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百合三昧(短編集)  作者: 渡辺純々
14/42

痴話ゲンカップル

 瀬里奈(せりな)秋穂(あきほ)は動揺していた。

「なんで……っ」

「なんで……っ」

『なんでカップルってバレたのっ?』

 訂正。激しく動揺していた。

「カップルって言われたの今回で二回目だぞ。確信があるから言ったんだよな、あれ」

「うわー、もう最悪。一番知られたくない人間にバレたぁ。もう人生終わりだぁ」

 秋穂が頭を抱えて呻く。瀬里奈はうんうんと頷いていた。

「もしかして、この前着替えてる時に瀬里奈がふざけて抱きついてきたの見て、怪しいって思ったのかな」

「いやいや、前の練習試合で私と組んでた先輩を秋穂がめっちゃ睨んでたから、それでこれはもしやって思ったんじゃない?」

「はあ? 私睨んでないし。瀬里奈だって、ずーっとふくれっ面だったじゃん」

「はあ? べつにそんなことないしー。勘違いはやめてくださーい」

「そっちこそ。自意識過剰なんじゃないの?」

「なんだと!」

「なによ!」

 瀬里奈と秋穂は歩みを止めて睨み合う。部活終わり、夕暮れ時の駅前は閑散としていて人の気配はない。野良猫が一匹、タクシーの下から出てきて、二人を見た後、興味なさげに道路を横切っていった。二人はひとしきり睨み終わると、同時にため息をつく。

「中入ろっか」

「そだね」

 中の待合室には誰もおらず、唯一の小さな売店ももう閉まっている。駅長室の中も空だ。この田舎の駅では当たり前の光景なので、二人は特に気にする様子もなくホームへ出る。そして手前の椅子に腰を下ろした。

「……今の口ゲンカが一番の原因かもね」

「そだね」

 秋穂と瀬里奈がそろって駅ホームの屋根を見上げる。木造でできたそれは、素人が見てもなんとも言えない味わいがある。二人はしばらくそれを眺めていた。

「この口ゲンカやめたら怪しまれないかな?」

「いや、無理でしょ。私達お互い言いたいこと言っちゃうタイプだし」

「そうだよなぁ」

「でも、私嫌いじゃないよ。瀬里奈との口ゲンカ。そりゃむかつく時もあるけどさ、お互い気を遣わないで素でいられるって証だから」

「私も。秋穂のことどんどん知れてる気がして嬉しい」

「さすが私達」

「最強ペア」

 そう言って拳同士を突き合わす。そして二人とも嬉しそうに笑った。

 向かいのホームにも乗客はおらず、さらにその奥の金網越しの家では、犬が退屈そうに寝そべっている。のどかな時間だ。

「そういえば、おばさん調子どう?」

 瀬里奈が伸びをした後、さりげなく秋穂に問いかける。

「ビックリするくらい元気だよ。昨日も田んぼ周りの草刈りしてたし」

「すげーな、おばさん。ちょっと前まで入退院くり返してた人とは思えない」

「でしょ? 東京からこっちの田舎に来て、母さん以前よりかなり体調良くなったよ。やっぱりこっち来て正解だった」

 秋穂が安堵の表情を見せる。それを見て、調子が良いというのは本当らしいと確信した瀬里奈もホッと胸を撫で下ろした。

 秋穂の母親は身体が弱く、東京にいる頃は入退院をくり返していた。そんな時、父親の提案で秋穂が中学校に上がる前に、母親の実家のあるこの田舎に家族全員で引っ越してきたのだ。そのことは、ペアを組んでしばらくしてから瀬里奈は秋穂から聞かされた。

「でも、秋穂最初はこっち引っ越すの反対してたんでしょ?」

「まあね。どうしても病院の数や設備は東京の方が上だし、不便な田舎なんて来たら余計身体壊すんじゃないかって思って」

「まあ、確かにそこは否定できない」

「でもね、空気は綺麗だし、食べ物は美味しいし、なにより母さん自体自然が大好きみたいだから。こっち来て笑顔も増えたし、病は気からって言葉、ちょっと信じるようになっちゃった」

