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百合三昧(短編集)  作者: 渡辺純々
19/42

そして、いつかきっと(1)

(なぎ)ちゃん、最近調子良いねー」

「あ、ありがとうございます」

 私が描いた漫画原稿を確認しながら、担当編集者の英梨(えり)さんは微笑んだ。

「なんか、一年くらい前から作風変わったよね。前はどこか作られてる感じがあったけど、最近のは感情がグッとリアルになって、キャラが生き生きしてる気がする」

「本当ですか? それは嬉しいのです」

「やっぱ、貴子(たかこ)ちゃんのおかげかなぁ」

 貴子、という名前が出てきて、思わず私の肩はびくりと反応した。

「彼女と友達になってから、凪ちゃんは人間としても成長したと思う。きっと、これからももっと成長していくよ。間違いない」

「……ありがとうございます」

「いやー、彼女が凪ちゃんの尻叩いてくれるおかげで、締め切り踏み倒されなくなったし。本当、貴子様様だわ」

「…………」

「あ、そろそろ次行かないと。じゃあ、原稿確かに預かったから。次の打ち合わせはまた後日連絡するねー」

「はい、お願いします」

 バイバイと手を振った後、英梨さんはオフィスの奥に吸い込まれていった。私はそれを見送ってからビルを出る。今年の三月に高校を卒業したにもかかわらず、見た目中学生の私が平日の午後にオフィス街を歩いているこの違和感。前はお巡りさんに声をかけられたけれど、今日は大丈夫そうだ。

「貴子殿のおかげ、か」

 私もそこは否定しない。貴子殿は私の一つ下の後輩で、去年の夏に絵のモデルとしてストーキングしていたら幽霊と間違われ、その縁で今も私の漫画制作を手伝ってくれている人だ。

 それまで友達はおろかまともに人と話すらしたことがなかった私に、唯一できた友達。いや、彼女と私の関係はそういうものとはちょっと違うような気がする。制作仲間、同志。どの言葉も上手く当てはまらない。それでも、私は彼女の存在に大いに感謝していた。

 家族以外の人間と一緒に過ごすなんて、今までは本の中の夢物語でしかなかった。どこかに一緒に出かけて、買い物して、家にお泊りなんかもして。そんなすべてが紙の中の出来事でしかなかった私に、素晴らしい経験をいくつもさせてくれた。

「貴子殿は、私にとって神様なのです」

 電車の中でポツリと呟く。隣のおじさんが怪訝そうな顔をしていた。

 そう、貴子殿は神様。憧れであり、尊敬の対象であり、唯一無二の存在。私はそう思っている。

 でも。

 貴子殿は私のことをどう思っているのだろう。同じ気持ちで、なんてこれっぽっちも考えてはいない。ただ、私といることが苦痛になってはいないか、もうどうでもいいと思ってはいないか、重荷になってはいないか。六月の文化祭で、親友であり以前の片想いの相手である美紀さんと楽しそうに談笑している貴子殿を目の当たりにしてから、ずっとそのことが頭から離れないでいる。

 高校を卒業してから会う時間が減り、さらに大学進学を目指し受験勉強をしている貴子殿は、最近私の所へ来なくなった。もちろん、私が勉強に集中してほしいと言ったからだが、会えない分その思いはどんどん膨らんでいた。

「ただいま」

 家に帰り、自身の部屋へと戻る。そしてベッドへダイブすると、私は枕をギュッと抱きしめた。

 小、中学校とあまり良い思い出はない。もともと極度の人見知りに加え、このストーキング癖と幽霊のような見た目で、みんな気持ち悪いと私から離れていった。今貴子殿のおかげで見た目は改善されたけれど、彼女の場合問題はそこじゃない。私の中身だ。

 相変わらず締め切りはギリギリだし、子どもがするようなドジばかりするし、自分でも面倒くさいと思うほどネガティブだし。いつか貴子殿がこんな私に見切りをつけて離れていくのではないか。私にはそれが怖いのだ。

