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百合三昧(短編集)  作者: 渡辺純々
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検証してみた

「ねえ、試してみようよ」

 そう言って、私の親友、小鳥(ことり)は桜餅を一口頬張った後でそう言った。

「はあ? あんた何言ってんの」

「だからさ、キスの味が本当にレモン味なのかどうか検証してみようって言ってんの」

「バカかお前は。死ね、そしてもう一回死ね」

「二回殺されたっ」

 人の家に遊びに来て何を言うかと思えば。

 私が甘い物が苦手と知りながら、手土産に自分の大好きな和菓子を持ってくるという、その神経の図太さにはもう慣れたけれど。さすがにこれはいただけない。

「あんなのは迷信だ。信じる方がバカげてる」

「そんなの、やってみないとわかんないじゃん」

「アホか。あんたも私もキスなんてしたことないでしょが。ファーストキスなら、本当に好きな人ができるまで大事にとっとけ」

「もしかして、紗枝(さえ)って隠れ乙女純情派なの? 知らなかった……ぷっ」

「歯食いしばれ。星の彼方まで吹っ飛ばしてやる」

 その、人を小馬鹿にしたようなニヤついた顔がムカつく。

 人の気も知らないで。この唇は、小鳥のためにとっておいているようなものなのに。

 小鳥に向ける感情がいつ恋心に変わったのか、はっきりとは覚えていない。はじめは我が身を疑った。マジか、自分。相手はあのアホだぞ、と。でも、今ならはっきりと言える。彼女だからこそ好きになったんだと。

 そんな私の気持ちを知らない小鳥は、不服そうにぷうっと頬を膨らませる。

「私は紗枝とならキスできるのに、紗枝は私とキスできないの?」

「いや、できないことはないけど……」

 むしろ、したくてしかたがない。いや、それ以上のことだって。

 何度小鳥とキスする場面を思い描いては、甘い高揚と、そしてありえないという絶望感を味わってきたことか。

「じゃあ、いいじゃん。キスしようよ」

「ええい、黙れ」

「んむっ」

 憎たらしいその口に、私は残りの桜餅を無理矢理ねじ込んでやった。何すんだ、と怒るかと思いきや、小鳥はモグモグと口を動かし、「おいしーい」と脳天気な声を出していた。本当に幸せそうに食べるやつだ。

 イライラする。彼女のこの無神経さに。今私がどれだけ自制してるか、知りもしないくせに。

「そんなにしたいなら他の人間としろ。あんた人気者でしょ」

 基本アホの小鳥だが、その抜群のルックスと、人を疑うことを知らない人懐っこさと、底なしの天真爛漫さで、結構な人気を獲得している。そういう私と正反対の性格が、好きな所の一つかもしれない。

 私の提案に、しかし小鳥は首を横に振った。

「やだ」

「はあ?」

「なんか知んないけど、紗枝以外の人とキスするとこ想像できない。うわ、無理。気持ち悪っ」

「はあっ?」

「だから、この検証は紗枝にしか頼めないの!」

 アホの思考回路が読めん。発言だけをまとめたら、お前私のこと好きなんじゃないのかと期待してしまいそうだけど。

 相手はあのアホの小鳥。駆け引きなんて上等な思考回路は持ち合わせていないから、素直に真実を述べているのは間違いない。問題なのは、それがどういった感情で発せられたかということ。

