070.「掘って進んでまた掘って-6」
その場所は空気さえ妙に澄んでいるように感じた。呆然と立ち尽くす俺たち。後ろにはこれまで進んできた道。そして目の前には日の光のような明るい部屋。正しくは、何かしらの技術で擬似的に照らされる陽光のような光、だが……。
「聖女だわ……」
「きれーい」
3人共が見つめるのは2人が前に言っていた、物語の登場人物の像。それが幻想的とも言える状態で目の前にあるのだ。彼女らが見上げて立ち止まるのもわかる。俺自身も、驚愕を顔に貼り付けているに違いない。
時間を忘れるという感覚を久しぶりに味わいながらも、ようやく気を取り直して何かに縫い付けられたように動かしにくかった足を、無理やり動かして像に近づく。こつんと、足音が妙に響いた気がした。この反響音……だいぶ広いな。
像の前に立つが、上を見るには見上げないといけない。像の頭までの高さは5メートルもあるだろうか?
頑丈そうな台座の上に像があることから、本来の身長より多少高い、程度だとは思う。右手に勇ましく長い杖を構え、左手にバックラーと思わしき小盾を持っている。
何かの作品のように、腰まで届くような長さの髪が大きくなびき、数々の宝石がはめ込まれていたであろうティアラを身につけ、石像であることを忘れさせる見事な彫像となっている。
本物が何かで石化された、と言われたら信じてしまいそうである。像の後方上、ステンドグラスから陽光が差し込むような位置から光は降り注いでいる。降り注ぐ光が本物の太陽の光のはずはなく、手をかざしてまぶしさに目を細めれば、灯りの魔法を使うときに感じるのと同じ精霊がたくさん集まっているのがわかった。石像も見事だが、あのステンドグラスも記憶にある様々な建物より立派な物だ。こんなものが、残っていたとは……。
これらがただ偶然に集まっているとは考えにくい。恐らくは何かの秘密があるのだろうが、下手にいじって目の前の光景がなくなるのは勘弁してほしいところだ。俺達が入ってきたことで舞い上がった様子の埃が光を反射し、より目の前の光景を美しくさせている。
深呼吸をして改めて周囲を見渡せば、光が届かないほどの広さに整然と並べられたままの長椅子。何かの石材で作れられた物のようで、動かせるようなものではない。それは見える範囲だけでなく暗闇の向こうまで続いているような印象さえある。何かしらの講堂、礼拝堂のような場所なのだろう。
ここが無事だった頃は壁に明かりが灯され、見渡せたに違いない。きっと聖女を称え、祈っていたのだ。と、数歩歩き出したとき、俺は足元の感触が変わったことに気がつき床を見る。
「ん? ここは……他と違うな?」
「本当ね。位置としては祈りをささげるべくしゃがみそうな場所だけど……」
いかにも床!と言った様子のほかと比べ、その辺りだけつるつるとした表面だ。そこから見上げると、像と差し込む光とがちょうど良い感じになっている。立ち上がり、他の場所も見てみるが同じような場所は無い。何度も何度もここに座ったから……そう判断した。
「ここは祈りの場所だ……」
ちょうど、聖女像を通して陽光のような光が照らしてくれる。ここで祈れば厳かな気持ちになれること請け合いだろう。
「だったら、祈るしか! とー!」
おおよそ祈るには相応しいとは言えない陽気な掛け声。元気よくミリーが横から飛び出し、ぴょこんとその床に膝をつくと慣れた手つきで祈る姿勢をとる。掛け声の割には、とてもまじめな様子だ。はしゃいだ様子から、一転して静かな、そして真剣な空気をミリーがまとうのがわかる。
「……日々の祈りを糧に、我等に希望を」
小さなミリーの声が部屋に響いたかと思うと、めまいにも似た何かが部屋を満たす。
瞬間、何かが変わる。世界が上書きされる、とは言わないが確実に目の前の空間、祈っているミリーに変化があった。本人もそれに気がついたのか、不思議そうな顔つきで自分の体を見やり、立ち上がる。レベルアップとは違う、確かな成長の手ごたえが俺には見えた。
「何か……入ってきたような」
「大丈夫なの?」
心配した様子のキャニーの肩を掴み、任せろとばかりにウィンク1つ。うなずくキャニーに微笑み、俺はミリーにそのまま歩み寄る。詳しくは見えるかわからないが、触ってしまえばこちらの物だ。
「ちょっと触るぞ」
「へ? あわわっ」
子供にそうするように、わしゃわしゃと頭を撫でる勢いでミリーの頭に手をやり、集中する。ふわりと、彼女から精霊らしき光が舞う。それらが教えてくれるのだ……ミリーに何があったかを。浮かぶミリーのステータスらしきもの。具体的な数値はわからないが、いくつかの箇所が光っているのがわかる。
そこが変化したということだ。俺と同じならば、身軽さに関係するAGIと、LUK、そしてHPだろう箇所が光っている。レベルアップ時のボーナスが今さら設定された……? いや、ここはゲームではない。となれば精霊が本人の願望を読み取って力を貸してくれた、と考えるべきか。
「ミリー、体が軽い感じするか?」
「んー? どうだろう。よっほっ! ……そうだね、すごい好調なときみたいな感覚。これだけ探索した後だとは思えない気分のよさだよ。元気に、もっと強くなりたいって祈ったからかな!」
俺の問いかけにニコニコと答えるミリーの言う通りなら、俺の仮説はあっていることになる。任意とは少し違うが、思う通りに成長できるのかもしれない。笑顔のミリーの頬が少し赤かったのは、俺が触ったからか、されたことへの恥ずかしさか。前者だと思っても、外れではないように思える。その感情を少し横にやり、目の前の結果に意識を向ける。
(永続的な上昇か、一時的なものか……)
一時的なものだとしたら期間にもよるがあまり意味は無い。この辺りで冒険するならともかく、どこかに行くとなればその前に効力が切れてしまうだろう。続けてキャニーが同じように祈り、やはり何かの変化を感じたようだった。
「じゃあ俺はどうなるかな?」
わざとおどけた風にして、俺はその場に立ち、聖女だという像を見やる。ゲーム時代にはいた覚えがない。話を聞いた限りでは、確実にプレイヤーであろう力を持っていたらしい。それがこの世界で産まれた人物だったのか、現れたのか……今となっては不明だ。
(あんたが誰だか知らないが、俺のいた時代の直系並みなのは間違いないみたいだな)
心の中だけで、像へ向けてつぶやく。手に持った杖、装備している防具、指にはめられた指輪、それらの独特の意匠。特徴的なその装備群は具体的な性能は省くが、確かに本人にある程度以上の才能があれば聖女と呼ばれるにふさわしいだけの力が振るえることだろう。
MDで、イベントアイテムとしてだけ見たことがあるNPC専用だった装備群だ。あの文様や特徴的な構造は間違いない。それらが指し示す事実は今は興味はあまりない。ここがなぜか生まれ出たゲームの世界の未来なのか、もっと別の話なのか。いずれにしても俺はここにいて、まだ人生がある。
「……自分がここにいる証、そのための道を」
ある意味だめもとで、そうつぶやいた俺。脳裏によぎるのはこの世界にきてから出会った人たち、そして共に戦った人たち。そして全てのプレイヤー作成武具を凌ぎ、高難易度クエストの報酬ですらその前には有利とはいえない強力な性能であるNPC専用装備群。
そして、俺に降り注ぐ光が強さを増した気がした。




