090.「赤い息吹の根元で-3」
その日の朝は爆音と共に始まった。ベッドごと揺れる衝撃が一気に俺を覚醒させる。脳裏に浮かぶのは、元の世界では度々あった地震。早く外に……そんな感情が飛来する。
「な、なんだぁ!?」
だからといって叫ばずにはいられず、まとまりのない思考のまま、半ば無意識に窓を開け、外を見る。まだ早朝といっていい空気が開けた窓から室内に入り込み、一瞬身震いする。そのおかげで冷静さを取り戻した俺はそのまま外を観察した。
外へ身を乗り出したままキョロキョロと辺りを見渡すと、煙突が立ち並ぶ一角から黒い煙。火事……いや、さっきの様子からいくと?
「ありゃーあっちの工房でいつもの実験してる奴だよ、兄ちゃん」
下からかけられた声に向けば、朝の配達の途中なのか、リヤカーのようなものに野菜らを積み込んだままの男性。その表情に焦りがないことから、言葉どおり日常の1シーンなのだろう。それにしては物騒な物だが。
「なるほど。朝っぱらとは良い迷惑だな」
「なあに、目覚まし代わりさね」
男性はそのまま、重そうにリヤカーもどきを引いて路地へと消えていった。しばらくそのままでいると、あちこちからドアを開ける音が聞こえ、人々が活動を開始する。本当に目覚まし代わりであることがわかってくる。
「目が覚めてしまったな……」
部屋に戻り、ベッドに腰掛けて体をひねりぽきぽきと音を立てる。どうせ起こされるなら女の子に揺らされながらというのは贅沢な話だろうか? 今度キャニーに……うーむ、ミリーなら喜んでやってくれそうなあたり、なかなか興味深い思い付きだ。
(鳴らしすぎると体に悪いんだっけか?)
体操のように体を動かしていくと、そんな思考が浮かんでは消え、ぼんやりとした頭が徐々にしゃきっとしてくる。そのまま今日の行動予定を考えていく。シンシア達は下手に街中を動くわけにもいかないので、将軍を一応警戒しながら砦を中心に準備を進めるらしい。
俺にできることは……いろいろある。むしろ有効な手段や準備が多すぎて、どれを行っておくとより効果があるか、悩むところだ。全部はやることは難しいだろう。俺だからこそできること……それは。
(だが、まずは……)
キャンプを起動させようとしたところで、ノック。気配からキャニーだとわかり、一応身構えていた姿勢を戻す。朝から何の用だろうか? さっきの音であっちも起きたんだろうか?
「ファクト? いい?」
「ああ」
すぐに扉を開けて入ってきたのはキャニー1人。ミリーはいない。まだ着替えていないのか、寝巻きに上着を羽織っただけの姿だ。彼女だけ先に来たということは、急ぎの用ではないのだろう。
「ちょっと薬とか買ってこようと思うんだけど、どうする? そのさ、ファクトだったらいろいろ作れるんでしょ?」
「そうだな……俺は例の中で有効そうな武具を作ろうと思う。こっちは普通に売ってはないからな」
ちょっと食事でも、そんな感じにキャニーが告げる内容はムスペル火山攻略の際の必要物資の話だ。彼女の言うように、買って済ませる方が早い物と、俺が作った方が良い物と、大きく2つに分けられるな。
既にキャンプに出入りするところを見られているキャニーに隠す必要もなく、自室で作ることを告げた俺にまだ少し眠たそうなキャニーは手を振りながら了承を返し、自分たちの部屋に戻っていった。
(さて……何から行くか)
慣れ親しんだ感覚と共に入ったキャンプは、燃料が何なのか不明なままの暖炉が時折揺らめき、薄暗い室内を照らし出していた。変わらない、いつも通りの光景だ。
俺は椅子に座りながら、作るべき物を考えていた。向かう場所と敵の傾向からすると、用意すべきは耐火、耐熱。前に試したときから考えると、そういった装備をしたからと単純にお湯に手を突っ込んでも大丈夫、というわけではないようだった。恐らくは装備に込められた精霊の力が、戦闘の際の意識に反応して効力を発揮するのだろう。
