087.「世界に満ちるモノ」
わずかに横に動いた体のすぐそばを力が通り過ぎていく。ほのかに魔力を感じる刃が2回。最初の一撃はどちらかと言えばフェイント、そして本命が迫る……そんな攻撃だ。
─ ツインブレイク
ゲームでもよく目にしたし、自分もかなりお世話になったことのある基本スキルだ。ただの連撃ではなく、一撃目を防ごうと動くと反対側から本命が迫るという動きは通常では不可能だ。
「外したっ!?」
すぐそばで驚愕の表情を浮かべる少年がそれなりの実力を持っていたとしても、物理法則は超えられない。ではこの状況は何か? 精霊が力を貸して、世界に干渉した結果だ。魔法、そしてスキルはどちらも精霊の力を借りて世界を改変する先に結果がある。
「素直すぎるなっ!」
スキルは非常に強力な攻撃手段だ。どれだけ疲れていようが、発動さえしてしまえば決まった動きを行う。繰り出した姿勢によって多少違いはあるが、何度も経験してきた俺には丸見えと言ってもいい。わずかに下がった姿勢から、無防備に体をさらすアルスを見つめる。
(魔力の光が見えるということはそこそこ熟練度は上がっているな)
ゲームの仕様通りかはわからないが、参考にはなりそうだなとそんなことを思いながら、お返しとばかりにアルスへと切りかかる。技術的にはわからないが、ステータスとしては俺の方がかなり上のはず。だからまずは素の力で斬り合うことにした。
「うぁっ!?」
体重と走りこんだ勢いを乗せたすくい上げる様な一撃。体格差を考えるとお腹付近から首元に迫るように感じるはずだった。咄嗟に剣を前に出して防御したのは見事だが、勢いをそのまま受け止めた状態でアルスは数歩後ろに下がってしまう。
「ほう……やるな」
「そうじゃなきゃ他の国になんて出てこないわよ。怪我させないなら今の内じゃない?」
外野として観戦している騎士、確かエイリルとかいったか。リーダー格の彼が感嘆の声を上げ、キャニーはそれになぜか鼻高々といった様子で答えている。
(まさか本当にスキルを使えるとは思わなかったぞ)
こちらを緊張した面持ちで見るアルスをじっくりと観察する。正面に剣を構えたその踏み込みの姿や視線からは同じスキル、ツインブレイクを発動しようとしているのが俺にはまるわかりだ。そう、アルスは剣類のスキルをわずかながら習得しているのだ。
本人や周りは【スキル】であるとわかっていないようだが。動き、名前、それらは俺の知る【スキル】であることを示している。どこで覚えたか聞いてみると、ある日、狼に囲まれたときに体が勝手に動いたのが始まりなのだという。
(……うむ、素質あるね、若者らしい)
目的地への旅路、アルスが普通じゃないことをなんとなく聞かされていた俺は、手合わせを希望された際に、これ幸いとばかりに受けたのだ。最初は普通に模擬戦といったところだったが、俺から見てもアルスが何かを遠慮しているのがわかった。
それを指摘した結果が先ほどの攻防というわけだ。何故俺がアルスのスキル発動時に容易に対応できたかといえば、その発動方法と結果にある。MDに限らず、アクションゲームのスキルと言うものは同じモーションである。多少のバリエーションがあるものも勿論、ある。だがほとんどは同じフェイントだし、同じ攻撃回数であり、同じ軌道だ。来るのがわかっているのであれば、俺の経験とステータスをもってすれば対応は容易だ。
そして、発動した後の硬直もまた、同じ。
「遠慮するな。今のアルスでは俺は倒せない。……来い」
俺はわざとだらりと剣を下げ、傍目には隙だらけに見えるように姿勢をとる。予想通り、挑発と受け取ったのかアルスは表情を硬くした状態で駆け出してくる。その結果は同じ。
教本どおりのツインブレイク。利き腕方向からの一撃にほぼ時間差なしで迫る逆方向からの攻撃。なるほど、原理を知らなければ魔法のように見えることだろう。だがこのスキルは、弱点を持っている。一撃目を完全に弾かれると、次の動きがキャンセルされてしまうのだ。これは恐らくは処理のバグを産み出さないための措置なのだが、ゲームと同じようなこの世界でも恐らくは……。
一撃目を防ぐような動きをする俺にアルスの表情が変化するのがわかる。このままでは次の斬撃に当たってしまう……そう思ってるんだろう。だが……そうはならない。
「えっ!?」
「がら空きだ……ファストブレイク」
大きな音が響き、力を込めた俺の攻撃がアルスの剣を腕ごと外側にはじき、ようやく彼は自分のスキルが発動を止めてしまったことに気が付いたことだろう。彼から見て、自分で両手を広げたような姿勢になったことに驚きの声を素直に上げる。
その驚愕の表情が張り付いた顔を見据えながら、俺はがら空きになった体の中央へと、ツインブレイクより下位のはずのスキルを発動する。咄嗟に片手に持っていた小さな丸盾を自分の喉元へとすばやく移動させてきた動きは素晴らしい物だ。
(その反応速度はすばらしい。だが……!)
