091.「赤い息吹の根元で-4」
人が集まってきたのを感じ取ったのか、俺の正面にいた商人はメインとばかりに一際大きな木箱の蓋をあけ、中から何かを取り出す。布がかぶされてはいるが、何か、不思議な力を感じた。
「さあ! いよいよ本命たちの登場だ。こいつは南の王国御用達の暑さを凌ぐ一品だ! 少ない魔力で爽やかな風を生み出す団扇さ! 発掘されるものだけだから貴重も貴重!」
そういって取り出されたのは土台に設けられた板が自動的に風を送り出す機械。ぱっと見は手作り感が満載の一品だ。サクラなのか本物なのかはわからないが、手招きされた1人の女性がその風に驚き、値段を聞く。が、すぐさま周囲の熱気は冷めかけてしまう。その値段が、高かったからだ。金貨1枚とは暴利すぎる……のだと思う。ただまあ、作られたのではなくダンジョンからの発掘品、となれば妥当なのかもしれない。
その後も、恐らくは珍しいであろう物品が次々と取り出され、紹介されていく。いくつかは売れるが、多くは周囲の人間が手を出すには高い値段だ。なるほど、騒ぎになるわけだ。主に冷やかしだろうが。
と、反応の鈍さに業を煮やしたのか、代表と思われる商人の一人が、大げさにも思える仕草で小さな箱を手に取った。
(ん? この感じは……)
いくつかの商品にも感じていたが、今取り出された箱の中からは一際精霊を感じるような気がする。だが……ここにあっていい気配ではない。これはもっと寒い場所の……。
「いよいよ最後、こいつは大物中の大物だ!」
商品説明より先に取り出された中身。明るい日差しの中にあって、全てを吸い込みそうな透き通った拳大の青。まるで水晶球を持つかのように下に敷かれた布に漂うもや。
(あれは、冷気か? この感じ……まさか!)
よく見るとつるりとした表面はまるで真球のようであり、中に紋章のような模様が回転している。最低でも何かの儀式で作られたであろう物だ。だが、俺の記憶が確かならばアレは……。
「これはかのスノーフェアリーが生み出したというアイスマリン! 酷暑でもこれを置いた部屋は涼しく、永遠に溶けないといわれる一品だ!」
商人が声を張り上げ、注目を集めようとする。どこからか、商人の護衛と思われる冒険者が立って不埒な輩がいないかガードをするほどの本気度のようだ。
アイスマリン……名前は確かそれで合っている。だがアレは確か、スノーフェアリーが住むといわれる雪山の奥地で魔力が異常に高まったときに自然にできるという設定のレアな採掘アイテムだ。
中で動く紋章は、雪の結晶のように美しく、青白い輝きを放っている。そばに彼女らが生息しているので、スノーフェアリーが生み出したように考えられているのだろう。
MDではスノーフェアリーの女王の王冠を作るのを手伝うクエストにおいて、目標のアイテムとして使われる。現場の難易度もさることながら、再現された寒さにどこまで耐えられるか?も入手条件に加わっているアイテムだったと記憶している。こうしていても漂ってくる冷気からして間違いないだろう。
(こいつだ! これを材料に使えば!)
俺は降って沸いた幸運に笑みを押さえられず、アイテムボックスとなる布袋に片手を突っ込み、その手にいつぞや回収した金貨をつかみとる。視線の先では、十分に注目が集まったのを感じた商人が、豪華な台の上にアイスマリンを置いて、手を振り上げるところだった。
「本来ならば国に持ち込むのが一番のこのお品。共同購入もありで……金貨20枚!」
瞬間、沈黙が訪れる。それもそうだろう。金貨1枚ですら現実で言えば100万や1000万単位の世界なのだ。共同購入ありとは言うが、誰がそれだけ集められるというのか?
