097.「ドール・ジャングル-1」
再会は別れの合図でもある。新しい場所へと行くための準備は楽しく、そして寂しい。それが命を預け合ったような間柄であればなおさらだ。とはいえ、今回の場合は少々事情は異なる。
「はい、こっちがシンシアからの紹介状。免状って程じゃないけど、大体の相手は話ぐらいは聞いてくれるんじゃないか?って。さっきまでシンシアもいたのよ?」
手渡された封筒の表には見慣れない印。恐らくはこれはこの国か、シンシアが使える押印の一種なのだろう。品質のよさそうな折りたたまれた紙を開くと、同じ印の押された書類としての文面。
ざっと見た限り、キャニーの言うようにこの書状を持った人物は自分と交友があり、国を超えた益となる調査をしているので通常業務に支障のない範囲で調査各種に協力するようにとなっている。
支障のない範囲で、といいながらもシンシアの名前と立場を考えれば協力しないと言い切る相手はなかなかいないだろう。あっさりとこんなものを書くあたり、相当俺のことを買っている。やはり、あのまま一緒にいたらもっと取り込まれていたかもしれない。
(悪い話じゃ、無いんだけどな)
「これはありがたいな。それで、アルスのほうは何の用事なんだ?」
「はい! お二人には既に説明させていただいたんですが、ボクの行う調査に同行いただきたいんです」
(……調査?)
俺の疑問がそのまま顔に出ていたのか、アルスは苦笑しながら手に持っていた書簡の中身を見せてくる。シンシアの護衛を務めている彼が離れるというのは本来あり得ない。それが出来るのはそもそもその護衛先であるシンシアによる依頼、ということでもあるのだろう。
アルスから語られた中身をまとめると
・この街と王都の間に元貴族の屋敷と領地がある。
・領地は既に他の管理下に切り替え済みである
・元貴族の屋敷だけがなぜか朽ちずにそのまま現存している
・実害はないが不気味なため、誰も探索に出ていない
・最近動く影を見たという領民がいる
以上のことから、調査の要有り、と判断したとの事だった。……なんてホラーゲームだ?
「あれ、協力できないよーってなったらアルス君1人なの?」
「え? は、はい……多分」
見る間に落ち込む姿に、こちらが悪いことをしているような気分になってしまう。歳のわりに……恐らくは城での生活で揉まれたであろうシンシアのことだ。俺がこういったことを断らないだろうとわかってやっているんじゃないかと思う。表情が顔に出やすいアルスに頼んだのもそのためだろう。こうもはっきりとお願いされて気分が悪くなることもない。
「ちゃんと金が出るなら付き合おう。詳しい話を聞かせてもらおうか」
「わかりました!」
俺の言葉に素直に納得するアルスの姿はまるで犬のよう。もう少し、そのあたりは気を付けても良いと思うのだが、これが彼の味ということにしておこう。心配は心配なんだけどな。
それからはエイリルやシンシアへの言伝を頼みつつ、出発の準備となる。といっても、荷物をまとめて馬を確保するだけだ。準備をしながら話を聞くに、やはりシンシアは別の用事で既に先に出立したらしい。アルスを一人置いていく形になっているが、こちらの用事が彼のレベルアップの助けになると判断したのだろう。書面の終わりのほうにこっそりとそんなことが書かれていた。
(頼まれたからにはやれるだけのことはしておくか)
「ミリー、ポーション類あといくつあったっけ?」
「えー? 良い奴はもうないよ? 使っちゃったもん」
ごそごそと布袋をあさるキャニーに、ばつが悪そうに俺をちらりと見て答えるミリー。一見すると微笑ましい光景だが、ポーションが無いという事実が俺が原因だと思い出させてくれる。それぐらいならアイテムボックスにいくらでもある、と言えるレベルだがそれはそれだ。
「街を出るまでに適当に買いながら出よう。そのぐらいの露店はあるだろう」
3人と一緒に武具やそのほかの物資は確保した上で馬を引きながら街に出る。いつぞやと同じ、だがどこか気持ちいの良い活気に満ちた街中を歩きながら、途中にある露店でポーションや薬草類をいくつか買い込み、荷物として馬にくくりつけていく。相変わらずガラスでもない、不思議な素材のポーション瓶である。叩きつけると割れるが、ちょっと投げたぐらいじゃ割れないんだよな。
「どいてくれ~!」
