやってくれただろうから、今行ったって逆に怪しまれるだけだよ。まあ、行きたいなら止めないけど」
「行きません。せっかく先輩と二人きりなので」
「あっそ」
鈴木は清姫の言葉をあっさりかわすと、飲み物とポットが置いてある場所へ移動した。
「コーヒーに紅茶に緑茶。清姫、あんた何飲む?」
「私が淹れます。後輩ですから」
「そう? じゃあ先輩はソファで待ってよーっと」
二人は笑っている。暖かな秋の日差しが生徒会室の窓から入り込み、埃を照らして二人の周りをキラキラと輝かせていた。




