093.「赤い息吹の根元で-6」
「今の一撃で仕留められなかったことが不思議か? 不思議だろうなあ!」
蒸気から実体化するという奇襲により、レッドドラゴンの攻撃が俺を貫いた。幸いにも、ゲームそのままの体力とステータス、そして当たり所の組み合わせにより即死とはいかなかった。今すぐポーションを飲み干したいところだが、そうすると相手にこちらに余裕がないことを悟られてしまう。
だからこそ……敢えて俺は余裕の笑みを浮かべる。
『ファクト? 今行くわ』
(いや、親がいないとは限らない。ここで親が出てきたらユーミがいても守りきれない)
助力を申し出るユーミを心の中で制し、思考をめぐらせる。大技は無理だ……むしろ、俺が今放てるスキルでは致命打を与え返すことは難しい。準備があれば不可能ではないが、その隙はなさそうだ。
なおも自分を案じるユーミに応えながら、考えをめぐらす。手は……ある。かなりリスキーではあるが、元々冒険者なんてものはそんなものなのだろう。
いつの間にか血は止まりかけていた。その分、ゲージの無い何かがごりごりと削られていくような感じがあった。これが死へのカウントダウンって奴だろうか?
出来るだけの気迫を籠め、レッドドラゴンを睨み返すと、奴は唸り声をあげて様子を見るだけだ。こちらの力量がわからないのだろう。やはり、若い。成竜なら……問答無用だったな。
「アルス、戦えるか」
「え?」
「こいつは逃げようとすると俊敏に襲い掛かってくる。だから倒すか追い返すしかない。やれるか?と聞いている」
エイリルや騎士では駄目だ。キャニーやミリーでも駄目だ。将軍には可能性があるがその可能性は低いと言わざるを得ない。スキルを使えること、そして派生できるであろう素質。
アルス、彼なら行ける。英雄の可能性を感じるこの少年なら……俺のやりたいことの半分を担ってもらえれば、なんとかなる。だがそれも本人が自覚して動ければの話だ。アルスが無理だというなら、俺が分の悪い賭けをすることになる。
「で、でも……」
アルスは目の前の存在に恐怖しているようだ。無理も無い。魔剣の影響下にある将軍ですら暑さ以外の汗が流れ出ているし、エイリル達は言うまでも無い。
キャニーとミリーが俺の渡した装備の補助があるとはいえ、その場にしっかりと立ってレッドドラゴンを睨んでいるのは奇跡的といえる。
「決めろ。決めたら力はやる。心は既にあるはずだ。技はそれについてくる」
自分に言い聞かせるように、俺は薄れそうになる意識を引っ張り戻して取りうる手段を選び出していく。
(危険を承知でポーションを飲むか? いや、ブレスを吐かれたら守り切れない)
セオリーで行けば炎には氷や水、水には雷。いわゆる弱点となる属性武器が効くとされる。MDでもある程度まではそうだったし、これまでの敵は姉妹に持たせたアイスコフィンが十分に力を発揮している。
だが、ある程度以上となると話は別だ。
いくらアイスコフィンとはいえ、分けて使っている今の状態では、やかんで沸き立つお湯に氷を一粒ずつ入れるようなものだ。むしろ逆に、お湯を蒸発させるぐらいの、相手を上書きする勢いで行く必要があるのだ。
「アルス! お前の戦う理由はなんだ! 自分で決めろ!」
「自分が……決める。ボクは、世界の皆の……いや、シンシアの、彼女が笑顔になれる未来のために戦いたい!」
叫びに返ってきたのは震えの無い叫び。他の兵士が聞けば怒るだろう理由だ。もっとふさわしいもの、仲間のためとかあるだろうと。確かに、兵士としては失格なのかもしれないな。けど、兵士だって家族があるし、人生がある……。
「それでいい。どうせ英雄だって人の子だ! 皆、伏せろ!」
その考えで言えば、俺の戦っている理由なんて人に言えないような物だ。帰りたいという気持ちはあまりなく、この世界に強い奴がいるからなんとかするために英雄を探してる、なんてな。今この状況においては、アルスの覚悟の方がよっぽど上等かもしれない。
覚悟を決め、まずは一手、と叫んで地面へといくつかの塊をたたきつける。広いはずのその空間を満たす白銀の光。そして正面からそれを浴びたレッドドラゴンの悲鳴と動揺の気配。
「キャニー、ミリー! 首元に投擲! アルス、行けっ!」
即座に放たれる、姉妹からの力ある一撃。効かない訳ではない、属性武器としての投擲が暑いはずの火山の空気を冷たく切り裂いてレッドドラゴンに迫る。目くらましを食らって無防備になったその首元へと2本の青い光は突き刺さり、有効打となる……はずだ。
狙い通り、先ほどとは違う悲鳴を聞きながら俺は残りの力を振り絞るようにしてスキルに意識を集中する。出来うる限り最高の一手を導くための一撃……それを作るのだ。
元となるのはとある高級素材。だがこれだけではプレーンな良質なものが出来上がるだけ。加えるのはこの場の力。大自然の、原初ともいえる熱き精霊たちの力だ。
どのフィールドにしても、フィールドからの作成がその場に影響されるのは間違いない。海辺で武器を作ればそれは水属性を帯びるし、森で作れば木々の力が宿る。
(感じろ……呼びかけろ……ユーミ!)
