088.「赤い息吹の根元で-1」
立ち止まった俺達の前に見える光景は自然そのものだった。視線の先には山々と、その中央付近にそびえる存在感あふれる頂。夜になればもっと明るく感じるであろうこの距離からでもわかる赤い先端。
そう、噴火口だ。あの場所では今も灼熱の世界が広がっているのだろう。
「あれがムスペル火山……」
(変わらないな……いや、少し荒々しさが増してるか?)
隣に立つキャニーのつぶやきに、ゲームでもまるで現実のような光景に感動した記憶がよみがえってくる。ゲームには無かった匂い、肌の感覚が現実のすごさを否応なしに伝えてくる。いつ噴火してくるか、そんな気持ちがじわじわと湧きあがるぐらいには俺は感動していた。
温泉地から旅立ちはや2週間。途中、いくつかの街に立ち寄り、アルスとの訓練に付き合いながらの日々だった。あまり長期間王族が離れているのもどうかとは思うのだが、シンシア自身以外にも焦った様子はない。
シンシアはこうした旅に慣れているのか、御者が交代でほぼ走りっぱなしの旅でも体調を崩していない。むしろ旅を楽しんでいるようですらある。その代わりと言ってはなんだがやや急ぎの旅に馬は元より馬車も傷みが早い。これが普通の冒険者であったなら、使い続けるところだがそこはシンシアとの旅路。馬どころか、馬車ごと道中で次々と交換するという形で急ぐ道だった。それだけ本気になる何かがこの先にあるのだろう。
ともあれ、通常の旅路では到達不可能な距離を走破し、最初は見えなかった火山達が視界に入ってきた頃、大きな街が見えてくる。火山からはそれなりに距離があるようだが、火山に向かうにはちょうど良い補給地点になりそうな位置だ。
「あちらが件の軍勢を増やした将軍がいる街ですわ。ファクト様達はこちらで一度……」
含みを持たせたシンシアの言葉に、俺は頷くと道中にこっそりと用意していたいつぞやの閃光を生み出す球と、微妙に色の濃い紫色のリングを布袋から取り出す。リングのほうはファンタジーなゲームであれば確実に存在するであろう物。
毒耐性をある程度上げるリングだ。途中で遭遇したモンスターの中に毒を持つ蛇タイプがいたので、その牙を使って作ったものだ。この世界でもちょっとお金を積めば比較的容易に手に入るが、意識しないとついつい後回しにしがちな部類に相当する。
「変な罠に巻き込まれるといけないからな。これは毒対策。こっちは何かあったときにでも魔力を込めて適当にたたきつけてくれ。ものすごく光る。ほら、エイリル達も」
都合人数分、途中の合流も含めて8名ほどに増えた騎士達へと俺は同じものを渡した。怪訝そうな顔をしていたエイリル達だが、シンシアが頷くのを契機に渡されたリングを身につけ、球を懐にしまう。安くはないがそう高い物でもないので躊躇せず使うようにだけ言っておいた。
「では明日のお昼ごろ、使いとしてアルスを向かわせますわ。宿は火竜の足跡亭にどうぞ。エイリルの叔父が経営してますの」
「わかった。昼ごろだな?」
布袋の口を閉めて腰に下げると、キャニーとミリーと共に馬へと移動し、シンシア達と別れて別の方向から街へと向かう。直に街の様子の確認と、話を聞いて欲しいということだからだ。
街は……平和だった。子供もあちこちにいるし、冒険者であろう連中も多く歩いている。門はしっかりしてるところがモンスターの増加を唯一示す部分だろうか。
「活気は……あるわね」
「うん。子供たちも元気そうだよ」
「確かにな……」
街に入って1時間ほど。行き交う人々の表情には特に影は無い。露店もにぎわっており、時々見える酒場からは喧騒が聞こえる。走る子供達も何かの煤なのか黒い汚れがあったりもするが、元気よく走っている。単純に武力で街を制圧し、圧迫している、ということはないようだ。
(どうも……匂うな)
「何かが……なんだ?」
一見、平和そうな光景に俺はどこか違和感を覚えた。立ち並ぶ露店、路上で語りあう男性達。木の枝か何かでチャンバラごっこをする子供達。狩った獣かモンスターの物であろう毛皮をやり取りする冒険者……。
(……そうか!)
