072.「掘って進んでまた掘って-8」
俺はまだ、生きている。数字上の体力や魔力はまだまだ十分だが、数字に表れないどこかが……ひどく疲労しているのを実感する。ゲームであれば状態異常の1つや2つ、ついていてもおかしくはない。
2人を見送ってから恐らくは数日は確実に経過しているからだ。
「これで一度休めるな……」
誰も答えない空間で俺はつぶやき、機械的にその右手を振るう。そうして投げられた道具が一時的な結界を産み、がれきの向こうからやってこようとするスライムを押しのける。アイテムボックスから食事や水を取り出し、乱暴にかぶりつく。
(床にこぼれた食べ物には興味なし……と)
何かに意識を向けていないとすぐにぼんやりとしてしまいそうだった。既に聞き慣れて、ノイズほどにしか感じないスライムの悲鳴のような何かが響き、どろりとその姿が溶けていく。その姿を冷たい視線で見つめながら、状況を自分の中でまとめていく。
2人が立ち去ってすぐ、部屋に出てきたスライムを倒した俺は、奴らがあけてきた穴を覗くことにしたのだった。まずは現場の確認を、というわけだ。結果としては、目新しい相手はいなかった。いたのは……スライムだけ。
「元凶らしい奴はいないな」
魔法の灯りに照らされたそこは、かなり奥まで続いている様子で、ところどころにスライムが見える。大きさは縦横2メートルほど。ある程度は無理やり進むこともできそうだが、何かあってはまずいと考えた俺は何とかして定点での迎撃を試みることにした。
そこで俺が取った手段は馬防柵のごとく、通路を触っただけでダメージを与えてくれそうな良品で罠を張ることだった。必要な筋力や条件から十分に使うことはできなくても、そのままで熱を発する斧であったり、傷が凍りつくような性能を持った武具は多くある。
そこまでのものでなくても、刃物であれば十分意味はありそうだった。勿論、適当な武器では相手に飲み込まれる。いつかの冒険者のように……。
だが、ある程度以上のものであれば、刃の方向からやってくるだけでダメージを負うことだろう。試しに、ゲームで納品予定だった統一企画の武器をいくつも取り出し、迫るスライムの前に突き立てて間合いを取る。即席のバリケードにしては随分と贅沢な話だ。
一度も使われたことの無い、きれいな姿の穂先が、刃が、今は何かの意志を持っているかのように光を反射する。そこへ何も考えてないのか、無造作に近づいてきたスライムが武器に接触し、身をよじるのがわかる。見えた光景は、体のあちこちにダメージを追っている様子の相手。何度か行き来を繰り返した後、勝手に溶けていくスライム。
「行けるか?……お?」
次のスライムは偶然、伸びきった状態で移動しており、刃の隙間を縫うように近づいてきた。対策するならばさらに武器を並べる必要があるが……仮に、このルートは無理だ、と判断されて他に穴が開くほうが大変だ。困難な話だが、ある程度はこちらに抜けてくることも考慮して罠を貼ることにしよう。
手持ちのアイテムを見つめながら、いくつも実体化させては洞窟に差込む。時折抜けてくるスライムを直接撃退しながら、だんだんと俺は下がっていく。そして、部屋と洞窟の境目、というところで俺は適当にそばの瓦礫を椅子代わりにする。ここからは長期戦だからだ。
(2人が帰ってくるまでは急いでもそれなりにかかる。さて?)
それからは長期戦となり、1時間に数匹、といったペースで抜けてくるスライムを相手に、時にはうとうとしながら体調を気にしつつ迎撃をしていく。
今のところは、ざっとこういった状況だ。俺はまだ生きている。そして襲われてもたぶんすぐには死なないだろう。もしかしたら死ねないかもしれない。とはいえ、放っておくわけにもいかないのだ。
どれだけそうしていただろうか? 時折、ドロップとしてなぜか落ちるお金、そしてスライムの核や体の1部。それらを拾う気にもなれず、俺は迎撃を続ける。
(この調子ならなんとかなるか?)
俺自身は疲弊して使い物にならなくなったとしても、増援に任せてなんとかなるだろうと感じたのだ。だが、数値上ではダメージは無くても疲労は溜まる。油断したのか、必要以上に踏み込んでスライムの1匹に切り付けた時、横合いからの攻撃が直撃する。ダメージはほとんどないがその一撃がぼんやりしていた思考を引き締めなおす。
「このっ! ったく……どこからどうやって生まれて来るんだか」
念のためにポーションを適当に飲んでみるが、よく見ると最大より手前でとまっている。どうやら疲労の結果か、回復しきらないようだ。アイコンは無いが、状態異常にはかかったと思った方がよさそうだ。
「それでもこのペースならなんとか……んん?」
崩れた壁から数メートル、というところで目の前の1匹を倒したところで、物音がした。何かが押し出されているような、重い音。それは目の前のいる奴らの音ではない。
(この感じ、まさか!)
俺は慌てて部屋に戻り、音がしたほうを注視する。世の中は嫌な予感ほど良く当たるという。何か法則名があった気がするが、今はそんなことはどうでもいい。今は、最初に崩れた壁のそば、おおよそ5メートルほどの場所に新たな亀裂ができたことが大事だった。音をたて、亀裂はその大きさを増していく。
「同じ相手だと、まだいいんだけどな」
つぶやきながら、自身のステータスを再確認する。白く光るとあるアイコン。武器生成が開放されたことがわかる。一気に解決という訳ではないが、取れる手段が大幅に増えたと言える。
(何もずっと待っている手はないな)
「武器生成C!!」
思い直した俺は、さっそくとばかりに意識を集中させて気合を入れなおす意味も含めて、高らかに叫ぶと手元には無骨な槍が2本。と、俺が生成すると同時に壁の向こう、かなり奥の方で何かが反応した気がした。
(ん? 何か引っかかるな)
それは別に不思議なことではなく、これだけのモンスターが現れるのだ。奥にいるのは何かしら儀式のようなものを行える存在か、それに近い存在だということになる。
考えを中断するように、ついに壁は新しく大穴をあける。現れたのは黒い、芋虫のようなもの。今度はしっかりと形をとってきたということだろうか?
「お手並み拝見!」
問答無用で生み出したばかりの槍を2本とも連続で投げつけると、正面から奥深くへと槍は沈み込んでいった。スライムとは違う、気味の悪い悲鳴。後には、黒いままの死骸。
だが、普通のモンスターならば残りそうな姿はほどなく、汚泥のような何かがどろりと残り、地面にしみていくだけだった。形は違えど、スライムと同じ次元の存在であることがわかる。
自然と唇の端があがるのがわかった。拍子抜けともいえる相手の耐久力に、きっと笑みを浮かべていたのだろう。だが、現実はやはりそう甘くは無い。即座に現れる芋虫の増援。そして、意外に早いその速度。
触角のように伸びた細い何かがゆらゆらと動いたと思うと、俺のほうをすばやく向く。つまり、相手の目的は……俺だ!
思わず間合いを取り、スライムを睨みつけると先ほどまでと違い、明らかに俺の方を向いた。やはり簡単には……終わらせてくれないし、休息も出来ないようだった。