『ええ、やりましょうか。炎よ、大地の同胞よ……目覚めよ!』
足元から、膨大な力が入り込んでくるのを感じる。呼びかけに応え、周囲の精霊が流れを作ったのだ。敏感にそれを感じたレッドドラゴンが怒りのような表情を浮かべ、俺へと吠えようと姿勢を変える。
そこに、小柄な影がすべり込んだ。
「ツインブレイク! くっ!」
思い切り良く、アルスがスキルを発動するのがわかる。覚えたばかりのスキルではあの巨体に回り込むのが難しいと判断したのか、長剣と共通のスキルで攻めることにしたようだ。良い判断ではあるが業物とまでは言えない彼の剣では、姉妹の攻撃に続いて有効だが、そこまでの威力でしかない攻撃にとどまる。
強靭な鱗を前に、たったの一撃で欠けてしまった自らの剣を驚きの瞳で見るアルス。
(やはりか! だが、行ける!)
その鱗は名工の鎧をも上回り、その牙や爪は名工の渾身の一振りより鋭い。地竜のようなもどきとは違い、真にドラゴンとはそういう相手なのだ。若竜といえど、相応にその強さを誇る……だが、若い。
(俺ならばやれる、やれるはずだ!)
そろそろ回復せずにいるのは限界なのか、震える手元でなんとか素材となる鉱石を掴み、フィールドから精霊たちを吸い上げるかのように周囲に意識で呼びかけ続ける。足元から、横から、頭上から、感じる力強い精霊の力。
「行くぞ、武器生成S!!」
渾身の力と意識を込めて、俺はアルスの手元に力を生み出す。イメージするのは赤い、いや、燃える刀身。鍔と柄と刃とが交差する部分に鎮座する灼熱と言える紅い宝玉。周囲の光に照らされているからか、黄金色にさえ見える輝きの肉厚な刀身。さらにはアルスの胸元からあふれる炎のオーラが体と剣全体を包む。事前に渡しておいた、指輪にチェーンを通したあのアクセサリーが生み出した力に共鳴しているのだ。
キャニーたちが驚くのが気配でわかる。それは当然のこと。相手の属性で挑むなど無意味だ……普通ならば。だが、渾身の一振りは炎をも焼きつくす!
「飛べ、アルス。たたっきれ!」
「はいっ!」
振り絞った俺の叫びに答え、アルスが跳躍するのがわかる。肉厚かつ、両手剣というべき長さの武器を持った状態としてはありえない高さ。剣に宿った力が、少年に固有スキルの力を与え、レッドドラゴンを5メートル以上超える高さまで飛び上がる。そして、アルスがその両手で剣を構えるのが見える。
そして……。
「うわぁぁぁあああああ!!!」
がむしゃら。その言葉が一番似合う声と表情で、剣を振り下ろすアルス。迎え撃つようにレッドドラゴンが上空へとブレスを放つがアルスはとまらない。事前に渡しておいたアクセサリーが効力を発揮したのだ。ブレスを逆に自らの衣のごとくまとったアルスが、叫びのまま、突き抜ける。
ドラゴンから見て、左上から右足元へとアルスはつきぬけ、地面に大きな音を立てて着地した。剣は地面に轟音と共にめり込んだ末、光となって消えていった。
瞬間の静寂。そして空間に響く人外の悲鳴。レッドドラゴンはその胸元に大きな傷を作り、血が吹き出していた。倒すには至らなかったか、よろめきながらレッドドラゴンは舞い上がり、火山の奥へ奥へと消えていく。
親が出てくる様子は今のところ、無い。今はいないのか、それとも些細なことと考えているのか。いずれにしても窮地は脱したのだ。
(良い一撃だった……あれならレイドボスだってやりようがある。っと……)
「ちょっと!?」
「生きてる。まだ生きてるよ! 皆、手伝って! すぐ脱出だよ!」
「アルス、ファクト殿、私は……私は……」
「将軍、今はこの場から……」
あわただしく聞こえる皆の声を感じながら、俺はキャニーたちに抱えられて火山を脱出する。気のせいか、周囲の精霊がまたいつの日か……そう呼び掛けてくるように感じた。