「生活に必要な露店が少ないんだ……」
「あっ……」
そんな俺のつぶやきに答えたのは姉妹のどちらだろうか。その答えが示すように、立ち並ぶ露店のほとんどが武具か、戦いに必要そうな素材であったり、道具達だった。よく見れば立ち話をしている男性が持っているのは、杖ではなく手槍。一般人が持ち歩くような物ではない。だがこれだけでは正解にはならない。
酒場に向かう、小さくつぶやいて2人を引き連れて適当に店に入ることにした。
「ここが儲かるって噂はそれが答えだったんだな」
「ああ、そうさ。将軍は俺たちの参加を認めてくれるからな。みんなで倒してみんなで成果を得るってわけさ」
かなり出来上がった様子の男性に追加の酒をおごり、自身も度数の軽い酒を口に含む。爽やかな酸味のある果実のにおいのする酒だ。酒場に入った俺達は二手に別れ、姉妹はマスターなどの店員と、俺は客とで話を集めることにした。
俺は年季の入った槍を立てかけたままの男に、流れの冒険者だと言って儲け話があるって聞いたんだが、と話を切り出した。すると、返ってきた答えは―火山から出てくるモンスターを倒す―というものだった。
どうも火山では多くのモンスターが生活しているようで、不定期にある程度の集団となってふもとに分散してくるらしい。その規模は放置しておくには大きく、軍が常に出撃するほどではない、微妙な規模であることが多いのだという。
そこで、流れだったはずの冒険者や、自発的に組織された自警団のような町の住民による戦闘集団が主に撃退してきたのだそうだ。当然、危険もあるが倒せば手に入る牙や毛皮は特産品のような扱いとなり、この地を潤しているらしい。
火山のふもとに近いということもあり、近くからは鉱石類も産出があるようで、それらが組み合わさって街は回っているのだという。
軍としては自分達が倒しては街にそういったものが還元されないと考え、冒険者の参加や住民の武装に寛容なのだと男性は言う。そして、規模が大きければ軍は全力で相手をしてくれているのだという。
(……と、言う理由であれば強くいえない……ってとこか。対処できるだけの量が降りてくるというのも、どうだろうな)
なおも雄弁な男性の言葉を半分聞き流しながら俺は考えをまとめていく。小規模の場合は戦力を温存しながらも住民を味方につけ、必要なときは戦力を惜しまずその力を試しながらも軍をアピール。
単純に、モンスターの襲撃が尽きないからこそ行える手法だ。
「それによ。軍への臨時登用もあるんだ。そうなりゃ根無しの卒業さ」
「なるほどな。俺も運がよければそうなれるかもしれないな」
傭兵や才能のあった冒険者を軍属にしているという話は本当だったようだ。答えてジョッキを傾けたところで、男性から無視できない言葉が飛び出す。なんと、5日後には機会がやってくる、と言い切ったのだ。モンスターの襲撃が……決まっているというのか?
「なんで、わかるんだ? 5日後って」
動揺を隠し切れず、そう聞いていた。すると男性は一瞬、キョトンとした様子だったがすぐに合点がいったようで、空になったグラスを傾けて見せた。俺もわかってるよとばかりにボトルから適当に注ぐ。満足そうに飲み干す男は陽気にまた口を開く。
「簡単さ。月が満ちるからさ。何故だかわからないけど、モンスターは満月と新月、この2つのときによく火山から出てくるのさ」
『定期イベントってとこかな』
耳元でささやかれるユーミの声は硬い。ぼんやりと見えるその姿は小さく、かつどこか薄い。今ここにいるのはユーミの分身であるからだ。
どこにユーミが見える程度の実力を持った相手がいるかわからないことに加え、強すぎる精霊の力はむやみに街中にいて良いものではないのは間違いが無い。ユーミ自身も普段は周囲の精霊とのんびり語り合ってるほうが楽だとの事でその本体は街の外であちこちをうろついているのだ。
ここにいる分身は言うなればユーミの目であり耳である。いざというときには分身を頼りにたどってきてくれるというので問題は無いだろう。俺自身からはあまり離れられないようになってしまってるらしいしな。
「そうか……もうすぐ満月か」
見えるはずも無い空を見るように天井を見上げた。そこにあるのは地球と同じ月。となれば星の海もまた、存在するのだろうか?