 可笑しいでしょ、と秋穂は笑った。その笑顔を見て嬉しい反面、瀬里奈の胸の中では変なわだかまりが現れる。

「なに、瀬里奈。何か言いたいことでもあるの?」

「なんで?」

「そんな顔してるから」

 ズバリと言い当てられ、瀬里奈は言葉に詰まった。さすがパートナー。相手の機微には敏感に反応するらしい。きっと誤魔化しもきかないだろう。

「さすが秋穂だね」

 そこまで結論づけてから、瀬里奈は降参とばかりに一度肩をすくめた。

「こっちへの引っ越しを反対してたのってさ、おばさんのこともあるんだろうけど、本当は東京でテニス続けたかったからなんじゃないの?」

「なんで?」

「だって、向こうにいた時はテニスで結構有名だったんでしょ? だから……」

 秋穂は小学生の頃硬式テニスをしていて、全国的に名前が知られるくらい強かったらしい。このことは秋穂からではなく、瀬里奈の母親から仕入れた情報だった。

 まさか瀬里奈の口から過去のことが出てくるとは思ってもみなかったのか、秋穂は大きく目を見開く。しかし、その後何か言う前にクスクス笑い始めた。

「感じわっるー」

「ごめん、ごめん。まさか瀬里奈がそんなこと気にしてたなんて。だって、今まで東京でのこと聞いてこなかったから」

「こう見えて結構繊細なんですぅ」

「知ってた」

 そう言うと、秋穂はふくれっ面の瀬里奈の頬を人差し指でツンツンした。そして、そのまま瀬里奈のツインテールの片方の先にそっと触れる。

「正直、あの時はちょっと未練もあったけど、それよりも私は家族の方が大事だったから。母さんにとってこっちでの暮らしの方が身体に良いんじゃないかって考え直し始めた時に、私のことで引っ越しを悩んでいた両親に行こうってゴーサイン出したのは私なんだ」

「そうなの?」

「そう。まあ、こっち来て近くにテニスクラブが無いことや、中学でソフトテニス部しかないって知った時は少しがっかりしたけどね。でも、おかげで瀬里奈に会えた」

「私?」

 目を丸くしたまま自分の顔を指す瀬里奈に、秋穂は笑いながら「そう」と頷いた。

「うちらの中学弱かったでしょ? 試合に負けてもヘラヘラしてる部員の中で、瀬里奈だけが泣いて悔しがってた。それ見て、ああこの子とペア組みたいって思ったの」

「私も! 試合の時、秋穂のストロークとかボール回しとか後衛でも攻める姿勢とか、超カッコよくて、こいつと絶対組むって思った」

「なんだ、私達最初から相思相愛だったんだ」

「これ運命じゃね? きっと神様が私に秋穂を寄越してくれたんだよ」

「何それ。普段運命とか信じないくせに」

「いいじゃん、べつに。たまには信じたって」

「ウソウソ。私もそんな気がしてる」

 ふいに秋穂と瀬里奈の手が触れ合う。二人は一度顔を見合わせた。その後で、何も言わずそのままお互いその手をそっと重ねる。

「ペアっていいよね。勝った喜びも負けた悔しさも、二人で共有できるから。東京の時はシングルスだけだったから、こんなに感情動かされることもなかった」

「私も最初は一人の方が気が楽と思ってたけど。なんていうのかな、今はこの二人で一つっていう感じがすごく好き」

 それまで重ねていただけのお互いの手が、二人の絆の強さを示すかのように静かに絡まっていく。

「瀬里奈はさ、この高校で本当に良かったの? わざわざ私に付き合わなくても、もっと他に強い高校もあったのに」

「そーれーはー、前にも話したけど、私は秋穂と組んでソフトテニスしたいの。いくら強くたって、他の誰かとじゃやってる意味ないし。楽しくない。だから、秋穂の方こそ気に病むな」

