076.「世界を記し続ける者-2」
「君がそう望むなら」
外に一緒に行けるのかと口にした精霊へと、どこかで聞いたようなセリフを口にしていた。どこだったかな……よく思い出せないが、悪くない言葉だ。じっと、ランタンの中にいる精霊を見つめる。いつの間にかその姿はぼんやりしたものから、しっかりとしたものとなりまるで人形が入っているかのような姿になっていた。
『そう……じゃあお願いするわ』
「そういえば、途中は何もいなかったのか?」
「残骸はあったけどよ、動いてる奴はいなかったぜ」
出していたアイテム群を仕舞い込み、精霊の入ったランタンを手に皆で歩き出した。途中、ジェームズの横を歩きながら聞いてみるが、帰ってきたのはそんな答えだ。やはり元々は何もいない場所のようだ。そうでないとあんな祈りの場は存在できないよな。
『昔はここにくる人間は、相応に強かった。そう、皆ね。だから途中の魔法生物とでも言うべき彼らはただの儀礼でしかないのです。それも時代の流れに押し流され、最後の1回、動くのがやっとだったでしょう』
歩くたびにゆれるランタンの中で、精霊はそういってどこか懐かしむように言葉をつむぐ。帰り道、何かが出てくる様子も無く、順調に進む中、精霊の語りは続く。
『貴方達がどこからこの空間に来たかはわからないですけれども、間違いなく、元の場所の近くではありません。ここは、世界にいくつも入り口があるものですから』
「貴女があの場所にいたのは転送という手段を使わず、直接下にもぐってきた結果ということですか?」
ランタンを覗き込むようにコーラルがそういって精霊を見つめる。こうしていると女の子が人形遊びでもするかのようだけど実体は大きく違う。それがなんだか面白くて、うきうきしてくるのを感じていた。
『ええ、下にあるのはわかっていたのだけれど、深さは間違えましたね。もっと下だったらよかったかしら?』
「もしそうならこの出会いも無かった。それはつまらないな」
ふふんと、鼻息荒くイリスが無駄にポーズをとるがまったくの同意だ。この出会いは、どれか1つでも違えばなかったものだ。運命だか何だかは知らないが、それだけは感謝してもよさそうだった。
そうこうしているうちに行きと同じポールが見えてくる。そこからは特に何もなく、俺は何日か振りに空の下に出る。全身を包む解放感……ぐっと伸びをして息を吐くと疲れも何もかも飛んでいきそうだった。
「あーーっ! 天井が無いっていいな!」
勿論、地下も背を伸ばすぐらいの高さはあったが圧迫感が違う。それは皆もわかっているようで、笑いながら俺を見ている。止めてあったそれぞれの馬に乗って、時間がすぎれば野営の時間だ。俺は思った以上に疲れていたのか、食事の後はすぐに横になってしまった。
「ん……」
「まだ夜明けまで時間はある。寝直したらどうだ」
パチパチと薪のはじける音。目を開けば、見張りなのか、ジェームズが1人起きていた。ぼんやりとした頭に徐々に状況が染み込んでくる。まだぼんやりと疲労の残っていそうな体を起こし、彼を見ると邪魔だとばかりに手をひらひらされてしまう。
「いや、少し歩いてくるよ」
それだけを言って、少し重い体を起こして立ち上がる。空は高く、満天の星空だ。あの星達のどこかには生命がいるのだろうか? もしかしたらここは惑星の1つで、地球と同じ時間を過ごしているのかもしれない。そんな考えすら浮かぶ星の光を見ながら、俺は手足のコリをとるように軽く動かす。
「そうか。気をつけてな」
そういって薪を足すジェームズに頷き、なぜかこちらを見ている精霊をランタンごと抱えて歩き出す。目的地はすぐそばにある小川だ。
『静かですね』
「ああ……」
俺は精霊に答えながら、ぼんやりと様々な考えを浮かべては消していた。ついに話してしまったこと。これからの悩み。そのほかだ。まずは目の前の精霊の対処ではあるのだが。ゲームでは精霊に出会ったことはあまりない。正確には、今思えばあれは精霊ということになるのかな?といったレベルだ。
『私が何をどう知ってるか、聞きたい顔をしてますね』
「まあな。ここはどこなのか、俺は誰なのか、疑問は尽きないさ」
答えて、草原に寝転がる。耳には小川の小さな音。涼しい風が体をなでる。全てがこの世界に俺が生きているんだと強烈に現実を叩きつけてくる。そのことがなんだかありがたかった。
『この世界が本物で、システムの影響はどこにも無い、というのは間違いないですよ』
「!? 今、なんて?」
『わたしには、貴方の知っている世界と、正しく時間が流れたこの世界と、2つの記憶があります』
「君は、俺と元が同じなのか?」
思っても見なかった発言の数々に、驚きを隠せない。慌てた声がジェームズたちを起こしてしまわないかが心配なほどだった。幸い、思ったよりは声は響いていなかったようだ。姿勢を戻し、恐る恐る訪ねてみると、精霊は肯定として頷いた。
『この世界は現実であって、現実ではない。詳しい話は省きますし、意味がありませんが、この世界では貴方は貴方でしかなく、別の貴方ではない。わたしもそうですが。わたしに何かをした存在はこの世界だけのもの。それは間違いないですね。いうなればボスクラスなんでしょう。1人とは限りませんが』
自分を覆う黒い光を悩ましげに見ながら、精霊は語る。どうにか出来る物なのかはわからないが、このままというのは痛々しいと思う。俺は黙って精霊の話を聞くことにした。
『わたしという存在が貴方と同じ時間にいたとき、見聞きしたものは記憶として知っています。ですが、それだけです。今の世界の辞書、というわけではありませんから』
と、そこで精霊はなにやら不機嫌そうにこちらを見る。何か返事をしておくべきだったのだろうか?
