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百合三昧(短編集)  作者: 渡辺純々
15/42

攻略法

「ついて来んなー!」

「それは無理です。風紀委員として校則違反者は見逃せません」

 誰もいなくなった放課後の校舎を、二人の女子生徒が走り回っていた。一人は金髪にピアス、もう一人は黒髪ロングに眼鏡で左腕には「風紀委員」の腕章を付けている。どちらの足の速さも拮抗しているように見えた。

「松本ぉー! てめぇ、いっつもいっつも追いかけてきやがって。風紀委員はそんなに暇なのかよ」

「いいえ、暇ではありません。現に今高橋さんを捕まえるべく職務を全うしています」

「あー、もううぜぇ!」

 高橋は校舎真ん中にある階段を使い、一つ階を下りたところで廊下を走る。そして、校舎端にあるもう一つの階段で再び先ほどいた階に戻った。そして、近くにあった教室へ飛び込む。

「へっ、なめんなよ。バカでも頭は使えるんだ。毎回毎回捕まってたまるかよ」

 辺りを見渡す。どうやら使われていない教室の一つのようで、机や椅子は整然と並んでいるが壁などには何も張り紙が無く、質素な印象を受けた。

 そーっと扉に耳を当て、外の音を聞こうとする。足音はなく、遠く音楽室で練習している吹奏楽部の楽器の音が聞こえるだけだった。それを確認して、高橋はホッと息をつく。

「やっと諦めたか」

「いいえ」

 突然教室内から声が聞こえて、高橋は声もなく大げさに振り返った。すると、教壇の中からまるで幽霊かと叫びそうになるような出方で一人の女性がぬっと姿を現す。

「見つけましたよ、高橋さん」

 それは松本だった。彼女は驚きすぎて口をパクパクさせている高橋に無表情で近付いていく。

「な、な、なんで……っ?」

「なんでここにいるのか、という問いかけでしょうか? その答えは簡単です。この数ヶ月間のあなたの行動パターンを分析し、あなたがどうやって身を隠すか、今日あり得るベストの手法を考察し、それに合わせて待ち伏せしただけです」

「相変わらず機械的で賢そうなしゃべり方だな、おい。腹立つ」

「すみません、昔からこのようなしゃべり方ですので」

 そう言うと、松本は高橋の手首を掴んだ。

「では、生活指導の田中先生のところへ行きましょう」

「やなこった。行きたきゃ一人で行け」

 高橋が松本の手を振りほどこうとするが、その手は固くまったく動かない。意外に力は強い。高橋の答えは想定内なのか、松本は表情一つ変えなかった。

「では、取り引きしましょう」

「取り引き?」

「田中先生のところへ連れて行かない代わりに、キスさせてください」

「でたよ、またそれか」

 松本の提案に、高橋はため息をつきつつ頭を抱えた。

 この一ヶ月、松本はことあるごとに高橋を捕まえてはキスを迫っている。その回数は両手では足りず、もう覚えていない。

「なんで私とキスしたいんだよ」

「好きだからです」

 真顔で即答され、高橋はすぐに言葉が出てこなかった。

「もちろん、恋愛感情でですが」

「んなこたぁわかってるよ」

「そうですか、それは良かった」

「良くねー。つーか、なんで私のこと好きになった?」

「それは……」

 初めて松本が言葉を濁した。そんな彼女を目にしたことがなかったので、高橋の方が驚く。

「それは、私を人間扱いしてくれたのが、あなただけだったから」

「はあ? だってお前人間だろ」

「もちろん人間です。ですが、このしゃべり方と性格のせいで、周りからは機械人間とよく言われていました。本気でロボットなんじゃないかと疑われたこともあります」

「アホか、そいつら」

「ええ、本当に。今思えばバカバカしいことですが、その時の私はそれを受け入れていました。みんなの言う通りかもしれないと」

 高橋の手首を掴んでいる松本の手に力が入る。高橋は振りほどくことはしなかった。

「でも、あなたに会ってそれは間違いだと気付かされました。自分で機械人間だと言った私に対して、高橋さんは”お前人間だろ”って否定してくれた。そこで、ああ私は人間だったんだって思い出したんです」