防具としての鎧などでは防御の面で不安が残る事を考えると、やはりここはアクセサリーだろうか。俺は以前ジェームズたちに見せたことのある指輪をまず取り出した。
「そのまま装備してもらっても良いけどなあ。目立ちそうだな……」
見た目からしてレアすぎるものがいつも目に見えるというのもよろしくなさそうだ。かといってあまり見た目が良くないと信ぴょう性というか、咄嗟に頼ってくれるかという問題もある。物事、たまにははったりも必要である。
あれこれと眺める先にあるアイテムボックスに乱雑に入ったままの様々なアイテムから、アクセサリーに使えそうな銀のチェーンを選び出し、指輪をそれに通した。一度これを首から提げる形で身に付け、意味があるか試してみることにする。
(一応反映はされるか……ならいいな)
これなら装備の中にしまいこむことができるので、一緒に戦うかもしれない冒険者などから隠すことができるだろう。場所を取らないのも使い勝手が良いと言える。その後も手持ちの材料でいくつかのアクセサリーを作っていき、次は武器か、というところで手が止まった。
材料はあるにはあるのだが、どうも微妙なのである。俺自身は様々な武器を一通り使えるが、一緒に戦うメンバーはそうもいかない。近接で戦うであろうアルスやエイリルに急に新しい武器を渡したところで、間合いや使い勝手を考えると逆に危ない予感もする。
単純に質の良い武器、ということであれば容易なのだが、それでは危険を冒して使ってもらうほどのメリットは無い。武器が要求する使用者のステータスの問題もある。強い武器ほど、何かしらの条件があるものだ。特殊能力を持たせた武器ほどクセも強い。今の手持ちで、メンバーに見合うちょうど良い武器……はすぐには思いつかない。これがゲームであればそんなことを考える必要もないのだが、ここは現実だ。
「……少し、歩くか」
煮詰まりそうになった頭を切り替えるべく、俺はそっとキャンプから顔を出して部屋を確認し、そのままキャンプを解除する。キャニーたちが戻ってきてもいいように、適当に書置きをし、喧騒にあふれてきた街へと歩き出した。
到着したときと同じように、むしろ襲撃が近いだろう事が影響してか、前よりも活気に満ちている気がする街。その道に立ち並ぶ露店を俺は冷やかしながらすごす。
並ぶ武具は標準以上と思えるもので、値段相応の価値があるものばかりだ。時折、よく見ると粗悪品だとわかるものを売っている店もあるが、それでも使えないことは無い物が多い。
(一般市民すら武器を眺める。良いことなのかどうかは判断が付かないな)
「兄ちゃん、そんなに見つめてもまけられねえぜ」
「ん? ああ、すまん」
かけられた声に謝罪し、特価だったその短剣を額面どおりの値段で購入してその場を去る。投げて使ってもいいし、資源に戻してもいいだろう……作り手には申し訳ないけどな。武器は使われてナンボ、だ。
そろそろメインの広場か、というところで前方で人が集まっているのがわかる。どうも騒ぎが起きているようだ。何か揉め事でもあったのだろうか? 芽を出す好奇心にしたがって、俺は人ごみを掻き分けてその中央に目をやる。
そこには、木箱に乗って自らの商品をアピールする商人達がいた。服装からして、あちこちを行商して回っている旅の商人だと思われる。1人は食料、1人は衣服……とそれぞれの物品を売りさばいている。俺の視線の先に積まれた商品は、一目でわかる微妙なものから、俺から見ても、よく集めたと思える貴重品があった。
(雑貨担当というところだろうか? それにしては……騒ぎが大きいな)
何かきっかけになるかもしれない、そう思ってしばらく彼らの商売を見守ることにした。




