096.「自覚した再誕」
世界は、こんなにも精霊に満ちていただろうか?
朝靄が街を覆う早朝。俺は部屋を抜け出して郊外にある訓練場に来ていた。部屋を出る前にも感じたが、以前よりもあちこちに精霊を感じ、見ている気がした。今もそう、すぐそばの草花や、大地そのものにも感じる。
「なんだろうな……空気が違う気がする……」
悪い事ではない。この世界はなんにでも精霊がいる。生き物にも、食べ物にさえもだ。魔法やスキルはそんな精霊に力を借りるものだから、精霊を見やすくなっているということはそれらを使う際に様々な恩恵がある。
ただ……自分が精霊に近づいたようで、少し怖いように思えた。
『気にしすぎ、とは言えないわね。感じたまま、生きるのがいいわ』
あの日、瀕死だった俺をユーミの助けを借りてシンシアやキャニー、ミリーまでもが無理をしたと聞いて後でかなり驚いた。目覚めた翌日はキャニーやミリーからの無茶をしたことへのお叱りを受け、とにかく寝ているようにと言われたからさっぱりだったんだよな。詳細を聞けたのはその後だった。それからというもの、ユーミはなんとなくだが傍観者から助言者へと立場を変えたように思える。なんとなく、なんだけどな。
「よっと……少し、突っ張るな」
傷があった場所はまだ跡が残っている。それもすぐに消えていくだろう。そう思って顔を上げると人の動き始めた街の様子が感じられる。食事の支度をする人、仕事なのかもう郊外に出ていく人もいる。不思議と、それが感じられた。
この街は火山が近いという環境と、戦える人間が多い都合からか、各所に大小の訓練場がある。途中、いくつかの訓練場では朝早くから体作りや鍛錬のためか、一般人の男性らも混じって訓練を行っているのが見えた。
そんな中でもあまり利用者がいなさそうな、少し面倒な場所にある訓練場の一角に俺は立っている。
と、約束通りこちらに向かってくる人の気配。出来れば朝早くと言われていた通りだ。近づいてくる人影を見ながら朝靄の混じる空気を大きく吸うと、その冷たさがわずかに残っていた眠気を吹き飛ばしていく。
やってきたのは将軍とシンシアたち。出会った頃の様子は鳴りを潜め、神妙な様子の将軍から、何かの布で巻かれた剣を差し出される。中身を見ずともわかる中身は……あの魔剣。
「病み上がりだというのに、申し訳ありません」
「いや、いいさ。体も動かさないとな。さっそくだが……」
俺に剣を渡したということはそういう覚悟は済んでいるということになるのだろうが、念のためだ。呪いとはいえ、武器は武器、しばらくの間命を預けていた相手なのだから、思うところはあるだろうと思った。
視線を向ければ、エイリルと共に数歩下がってこちらを見つめるシンシア。見届ける役目がある、というところか。キャニーたちはまだ寝ているのだろう。朝も早いからな。
「ファクト殿。自らの不徳をさらけ出すようで心苦しいが、先日聞いたようにそれを封印する手段に心当たりはおありならなんとか頼みたい」
頷き、ゆっくりと布をほどく。布は絶縁布ならぬ絶魔布と呼べそうな魔力遮断の効果があったようで、ほどく度に中身の力が伝わってくる。俺ぐらいのステータスでなければ、いつの間にか剣の影響を受ける……そんな呪いだ。
周囲のみんなの表情が少し変わった気がするが俺は特に気にせず布を剥ぎ取り、剣の鞘を掴む。あせった様子の将軍とシンシアを尻目に、俺は剣のステータスへと視線を向けた。
――英断の剣
無難そうな名前の割りに、特殊効果は魔力抵抗に失敗すると、戦いのために生き、戦いをより楽しむための演出に生きるようになっている。ゲーム的に言えば、戦闘中の魔法使用不可、撤退行動にマイナス補正、敵撃破時に自然回復、つまりは一定量体力回復、そしてパーティーメンバーとの連携攻撃にマイナス補正、といったところだ。
正気を失うわけではないところが、少々厄介だろう。抵抗のラインは中の下といったところで、将軍は魔法関係に疎いところから、強さの割には影響下にあったと見るべきだろう。
「これを手放せたということは今は将軍に問題は無いと?」
こういった類は一度装備して影響を受けると、手放させるのは非常に困難なのだ。時間経過で解除するのは難しく、手放した後も残りがち。そんなことを考えながらの俺の問いかけに、静かに頷く2人の反応を見ながら考えにふける。
(状況的に、火山での戦闘でレベルが上がったと見るべきか?)