と、背後からそんな声がしたかと思うと、1台の馬車が勢い良く道を走っていく。荷物を確認する間もなく、馬車は大通りを曲がっていった。荷台には何やら布がかぶせられ、何かから逃げるような進み方だ。
「元気のよさそうな馬車だな」
「そりゃそうさ。あれは紙の配達馬車さ。今日は天気が悪いからね。雨でも降ってしわくちゃになったら全部おじゃんさ」
妙に美味しそうな干し肉を購入がてらに聞いてみると、興味深い話が帰ってきた。羊皮紙ではなく、紙……か。そういえば、ギルドにも書物らしい物は結構あったな。完全に普及してるという訳でもなさそうだが、目にする機会は結構あるようだ。
「この辺りだと、グリーンさんのところですっけ?」
「そうさ。いつも真っ赤なグリーンのとこさ」
ひょこっと横から顔を出してきたアルスには心当たりがあるようで、店のおじさんもそんなアルスに軽快に答える。地方の特産品か、作成が許可制といった可能性もあるな。興味深いところである。
「そういえば私、作ってるところを見たことないわね」
「私も興味あるな~! 寄り道してみない?」
「少しぐらいは……大丈夫ですよ!」
興味津々の姉妹の瞳に射抜かれたアルスは少したじろぎながらも、首を縦にふって口を開く。明らかに勢いに押されていた気がするのは、間違いではないだろう。念のためにと場所を聞き出して歩き出すこと10分ほど。案外近い、そう思った時だ。
「何か匂うな」
「そう? あ……本当ね」
たまたま吹いた風に乗った何かのにおいに俺が反応すると、少し遅れてキャニーたちも気がつく。嫌なものではないが、街中で嗅ぐことは予想されないものだ。石油系とは違う、ちょっとむわっとした感じのと言えばわかるだろうか?
『あ、緑の子がいっぱいいる』
耳元でしたユーミの声に従うようにそちらを向けば、大き目の建物の煙突からほのかな光が無数に飛び出ている。精霊の輝きだ……嫌な感じではないから、問題はない施設だと思うが……。
「アルス、あそこでいいのか?」
「ええ。よくわかりましたね。看板も何もないのに」
目的地を一発で示した俺に驚きの表情を向けるアルスに、ちょっとなと言ってごまかしながら建物に近寄る。精霊そのものが見える人間はあまり多くないのをこういったときに感じるのは仕方がないことだ。
敷地に入ってすぐに、独特の雰囲気を感じた。建物の脇、そして見える倉庫のような場所に積みあがった無数の木々。現実世界の伐採された木々ではなく、途中で折れたり、不ぞろいなものが多い。中にはしっかりと切りそろえられたようなものもあるが、少数だ。
「ん? 客か? ちょっと直接売るにはウチは向かないんだが……」
ちょうどリヤカーで木々を建物に運び込もうとしていた作業員らしき男性がこちらに気がつき俺たちを紙を買いに来た客と判断して声をかけてくる。汗だくで、日焼けなのか顔は赤黒い。
「いや……見学、だな。気ままな冒険者なんだがね。見学してもいいかい?」
「そうか。邪魔にならないんだったら見ていってもいいぞ。しかし、面白いとは思えないがね。大きい街なら大概の場所にはあるだろうに」
何か企業秘密でもあるかと思ったがあっさりと許可してくれた作業員、その男性は偶然にもこの工場の主であるグリーン氏その人だった。周囲の人が教えてくれなかったらわからなかったところだ。
「私達の故郷は村だったしね。気にしたことも無かったわ」
「俺はたまたま見る機会がなかっただけかな」
導かれるままに建物に入ると、まずは細かく木々を砕く作業をする場所、次に大きなハンマーでそれをさらにたたく場所、そして何かの液体にチップのようになったそれを漬け込む場所、と案内された。
平たい机の上に木枠があり、そこに液体と混ざり合って何やらごちゃごちゃした状態になっている。最終的には数名の男女が魔法らしきものを唱えると、チップのような形からどろりとした姿に変わり、最後には湯葉のように少し木の色が残って茶色っぽい紙が一気に出来上がってくる。
一度に出来上がる紙の大きさは布団1枚分ほど。一見すると和紙の作成に近いが、だいぶシンプルというか、魔法が無ければ無理だなという工程がある。
(ファンタジーなんだが、なんだか所々工業っぽいな)
もしかしたら過去にいたという翁のような存在が紙の生成をこの世界なりにアレンジしたのかもしれない。そして、漂ってきた匂いはこの液体の匂いだった。ほのかに魔力を感じるから、ただの水ではない。
