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百合三昧(短編集)  作者: 渡辺純々
11/42

きっと平和なんてそんなもの

「覚悟しろ、魔王!」

「勇者よ、倒せるものなら私を倒してみろ!」

 魔王の杖と勇者の剣が交錯し、魔王城に鈍い音を響かせる。周りには二人しかおらず、壁や柱のひび割れや崩れが、この戦いの激しさを物語っていた。

「くそっ」

 お互い距離をとって再び向き合う。たぶん、次の一撃で決まる。そんな雰囲気が二人を包んでいた。空気がピリピリと張りつめていく。

「いくぞ!」

「こい!」

いざ攻撃、というまさにその時。

ぐ~っという気の抜けるような音が二人の腹部から発せられた。しばしの静寂。

「ごめーん、魔王。私お腹空いちゃった」

「大丈夫です、私も同じでしたから。そろそろお昼にしませんか?」

「賛成ー」

 先ほどのピリピリした空気がウソのように、二人仲良く食堂へと歩いて行く。

「いやー、毎回剣の練習に付き合わせちゃってごめんね。なんか身体動かしてないと鈍っちゃってさ」

「いえ、私も定期的に魔法を使ってないとたまに暴走しますから。お互い様です」

「へえ、魔族も大変だね」

「勇者さんだって。毎日身体鍛えていらっしゃってすごいです」

「そうかなぁ。そう言われると照れるわー」

 そんな風に和やかに談笑しつつ、二人食堂を突っ切る。そして誰もいない厨房に入ると、勇者は勝手知ったる我が家のようにその辺のモノを漁り始めた。

「昨日は魔王が作ってくれたから、今日は私が作るね」

「ありがとうございます」

「いいって、いいって」

 魔王が魔法でかまどに火をつけ、勇者が手際よく食材を包丁で捌いていく。その間に、魔王は厨房横に置いてあるテーブルの上を片付けたり、食器を並べたりしていた。

「じゃーん。勇者特製キノコと魔界山菜のパスタ」

「わあ、美味しそう」

 ホクホクと白い湯気が立ちのぼるパスタが二つ食卓に並ぶ。そして二人とも「いただきます」と手を合わせると、そのパスタを一口頬張った。

「美味しーい!」

「うん、我ながら完璧。私天才!」

 自画自賛する勇者に頷きつつ、魔王は満足そうな笑みを浮かべる。どうやら二人のフォークは止まりそうにない。

「勇者さん、本当にお料理お上手ですよね」

「まあ、一人暮らしが長かったからね。でも、魔王だってすごく料理上手じゃん。この前食べたファイアドラゴンの卵で作ったオムライス、あれめっちゃ美味しかったよ」

「あ、ありがとうございます。私趣味が料理と家庭菜園なので、少しでもお役に立てたのなら嬉しいです」

「そうそう、魔王の作る野菜も本当美味しいよね。人間でもここまで作るのは難しいと思うし」

「たまに変装して人間界に行って、野菜の苗を手に入れたり、作り方を教えてもらったりしていたので。本当、人間はすごいです」

「そんなことしてたの? バレなかった?」

「まだ私が魔王に即位する以前のことでしたので。今より顔は人間界に浸透していませんでした」

「そっか。あんたが魔王になったのって、私が先代の魔王を倒した後だっけ?」

「そうです」

「なんかごめんね。もしかして倒したのって父親だった?」

「いいえ、叔父です。でも、自分が王になりたいがために、私の父と母を暗殺するような方だったので、倒していただいて勇者さんには感謝しています」

「……そういうことを満面の笑みで言っちゃうところは、魔王一族の血を受け継いでるよね」

「えぇっ」

「ははは、冗談冗談」

 笑いつつ、勇者が細い壺から舌が出ているような形の魔界山菜をフォークで刺して口に運ぶ。「ギャッ」という鈍い音が聞こえた気がした。

「魔界の食べ物ってさ、一見グロいけど食べたら美味しいよね。最初は無理って思ったけど、今はもう慣れちゃった」

「勇者さんが私を倒しに来てからどれくらい経ちますっけ?」

「んー、もう三ヶ月くらいは経つんじゃないかな。だって、あんた先代の魔王なんかより断然強いんだもん。なかなか倒せなくて苦戦してる間にお腹空いちゃって。あんたが休戦を持ちかけてくれて本当助かったよ」