「小鳥、私のこと好き?」

「うん、大好き。世界で一番好き」

 即答でなりより。だが、これはいつも聞いている。肝心なのはその先。

「その好きにも色々種類があるって知ってた?」

「種類?」

「そう。例えば、家族や友達、アイドルや和菓子が好きの”好き”と、キスしたりそれ以上のことを相手に求めてしまう、恋愛感情としての”好き”。この違いわかる?」

 そう問いかけると、急に小鳥の動きがピタリと止まった。そして、徐々に彼女の頭の上にハテナマークの花が咲いていく。まさか。

「ごめん、ちょっと何言ってんのかよくわかんないんだけど」

「このアホが! 猿以下め。人間やっててごめんなさいと猿に謝れ!」

「なんでよっ」

 ちょっと緊張しながら訊いた自分がバカらしい。まさか小鳥がここまでアホだったとは。

「そんな難しいこと言われてもわかんない! もっと簡単に説明してよ」

「今どき小学生でも理解できるわ。それなのに、高校生にもなってわからんとは何事か」

「そうやって、ちょっと頭が良いからって人のことバカにして」

「お前の知的レベルが破滅的なんだよ。それに、私の頭は中の中くらいだ」

 こりゃダメだ。このアホに恋愛のあれこれを説いたところで、猿に数学を教えるようなもの。意味がない。

 でも、これではっきりした。小鳥が私に抱く好意は、恋愛感情ではないということが。そう理解した時、胸の辺りがズキリと痛んだ。

 わかってたことなのに、今さら傷付くとかバカだろ。どっかでまだ期待してたとか、どっちが本当のアホなんだよ。

 頭を抱えて深いため息をつく私に、今度は小鳥が質問する。

「じゃあさ、紗枝は私のこと好き?」

「好きだよ。じゃなきゃ、こんなアホと一緒にいない」

「だったら、紗枝の好きはどんな好きなの?」

「え……」

 今このタイミングで訊くのかお前は。

 いつもいつもいつもいつも、バカでアホで無神経で人のこと散々振り回して。私の気持ちに微塵も気付かないくせに、世界一好きとか毎回言いやがって。さっきの「好き」だって、言うのにどれだけ動悸を抑えて平静を装ったか知らないくせに。

イライラが加速する。こんな苦しい思いを続けるくらいなら、もういっそここで終わらせてやる。

「どんな好きかって? いいよ、教えてやる。耳の穴かっぽじってよーく聞けよ」

「うん」

「私の小鳥に対する好きは、キスしたいくらい、いいや、それ以上のことをしたいくらい、恋愛対象としてあんたのことが大好きだってことだ!」

「おぉー!」

「他のやつと一緒にいたらすげー嫌だし、できたらずっと独り占めしていたいし、あんたの世界一の座は誰にも渡したくないし。あんたの隣にずっといられたら幸せだって感じるくらい、あんたのいない世界なんて考えらんないってくらい、私はあんたのことが大好きなんだよ。わかったか、この鈍チンのドアホが!」

 言い切った。今まで胸にため込んできたもの全部。

 告白してしまったら、前みたいな友達に戻れないかもしれない。そんな不安もあったけれど。このアホなら、今の私の気持ちさえ理解できていないだろう。それならそれでもうかまわない。彼女の一番になれなくても、もうかまわない。

 そう思うのに。何故だろう、今無性に泣き叫びたい気持ちになっているのは。

 しばらくお互い無言が続いた。目覚まし時計の秒針の音が、今はやけに大きく響く。

 最初に口を開いたのは、小鳥だった。

「ねえ、今紗枝が言ったことが、恋愛感情としての”好き”ってこと?」

「ああ、そうだよ」

「そうなの? なんだ、じゃあ私も紗枝のこと恋愛対象として好きなんだ」

「ああ、そうかよ……って、は?」

 こいつ、今なんて言った?

