089.「赤い息吹の根元で-2」
オブリーン第二王女、シンシア。彼女の依頼を受け、独自に兵を集めているという噂のある領地へとやってきた俺たち。火山の近くにあり、活気に満ちたその街は……モンスターとの戦いが日常にある世界だった。
「こういった店や露店もモンスターの移動があるであろう満月に備えて稼ぎ時、ってことみたいね」
「なんでも、規模を予想する賭け事まであるみたいだよ?」
姉妹からの報告は俺の聞いた話を補強するものでもあり、この街がどこかゆがんでいることとの証拠でもあった。実際の人的被害があまり出ていないから……ということになるのだろうか? それはそれでおかしい話だ。どれだけここにいる兵士や冒険者が優秀かはわからないが、少なくない犠牲が場合により出るはずだ。
「命のやり取りを楽しむ、か。戦い続けるには必要なことかもしれないが、どうもおかしいな」
モンスターの移動が不定期にあるというのは別にして、街全体が何か誘導されているようにも見える。そう、まるで育ちの良い野菜畑のような……モンスターと戦える実力のある人間を育成する場にしているような印象を受ける。そのために何かの感情が麻痺してるような気さえしていた。
これがスキル等無しで単純にカリスマ的に行われていたとしたら、将軍の求心力は相当なもののようだ。
(シンシアやアルスが無事だといいが……)
思わずそう願わずにはいられない。彼女らは、その将軍に会いに行っているのだから。
心配を胸に、彼女らの向かった砦を見る。
――砦にて
「では、このまま今の動きを続けると?」
「勿論です。今も火山ではモンスター共が領土を狙って闊歩しております。最近では報告もさせていただきましたが、中腹に居座ったモンスターらが強力でしてな。組織だった動きさえ見せ始めております。本音を言えばすぐにでも直接乗り込んで全て討伐したいところですが、それはさすがにかないませんからな」
(嘘……ではなさそうですわね)
私という存在が正面から問いかけているのにも関わらず、嘘を突き通せる人はそう多くないという自負がありますわ。小娘と舐められている……その可能性は否定できませんが、そういうことをする人間ではないとわかって……いえ、そう信じたいというところでしょうか。
こちらの視線にも負けず、ある種不敬とも取れるほどの態度で答える男性は、この砦の責任者たる将軍、グウェイン。こうして目の前にしていると、なるほど……兵が集まるわけですわ。戦士向けの、独特の雰囲気を感じますの。
「ですがグウェイン殿。先日は首都への騎士派遣や、逆に受け入れをお断りになったとか。何故です?」
「姫にはここに余裕があるように見えるらしいが……。実情はそうではない。巷で噂になっているように、冒険者らに機会を譲っているといえば聞こえは良いが、まだまだ足りない、ただそれだけだよ。それもこれも、あの中腹にいる奴らのせいだがね。今ここでこの土地を知らぬ騎士が来た所で連携など取れやしない。そうであろう?」
グウェイン将軍の言葉をそのまま受け止めれば否定はできない内容でしたわ。事実、精鋭だけを集めたとしてもうまく連携が取れるかと言えば別の話。その土地その土地の戦い方、モンスターの癖というものがあるのは私も聞き及んでいますからね。
それに、まさか街を危険にさらしてまで身を固めたいとは王も言いますまい?とまで言われては今は黙っている方が良いでしょう。
「……確かに、不用意な戦力の移動で民が危険にさらされるようでは父も悲しむことでしょう」
「おお! さすがはシンシア様。わかってくださるか」
疑問が顔に出ないよう、わざと顔を伏せ、静かに答えて見せれば声だけでもわかるほどに、大げさな動きを将軍がしているのは伝わってきますわ。多少大げさではありますが、その気持ちは……本物なのでしょう。少なくとも、エイリルの目には多少芝居がかってはいても、国の主力と合流できない悔しさすら感じられたはずですわ。
「ええ。そんな将軍の憂いを少しでも減らそうと、私、良い案を持っておりますの」
ですから、逆に私はそこを利用しましょう。足りないから補充するというのなら、そもそも必要な原因を取り除く……それだけのことですわ。問題はこれに乗ってくるかどうか。
大よそ、王女らしくない表情がもしかしたら浮かんでいるかもしれない自覚はありましたが、ここは勝負の時でした。
─ 街にて
「ゴーレムとハイリザードか」
「目撃情報もばっちりです。溶岩の塊のような赤いゴーレムと、炎のような長い髪をもったリザードマンだそうです」