「勇者さんは、今までここへ来た誰よりも強くて正直焦りました。あの時は本当に私も危なかったんです。ですから、勇者さんのお腹の虫が鳴ってくれて、これは休戦を持ちかけるチャンスだと思って」

「あー、それ言わないでよ。恥ずかしい」

 頬を赤らめ顔を隠す勇者を見て、魔王はふふふっと楽しそうに笑う。そして、さりげなく勇者のコップに水を注いであげた。

「でも、魔王が同年代の女性で良かった。先代の魔王みたいにむさいおっさんだったら、こんな風に楽しいランチなんかできなかったし」

「私も、勇者さんが男性ではなく女性の方で助かりました。さすがに人間とはいえ、男性の方と一つ屋根の下で暮らすのはちょっと抵抗がありましたから」

「あー、魔王(うぶ)そうだもんね」

「そ、そんなことありませんよっ」

 先ほどのお返しとばかりに、頬を赤くする魔王を見て勇者はケラケラ笑う。その後、ふと真面目な顔つきになった。

「それだけじゃなくてさ。なんか魔王と一緒にいると落ち着くんだよねー。居心地が良いっていうか。初めて会った気がしないというか」

「あ、それ私も同じです。なんだか、ずっと前から一緒にいる、それこそ家族みたいな感じがします」

「私もそれ思った! ウソ、うちら相思相愛じゃん!」

「ですね!」

 そう言って、魔王と勇者はテーブルを挟んで笑顔でハイタッチをする。

「もしかしたら、別の世界では家族だったのかもね」

「もしそうだったら、その世界に嫉妬しちゃうな」

 魔王のその言葉に、その場がしんと静まり返る。それまで進んでいたフォークの手がピタリと止まった。

「私、本当は争いごとが嫌いなんです。できたら、田舎の小さな村でひっそりと暮らしたい。でも、魔王一族の血縁者が私しかいなくて。私が魔王に即位しないと家臣達が路頭に迷ってしまう。家臣だけじゃなく、その家族や魔界にいる魔族達も」

「だから魔王になったんだ」

「はい。人間に恨みが無いといえばウソになりますが、できたらお互い和解して平和な世の中にしたい」

「そっか」

 勇者が水を一口すする。そして、その揺れる水面を見ながら真剣な表情を作った。

「私もさ、べつに勇者になりたくてなったわけじゃないんだ」

「そうなんですか?」

「そう。ただ戦闘スキル以外に突出した特技が無くて、生活のために仕方なく勇者になったの。でも、本当は戦ったりせずのんびり過ごしたいんだよね。だって、戦うのって痛いし、相手傷付けるのも心苦しいしね」

