085.「ありふれてるからお約束-6」
「反省した?」
「ああ」
とりあえず正座。これが謝罪のスタイルって物だ。顔を上げると、乾ききっていない髪から一筋の水が顔を伝うのがわかる。今俺は……キャニーたちの部屋の中央で正座している。
(ダメージは無いが……痛いもんだな)
思い出すのはキャニーの桶攻撃。良い勢いでぶつかった桶に驚き、姿勢を崩した俺は危うく敷地の外まで転げ落ちそうになった。なんとか途中で引っかかり、そのまま誰かに見られることも無く脱衣場に戻ることができたわけだが……まあ、何も解決していない。謝りに行くにも、また外側からという訳にもいかない。
だから、着替えて上階に向かったわけだが廊下に出たところでなにやら凄い音が響く。それは2階から駆け下りてきたキャニーが原因だった。きっちり服を着込み、迫ってくるその顔が赤いのは温まったからか、はたまた走ってきたからか。
本命は恥ずかしいから、で多分良いのだと思う。髪は拭ききれなかったのかしっとりとした見た目のまま目の前にやってくると無言でそのまま腕を掴まれ、引っ張られていく。
「ちょ!?」
「いいから、早く」
そのまま引っ張り込まれた部屋には、なぜかミリー以外にもシンシアとお付きの騎士がいた。となれば何が起きるかはわかりきっている……というわけで正座となったわけだ。
予想に反し、なぜかミリーやシンシアらは遠巻きに入り口から離れてみているだけ。しばらくの間、キャニーの苦情とも要望とも取れるお叱りは続く。
「ところで、なんでそんな座り方なの?」
粗方吐き出したところで少し落ち着いたのか、いまさらといえばいまさらなことをキャニーが聞いてくる。確かに正座の文化はゲーム内には無かったな。キャラのモーションとしてはあったはずだが、まあいい。話題を変えたかったのか、聞いてきたキャニーの息は荒く、肩も上下している。
(……そんなに恥ずかしかったのだろうか?)
ふとそんな事を思いながらも、崩れかけた姿勢をしっかりと戻す。高レベルであってもじわじわと足がしびれるのがわかるが、こればっかりはなかなか慣れない。それでも気持ちを伝えるならこの方が良い。
「これは正座っていってな、真面目なときの姿勢なんだ」
俺のいた頃のな、とはシンシアたちの目があるので続けることはできない。しばらくキャニーと見詰め合う俺。なにやら妙な空気になってきたところで、わざとらしいミリーの咳き込みが聞こえた。
「その……さ、申し訳ない」
ハッっと気を取り戻した俺は年甲斐も無くその空気に妙に緊張してしまい、やや上ずった声で謝罪の言葉を口にした。互いに良い歳ではあるが、逆に言えばだからこそ守るべきマナーだとかはあるはずなのだ。
すると、彼女はなにやらもじもじしたままでなぜか両手で自分の体を隠すかのような仕草をとった。
「う、うん。それで……その……どうだった? 変なところなかった?」
「……キャニー、疲れてるのか?」
思わずそう口に出していた。よりにもよって何を言い出すのかと。言葉の内容からして、自分はどうだった、見てどういう感じだった?といいたいのだろう。これが2人きりで、ムードある夜の部屋などだったら破壊力は言うまでも無かったであろう。
だがここはそうではない。離れているとはいえ、すぐそばに第三者がいるのだ。すぐにどう聞こえたのか気が付いたらしいキャニーが「ち、違うのよ!」などと叫ぶのを尻目に周りを見ればミリーは元よりシンシアも微妙な表情……ん?
「……シンシア嬢。なんで期待に満ちた表情なんだ?」
そんな口調になってしまうほど、独特の表情だった。そう、シンシアのそばにいる女性騎士は真面目な顔のままだが、シンシアはどちらかというと喜劇を観賞する観客だ。言葉を変えれば、盛り上がってまいりました!と言いたそうな顔。
「いえいえ、こちらのことはお気にせず。ささ、続きをどうぞ」
俺の追及にも、とぼけた口調で答えてくるシンシア……ただのお偉いさんではないようだ。何が楽しいのかわからないが、だからといって見世物にするつもりもない。
「こちらとしてはそうもいかない。そうだ。偶然とはいえ、見てしまったのは確かだろう? お詫びに何か困ったことがあれば手伝おう」
何やら話がごまかされそうな気配がしたので、半ば無理やりに話題を切り替えた。強敵を倒して来い、ってのだと大変だが何か用意してほしい、なら大体かなえられる自信がある。彼女たちはそんな実力を知らないだろうけども。
「……そうですわね。いえ、そうであればこちらが助かるのは間違いないのですけれども、それでよろしいのですか?」
「シンシア様?」
含みのある問いかけに、シンシアはしっかりと頷き、そばにいる女性騎士の疑問の声だけがはっきりと響く。やはり、頭が良いなこの子は。状況に応じて、最善の選択をすることをよく考えているようだ。
「ああ……話にもよるけどな。ドラゴンの生き胆を取って来い、なんて言うんじゃなければ大丈夫だ」
そう、命の恩人だとしてもこうして招くだけならともかく、身を守りにくい入浴という場へ招き入れるなどということは普通では考えにくい。恐らくはこの場は俺達を引き込むための場。キャニーたちも場の空気を感じ取ったのか、姿勢を戻して俺の横に寄り添うように立っている。
はったりと思うならよし、本当のことかもと思って腹を割って話してくれるなら良し、どちらにしても俺に損はないだろう。どこかに暖房用の道具でもあるのか、部屋に暖かい風が少し吹いたところで誰かのため息が聞こえた気がした。
「もったいない使い方はできませんわね。一番効果的な使い方が出来る時がわかるまで、保留が一番ありがたいですわ」
「ああ、それでも構わない。俺が生きているうちなら、な」
そんなことを言って微笑んで見せると、部屋の空気も柔らかくなったのを感じた。ひとまずは乗り切った、そう思っていいだろう。それにしても、綺麗だったな……ん? キャニーが、だぞ。
「まずはお食事しましょうか。そろそろアルス達も戻ってくる頃でしょうし」
新たに生じた緊張のまま、俺は誘われるままに彼女についていくこととなった。キャニーとミリー、それにシンシアたち自身は許してくれたが、彼らがどう思うかはまったく未知数であった。今からそれが怖く感じたとしても、無理もないと思うのだ。
そんな予想は、アルスたちが戻ってくることで本当のことになってしまうのだった。