「嫌なのです……」

 言葉が静かな部屋に落ちる。その時、家のチャイムが鳴って、誰かが入ってきた。そして階段を上る足音が聞こえたかと思うと、それは部屋の前で止まり、ドアをノックする音がした。

「先輩、入ってもいいですか?」

「貴子殿!」

 入ってきたのは貴子殿だった。確かこの時期学校は夏休み。それなのに彼女は学校指定の制服を着ている。

「どうしたのですか?」

「今日夏期講習だったんです。夏休み最後の。だから、終わったついでに先輩の原稿完成祝いをしようかと。今回私ノータッチでしたから」

「それは仕方ないのです。勉強第一です」

「ありがとうございます。さっきおばさんにケーキ渡してきたので、後で食べましょう」

「なんと! そこまで気を遣わなくても良いのに」

「私抜きでも締め切り守れたご褒美ですよ」

 そう言って、貴子殿は悪戯っぽく笑った。それを見て、私の胸はひとつ高鳴る。

 目の前に貴子殿がいる。偽物や幻覚ではなく、本物の貴子殿が。

「先輩、どうしたんですか? 突っ立ったままで」

「いや、久々に貴子殿に会えたのが嬉しくて」

 素直な気持ちを述べる。すると、貴子殿が頭を抱えた。

「先輩って、本当卑怯ですよね」

「な、何故ですかっ? そんな卑怯なことしてないのですよ」

 私はいったい何をしたのだろう。今の中に卑怯なやり取りが含まれていただろうか。混乱する私をよそに、貴子殿は四角い座卓に置いてあるいつもの座布団に座った。

「それはいいですから、とりあえず座りましょう」

 そう促され、私も向かいの座布団に座る。白かった正方形の座卓も、貴子殿が作業する時によく使っているので、今はもう全体的に黒ずんでいた。

「今回のはどんな話なんですか?」

「ちょっと暗いかもしれません。姉妹のように育った先輩後輩が、先輩の卒業と同時に離れ離れになるというストーリーで」

「へー。先輩にしては珍しくバッドエンドなんですね」

「いえ、前編と後編に分けているので、今日渡したのは前編部分だけです。なのでまだバッドエンドとは決まっていないのですが……」

 でも、正直ハッピーエンドにできる自信がない。せめて虚構の世界くらいは明るく楽しくと思いハッピーエンド多めで作品を描いているけれど、物理的に離れてしまった人間同士は、はたして幸せになれるのだろうか。そのまま心も離れていきはしないだろうか。そんな不安が私の中で渦巻いていて、次のネーム作りを妨げていた。

「まだ決まってないって……。まさか、次のネームまだできてないんですか?」

「はいぃ……」

 しおしおと頷くと、貴子殿は盛大なため息をついた。

「いいですか? 私だって部活は引退しましたけど、受験勉強で手一杯で、正直先輩のお手伝いしてる余裕ないんです。それなのに、そんな調子で大丈夫なんですか?」

 ダメかもしれません。つい口を突いて出てきそうになったけれど、寸でのところで私はその言葉を飲み込んだ。

「大丈夫なのです。心配いらないのです」

 無理矢理笑顔を作って大丈夫とアピールしてみせる。

 いけない。貴子殿にいらぬ心配をかけてしまっては。ただでさえ漫画制作を手伝ってもらったりと助けてもらってばかりなのに、ここで彼女の負担になってはいけない。もしそんなことをしてしまったら、私はきっと嫌われる。それだけは絶対に嫌だ。

