080.「ありふれてるからお約束-1」
世の中にはお約束という言葉がある。あるいは、使い古しといってもいい。王道、ということもあるだろうか?
それは最終決戦のピンチに駆けつけるライバルであったり、駆けつけたと思えばぱかっと開く落とし穴であったり。かくいう自分自身も振り返ればそれに類する経験はしているのだが……。
「いくらなんでもお約束すぎやしないかね?」
「そんなの知らないわよ」
「接近、迎撃再開」
現状への俺と彼女らの反応は三者三様、だが1人を除けばどちらも恐らくはこの場にふさわしいとはいえなかった。鼻に届くのは何とも言えない嫌な臭い。目に飛び込むのは無残な姿。
そう、壊れた馬車、倒れ付す馬……が俺たちの前に広がっていた。血まみれの御者に、怪我をかばいながらも少女を守る数名の騎士風の男性。そして、周囲を取り囲む10名ほどの荒くれたち。まったく、どこの世界でもああいう奴らはおしゃれや清潔って言葉は無いのかね?
「ま、世界はいつだって唐突だわな」
「いきなり飛び込んできて何言ってやがる!」
危機感のかけらもない俺のつぶやきに、お約束すぎる台詞が届き、音を立てる相手の武器と、膨れ上がる殺気。先ほどまで必死に応戦していた騎士も、突然の乱入者である俺に視線を向けているが武器は荒くれから離せないようだ。そりゃあ、そうだろうな。
そう、俺達は事件現場にいるのだった。しかも、いわゆる貴人の。馬車の造りや、仰々しい護衛からして間違いなく、一般人ではないだろう。
「この人たちは関係ないだろう! ボクが相手だ!」
その上、勇ましくショートソードを抜き放つ少年までいる。クレイとはある意味正反対の姿。身なりは兵士のものだが、なんだかまとう空気が一般のソレではない。胸元に光るペンダントも、どこか高級そうだ。勢いは買うが……ちょっとばかり荒くれたちは彼より強いかもな。
「無茶はやめるんだ! アルス、下がれ!」
「で、でも!」
上司らしい騎士のたしなめに少年はおろおろと相手と俺達を見比べている。それはそうだろう。大ピンチ!というところで唐突に3人が乱入してきたのだから。そんな俺の姿は旅人以上でもそれ以下でもない。まだ武器を構えていない俺に、強そうな武器を持っている様子の無い姉妹。戦力と考えにくいのも至極当たり前である。
「よう、そこのお嬢様はキミの知り合いかい?」
敢えて俺は陽気に語りかける。荒くれどもは襲ってこない。彼らは気がついているだろうか? 自分の動きをなぜか制限するプレッシャーが、自分には見えない存在、ユーミから放たれていることに。動けばマズイと何故自分が思うかに、気が付けるだろうか? 気が付けたらこんなところで盗賊なんてやってないというのが正解かもしれない。
「え? あ、はい! 彼女は、大切な人です。最初に出会ったあの日から、ボクの中では彼女は……世界を相手にしてでも守りたい子です!」
「うっわ」
「ちょっとお姉ちゃん」
聞いているこちらが恥ずかしくなるぐらい、きっぱりと言い切る少年、アルス。その本気具合には砂糖を口いっぱい詰め込まれたかのように呻くキャニー。そんな姉を叱るように言うミリーもまた、何とも言えない表情だ。
「アルス……」
怯えて震えている様子の少女もその名前をつぶやいて目をキラキラさせている。うむ、こちらも砂糖を吐きそうだ。だが……。
「いいね、嫌いじゃないぜボーイミーツガールはさ」
「ぼーいみ? 何よそれ」
「なんだか面白そうだねー」
俺はどこか高鳴る胸の鼓動に身を任せて、俺は荒くれどもに向き直る。俺の横にきながら顔をしかめるキャニーに比べ、彼我の戦力差にモードが一時的に解けたのか、のほほんとした受け答えのミリーはぽわぽわしている。ちょっと心配だよな、組織……だったかにいたからには常識が足りないかもしれない。俺も人のことは言えないから一緒に勉強だな。
「ええい、面倒だ。まとめてやっちまえ! おい、出し惜しみは無しだ!」
『へぇ……』
肩でユーミが呟くのも無理はない。ただのチンピラ同然だと思っていたが、怒りからか自力でユーミの圧迫から逃れたのだ。リーダー格だったのか、そいつの叫びに仲間たちも次々と武器を手に構えだす。がむしゃらに襲ってこないあたり、ちょっとばかり臭いな。
薄汚れた姿も、使い込まれたような武具たちも中古で手に入れられなくはないし、偽装という線もある。完全に偏見だが、単純に偉い人をたまたま盗賊が襲うってなかなかないと思うんだよな。ルートの問題もあるし、護衛の騎士たちだって無能ってわけじゃない。
現に、今も少女に近づかせないようにと残った人員でしっかりと陣を組んでいる。けが人も自力で足手まといにならない位置へと這ってでも進む気合を感じる。
「まずは時間を貰う。エアロボム!」
爆音。近い場所にいた男たちに風の力がぶつかる。切り裂くとか燃やすとかいった効果の無い、まさに風の塊が防具ごと男たちを吹き飛ばした。威力は抑えてあるから、本当に転がっていっただけのはずだ。ただそれでも当たり所が悪かったのか、1人は手を抑えて呻いている。ぎょっとした様子の気配がこちらまで伝わってくる。
「市販分だがポーションを持ってる。好きに使ってくれ」
下がるように言われた少年へとポーションを小分けに詰めておいた袋を投げ渡す。瞬間、荒くれたちの視線が目ざとく俺に突き刺さる。なるほど、そのぐらいの力はあるらしい。今の動きで、俺がアイテムボックスを持っているとしっかり見抜いたのだ。だが、それは今回の場合は悪手じゃないだろうか?
「キャニー、ミリー! 1人は残しておけよ!」
「相手が生き残ったらね!」
叫びながらの突撃を合図に、荒くれと騎士たちの戦いも再開する。大事な物を守る戦いだ。必死に戦ってくれることだろう。と言っても俺にとっては別の意味を持つ戦いだ。
(せめて苦しまないようにしてやる)
心の中で短くそう思いながら、目の前の男の背中に剣を突き出す。あっさりと、本当にあっさりと名もなき鉄剣は男の体に沈んだ。自分が攻撃されたことに気が付いていないのか、怒りの表情のままの男が……力を失う。
「い、一撃で?」
それは男たちの誰の声だったのか。確かめる間もなく突撃してきた攻撃をあっさりと回避し、姿勢の崩れた無防備な背中への一撃を繰り出した。生身を貫く感触と共に、相手の命が尽きるのがわかる。元からこの世界の常識で生きていなかったせいだろうか。
モンスター相手では感じない物が、人間が相手だと胸に飛来する。それは嫌悪か、自分自身への非難か。
「襲って来たんだ、逆に襲われても文句は言えないよなあ!」
そんな感情を振り払うように、俺は声を張り上げる。そうだ、俺は通りすがりだろうとも彼らと彼女を守るために介入したのだ。だから……大丈夫!
1人、2人と相手をしていくうち、見た目の汚れが作った物だと見抜けた。それに、装備たちにはどことなく統一性がある。中古でバラバラに買えば良いところを、何かのプライドが邪魔をしたのだろうか?
やはり、ただの荒くれの集まりではなさそうだ。少女を狙った何かの刺客、という可能性も出てきた。
「お次はどいつだ!」
自分に言い聞かせるように、モンスターにするのと同じような叫び声をあげて、男たちと向かい合うのだった。