加速した思考の中、そう考えながら俺はそのままであれば喉元を狙うはずの攻撃を、とある方法で捻じ曲げる。本来と違う軌道を描いた剣はアルスの右腕、力瘤ができる辺りへとその腹をたたきつけた。
「あうっ!」
「……こんなものか。休憩にしよう」
刃をつぶしてあるとはいえ、刃の向きで切りつけては痛みもひどいと判断しての腹でのたたきつけだが、これはこれで痛いのだろう。取りこぼした剣を呆然と見つめながら、自分の右腕を抑えているアルスへと声をかける。
「……はい」
(ふむ? 落ち込んでいる様子ではないな)
「あの状況で喉元を守ろうと動けたのは良いことだと思うぞ。すぐに俺を超えていけるさ」
俺はアルスの様子を伺いながら、観戦席へと戻っていく。
(対人は、練習とわかっていても緊張するな……)
「ファクト殿、アルスをああも簡単に打ち負かすとは。我が国にすぐにでも……」
「あらあら、ご迷惑ですわよ、エイリル」
焚き火のそばに戻ってきた俺をさっそくとばかりに勧誘し、シンシアにたしなめられるエイリル。その姿を見ているとここが旅路とは思えないような絵になる光景ではある。申し訳なさそうにしながらもこちらを見る顔は戦う者のソレだ。
どう声をかけようかと思っている目の前で、シンシアはふわりと優雅な動きで立ち上がると、アルスの元へと歩き出した。護衛でもあるエイリルも彼女を追うようについていった……俺のほうを振り向いて、少し名残惜しそうではあったが。
慰めるつもりなのか、あるいは彼女の性格からして煽りに行くのか。少ししか接していないが、シンシアはただの王女ではない。自分の言葉がどういう結果を生んで、どういう力を持つか、自覚して動いている。
そう、守りたいと思っている少女からかけられた声が少年の力になることがわかった上で。自分と彼の人生に必要なことは何か、今何をすべきか。なんとなくわかっているように見える。
だが、そんな生き方で自分の気持ちが素直に出しにくいことにどこかもどかしさを感じているようにも見える。まるで、そうまるで……未来が見えているかのように。
俺にはエスパーのような能力は無いはずだが、さて? これもそれも、精霊のおかげなのだろうか。精霊はどこにでもいる。それは即ち、精霊と意思疎通が出来れば様々なことを知ることが出来る……。
『いつ、気がついたの?』
はぜる薪の音、におい、そして出来上がってくる料理の香りの心地よさを感じていると、ふとそんな声が届く。見ればアルスはエイリルとも話し込んでいるし、シンシアはそれを見学、他の騎士は荷物の整備と警備、といったところか。
キャニーとミリーには、夜の見張りがあるので模擬戦の後にすぐに馬車で仮眠を取ってもらっている。ちなみに馬車は温泉街を出るときに確保したものだ。あまり派手な旅にならないように、シンシアも同じ馬車に乗り込んでいる。
「そうだな。生成スキルもそうだが、MDと同じである必要はどこにも無い。後は、見えるからな。スキルの補正が精霊だったってことが」
肩にいるユーミにだけ聞こえるような声でつぶやきながら、周囲にちらほらと見える精霊を見つめる。この辺りは自然が豊富なのか、時折地面や木々からふわりと精霊がでてくるのだ。中性的な姿はどこか懐かしさすら感じる。
『それだけ? よく見てるのね』
「まあな。だが、確かに精霊の補助でもなきゃ、あんな動きはできないよな」
脳裏に浮かぶのは自分とアルスの動き。勢いを生かした連続攻撃、ではなく明らかに異常な二撃目。これはファストブレイク、ツインブレイクどちらも違いは無い。通常の動きでは不可能なのだ。それを可能にしているのが精霊の補助だ。
発動したスキルにあわせるように光となって腕なら腕にまとわりつく精霊。そこに力が篭るのだから驚異的な動きもできるというものだ。俺はそこで、まとわりついてきている精霊に意識を向けてその作用というべきか、補助を少しいじったのだ。故に、本来であれば喉元を狙う攻撃が腕となったのだ。
この結果は目の前のもの以上のことを示している。つまりは、スキルが俺の知っているもので打ち止めとは限らないのだ。全ては、想像と精霊との付き合い次第。
