068.「掘って進んでまた掘って-4」
結論から言えば3人は今、転送先にいる。高い天井、まっすぐ伸びる通路。明らかに外から見えたそのままの地下空間、ではないようだ。古い2Dタイプのダンジョンのような雰囲気さえある。ここが入り口だった地上から近い位置なのか、遠い位置なのかはさっぱりわからない。
下手をしたら何百メートルも地下に飛んでいるのかもしれない。とりあえずの危険が無い事を確認したところで、俺は飛ぶ事を決意したキャニーへと向き直り、理由を確認する。
なぜキャニーが、飛ぶ事を決めたのか、そしてあのポールの正体を言い当てることができたか、それは例の組織の関係だった。
「なんかたまにね、集められるのよ。下っ端は途中まで目隠しなんだけど、状況的にそう広くない小屋みたいな場所に入ったのはわかったの。そうしたらこれに触れ!って言われて、こんな大きさのポールを触ったら、浮いた感じがしたと思ったら目隠しをとったら先には大きな家……」
(ただの暗殺者を抱える組織ではない……ということか。これはいくつかは遺物を持ってるな。厄介なことだ)
そのときの事を思い出すように、壁に背を預けてつぶやくキャニーへミリーが慰めるように寄り添っている。俺はその組織の実力を想像していた。俺が対抗できるような能力の遺物であれば良いのだが……。
「帰りも目隠しだったんだけどね。でも空気はこんな感じの奴だったのよね。ミリーが感じていたのも、多分そのときの奴なのよ」
「そういわれてみれば、イヤなものを感じたわりに、さっきのは別に変なのじゃなかったね」
首をかしげ、自分の言った事を思い出すような姿勢をしていたミリーが後ろを振り返ってポールを見る。暗闇を照らすには不十分だが、真の闇、というほどでもない。手持ちの魔法の灯りの白さとは違う、どこか緑色のほのかな光を放っている。いわゆるヒカリゴケの類だろうか?
「なるほどな。帰りはそのまま帰れるから、奥に行ってみるか」
俺は自分の言葉の意味に気がつくこともなく、左手に明かりを灯したショートソード、右手に棒を持って先頭に立った。なぜか押し黙った様子の2人を気にしながら、狭い通路を警戒しながら進む。
足元や壁の造りは自然のものではないように見える。灯りに照らされた先は、時折壊れた箇所があるものの、きれいに切り取られたように滑らかな面だ。石材というより、土が原材料に思える茶色の空間。
多くの箇所に経年の結果か、カビのようなものが繁殖しているのがわかる。それは十分とはいえない灯りに照らされ、不気味な姿を現している。まるで何かの紋様のようだ。
転送された先が毒ガスで充満していた、ということは無かったようだが、どこかすっきりしない空気で満たされている。地下の閉鎖空間からくる錯覚という可能性のほうが高いが、どこに何があるかわからないので注意しておこう。
「何もいないわね」
「そうだな。これは予想なんだが、普通のモンスターは多分、いない。いるとしたらアンデッドか、スピリットか、あるいはさっきのような奴だ」
拍子抜けした様子のキャニーに、俺は逆に警戒を強めながら答える。酸欠気味じゃなかったのが幸運だった……と思う。実際問題、この場所に人が来たのは何年前だろうか?
「え? なんでわかるのかなー?」
「俺達が入ってきた場所以外に他に入り口は今のところ無い。その入り口も随分前からか、ふさがれていた。となれば食料が無い。前はいたかもしれないが、今はほとんどいないだろうな」
ぺたぺたと壁を触りながら、探索している様子のミリーに俺はそういって、足元にある朽ちた人型の骨らしきものを足先でつつく。様子から見て、骨になってからかなりの時間がたっている。大きさからしてコボルトやそのぐらいのものか。
いくつもの分かれ道や小部屋、各種トラップを解除しながら進む3人。今のところ敵対する相手とは遭遇していない。自分達以外の存在を感じられない地下空間に、どこか薄ら寒さすら感じ始めたとき、空気が変わる。
通路の先、大きな部屋のような空間に足を踏み入れてしばらく。それでも3人の足音と探索のための行動だけが音を立てていた。だが、何かが違う。違和感の正体がぬぐえぬまま、自然と警戒の姿勢をとっている3人。
――カツン
「…来た」
空間の中央ほどに来て、正面にさらに通路が見えた―そんな時に、小さな変化が現れる。その音にいち早く気がついたミリーの声が妙にはっきりと耳に届き、俺は近づいてくる何かに目を凝らす。
正面から、何かが近づいてくる。ヒタヒタと、まるで散歩をするかのような……しかし、今のところ影は見えない。
(この音、歩く音というより何かが落ちてきている音……!)
「ちいっ!」
俺は瞬間、脳裏を走ったとある相手の知識を元に、正面を見ていた二人へと振り返り、体当たりするように抱えて飛ぶ。
「ちょっと!?」
キャニーの抗議の声もとりあえずは無視だ。間一髪、3人の真ん中あたりに何かが天井から落ちてくる。金属のような音を立てて現れた影は、カエルのような姿をした相手。ただし、岩のようにごつごつしている。やはり、上にいたか!