「この液体は何かのマジックアイテムですか?」
「そうたいしたものじゃないさ。少し森に入って木々に感謝し、綺麗な水や森の養分になるようなものをささげれば、この桶にすぐ一杯に溜まるのさ。この液体は森の精霊様の恵みがたっぷりなんだよ」
覗き込みながら言うアルスに、作業をしていた女性、恰幅の良いおばさんが答えてくれる。桶自体は別に特殊なものではないようだ。ゲームにも探せば同じ素材はあったかもしれないが、あいにくと心当たりはなかった。設定上は存在するがゲームアイテムではないのかもしれない。
「森は生きている。だから時に枯れた木や、風雨で折れてしまった木なんかがあるんだが、それを集めて紙にするんだ。森は綺麗になって、より良い木々を育てる。他にも森に影響の無い範囲で、よさそうな木は時々自分達で切ってくるがね」
グリーン氏の言葉に俺は頷き、アルスと同じく液体を覗き込む。木枠からあふれた部分を指先でつつくと、少し粘り気があった。いつもの癖で鑑定をしていくと、アイテム名が見えた。
(アイテム名が……ある)
新緑の雫。確かMDだと砂漠になりかけた土地に復活のための種を植え、それを育てるのに必要だった記憶がある。容器に入っていて、蓋を開けずとも使ったことになるので中身を出すことが無かったから気が付かなかった。
『あの雫が木々から紙へと変化する事を助けているのね。砕けた欠片から精霊が上手く出て行けるようになってるわ』
ユーミの補足に、俺は妙に納得しながら3人と一緒に出来上がりを眺める。手作業以上、機械未満……といったところかな。なるほど、高級品としては流通出来るわけだ。
「面白かったね~!」
「本当! 大事に使わなきゃって考えちゃうわ」
「まったくです!」
満足そうな姉妹に、何やら興奮した様子のアルス。アルスのほうは……新しい事を知ることが楽しいようだ。俺はそんな3人をちらりと肩越しに見ながら、グリーン氏に向き直る。時折、気になる視線をこちらに彼が向けていたからだ。
「さて、何か依頼でもありそうだが……」
「わかりますか。実は少々困ったことがありまして」
話だけでも、と先を促して得られた情報は有益なものだった。普段グリーン氏らが新緑の雫を得ている森、というのが件の元貴族の領地内にあり、屋敷に近いというのだ。
ところが最近、森に入ると何かの影があるのだという。モンスターでもなく、スピリットのようでもない。目立った気配は無く、死角ぎりぎりにささっと何かが動くのだという。目に見えて戦える相手であれば将軍の下、戦いの経験のあるこの街の住人であるからには、それなりに対処できると考えていたが、相手が見つからない。
不気味な状況だけが残り、最近は新緑の雫を得るために入る森を別の森にすべきか、悩んでいるのだという。
(確かに何かあってからでは遅いからな)
「ちょうど良い。実はその近くにある屋敷を調査しに行くんだ。ついでにできるだけ調べてくる」
「おお! それはそれは……」
俺の言葉に、笑顔で手を握ってくるグリーン氏。こちらを伺うような視線の意味はよくわかる。タダより高い物はないということがよくわかっている商売人の物だ。こういう時はさっさと条件を言った方が話が早い。
「それはそれとして、信用のある配達人に心当たりはないか? 少し別の国に送りたい手紙があるんだが」
「それならば私の馴染みの相手を紹介しましょう。よろしければ今お預かりしますが」
フィル王子やイリス、届けばジェームズ達へも近況を届けたい。そう考えていた俺はその提案に頷き、配達に必要な料金と手紙をいくつか手渡して彼と別れる。ちゃんと届けるというのは仕事としては難易度は簡単ではない。依頼報酬としては相応、といったところかな。
「動く影……か」
「スピリットの類でしょうか?」
馬の背で揺られながらつぶやいた俺の横に並び、答えてくるアルスの表情は真剣で、今からそんなに緊張していては本番までに疲れてしまいそうなほどだ。どこかで気の抜き方を教え……まあ、変なことを教えると後でシンシアに小言を食らいそうだな。
「だったら楽なんだけどね」
「うん。でも、ファクトくんが一緒だからな~」
「向こうからやってくるならそれでよし!」
そして何やら失礼な発言のミリーに俺は堂々とそう言い放って、目的地へと向かうのであった。