具体的な経験数値や将軍のレベルはわからないが、状況はそれを指し示している。レベルが上がったことで、ステータスが上昇し剣に抵抗できるぐらいになったのだ。
「今、影響を受けないならそのまま持っていても問題はないと思うが……部下の誰かがつい手に取る、という可能性は十分にありそうだな」
「確かに、自分もそういった不慮の事態が心配なのだよ」
引き締まった表情からは、火山での突撃シーンを見出すことが非常に困難な将軍の姿。元々はこういった性格だと考えると、魔剣を手にしたのはそこそこ前だろうか? 兵士を増やし始めているぐらいからの付き合いだろうな。
「では、このまま自分が精霊に返そうかと思うけど、それでいいか?」
「ええ、仮に封印するにしても場所の問題があります。グウェイン、異論はありませんね?」
「構いません。ファクト殿、よろしく頼みます」
武器としてはもったいない気もするが、想定される嫌な事態になっても面倒なのは間違いない。2人の返事を確認した俺は、剣を手に切っ先を地面に突き刺し、精霊を呼び出すかのように魔力を少し流し込んだ。
途端、あふれるように出てくる精霊たち。この剣自体は作られてから結構時間が経っているらしい。古い感じの精霊も多く見ることが出来た。このまま無言でも行え、特に名前は無い行為だが、それっぽくするのも役目だろう。そう考えた俺は適当にでっち上げて口に出すことにした。
「土から出でし物は土に帰る……精霊還元!」
やることはゲームのときと同様、アイテムとしての剣を素材、精霊へと戻す作業だ。今回は素材が残っても話がややこしいので、全てフィールドに還元する形で行う。剣が光に包まれ、徐々に形を崩していく。
やがて土にしみこむように崩れて行き、後はわずかに残滓としての光、小さな精霊たちがその場に舞うだけとなった。
「……無事終わりだ」
「はじめて見たが、見事なものだな」
「ええ、素晴らしいです」
少し格好をつけすぎたのか、振り返った先では将軍とシンシアが妙に感心した様子でこちらを見ていた。確かにこうやって光が舞う姿は幻想的ではあるな。
「それでは私はこれで。シンシア様、ファクト殿、本当に……ありがとう」
「最近の被害状況の確認などは後で王都に向けて輸送しなくてはいけませんから、よろしければゆっくり過ごしてくださいね」
そういって、シンシアと将軍はお大事に、とどこかへと立ち去っていった。去り際にシンシアが目配せをした辺り、俺が1人になりたいことを感じ取ってくれたのだろうか?