「たったそれだけ?」

「ええ。たったそれだけのことですが、私にはとても嬉しかったんです」

 松本がとても優しく微笑む。初めて見た彼女の笑顔。それが窓から見える夕日よりも綺麗に見えて、高橋はハッと息を呑んだ。

「質問に対する答えは以上です」

 松本が淡々とそう答え、高橋を置いていつも通りの無表情に戻る。

「では、キスしましょう」

「なんでそうなるっ?」

 高橋のツッコミもなんのその、松本はずずいっと近付いていく。

「く、来るなー!」

「嫌です。そしてこの手邪魔ですね」

 高橋が左右に振っていた片手を松本が掴む。そして両手とも扉に押しつけた。

「相変わらず、力強ぇーな」

「体育も勉学もオール五ですから」

「自慢かっ」

 高橋が逃げようともがくが、両手はビクともしない。二人の距離は、約バスケットボール一つ分といったところだろうか。松本から微かに花の甘い匂いがする。高橋は降参とばかりにため息をついた。

「わーったよ。田中んとこ行ってやる」

「そうですか。でも、キスはします」

「なんでだよ! 田中んとこ連れて行かない代わりにキスっつー取り引きだろうが」

「はい。しかし、気が変わりました。今日の高橋さんとこのポジショニングを見て、キスしたい衝動に駆られました」

「やめろ、その言い方!」

 吠える高橋。しかし、松本の力は緩まない。

「どっちにしてもキスとか、最近強引なんじゃねーの」

「はい。私なりに考えたんです、ツンデレの攻略法を」

「攻略法?」

「はい。高橋さんみたいないわゆるツンデレ属性の方を落とすには、強引に攻めた方が成功率が高いのではないかと」

「私はツンデレじゃねえ!」

「そうでしょうか? 高橋さんがいつも校則違反をされるのは、私とキスしたいからではないのですか?」

「ちげーよ! キモい解釈すんな」

「では、何故いつも本気でキスを拒まないのですか? 高橋さんも体育の成績だけは良いはずです。本気を出せば私の手を振りほどくことなど簡単なはずですが」

「そりゃ、単純にお前の方が力が強いだけだろ」

「では、私のことは好きではないと?」

「好きでもなんでもねーよ」

「そうですか」

 高橋の言葉に松本が目を伏せる。眼鏡の向こうの長いまつ毛が細かく震えている気がした。松本の手に込める力が一層強くなる。

「でも、キスはします」

「なっ」

 松本は顔を上げると、勢いのまま高橋に口づけた。柔らかい感触がお互いの唇を刺激し合う。

「んっ……!」

 いつもなら一回で終わりなのに、今日に限って松本は止まらなかった。顔の向きを変え、今度は舌を絡ませてくる。情熱を形にしたように熱いそれは、弄ぶかのように高橋の口の中を蹂躙したかと思えば、愛おしむかのように優しく愛撫していく。

 身体が熱い。頭が真っ白になる。そんな感覚は高橋には初めてだった。まるで、松本の感情をぶつけられている様だ。

「はあ、はあ……」

 舌が引き抜かれ、二人の熱い吐息が混ざり合う。お互いの舌を繋ぐ細い糸は、松本が離れたことで完全に切れた。

「今日はやけに激しいじゃねーか」

「ええ。もうこれが最後ですから」

「は?」

 眉間にシワを寄せる高橋を無視するかのように、松本は彼女の両手を解放して、その後で自身は数歩後ずさった。

「今まで両想いになれるかもしれないという可能性を信じてこんな無茶を続けてきましたが、先ほど高橋さんが私のことを好きではないと明言したことではっきりしました。私のこの想いは届かないと」

「……それで?」

「そうとわかった以上、これ以上高橋さんにご迷惑をおかけするわけにはいきません」

「なるほど、だから最後か」

「はい。今まで申し訳ありませんでした」

 松本が他人行儀な感じで頭を下げる。そして、高橋の顔を見ることなく教室を出ていこうとする。すれ違った時、松本の目尻が光っているように高橋には見えた。

 あの堅物は、一度そうと決めたらその考えを変えることはないだろう。最後と決めたのなら、もうこれ以上追いかけ回されることもないし、キスされることもない。それは高橋にとって安息の高校生活を送る上でとても喜ばしいことなのに。誰もいなくなった教室に一人取り残されると、ふと高橋の胸にポッカリ穴が空いた気がした。

