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2017年/短編まとめ

アスモデウスにとってビー玉は偽物である

作者: 文崎 美生

透明な瓶の中に入った、色とりどりの硝子玉が、太陽の光に透けてキラキラと光る。

入れ損なった硝子玉が瓶の周りに転がっており、それに気付いた無骨な指先がそれを拾い上げた。


「マジェスティ」


細いながらに骨張った指先が硝子玉を転がしながら、傍のソファーに身を沈める私に声を掛けた。

威厳や尊厳を意味する英単語を用い呼ばれた私は、開いていた本をそのままに体を横たえ、肘置きに置いた首を傾ける。


「何、アスモデウス」


甘そうな蜂蜜色の髪にヘーゼルの瞳を持つその男は、人の姿を借りた悪魔アスモデウスだ。

何を言っている、と言われても事実であり、気ままに人の世界へ降り立った悪魔に目を付けられた私が、現時点での害は無しと判断して家に置いているだけの話である。


女性の好みそうな甘いマスクが、確かに、色欲を司るに相応しい容姿と言えた。

中性的な顔立ちは、下がり気味の目元にぽつりとアクセントになるホクロをおいている。

柔らかな表情筋は、良く動き、生み出される笑みも当然柔らかなものだ。


そんな笑顔を向けられても、私は靡くことなく、そっと目を細める。

細い指先の持つ硝子玉は、その中に深い青を潜めていた。


「これ、何だい?」


手を伸ばし、その硝子玉を受け取る。

本は開いた状態だ、ページを上に向けたまま腹に乗せておく。


「ビー玉」


受け取った硝子玉――ビー玉を手の平の上で転がしながら答える。

日本に生まれた子供なら、誰しも幼少期に触れたことのある玩具だろう。

悪魔には馴染みがないのか、と僅かに眉が動いたが、アスモデウス本人は気にした様子もなく、私の手元を覗き込む。


悪魔が気にするほどの代物でもない気がするのだが、私はアスモデウスの手を取り、ビー玉を乗せてやる。

転がるそれに、ヘーゼルの瞳が丸くなり、あどけない表情に口元が緩んだ。


「相手の持つビー玉に、自分のビー玉をぶつけて遊ぶの」

「それだけ?」

「それだけ。子供は単純な遊びが好きでしょう」


積み木を積み上げたり、線路を作って電車を走らせ続けたり、子供にトランプ遊びを教える時だって一番簡単なババ抜きからだろう。

私の説明に、アスモデウスは成程と頷く。


悪魔の娯楽は何か、と過去に聞いたことはあるものの、それらは全て人畜無害とは言い難いものだった。

それでも、今現在私の目の届く範囲で見ていれば、娯楽といえばトランプのポーカーやダーツ、ビリヤードなどだ。

私の目の届く範囲で安全かつ健全に遊んでいるなら、まあ、良い。


異文化交流も悪いことでは無し、と見守っていると、アスモデウスは何を思ったのか、手の平で転がしていたビー玉を指先で持ち直し、口に放った。

突然のことに体を起こした私は、腹部に本を乗せていたことを忘れ、ソファー下にそれを落としながら「ちょっと!」と声を上げる。


もごもごと口を動かしたアスモデウスは、形の良い眉を歪め「美味しくないね……」と悲哀を滲ませた声で言う。

私は信じられないものを見た気分で「美味しい訳無いよね!!」叫ぶ。

私が食べるご飯にも文句を付ける美食家が、一体何を思ってビー玉を口に入れたのか。


「出しなさい!」

「……べっ」

「何で私の手に出すの!?」


アスモデウスが私の手を取って開かせたと思ったら、その上に吐き出されるビー玉。

唾液で光るそれに私が突っ込むと、目の前でアスモデウスはハンカチを取り出し口を拭く。


出しなさいとは言ったものの、私の手の上に出せとは言っていない。

唾液で濡れ、光の方向が歪むビー玉を見下ろしながら、私の頬が引き攣るのを感じる。

その顔のまま、アスモデウスの手からハンカチを抜き取り「綺麗だけれど、硝子玉は食べ物じゃないでしょう」手とビー玉を拭う。

嫌に滑らかで触り心地の良いハンカチだ。


ヘーゼルの瞳で私を見下ろすアスモデウスは、何を考えているのか分からない顔をしている。

薄らとした笑みが口元に浮かんでいるものの、嬉しいとか楽しいとか、そういう分かり易い感情が見えてこない。

ヘーゼルの奥で揺らめく光は、ビー玉のそれよりも深く、鋭く、野生のもので、私の目を射抜く。


「……そうだね、マイプレシャス」

「はい?」

「本物の方が美味しそうだ」


私のことを自分の特別と呼び、瞳の奥の光を隠すように笑ったアスモデウスに、私は意味が分からないと首を振る。

手の平の上では、深い青を潜めたビー玉がその身を揺らしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 色白で海のような瞳の少女が主なんですね、多分 文章が澄んでいるだけに水みたいです。
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