095.「小話-英雄の種火」
――とある場所、ある日のこと
(なんでしょう、これ……)
少女は一人、天蓋を見上げながらベッドに身を任せる。幼いながらも気品が既ににじみ出ている存在。もうすぐ7歳になろうかというこの国の王女の1人、シンシアは自身の体から湧き出るその力をこの日、自覚した。
そして気が付いたときには、少しずつであるが回復の魔法を覚え始め、貴重な癒し手として扱われた。本人の希望もあって近衛兵の訓練を見学してはその怪我を癒して回る日々。心は癒せないことを内心気にしながらも、彼女はその腕を磨いていく。
ある日、彼女は光を見た。だが、まばゆいような明るいものではない。地からあふれ出るような、黒い光だ。すぐさま彼女は親である王に泣きつく。
西の沼地から黒い光が出てくる。怖い、怖いと。既に妻である女王には先立たれ、娘達を溺愛しているといっても過言では無い王は、その叫びを無視はしなかった。
大げさでない程度に、兵は編成され、彼女が光を見たという方向へと進軍する。程なく、怪しげな集団が沼地の奥底に眠っていたモンスターを召喚する儀式を発見する。まさかの発見からの兵の行動は早かった。妨害はまったく考えていなかったのか、あっさりと怪しい集団は制圧される。
城は幼い王女の噂でにぎわうことになる。それは聖女の再来か? それとも不幸を知らせる存在か。 もし、悪い知らせだけをシンシアが話したのならば、彼女の扱いは良くは無かっただろう。
だが、彼女は良い予言もした。そう、彼女の発言はいくつかの実証を経て、予言扱いとなっていたのだ。突然、門番見習いであった少年を専属の兵士とするなど、ちょっとしたわがままにも見える言動はあったものの、その言葉はまさに予言であった。
ある冬、北の地より神秘の来客があると王に彼女は告げた。そしてやってきたのは雪の山脈に住まうという妖精の使者。火山を根城とするモンスターの勢力が拡大し、均衡が崩れそうであるという相談。王は冬の厳しさを緩める約束を取り付け、監視と間引きのための砦を設ける。約束は果たされ、冬の厳しさは和らぎ、国は安定する。
時には暴風の未来を、時には豊作の未来を。
もっとも、その未来視は不定期で、さらには歳を経るごとにその頻度は下がっていき、ここ最近は数えるほどしか見えていない。そんな中、彼女が身近な人物にしか話すことのできなかった未来視。それは、大きな光を生み出す物と、大きな闇を生み出す物。
詳細は彼女にもわからぬまま、光にあわなければならないという気持ちは膨らんでいく。そして、彼女は出会ったのだ。まばゆい光。それは種火のようなもの。世界へと、広がる光の種だ。
(必ず、出会って見せます)
彼女の願いは力となって、回復の光となる。彼女の決意は、未来をも癒す光となることだろう。
――また別のとある場所、ある日のこと
「せいっ! はっ!」
少年は剣を振るう。両手で扱う少し刃の欠けた両手剣。後悔と、興奮と、決意を胸に。少年の名はアルス。どこにでもいるような農民出身の少年だ。
王都の兵士募集に合格し、門番見習いから始まった日々。ある日、詰め所にやってきた少女、シンシアの不可解な一言によって、その立場は一変する。
王族の専属護衛の1人としてのあわただしい日々。シンシアを狙った暗殺者を偶然にも撃退したことや、その素質を見込まれて今は常にそばで彼女を守る1人となっている。
時には地方の村を脅かす盗賊を撃退し、時には私腹を肥やすあくどい商人を懲らしめたり。刺激に満ちた日々の中で、彼女への想いをつむいでいくアルス。
そんなある日、シンシアに告げられた未来。彼が出会うべき光の主が現れると。そして時が過ぎ、どこからかとある男の噂が届く。その噂の主が会うべき光だとわかったときの彼の衝撃は強烈だった。
ファクト自身は否定するだろうが、少年にとって彼は英雄そのものだったのだのだ。出会ってからはますますその思いは強固なものとなった。どこからか繰り出される多彩な武器。そしてそれを事も無げに扱う技術。
老齢とはとても思えないのに、まるで歴戦の戦士のような見切りや、豊富な知識。目に見える姿からは想像もできないファクトの実力に、彼はその大きさがつかめずにいた。
だからこそ、じっとしていられない。自分が守りたいものを守り切るには、まだまだ力が足りないと自覚はあったからだ。これまではなんとかなった、でもこれから先はどうなるかわからない、そのためには力はあるに越したことはないと考えた。
(ボクがもっとしっかりしていれば!)
「ていっ!」
大きく跳躍し、振り下ろされたアルスの剣の前に、訓練場に並べられた木製の人形が斜めに両断される。良し悪しは別にして、感情の乗った一撃だったと言える。
続けて何もいない空間へ向けて剣を振るう。そこに誰かがいたならば、動きのたびに汗が飛び散るのが見えることだろう。無謀に訓練を重ねているように見えても、適度に休憩を挟み、アルスは火山での手ごたえを忘れぬうちに自分の体に刻み付けるように訓練を続ける。
彼が目覚めたとき、胸をはれるようにと。
─そして彼女たちの場合
私は彼のことを誤解していた。強い力と、様々な隠し玉により常に余裕そうな姿は歴戦のそれだった。だからこそ、強い、そう思っていた。けれど、全く違ったのだ。ふれあい、接したからこそわかる。
彼は、決して強くなく、英雄じゃあない、と。
「臆病で、神経質で、失敗が怖い……普通、よね」
「うん。私たちの学んだ、普通の人だよ」
いくつもの騒動の果て、静かに眠る彼の部屋にこっそりと2人で忍び込み、寝顔を眺めている現状はとても不思議な物だと思う。私も妹も、彼に命を救われた。だからこそ、決断が出来たのだ。
混ざりかけ、接しあった精霊たちは互いに話でもしたかのように私たちに何かを持って帰ってきた。具体的な彼の記憶という訳ではないのだけれど、前以上に、彼のことを理解してしまったのだ。
彼が望む限り、そばにいよう。そうしたら……彼の孤独は少しは和らぐ、そう信じて。