『というか、いつまで衝撃を受けているんでしょうか?』
「いや、受けるだろ。要は、俺の正体を知ってるわけだろう?」
言葉にこもった感情が変わってきた精霊に余計に驚きながら、俺はなんとかそう答える。頭のどこかで何かがひっかかりながらも、答えが出てこない。この世界のあちこちにゲームで見たようなものがあふれてる状況だと何とも言えないというのもある。
『知ってるも何も、まだ思い出さない?』
とうとう口調まで変わった。小さなほっぺをぷうと膨らませ、なにやら覚えのある身振りで俺をしかるようににらんでくる。その仕草が、俺の記憶を刺激した。確かにどこかで見たことがある。随分と昔だが……。
(ん? んんん? まさか?)
「いやいや、それはない。精霊じゃなかったろ」
『まあ、他の姿持ってたしね? ほら、早く出しなさいよアレ』
アレ? いや、目の前の存在が精霊じゃなく、アイツだというならそれらしいものがあるが。思い出せなかったのも無理はない。彼女に出会うのはごく序盤なのだ。その後の仮想現実の衝撃に押し流されることの方が多い気がする。
「いや、だって。ヘルプのマスコットだったじゃないか、ユーミって」
そう、ランタンの中での独特のアクションはMDで各種ヘルプの際に登場し、案内をしてくれるマスコットキャラのものだった。途中、新要素が加わるたびに悪ノリともいえる解説は増え、ついには専用クエストまで用意された。その姿は3頭身ほどのウサギの着ぐるみ幼女で、一定のファンもいたはずだ。
ちゃんと全てのヘルプを確認し、専用クエストをこなし、あれやこれやとすると認定証とでもいうべきアイテムをもらえた。アイテムボックスの隅にあるそれを取り出し、実体化する。
月明かりに照らされるそれは、小さなペンダント。特にボーナスも無く、ただ単にコレクターとしての欲求を満たすだけだったもの。
――世界の辞書
石の部分に開いた本の絵が刻まれたシンプルなものだ。特別魔力が込められているわけでもない。だが、どこか不思議と目の前のランタンに吸い寄せられるような感覚がある。おもむろにランタンの蓋をあけると、ペンダントを放り込んだ。
瞬間、世界が揺らぐ。ペンダントは精霊、ユーミへと吸い込まれ、代わりに黒い光がその体からはじけるように飛び出した。
『我は世界の辞書にしてこの世界を記し続ける者。今なら、何の問題もない!』
勇ましくユーミは叫び、手を振るうともやのような光は掻き消えた。あとに残るのは、夜と小川の音。
「終わった……のか?」
『ええ、今はね。とりあえず、ファクトのことは知ってるけど、元の世界のことは知らない。MDのことはかなり、この世界のことはそこそこ知ってる。それだけ覚えておいて』
ウィンク1つ、ふわりとユーミは精霊の姿のままで俺の肩に乗る。懐かしさが胸に飛来する。ゲームでもこんな風に乗ってくれたっけ。
「一緒に、旅してくれるか?」
『ええ、面白いじゃない。新クエストみたいで、ね』
まずはジェームズにどう説明したものか。そんな悩みと共に俺はユーミと共にキャンプ地点に戻るのだった。