 私の言葉を疑わしそうに見ている貴子殿の気を逸らしたくて、私は別の話題を振ることにした。

「そ、そうです、貴子殿はどこの大学を受験する予定なのですか?」

 そう質問すると、何故か少し間が空いた。そして、貴子殿がゆっくり口を開く。

「他県の大学です」

「え?」

「県内も考えたんですけど、やっぱりどうしてもそこで学びたくて」

「じゃ、じゃあ実家からは……」

「遠くて通えないので、一人暮らしになりますね」

 一瞬、頭が真っ白になった。貴子殿が実家を離れる。この街からいなくなる。私のそばから離れていく。色んなことが頭の中でグルグル回って気持ち悪い。

「では、私のお手伝いは?」

 驚くほど躊躇わずにサラリと出た。貴子殿の方が驚いていて、目を見開いて私を見る。そのうち、その視線をふいと逸らした。

「あー、そのことなんですけど……」

 頬をポリポリ掻きながら、言いにくそうに言葉を濁す。その仕草だけで私の胸はざわついた。その続きは、彼女の口から聞きたくない。

「お手伝いは断るつもりですか?」

「え?」

「私の相手をするのは、もう嫌になったのですか? だから、県外の大学を受験するのですか?」

「ちょっと先輩、何言ってるんですか。それとこれとは話が違います」

「違わないです! 貴子殿は私のことが嫌いになったんです。重荷になったんです。だから他県の大学受けて離れようとしているのです!」

「はあ? 私そんなこと一言も言ってないですよ。とりあえず、私の話を聞いてください」

「嫌なのです、貴子殿と離れるのは嫌なのです!」

 今までの人達は、仕方ないで諦めることができた。こんな私から離れたくなるのは仕方ないと。

 でも、貴子殿は違う。彼女はこんな私に話しかけてくれるどころか、一緒にいてくれた。同じ時間を共有してくれた。私にたくさんの気持ちや思い出をくれた。こんな人、もう二度と私の前に現れない。それなのに、離れ離れになるのは嫌だ。

 しんと静まり返る室内。そこにまず響いたのは、貴子殿のため息だった。

「なんで先輩って、そんなにネガティブなんですかね」

 ボソリとそう言うと、貴子殿は立ち上がった。

「今日は帰ります。このまま話してても埒あかないでしょうし。お互い一旦頭冷やしましょう」

「あ……」

 私が何か言う前に、貴子殿は部屋を出て行く。その時ケーキとコーヒーをお盆に載せた母親とすれ違った。

「あら、もう帰るの?」

「はい。ちょっと急用ができてしまって。ケーキはおばさんが食べてください」

 お客さん用の笑顔で、貴子殿は冷静に対応する。そしてそのまま家を出て行ってしまった。

「凪ちゃん、貴ちゃんと何かあった?」

 その母親の問いには答えられず、私はただ貴子殿が去った後をずっと眺めていた。


 何故百合を好きになったのか。たぶん、女性同士の心の繋がりを感じたかったからなんだと思う。ちょっとしたことではビクともしない、友情を超えた強い絆。それに対する強い憧れが、今の私を百合漫画家として存在させている。私はそう自己分析している。

「うーん、これは困ったねぇ」

 真っ白なままのネームノートを眺めながら、英梨さんは本当に困ったという風に頭を抱えた。昼下がりの喫茶店内は、甘い物や休憩を求めに来た客でそこそこ賑わっている。中には勉強している人もちらほらいて、ノートを広げていてもあまり人の注意は引かなかった。

 貴子殿とケンカをしてから一週間。創作意欲がまったく湧かず、私も英梨さんも途方に暮れていた。

「まさか凪ちゃんと貴子ちゃんがケンカするとはね。しかも、貴子ちゃんの進路のことで」

「私がいけないのです。離れたくないとワガママを言ってしまって。本当なら応援しないといけないのに」

 先輩のくせに、なんと情けないことだろう。これまで貴子殿には散々お世話になっているのに、こんな時こそその恩を返すチャンスじゃないか。それなのに、まったく不甲斐ない。

「仲直りできそう?」

「わからないのです。もうこんなやつとは、なんて愛想つかされたかもしれないのです」

「えー? それは困るなぁ。じゃあ、誰が凪ちゃんの尻叩くの? また締め切り踏み倒される日々は嫌だなぁ」

「…………」

 相談する相手を間違えたかもしれない。いや、相談できる人がこの人しか周りにいないから仕方ないんだけども。

「なんでわざわざ実家離れて他県の大学受けんのかね。田舎の小娘ならわかるけど。ここそんなに不便じゃないし。そこで学びたいって、貴子ちゃん将来何になりたいの?」

「知らないです。聞いたことがないのです」

「バレーボールの選手とか?」

「うちのバレー部は弱いのであり得ないです」

「じゃあ、声優とか? オタクだって言ってたし、声も悪くないし」

「確かに声優さんは大好きみたいですが、それなら大学ではなく専門学校に行くのでは?」

「そっかぁ」

 改めて考えてみれば、貴子殿は何になりたいのだろう。同じオタク同士、好きなアニメや声優さんなんかは聞いたことがあるし、テスト週間中には得て不得手な科目の話もしたことがある。