情報をまとめるためにも入った宿。そこに時間通りにアルスがやってくるなりシンシアからの提案を聞かされる。一言で言えば火山のモンスターのまとめ役を撃退するという話だ。
話自体は単純だが、難易度まで単純かどうかで言えば……何とも言えない。俺一人ならそこそこ動けるだろうが……。
「その上に火山に住むモンスターたちも一緒なんでしょ? さすがに私達だけじゃ無謀すぎない?」
「火傷じゃすまなさそうだよね~」
姉妹の発言に俺も頷き、脳裏で2つのモンスターの情報を思い浮かべる。平地と違い、火山などの特殊な環境には特殊な敵が出てきやすいのだ。例えば……ゴーレム。
これはオーソドックスな魔法生物の1種だ。単純に魔法で生み出された土木作業を行うだけの物から、自然発生的に産まれたモンスターとしての物、攻撃を行うために儀式で生み出される物、様々だ。中には今回の対象のように、激しい自然の中で生まれ、その力を存分に振るう強力な物もいる。
大概はモンスターの中でも魔法に長けた物に半ば操られるようにされ、前線を支える強力な駒となっている。話を聞く限りでは火山らしい力を持った熱いゴーレムだろう。
そしてハイリザード。元々は湿地や水辺に住むことの多いリザードマンが、土地を移り住む間に生まれ出た亜種だという。ハイリザード、と一括りにされるが、あくまでリザードマンの上位、という位置づけであり、寒い土地に適応したもの、乾燥した砂漠に適応したもの、今回のように火山に適応したものなど、これまた様々だ。
どちらにせよ、ハイと名が付くにふさわしい身体能力、そしてある程度の知能を有する強敵である。時に人語を話し、交渉も可能な場合もあるがほとんどは互いに生き残りを賭けて戦うことになる。
「でてくる奴らだけならともかく……な」
「心配はいりませんわ」
つぶやいた俺の声に答え、少女の声が響く。いつのまにか、部屋の前にはシンシア、エイリル、そして騎士の数名がいた。余り隠す必要性を感じないのか、そこにいるだけで感じるほどに彼女からは独特の気配が感じられた。これが……血の伝統か。
「将軍には約束を取り付けました。次のモンスター迎撃の際には軍も出撃した上で、ほとんどの相手は引き受けてくれるそうですわ。その上で件のモンスターが出てきましたら精鋭で強襲をかけますの」
「それには俺達も参加して良いのか?」
「ちょっとファクト!?」
にっこりと、俺を見つめてなんでもないように言い放つシンシアに前向きな返事を返すと、キャニーは慌てて引き止めるように叫ぶ。焦りも顔に出ているし、心配なようだ。確かに、ほいほいと参加して良いような相手ではないのは間違いない。
「そう言ってくださると信じていましたわ。ええ、むしろ将軍の度肝を抜くように勝って欲しいところです」
シンシア自身、それは相応に困難であることはわかっているようだった。表情が、明確に物語っている。短い付き合いだが、彼女はそんな綱渡りをするようには見えない。恐らくはシンシアは最初はもっと穏便な手法で解決するつもりだったはずだ。こんな、俺が嫌だといったら終わるような策をとるようには思えない。
「……何があった?」
「さすがです。将軍、グウェインの腰に下げていた剣は……魔剣でした」
場を沈黙が支配する。俺以外の面々は恐らくはその伝説的とも言える強さ、性能、語られる過去の物語に。俺自身は、誰が、あるいはいつのか、が気になっていた。
――魔剣
文字通り、普通の剣ではない。ファンタジーのお話でいえば代償を伴う諸刃の力。それは魂を食らうものであったり、狂気をまとうものであったり。時折、強すぎるが故にそう呼ばれているだけの物もあるが、大体は碌な結果を産まない。
「将軍は、力に支配されている……のか?」
そう口にして、ストンと何かがはまるように納得した。街で感じた空気や集めた情報、そしてこの土地での戦い。そのピース達は、この土地に力が正義と言い放ちそうな戦闘集団を生み出していることを示している。そんなことが、人1人で出来るのか?とずっと疑問だったのだ。
「本当にそうであれば、象徴の1つであるモンスターが倒されればなんらかの反応があると見ているのです」
(確かに、言ってしまえば獲物を横から掻っ攫うようなものだ)
恐らくは将軍も、倒せやしないと高をくくっているのだろう。あるいは、いざとなれば後ろからばっさりと、か。いずれにせよ、尻尾はともかくぼろは出そうだ。
「なるほどな。面白い。よし、さっそく準備に取り掛かろう」
その決断に、キャニーとミリーも覚悟を決めたのか頷いてくれた。恐らくは勝負は五日後。部屋の窓からは、不気味に光り続ける火山が見えていた。