「んーっ……あーくそ!」

 髪をくしゃくしゃに掻いて叫んだ後、高橋は廊下を早足で歩く松本を追いかけた。そして、引き留めるように後ろから抱きつく。

「高橋さん?」

「バカか、お前は。好きでもないやつからのキスなんか、こんな毎回受けるかよ」

「ですが、先ほど高橋さんおっしゃいましたよね。好きでもなんでもないと」

「だーかーらー、それはあれだ、松本からしたら私はツンデレなんだろ? だったら、そこら辺汲みとれよ」

「汲みとれって……」

 そこで一旦松本の動きが完全停止する。まるで何か計算でもしているかのように。少しして、松本は高橋の方を振り返った。

「もしかして、私のことが好きなのですか?」

「……そう聞こえなかったんなら、お前の恋愛成績は一だ」

 高橋がふんっとそっぽを向く。その頬はほんのり赤い。そんな高橋の姿を見て、松本は合点がいったという風に小さく頷いた。

「ツンデレって、想像以上に面倒くさいんですね」

「なにっ?」

「でも、なんだか愛おしい」

 松本はクスクス笑う。んな楽しそうに笑う彼女を見たのは初めてだったので、高橋の胸に激しい衝動が駆け巡った。

「松本、キスしていいか?」

 すると、松本の目が驚きに見開かれる。

「高橋さんからキスのお願いなんて初めてですね」

「いいだろ、べつに。んで、どうなんだ。嫌なのか?」

「いいえ、むしろ嬉しいです。ですが、一つ条件があります

「条件?」

「高橋さんは何故私のことを好きになったのですか? それを教えてください」

 その質問に、高橋の動きがピタリと止まった。そして、恥ずかしそうに松本から視線を逸らす。

「……いいじゃねーか、そんなこと」

「よくありません。私は答えたのに、高橋さんは教えてくれないというのはフェアではありません。気になって夜眠れなくなります」

「寝なきゃいいんじゃねーの」

「今後一切キスさせませんよ」

 松本はいつもの無表情だが、その声のトーンで怒っているのは高橋にもわかった。

 今までのことを考えれば、自分が理由を答えるまで松本はしつこく聞いてくるだろう。いつもの無表情で。今まさに顔を近付けて迫ってきているように。その迫力に高橋はあっさり負けてしまった。

「わーったよ。言うよ」

「お願いします」

 そして、高橋はドキドキと暴れる心臓を落ち着かせるかのように一度深呼吸をした。

「誰かにこんなに求められたのが初めてだったんだよ。お前の粘り勝ちだ」

「たったそれだけ?」

「そうだよ。わりーか」

 顔が熱を帯びていくのがわかり、高橋はそれを誤魔化すかのように腕組みをする。そんな彼女をあざ笑うかのように、吹奏楽部のラッパがプファっと変な音を出した。

「そうですか」

 松本は静かにそう答える。すると、その頬に透明な雫が流れ落ちていった。それを見て高橋が慌てだす。

「な、なんで泣くんだよっ」

「すみません。……ただ、嬉しくて」

「嬉しい?」

「はい。今までのこと、もしかしたら高橋さんにとっては迷惑でしかないのかもしれないと、どこかで思ってもいましたので」

 そう言って、眼鏡を外して涙を拭う。純粋な彼女の、透明な涙。高橋は苦しい胸を押さえながら、松本の涙をそっと拭ってあげた。

「普段頭良いくせに……本当、バカなやつ」

「それくらい、高橋さんのことが大好きです」

「私も、松本のことが好き」

 涙を拭っていた手をそっと頬に当てる。そして、今度は高橋から松本にキスをした。その後でなんだか心がくすぐったくなって、二人とも顔を見合わせて笑った。

「私としたことが、最初の仮説を間違えてしまいました」

 一通り涙を拭い終わり、眼鏡をかけ直した松本が、いつもの無表情に戻り淡々と一人反省会を始める。

「間違えたってなんだよ」

「ツンデレは強引に攻めた方が、成功率が高いという仮説です」

「ああ、それか」

「ですが、今回のことでよくわかりました。強引に攻めるのも有効的ですが、その後で一歩引いた方がさらに成功率が上がるのですね」

「はあ? なんだそれ」

「ありがとうございます。良い攻略法ができました。今後の参考にさせていただきますね」

「今後ってなんだよ」

「これからの二人の、より良いお付き合いについて」

「……っ」

 あまりに真剣に言うものだから、高橋はとっさに返す言葉が見つからなかった。

「では、行きましょう」

 そんな高橋を放置して、松本が手を差し出す。

「行くって、どこに?」

「生活指導の田中先生のところです」

「はあ? なんでだよ」

「私、風紀委員ですから」

 そう言って、腕章を高橋の目の前にもってくる。その顔はいつもの風紀委員の松本だった。

「真面目か!」

「はい」

 真顔で即答され、高橋は後ずさる。こいつは本気で連れて行く気だ。そう感じ逃げようとした高橋の手を、しかし松本は素早く掴んだ。

「もう逃がしませんよ。それに、取り引きもしません。さあ、行きましょう」

「お前、好きなやつを売る気か!」

「それはそれ、これはこれです」

「ふざけんなー!」

 高橋の叫びは、吹奏楽部の演奏と共鳴する。まさか松本の口元が笑っていたことなど、引きずられるようにして後ろを歩いている高橋には知る由もなかった。

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