 でも、幼少期の話や将来何になりたいかなんて、今まで聞いたことがなかった。今美紀さんのことをどう思っているのか、私の漫画制作のお手伝いは嫌じゃないのか、今何を思っているのか。そんなことは何も知らない。

「私は、貴子殿のことを何も知らなさすぎるのですね」

 ここにきてやっと痛感した。一年くらい一緒に漫画制作をしていてなんとなく知った気でいたけれど。笑えるくらい全然そんなことなかった。知らないことの方が多すぎて、今は不安で仕方ない。アホだ、アホすぎる。

 落ち込む私を見て、英梨さんがバシッと私の肩を叩いた。

「何言ってんの。たった一年でその人のすべてがわかったら、あなた凄腕のエスパーよ」

「そうなのですか?」

「そうよ。それに面白くない。楽しいことや嬉しいこと、苦しいことや悲しいことを一緒に共有して、そんでたまには今のあなた達みたいにケンカして。そうやってゆっくり時間かけてお互いを知っていくの」

「ほお」

「漫画だってそうでしょ。いきなりキャラ同士が仲良くやってるより、回を追うごとに絆が深まっていく過程を読む方が面白くない?」

「確かに、私は後者の方が面白いのです」

「でしょ? だから焦らないの。まだまだ君達には時間がたっぷりあるんだから」

「でも、貴子殿が私から離れてしまったら、それもできないのです……」

 せっかく英梨さんが励ましてくれているのに。それでも私の気持ちは悪い方へと沈んでいく。ああ、どうして私はこんなにネガティブなんだろう。

 どうやら英梨さんもそう思ったらしい。コーヒーをグイッと飲むと、その後で大きく息を吐いた。

「じゃあ、もう諦めちゃえば? 貴子ちゃんのこと」

「え?」

「だって、この世界に人間が何人いると思ってんの? 何十億よ、何十億。だったら、そんな一人に固執しないで、次に気の合う人を探せばいいじゃない」

「それは……」

 どこかで聞いたことのあるセリフ。そう思っていたらふと思い出した。

 そうだ、確か夜の旧校舎で初めて貴子殿と会話を交わしたあの日、振られたという貴子殿に向けて私が送った言葉だ。

「あ、ちょっとごめん」

 英梨さんのスマホが鳴動し、彼女は素早く電話に出る。そして、二言、三言話すとすぐに通話を切った。

「ごめん、上司が今すぐ来いって。ここの支払いはしとくから、せめて次までにはネーム完成させといてね」

 そう早口でまくし立てると、英梨さんは会計を済ませ、足早に喫茶店を出て行ってしまった。

「……何も解決しなかったのです」

 なんだか賑やかな店内で過ごす気にはなれず、コーヒーもそのままに私も店を出た。今年は酷暑と言われるだけあって、外に出た瞬間暑さで意識が飛びそうになる。そんな中、私は重い足取りのまま英梨さんが言った言葉を反芻していた。

 貴子殿を諦める。次に気の合う人を探す。考えたこともなかったけれど、こんな自分にそんなことができるんだろうか。他の誰かを見つけることができるんだろうか。

 いや、もしかしたらその方が貴子殿にとっても都合が良いのかもしれない。こんなダメダメな自分といつまでも付き合っているより、親友の美紀さんみたいな素敵な他の誰かと過ごした方が、貴子殿にとって有意義な人生を送れるのかもしれない。私がずっとそれを邪魔しているのかもしれない。それならいっそ、貴子殿の大学進学を機に離れた方が良いのかもしれない。