周囲の空気が「ただの話題作りか」というところに一致しようとしかけた時、俺は1歩踏み出す。新しく実装されたアイテムの売買の時にも似たような雰囲気があったのを思い出した。言い値で買うのか、はったりで値引くのか、戦いだったな。だが今回はストレートに買うのみだ。
「買った」
「はい?」
俺の言葉が信じられなかったのか、間の抜けた表情で問い返す商人に歩み寄り、先ほどから支払い金額を置くために使っていたテーブルへと金貨を無造作に置く。重厚な音を立てて乗せられる金貨、20枚。
(最初になんとかして銀貨を手に入れていた頃がだいぶ昔のようだ)
「どうだ? 本物か確かめてくれても構わないぜ?」
俺はそういって半歩下がって確認を促す。慌てた様子で目の前の商人はテーブルに駆け寄り、金貨を手に取り始める。重さを量ったり、硬さを確かめたり。その行動1つ1つの度に、その顔が驚きに染まる。
「本物だ。いえ、本物ですね。いや、しかし……」
俺、金貨、アイスマリン、を交互に見やる商人。どうも売れるのは想定外のようだ。恐らくだが、これを客寄せに各地を回っていたのではないだろうか? 最終的には金貨20枚を超える利益のための見世物、ということなのだろう。その気持ちはわかるが、値段をつけ、それで買うというのだからそれは……逃げられない。
「どうした? つけた値段を守らないなんて事は無いよな?」
「……はい。お買い上げありがとうございます」
俺の言葉と、集まる無言の周囲の圧力に、商人は頷き、アイスマリンを箱に戻して手渡してくる。その手が震えているのはどんな感情のせいなのか、俺が気にすることではないだろう。
「よし。じゃあな」
トラブルに巻き込まれるのも嫌だったので、すぐさま外套の中にそれをしまいこむようにしてアイテムボックスに入れながらその場を立ち去る。しばらくはシーンとしてしまった空間だったが、すぐさま正気を取り戻した商人たちの声に、活気が戻っていく。俺はその騒がしさを背中に感じながら、付いてくる人間がいないかに注意しつつ宿に戻る。
「よし。コイツなら……」
再びのキャンプ内。意気揚々と作業を開始した俺はついに出来上がった二本の短剣を前に笑顔でそうつぶやいた。できた武器は、名前をアイスコフィンという。本来は二本で対となる装備だ。そのまま使っても十分な氷属性の追加攻撃を行えるほか、特殊効果として、魔力消費の投擲がある。
これは刀身のコピーが飛んでいくという、ある種無限の飛び道具である。俺が他の武器ではなくこれを選んだのには理由がある。一度に装備して扱うとなると相当の熟練とステータスが必要だが、1本であればその限りではないようなのである。
(武器の二刀流は技量がいるとかどこかで聞いたことがあるもんな)
細かい仕様は置いておいて、キャニーとミリーにそれぞれ使ってもらう分には条件を満たしてくれることだろう。その後、帰ってきた姉妹に武器を手渡し、宿の庭で慣れるための訓練を始める。途中、アルスたちも合流し、にわかに騒がしくなる宿の庭。訓練をしようとするアルスを、俺とエイリルで止めるということも今となっては笑い話だ。
そして、その日はやってくる。お互いの準備が終わり、今か今かと待ち構えていたところに一報が入ったのだ。
「先ほど見張り台より、火山に動きがあったことが報告されました。シンシア王女、いかがしますかな」
「それでは事前の打ち合わせどおりに、通常の襲撃は街の希望者と冒険者を中心に、軍が支援、迎撃してください。その間に将軍やファクト様達は……」
砦の一室で、その連絡を受けたシンシアの指示に従い、人々が動き出していく。俺も馬に飛び乗り、火山へと向かう集団に混じる。シンシアの護衛に件の女性騎士らは残る形で俺達は火山に向かう。メンバーは俺、キャニーとミリー、アルスにエイリル、そして数名の騎士。将軍と将軍配下と思われる兵士達。
周囲に冒険者達をまとうかのように進軍し、途中で出会うモンスターの小さな集団は冒険者や街の志願者達が迎撃を担当する。
そして、周囲から木々が消え、ごつごつとした岩肌になってきた頃、先頭を行く将軍の馬が止まる。その横顔を見る限りでは、今のところは大丈夫そうだ。普段の彼にとっては、火山のモンスターが危険な存在だというのは変わりがないのだろう。
いつモンスターがやってくるかわからないことや、足場が悪いということで馬から降りて陣形を組み、徒歩で進むことになった。そして……。
「来た!」
アルスの甲高い声が示すように、俺達を迎え撃つべく影が岩場から躍り出てきた。その影は赤いゴブリン。火山に適した体質を身につけた亜種なのだろう。場合にとっては魔法も使うかもしれなかった。
「邪魔よ!」
「障害は排除……」
だが、叫び声をあげて襲い掛かってきた2匹のゴブリンは姉妹の攻撃にそれぞれあっさりと倒される。斬りつけられた箇所が火山の中でありながらも凍りついており、狙い通りに効力を発揮しているのがわかる。
「ふふ……来るぞ。本番はこれからのようだ」
同じように襲い掛かって来たゴブリンを一刀の元に切り伏せた将軍が前を見やる。ゴブリン、オーク、スライム等等。いずれもどこか体は赤い。どの個体も、普通の相手よりの手ごわいことが予想される。そんな相手を前に、笑みがこぼれるのを見る限りでは、元々戦いが好きだったのではないだろうか? あるいはその気持ちを何かが増幅してるのかもしれない。
「アルス、無理はするなよ」
俺は緊張にか、剣を握る手が硬くなっているのがわかった少年へと声をかけ、安心させるようにそばに立つ。俺にも経験がある……だいぶ昔だし、ゲームでのことだけどな。
「ファクトさん……」
(俺は師匠キャラじゃないんだがな)
「自分の戦い方をしていればいい」
キャラじゃない、そう思いながらも今はこの英雄になれそうな少年に何かあってもらっては困ると意識を引き締めなおして口を開き、先頭で剣、魔剣を構えてモンスターを威嚇する将軍の横に立つ。ちらりとこちらを見る将軍の瞳は……若干、妙な物を感じた気がした。
「では、戦力の薄いところから突撃ってとこで?」
「ぬるいな」
一応は気を使った俺の提案に、将軍は一言そう答えた。
(はい?)
思わず顔を横に向けた俺の視線を、将軍が受け止める。
「ぬるいといったのだ。正面から以外に何も無い!」
将軍はそう叫ぶと、俺が止める間もなくモンスターの集団に突撃していく。
「将軍に続けぇぇええええーー!」
部下である兵士達も、なぜかそれについていく。
「お、おい!?」
「なんなのよ、もう!」
なし崩し的に、火山での戦いははじまることとなったのだった。