「え、あれって……」
見覚えは無いのか、ミリーが呆然とした声を上げるのがわかる。俺も驚きを隠せない。先ほどのノービススタチューとは格が違う相手だ。何かいたのはわかったが、それがこいつとは……厄介だな。
「まずは迎撃だ! 舌に気をつけろよ。麻痺するからな!」
俺は増援を警戒し、見えないほうが危険だと判断して魔法の灯りの光量を上げ、できるだけ広く照らすように上に打ち出す。住宅街の公園ほどはありそうな部屋。それが全体的に照らされる。
隅にある棚や箱が気になったが、今は敵だ。見た目はまさにアマガエル。緑色の体表は、どこかの宝石を思い出させる。風を切る音をたて、キャニーかミリーが投擲したと思われるナイフがカエルへと迫り、甲高い音を立てる。そう、こいつはただのカエルではない。
「効いてない!?」
「良品質の物を投擲したはず……対象の脅威を引き上げ。いきましょう、姉さん」
悲鳴をあげるキャニーに対し、スイッチが入ったのか口調の変わるミリー。彼女の言うように、2人の投げたナイフは俺が見ても結構いいやつだ。それが刺さらないとなると普通ではない。
「投げるなら開いた口の中か、見えたらでいいから腹にしろ。それ以外は恐らく、無駄だ」
相手は大型犬の倍以上、というより牛ぐらいだ。腹自体はこうしていても見えるほどだが、もぐりこまなければならない。俺は棒を投げ捨て、最近出番の多い長剣、シルバーソードを手に取る。生物とは言いがたいカエルの視線が俺を捕らえ、その口から舌であろう何かが長く伸びてくるのがわかった。
「っ! こんなものか!」
左前に向かって沈み込むように回避し、右肩の上を舌がかすっていくのを感じながら間合いを詰める。踏み込んだ勢いそのまま、右上へと剣を振り上げると、手ごたえはあるものの切り裂いた感覚ではないものが手に残った。
(仮にも高レベルの俺の攻撃で切れないとは……やはり)
俺の攻撃に、大きくのけぞるだけだったカエルの腹が見える。そこには小さなソフトボール大の紫色の塊。あの場所へなら効くはずだがさて……。
「上!」
と、だらしなく伸びきっているだけだったカエルの舌がそれだけで意思を持っているかのように途中で角度を変え、俺の横っ面を狙ってきた。
(生き物じゃないもんな! そりゃ常識は通用しないぜ!)
かかったキャニーの声にとっさにバックステップをした俺のいた場所を攻撃はえぐるように突き刺してくる。床に軽々と突き刺さり、カエルの冷たい瞳が俺を見据える。直撃していたら、俺でもそれなりに痛い。それだけの鋭さを今の攻撃は持っていた。
動きのとまったカエルを好機と見たのか、二人からの攻撃であるナイフが無防備な相手の腹へと見事に3本ほど突き刺さるのがわかった。血も出さず、うめき声もあげないカエル。確か、コイツの特徴は異常なまでに硬い表面、そして長い舌、それに付随する状態異常。半面、軽い重量に本体の動きの遅さ。
つまり……。俺の見立てどおり、本体はほとんど動かずにその顔と、舌だけがすばやく襲い掛かってくる。口の中に戻ったかと思うと、通常のカエルでは不可能なタイミングで鋭さと柔軟さを併せ持つ舌が長く伸びてくる。
キャニーとミリーも隙を見てもぐりこもうとしてるようだが、前足の攻撃と、舌が戻る際の軌道変更でなぎ払うような動きをあわせることでカエルはたくみにそれらを防いでいる。自分の弱点はわかっているのか、一度地上に降りたこいつはなかなか移動や立ち上がる事をしない。向きを変えるときも、すべるように回転するのだ。
通常、狙えるのは腹というより胸元となるが、軽さゆえにできることはある。重量のある攻撃に弱く、吹き飛ばすことができるのだ。だが俺の攻撃や2人の攻撃ではそのまま吹き飛ばしてひっくり返すというのは難しい。3人とも重量級、というわけではないからだ。
となると……。
「跳ね上げる!」
回避した俺を、再び角度を変えた舌が狙うのを確認した俺は、床に舌が向かうような角度で移動し、回避する。大きな音をたて、舌が深々と床に刺さる。
「ここだっ!」
俺は剣を舌と床とを貫通するように突き刺し、相手を固定する。よく伸びるこの舌は、本体が数メートル飛ばされようと、そのまま延びていった記憶がある。
舌を抜こうとあがいているカエルを確認するや否や、俺は入り口の瓦礫を除去していたときに使っていたハンマーを取り出し、低い姿勢で走りよると、もがくカエルのあご下へとハンマーを滑り込ませて力いっぱい突き上げる!
確かな手ごたえと共に、カエルが大きくのけぞるのがわかる。簡単に言えばアッパーカットが決まったようなものだ。丸見えになる白い腹。
「連携、核と思わしき場所へ集中」
俺の左右から、影がすばやく滑り込み、ミリーの声と共にその影が繰り出した攻撃が紫色の塊に突き刺さる。悲鳴なのか、物としての何かが立てた音なのか、わからない何かが耳に届く。そして、空間に静寂が戻る。
ぱらぱらと、動きの止まったカエルの表面が崩れ落ちていくのがわかる。後に残るのはその存在を示す緑色の石の様なものと、核だった物。
「初めて見たわ。こんな奴もいるのね」
「べとべとしてたらちょっとイヤだったかな?」
興奮した様子のキャニーとは対照的に、どこかずれた感想を述べるミリー。良いコンビのようだった。残ったカエルモドキを片づけるべく、3人で再び襲い掛かるのだった。