「私が離れれば……」

 そう呟いた時、ふと目の前に書店を見つけた。暑さにやられそうになっていた私は、とりあえず中に入る。店内は広くもなく狭くもなく、客の入りも多くなかった。

「あっ!」

 そんな店内を何気なく一周していると、百合漫画や小説専門のコーナーを見つけた。思わず駆け寄ると、他に比べれば小さいスペースだったけれど、それでも色んな出版社から出ている単行本がズラリと並んでいる。まだ買っていない新刊も置いてあった。それらを舐めるようにゆっくり見渡していく。すると。

「ウソ……」

 新刊が平積みしてある端の方。「店員おすすめ!」というポップの下に、私の漫画が置いてあった。しかも、試し読みができるようになっている。

「ウソウソウソっ」

 嬉しさのあまり、思わず試し読みを手に取る。それは確かに私の描いた漫画だった。

「あっ、ここのネーム考えるの大変だったのです。貴子殿に何度もせっつかれて」

「あっ、このキャラの髪のベタ。貴子殿が失敗して、締め切りギリギリまで二人で塗り直したのです」

 一つページをめくれば、その時の二人の思い出がふと蘇る。よく見れば、この単行本に載っている話は、全部貴子殿がお手伝いを始めてくれた時からのモノだった。

「貴子殿……っ」

 二人の思い出が溢れてきて、私はつい本を握りしめた。

 私はバカだ。大バカ者だ。貴子殿のためだとか、離れた方がいいとか、そんなの全部自分が傷付かないための言い訳だ。本音は、胸が張り裂けそうなほど貴子殿と一緒にいたいのに。ずっとそばにいてほしいのに。それを全部ウソで隠して逃げようとした。

「最低です……!」

 私は試し読みの本を置くと、走って店を飛び出した。

 貴子殿に会いたい。会ってもう一度話がしたい。このまま終わるなんて嫌だ。もう会えなくなるなんて嫌だ。貴子殿と離れるなんて嫌だ。たとえ世界中に何十億という人がいたとしても、私がそばにいてほしいと願うのはたった一人だけ。私が一緒にいたいと思うのは、この地球上で貴子殿だけ。この想いを届けないまま二人の関係が終わるのは絶対に嫌だ。

 勢いのまま、貴子殿がいる高校へと向かう。今はもう夏休みも終わり、この時間は帰宅部や受験勉強に勤しむ三年生なんかが下校を始めていた。そんな通学路を、私は生徒達の流れに反して進んでいく。

「貴子殿……っ」

 辺りを見渡しながら進むが、彼女の姿は見つからない。そうしてずっと探しているうちに、とうとう校門の前まで来てしまった。

「いない……」

 もしかして、まだ学校の中にいるんだろうか。はたまた今日は学校に来ていないんだろうか。どちらにしても、今私の目の前に貴子殿はいない。そのことが、今まで悩んでいた貴子殿が自分から離れていくということとシンクロした。

「なんで……っ。う、うっ、うわぁー……」

 自分でも信じられないことに、私は校門の前で子どものように声を上げて泣いた。滲む視界からも、私を不審がりながら避けて歩く生徒達の姿が見える。でも、もう止められそうになかった。

 貴子殿がいない。学校にもいない。どこにもいない。私のそばにいない。

 会いたい、会いたい、会いたいよぉ。

「先輩?」

 聞いたことのある声に、思わず泣きながら振り返る。そこに立っていたのは、ギョッとした顔の貴子殿だった。

「ちょっ、どうしたんですか?」

 貴子殿が心配そうな声で私に近寄ってくる。歪む視界の中、私は彼女に向かって思いきり手を伸ばした。

「み……」

「み?」

「見つけだぁー!」

 私はぐちゃぐちゃの顔のまま、迷惑顧みず貴子殿に抱きついた。

 いた、私の会いたい人。貴子殿が私の目の前にいた。その安堵感から、私の泣きはさらにヒートアップする。

「えぇー……」

 貴子殿の困惑した声が、私の泣き声にかき消されて夕暮れの空に消えていった。


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