「わかります。でも、勇者さんだったら料理人とかでもなれたんじゃないですか?」

「それも一度は考えたんだけどね。どうにも接客業が性に合わなくて」

「ああ、なんだかわかります」

「なんだとうっ」

 二人はクスクス笑うが、それはすぐさましぼんで、再び暗い表情になる。

「勇者さんと一緒に暮らしたいなあ」

「私も。魔王と一緒にスローライフを満喫したい」

 二人ともわかっている。魔界と人間界の長い争いが未だ続いているこの現状では、それがただの夢でしかないということに。

 重苦しい空気が室内を漂う。かまどの中の火が揺れて、薪がパチパチと乾いた音をたてた。

 二人の夢が見えない闇に飲み込まれそうになる。それを断ち切ったのは、勇者だった。

「あー、ダメダメ! こんな湿っぽくて後ろ向きなのは私じゃない」

「勇者さん?」

「魔王、二人で一緒に暮らそう。田舎の小さな村で自給自足して、悠々自適なスローライフを満喫しよう」

「でも、どうやって?」

「うーん……たとえば、私達二人とも死んだことにして、正体隠して暮らすとか」

「でも、私も勇者さんも、どちらの世界でも面が割れてますよ」

「片や魔界の王、片や先代の魔王を倒した伝説の勇者だもんね。そっか無理か」

 わかりやすく勇者が肩を落とす。それを見て、魔王がどうフォローしようかとオロオロし始める。しかし、勇者は簡単にめげなかった。

「じゃあさ、もういっそ結婚しよう!」

「結婚、ですか? でも、私達女性同士ですよ」

「疑問に思うとこそこ? どうせ魔族と人間、種族違いの結婚なんだから、性別問題なんて些末なことでしょ」

「そう言われればそうですが。でも、結婚してどうするんです?」

「魔界のトップと人間界の英雄が結婚したって世の中に発表して、それを互いの世界の和解の象徴にすんの」

「なるほど、それは面白い戦略です。ですが、そう上手くいくでしょうか」

「さあ、わかんない」

「わかんないって……」

「こんなの、やってみないとわかんないじゃん」

「それはそうですが。でも……」

「あーもう! あんたはごちゃごちゃ考えすぎ。答えはシンプルなの。魔王、あんたは私と結婚して一緒に暮らしたい?」

 勇者が真剣な目で魔王を見つめる。澄んだ空のような色の丸い瞳が、まるで魔王の心の奥を覗いているかのように煌めく。

 訊かれるまでもなく、魔王の答えは決まっていた。

「結婚したい。勇者さんと一緒に暮らしたいです」

「良かった」

 勇者がホッと安堵の表情を浮かべた。それなりに勇気を出して提案したことだったらしい。それは魔王にも伝わっていた。

「でも、どうして結婚なんです? べつに一緒に暮らすだけでもいいと思うんですけど」

「それは……まあ……」

 視線を逸らし、ゴニョゴニョと言葉を濁す勇者。その姿をじっと見つめる魔王。しばしの根気比べが続く。負けたのは勇者だった。

「私さ、幼い頃に両親亡くしてからずっと一人だったんだ。だからかな、家族ってものにすごい憧れがあって。家に帰ったら明かりがついてて、ただいまって言う相手がいて。そんな当たり前の繋がりがずっと欲しくてさ」

「繋がり、ですか」

「そう。今までは戦いの中に身を投じることで無理矢理忘れようとしてたけど。魔王と暮らすようになって、ふと思い出しちゃって」

「だから、私と結婚して家族になりたいんですか?」

「そう。子どもじみた願いでしょ。笑っちゃう」

 勇者が無理矢理笑顔を作る。しかし、それが心からのものでないことは魔王にもわかっていた。

 魔王はすくっと椅子から立ち上がると、勇者のそばまで行って、そして彼女を抱きしめた。

「ま、魔王?」

「結婚しましょう。結婚して家族になりましょう。私も両親を亡くしてからずっと一人で寂しかったんです。だから、勇者さんが私と家族になりたいって言ってくれて、とても嬉しいです」

「魔王……ありがとう」

 勇者も魔王を抱き返す。まるで温もりを確かめ合うように。心臓の音を確認し合うように。そこに家族以上の愛情が芽生えていると教え合うように。しばらく二人ともそのままでいた。