『英雄に武器と技を授ける最高の老師……なんてね』
「勝手に老人にしないでほしいな」
俺はユーミへとそう答え、勢いよく立ち上がっていつの間にか訓練に移行した2人の元へ向かう。そろそろ料理も出来ることだからな。ただの煮込み料理ではあるが、出来立ての温かい方が良いに決まっている。
「大事な旅の途中だ。そのぐらいでいいんじゃないか?」
呆れを込めた声に、2人はようやくといった様子でその手を止める。と、アルスが息も整わないうちに俺の元へと駆け寄ってきた。随分と必死な顔だ。
「ファクトさん! ボクの、どこがいけなかったんでしょうか? ボクの攻撃が防がれたことなんて無かったのに……」
「別にアルスがいけないわけじゃない。俺がちょっと特殊なのさ」
勢いで一杯と思えばしかられた子犬のようにしゅんと落ち込む姿は少年らしいと言えば少年らしい。それに対して出来るだけ明るい声でそう答え、今度は穂先が丸く、訓練用とすぐにわかる槍もどきを取り出す。唐突に現れたそれに驚くアルスを尻目に、エイリルへと向き直る。
「とりあえず、少し休ませたほうが良いよな?」
「そうだな。そのほうが彼のためだ」
余分な事を言わなくても良いというのは非常に楽だ。俺が視線を戻すと、アルスは俺とエイリルを交互に見やり、結論にたどり着いたのか、がばっとその体を跳ね上げると、剣を構えなおした。
「まだまだいけます! お願いします!」
「アルス、休むのも訓練だ。……といっても聞かないんだろうな。構えろ。耐えても耐えなくてもご飯だ。良く動き、良く食べる。強くなる基本さ。それと、次が耐えれたら良い話をしてあげようじゃないか」
俺の本気を感じ取ったのか、アルスが間合いを取るために離れていく。俺の動きを見逃すまいと真剣なまなざしが注がれる。久しぶりの……感覚だ。ゲームで初心者を教えていた時にもこんな感じだったな。アルスは初心者と呼ぶには失礼な実力だとは思うが……。
「ああ、そうだ。今回は剣じゃなくて良い。盾をしっかり構えてろ」
「え? あ、はい!」
最初は困惑した様子のアルスだったが、慌てた様子で彼の体格にあった丸盾を構える。それでもまだ半信半疑、といったところだ。これでは直撃したら気絶してしまうかもしれない。
(さて……手加減しないとな。頼むぞ、精霊たち)
「腹に力を入れてろよ……行くぞ。スパイラル……シュート!」
発動するのは通常であればらせん状のオーラと共に突撃し、相手を貫く槍系のスキル。中級の手前も手前、初級の中では中の上、といったところか。貫通効果を持ち、狭い場所に奥までモブが連なっているときに便利だ。溜めにちょっと時間がかかるのが難点ではあるが、先日の遺跡の中でも数が重なっているときに使っていた。
だが今回は手加減ありなのでオーラだけ。しかも、ちょっとお願いして周囲の精霊にも中に入ってもらった。恐らく、いつも以上に濃密な光となっており、その中身も見つけやすいはずだ。槍もどきの先から飛び出た光の束はアルスの構えた盾へと突き刺さり、あっさりとそれを貫いて彼自身へと迫った。
「ああっ!?」
悲鳴とも驚きともつかない声と共に、光にアルスは体を貫かれ、その衝撃でわずかだが体が浮き、その場に倒れこみそうになる。よろけたが……耐えた。そのことに一人勝手に満足して頷いていた。
「どうだ。見えたか?」
「……はい。何か、いました。小さいけれど、強い何かが」
恐らくはしびれたのであろう腕を握ったり開いたりしながら呆然としたつぶやきは俺の満足いく答えだった。今のが感じられたのなら……。
「それでいい。感じたものが答えだ」
俺がそういうと、アルスは何かに安心したように座り込んでしまった。仕方なく、俺とエイリルでたき火のそばまで運び、食事とする。腕がしびれているアルスにシンシアが甲斐甲斐しく食べさせようとしてひと騒動あったのだがそれは省略する。
食事の後、アルスが講義をねだってきたことは言うまでも無い。その吸収力に俺が目を見張るのはそう遠い話ではなく、英雄ってこういうことを言うんだな、と思ったのだった。