「瀬里奈……ありがとう」

 秋穂が瀬里奈の肩に額を乗せる。甘いシャンプーの匂いと秋穂の温もりが、瀬里奈の胸を激しく高鳴らせた。

「秋穂、キスしていい?」

「はあ? 何言ってんの。ここ駅だし、人来るし」

「まだ来ないよ。今なら誰もいないし。ね、いいでしょ?」

「いや、でも……」

「なに、秋穂は私とキスしたくないの?」

 瀬里奈が顔を近付けて抗議する。その可愛い顔のどアップに、負けたのは秋穂だった。

「……したくないわけないじゃん。バカ」

「何その返し。可愛すぎるんだけど。バカ」

 瀬里奈が秋穂の頬にそっと手を添える。秋穂はその手に自身の手を重ねた。そしてお互い顔を近付けていく。

 お互いの吐息が頬にかかる。そしてそのまま、二人の唇はなんの障害もなく優しく触れ合った。

「ダメだ」

「何が?」

「次は私からする」

 そう言って、今度は秋穂から唇を近付ける。キスした後で、お互いクスクス笑い合った。

「さすが攻撃重視型」

「受けるのもいいけど、やっぱり自分からいきたいもん」

「秋穂、次の試合絶対勝とうね」

「もちろん。キャプテンペア負かして、あの人ギャフンと言わせてやろう」

「それいい!」

「うわあぁぁ!」

 二人が再びグータッチしようとした時、駅の待合室に誰かが飛び込んできた。

「何事っ?」

「……って、キャプテンじゃないですか」

 駆け込んできたのは、ソフトテニス部のキャプテンだった。どこから走ってきたのか、かなり息を切らしている。

「いっちゃん、大丈夫?」

 次に入ってきたのは、二人の一つ上の先輩、有希(ゆき)だった。こちらも肩で息をしている。

「有希先輩、この人どしたんですか?」

「さあ。私も何がなんだか」

 瀬里奈の質問に、有希も困惑顔を返すことしかできない。すると、キャプテンは目の前にいた秋穂の手をギュッと掴んだ。

「助けて! 私病気みたいなんだよ。このままじゃ死んじゃう!」

「はあ? ついさっきまで笹持ってアホみたいな夢語ってたじゃないですか? そんな人間がすぐ死ぬとは思えないんですけど」

「でもでも、動悸が激しいし、身体は熱いし、胸は苦しいし。こんな症状初めてなんだもん。絶対やばい病気だよ!」

「有希先輩、このアホ何か腐ったモンでも食べて、ついに頭がイカれたんすか?」

「いや、何も食べてはないけど……」

「つーか、いい加減秋穂から手ぇ離せ」

 必死な形相のキャプテンから、瀬里奈が容赦なく秋穂の手を引き離す。すると、キャプテンは瀬里奈をキッと睨んだ。

「人が生きるか死ぬかの話してんのに、ヒドイ後輩! いいじゃんか、手ぇ握るくらい。そんなことで嫉妬すんな!」

「はあっ? 嫉妬してねーし!」

「じゃあ、あんたの手握る!」

 混乱しているキャプテンは、今度は瀬里奈の手を握る。すると、秋穂が割って入ってきた。

「なんで今の話の流れでそうなるんですか。いいから離れてください!」

「やだ! 二人が助けてくれるまで離れない!」

「いっちゃん! いい加減にしなさい」

 有希の一喝に、キャプテンだけでなく瀬里奈と秋穂も動きを止める。有希の顔は怒っていた。

「そんなことで後輩に迷惑かけないの。具合が悪いなら病院行こう」

 そう言って、有希はキャプテンの手首を掴む。その瞬間、キャプテンの顔がまるで茹でダコのように真っ赤に染まった。

「うっひゃあ!」

 そんな奇声を上げて、勢いのまま有希の手を振り払う。そして自身の胸をギュッと掴んだ。

「ま、また胸が苦しい……っ」

 そんな先輩二人のやりとりを見ていて、ピンときたのは瀬里奈と秋穂だった。

「ねえ、秋穂。これってまさか……」

「だろうね。まさかキャプテンがここまで恐ろしく鈍感だったとは」

「でもこれ、有希先輩も気付いてないっぽくね?」

「ペアそろって似た者同士なんだよ」

 先輩二人の鈍感さに、二人はため息をつく。その後で、瀬里奈が悪戯を思いついた子どものような笑みを浮かべた。

「これさ、このままほっとこうぜ。その方が面白いし。いい気味だ」

「有希先輩には悪いけど、キャプテンには原因不明の病ということでもうちょっと苦しんでもらおう」

 イシシッと二人は白い歯を見せて笑う。すると、彼女達の背後にキャプテンがずずいっと忍び寄った。そしてそのまま一年生二人の首に腕を回す。

「もうダメだ」

『え?』

「二人とも、私を病院まで運んで。キャプテン一生のお願い!」

「ふざけんな! 病院くらい一人で行けっ」

「そうですよ! 私達を巻き込まないでください」

「いいじゃんか! ギャアギャア文句ばっか言うな、この痴話ゲンカップル!」

『だから、カップルじゃない!』

 有希が小さく「え?」という違うのかと言いたそうな顔をしていたことは、頬を赤く染めた二人は気付いていなかった。

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