「なまった分は取り返さないとな」
変な動きをしたところを見られないように、出来れば山の中ぐらい人気が無い方が良いのだけど、あまりみんなと離れるのもよろしくない。何か言われたらどう誤魔化そうか、そう考えながらも装備をまずは確認することにした。
レッドドラゴンの攻撃で破壊されてしまったエルブンチェインの代わりに、いつぞやのギルド用に作り上げていた武具の中から軽量向けの装備を取り出し、装備する。無属性のチェインメイルに、小手、手袋、下鎧、ブーツといったところだ。突出した能力は無いが、無難中の無難、といったまとまりかただ。
『まだ戦うのね』
「……ああ。このままどこかで異世界の知識を使って大もうけしたり、力を遠慮なく使って、稼ぎのままに遊ぶことも考えたことはあるが……」
肩に現れたユーミの分身体に視線を向けずに答えながら俺は右手に無言で適当な長剣を生み出す。名前はロングソード。名前のとおりにシンプルで特殊能力も無い、質も土地の素材に影響される汎用武器だ。
最近では無詠唱でも低級武具ならば手元に生み出せるようになってきた。これもスキルがゲームの設定を超えて、自分の能力、この世界の理となってきている証拠だろうか? 脳裏にはMD時代に出会った前衛タイプたちの行動を思い浮かべながら、準備した藁人形へと強く踏み込み、勢いを生かして両断する。
結果自体はなんてことはない。RPGで序盤の雑魚敵をレベルを十分に上げたあとで挑むようなものだ。音を立てて、両断された人形が地面に落ちる。
「だけど、そういったものは何か、違うんだよな」
つぶやきながら、練習用の木の棒へと適当に鎧と兜を出現させ、的にする。重さなどより防御に重点を置いた生成だったためか、俺の一撃では鎧ごと斬る、というわけにはいかなかった。すばやくバックジャンプで間合いを取ると、長剣を投げ捨てて生み出すのは二本の短剣。間合いを詰め、近接での行動へと移行する。アクションゲームのコンボのように、両手の短剣をそれぞれに繰り出し、金属音を辺りに響かせる。
6回か、8回か、攻撃を繰り返したところで人間で言う目元へと短剣を投げつけ、兜の隙間へと吸い込まれていく。一歩下がったところで体を回転させながら両手に生み出すのは無骨な両手剣。長さと重さから生み出される勢いを利用して斜め下から上へと鎧へ攻撃をたたきつける。ついにその勢いに負け、剣を食い込ませたまま鎧、そしてその中身である棒が空中へと浮かび上がり、俺の肩ぐらいまで浮かぶのがわかる。
「エア・スラスト!」
斜め上へと浮かび上がっている鎧へ向けて、俺は初級に相当する風系統の魔法を放った。色が無いので見えないが、半径1メートルほどの円状の空気の塊が襲い掛かっているはずだ。目に見えて鎧はへこみ、さらに空中へと飛び上がって部位ごとに破壊される。砕け散った、というわけでは無く、つなぎ目がだめになったといったところか。
俺ははためく外套を手で押さえ、無言で結果を眺める。今のは言うなれば見世物用のコンボだ。実戦で使えるチャンスは中々無いだろう。けれど、やはり思った通りに俺はこの世界、言い換えればこっちの世界の精霊になじんできている。
『前よりこの世界の人間らしいわよ』
「みたいだな。良いことだろうさ」
ユーミの指摘の通りで、一撃一撃に俺は精霊を感じていた。流れてほしい力の方向に、精霊を誘導していけばそれでもう、そのスキルや魔法は発動するほどになっていた。
他にもスキルの発動、魔法の精度、その行使のタイミング。なんとなく、しっくりくるのだ。ゲームとしてのソレではなく、自身の能力としてのソレ。
原因は恐らくはこの前の瀕死の空間。あれは夢でもなく、かといってあの世との境目と言った様子でもなかった。境目という意味では正しいのかもしれないが、人に見えているものと見えていないものの境目、そういった感じだった。
(世界のルールを知ったということだろうか?)
だが俺が強くなったかと言われるとそうでもない。レベルが上がったわけではなく、経験値が増えている実感はあるが、それ以上のことは無い。言うなればもともとの俺はゲームで言う序盤からいる、完成された老騎士のようなものだ。
それがイベントで少し強化されたと考えれば良い。
結局は俺が英雄なのではなく、他の誰かで、俺はその手助けができるということだ。手助けしかできない、ではなく、手助けができる、のである。これは大きく違ってくる。干渉できるかどうかは、重要だ。
『ついでにだけど。この国の遺跡だとかを回ってみたらどうかな。他にもNPC上がりの精霊とかいるかもよ?』
「ユーミみたいに騒がしいのは勘弁して欲しいなあ」
『ちょっと、私が大げさに騒ぐのはゲームとして必要な盛り上げであって、私自身は別に、って聞いてる? ねえ、聞いてないでしょ!?』
精霊としての役目もあるからか、ゲーム時代と比べて幾分か大人しいユーミへ向けて、俺は冗談を飛ばして帰る準備をする。小さな妖精のように周囲を飛び交いながら文句を言ってくるユーミにあいまいな笑みを返しながら、詰め所へと戻った俺を待っていたのは、面倒な予感のする書簡を抱えたアルスと、既に話を聞いている様子の姉妹だった。