「今紗枝が言ったこと全部当てはまるし。ああ、だから紗枝見てたらキスしたいなーとか思ってたのか、自分。そっかそっか、疑問解決ー。あー、スッキリした」

「キスしたいって……え、何小鳥どゆこと?」

 しかし、戸惑う私の質問を、小鳥がその顔をずずいっと近付けて遮る。

「ねえ、紗枝は私と恋人同士になりたいの?」

「そりゃ……さっきのがそう聞こえなかったんなら、お前もう人間やめろ」

 照れ隠しでそう言う。すると、小鳥はぱあっと顔を明るくした。

「良かったぁ! 私まだ人間諦めなくていいみたーい」

 そう言うと、小鳥は私を押し倒す勢いで抱きついた。

「ちょっとあんたね……っ。恋愛感情わかんなかったくせに、恋人の意味わかってんの」

「わかるよー。恋人同士になったら、結婚して、出産して、家族になって、ずっと一緒にいられるってことでしょ」

「女同士で子どもはできんわ!」

「ぎゃんっ」

 思わずいつもの調子で、手近にあったノートを丸めて小鳥の頭を勢いよく叩く。彼女は涙目になりながら「痛ーい」と頭を押さえていた。

「あんたなんなの。今の私の戸惑い具合わかる?」

「うんにゃ。全然わかんない。なんで戸惑ってんの?」

 本当にわからないという顔をしていたので、私はもう一発小鳥の頭を叩いた。

「いったーい! なんで叩くの?」

「お前の言ってることが無茶苦茶だからだ。結局小鳥は私のことが恋愛対象として好きで、恋人同士になりたいってことでいいんだな?」

「うん、合ってるよー。前からね、学校や休みの日だけじゃなくて、紗枝と家族みたいにずっと一緒にいられたらいいなー、って思ってたの。そしたら幸せだなーって」

「小鳥……」

「お母さんに訊いたら、家族を作りたいなら恋人作ってその人と結婚すればいいよ、って言われてさ。でも、恋人同士ってどうやってなるのかわかんなくて」

「あんたそんなこと考えてたのか。いつから?」

「えーっとね、紗枝に出会ってから割とすぐ」

「もっと早く気付けよ、恋心に!」

 とりあえずもう一発叩く。今度のはさすがの小鳥も声が出ないらしい。

「あんたがもっと早く恋心に気付いてたら、私は何年もあんたのことで悶々と悩まなくてよかったのに。この救いようのないアホが」

 よくもまあ、ここまで無自覚でこられたもんだと感心する。結果、耐えきれず私が告白してしまったわけだけど、なんだか負けた気がして腑に落ちない。

「なんか知んないけど、待たせてごめんね」

「意味わかってねーだろ」

「うん。でも、なんとなく私のせいでずっと紗枝傷付けてたってのはわかるよ。ほら、私バカだから。今までもいっぱい紗枝に迷惑かけてきたし。だからごめん」

 小鳥は叱られた子犬のようにシュンとうな垂れる。これは本気で反省している時の顔だ。本当なら、その通りだ、と小言をズラリと並べ立てたいところだけど。

 私はため息をつくと、丸めたノートを今度は自分の頭に振り下ろした。

「紗枝?」

「悪い。小鳥のせいにした。私だって、小鳥に嫌われるのが怖くて、告白しないでずっと待ってるだけだったくせにな。ごめん」

「そんな! 私は何があっても紗枝を嫌いになんかなんないよ!」

「うん、知ってる。いや、知ってたはずなのに忘れてた。私も大バカ者だ」

 私はノートを机に置くと、空いた手で小鳥の頭を優しく撫でた。

「小鳥はバカでアホだけど、愚かじゃない。だから、あんたが気に病むことはないんだよ」

「紗枝……それって何が違うの?」

「少なくとも、バカとアホは私が笑える」

「そっか……なら、良かったぁ」

 いいのか、それで。そうツッコもうかと思ったけれどやめた。その安堵した屈託のない笑顔に、胸がキュッと締め付けられたから。

 ああ、もうなんなんだよ。両想いだったっていう嬉しさのあまり、このアホがいつもの倍可愛く見える。

「紗枝ってさ、みんなが気付かないところで私が落ち込んでると、いつも必ず見つけて慰めてくれるよね」

「そうだっけか」

「そうだよ。それ、いつもすごく嬉しい。だから、ありがとう」

「そりゃどうも」

「私、紗枝と同じで、紗枝のいない世界なんて考えらんない」

「そうかよ」

「これからずっと紗枝の隣にいられると思ったら、すごい幸せ」

「……そりゃ良かったな」

「紗枝、だーい好き!」

「もうそれ以上はやめろぉ」

 私は熱くなった顔を両手で必死に隠した。

 自分で言ったとはいえ、恥ずかしくて死にそう。こういう時の小鳥は、素直な分破壊力抜群でかなり困る。照れることなく、恥ずかしいセリフをスラスラと吐くから。

「ねえ、紗枝。キスしようよ」

「いきなりっ」

「だって、恋人同士だからいいでしょ?」

「そりゃ……まあ、いいけど」

「やった!」

 そう言って両手を挙げて喜ぶと、小鳥はその手を私の両肩にそっと乗せた。その熱い視線が、私のと絡み合う。

 あ、来る。そう思う合間に小鳥の顔が近付いてきた。そして、私達はその唇をそっと重ねた。

「んっ……」

 柔らかくて、温かい小鳥の唇。ふんわりとした花のようなシャンプーの甘い匂いと彼女の匂いとが私の鼻をくすぐり、さらに身体が熱くなる。

 そして、唇から伝わるほのかな甘み。そう、どこかで感じたことがある、甘い、甘い……。

「うっ……」

「う?」

「うえ、甘っ……あんこの味……」

「えぇ!」

 苦手な甘ったるいあんこの味が、私の口の中で勝手に広がっていく。思わず手で覆ってしまったが、不快感を示した顔は誤魔化せない。

 ちょっと考えればわかることなのに。キスの味なんて、その直前に何を口にしたかで決まるもんだ。焼き肉なら焼き肉、カレーならカレー、ミント味の歯磨き粉ならミント、そして、あんこならあんこ。

「ちょっと待ってて、今歯磨きしてくる!」

「はあ? なんでよ」

「だって、二人の記念すべきファーストキスが気持ち悪いだなんて、そんなの絶対にやだ!」

「何言って……って、ちょっと小鳥!」

 私が引き留める間もなく、小鳥は大慌てで階段を下りていった。何度も泊まりに来ている彼女だから、本気で洗面所へ行って、据え置きしてある歯ブラシで歯を磨く気だ。

「まったく。どっちが乙女純情派なんだよ」

 その行動が可笑しくて、私は思わず吹き出してしまった。

 確かに、こんなアホなキスのやりとり、やり直したくなってもしかたないかもしれない。でも、私は絶対に忘れない。小鳥と初めて気持ちが通じ合った、この瞬間を。

「ファーストキスがあんこの味ね」

 私は甘い物が苦手だ。でも、このあんこの味はそのうち好きになりそうな気がした。

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