「よし、冷めちゃうからご飯食べよ」

「はい」

 笑顔で頷くと、魔王は再び席に戻りフォークを手にする。その姿を、勇者は微笑ましく見ていた。

「結婚するなら、指輪買いに行かないとね」

「指輪ですか?」

「ああ、そっか。人間界ではね、結婚した証にお互いの左手の薬指に指輪をはめるの」

「わあ、なんだか素敵ですね」

「魔界ではそういうのないの?」

「こちらでは結婚の儀式の時に、一口だけですがお互いの血を飲むんです。一心同体となるという意味を込めて」

「うげっ。魔王の血ってマズそう」

「失礼な! 人間の血よりは美味しいですよ」

「え、飲んだことあるの?」

「戦闘の最中に誤って口に入ったんです。でも、鉄みたいな変な味がしてすぐに吐き出しました」

「まあ、美味しくはないよね。でも、それなら私のも飲めないんじゃない?」

「勇者さんのなら飲みます」

「そっか」

 魔王の迷いのない答えに、思わず勇者の頬がほころぶ。

「私はどうかなあ。魔族の血って紫なんでしょ? 飲めるかな」

「べつに勇者さんが嫌なら無理に飲まなくてもいいですよ。やはり抵抗はあるでしょうし」

 からかうつもりで言ったのに、魔王に真剣に受け取られ、勇者は少し困惑した。それでも、残念そうな表情を必死で隠そうとしている魔王を見て、持っていたフォークを一旦置いた。

「飲むよ、魔王の血。だって、魔界にもちゃんと認めてもらいたいし。私達の結婚」

「勇者さん……」

「あー、なんか照れるぅ。そういうキャラじゃないのに~」

 頭を抱え呻く勇者を見て、魔王が可笑しそうにクスクス笑う。それを見て、つられて勇者も笑った。

「絶対実現させようね、魔王」

「はい、勇者さん」

 二人が絡めた小指が、窓から入り込む陽だまりとともに優しく静かに揺れていた。


 魔王と勇者が結婚を決めてから三年後。

 魔界と人間界の境にある教会で、二人の結婚式が執り行われた。参列者は、魔族側と人間側両方の国民達。

 三年前、きっと大反対されるだろうとある程度覚悟を持ってお互い国に結婚の報告をしたのだが、その反応は意外にも薄かった。

「へえ、そうなんだ」

 という、まるで前に上司に教えてもらった雑学をまた聞かされる部下のような返答が返ってきて、魔王勇者ともども拍子抜けしてしまった。

 実は、長い争いの中で財源も兵力も疲弊し国力が低下しつつあった互いの種族は、ずっと落としどころを探していた。

 そんな中急浮上した勇者と魔王の結婚話。お互いこれを利用する手はないと考え、これを機に対話での解決を模索。長い話し合いの末、ついに何度目かの会談で、戦争の終結と和解を実現させたのである。

 さて、平和の象徴となった勇者と魔王だったが、結婚式後の様々な式典や行事を済ませた後、「探さないでください」という書き置きを残し二人とも失踪。

 行方をくらました……かに思えたが、あまりにも有名になりすぎたため、ちょくちょく目撃情報はあがっている。それでも、まるで新婚夫婦を見守る親戚のような面持ちで、みんな二人の生活を温かく見守っていた。

「ファイアドラゴンの卵を二つもゲットできるなんて、今日はツイてる」

 人の頭くらいはあろうかという黄緑色の卵二つを麻袋に詰めると、その女性はそれを軽々と肩に掛けた。

 時は夕暮れ。森が完全に闇に飲み込まれる前になんとか脱出する。その先には細い道が村に続いていて、周囲には山や畑が並んでいた。

 のどかな風景、澄んだ空気の匂い、気持ちの良い風。そのすべてが彼女の心を躍らせ、足取り軽く家路へと向かわせる。

「これ見たらきっと驚くぞ」

 麻袋の中を見せた時の相手の反応を想像し、女性はクスクスと笑う。そして、村の手前にある一軒の家の前でその歩みを止めた。

 周囲にはナスやトマトなど様々な野菜が育った畑があり、家の中は明かりがついていて、少し開いた窓からはお腹を刺激する美味しそうな香りが漂っている。

 女性はノックもせず、いつも通りにドアを開けた。

 そこにはもう一人女性がいた。台所に立って、何やら料理を作っている最中らしい。その左手薬指には銀の指輪が光っている。

 家に入ってきた女性を見て、その彼女は一旦手を止め、そしてふわりと微笑んだ。

「おかえりなさい、勇者さん」

「ただいま、魔王」

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