066.「掘って進んでまた掘って-2」
物事は意外なところから変化することがある。発明家の長年の悩みが何気ない素人の一言から解決するようにだ。そこまでの物でもないが、今の自分はそんな気分だった。
「あら?」
しばらく進んだ後、壁に変化が訪れた。入り口にあったような何かの像らしきものがあったのだ。女性……のようだがよくわからない。だがキャニーはそのモチーフに心当たりがあるようだ。表面を撫でるようにしてしげしげと観察している。
「ん? 何の像だかわかるのか?」
「多分だけど……ねえ、聖女の像じゃないかしら? ここ、星のブローチだもの」
「え? あ、ほんとだ。お姉ちゃんとよく読んでたよね」
キャニーの横から像を覗き込んだミリーがどこかのほほんとした声で答えた。彼女は腰に届きそうな長い髪のキャニーと違い、肩に届くかどうかという髪をポニーテールにしている。装備は両者とも、布製と思われる上下に、薄い皮鎧とダガー類だ。音からして、中にかたびらのようなものを着込んでいると思われるが、それよりも気になるのはスカートだ。冒険者として、あるいは戦闘するものとしてどうかと思ったが、譲れないこだわりなのだ……そうだ。
「聖女? 聖女っていうと、こう……癒しとか? いや、よく知らないんだけどな」
MDのゲームとしての設定には特に覚えがなかった単語に、俺は世間知らずと言われるのを承知で2人に聞いてみる。NPCの設定には心当たりがないところを見ると、この世界でかつて生きていた偉人、ということだろうか?
「男の子はあまり読まないのかしら? 簡単に言うと、とある国がドラゴンに襲われて王子率いる軍勢が危機! そんなときに光の中から現れた聖女様が、不思議な光で癒しと鉄壁の防御を行使した。その後はその力を使って王子と旅に出て、国を狙う悪玉を成敗! 二人は結婚して幸せに暮らしましたっていうお話よ」
(ボーイミーツガールなお話の視点が女の子側、といったところか?)
話の内容としては、聖女様が聖女様が、という感じで戦い抜いた王子すごい!というような感じではないようだった。だが、気になる話があった。光の中から現れたということと、不思議な力の持ち主だったということだ。これは……プレイヤーか?
「癒しと防御ねえ。今は失われた古代魔法みたいな物なのか?」
「多分、そうじゃないかなー。ファクトくんはどう思う?」
友達に話すかのように話題を振ってくるミリー。そう、彼女は俺をくん付けで呼ぶのだ。歳は10離れているかどうかぐらいだと思うが、キャニーに呼ばれたとおりおじさん呼ばわりされても不思議ではない。
2人ともまだ現実世界で言えば未成年であるのは間違いないのだが、事情は詳しく聞いていないが年齢をちゃんと考えられる環境にいなかったので、まだ20歳ではない、ぐらいしかわからないそうだ。これまでに聞いた限りでは両親の不幸や、その後の環境的に誕生日を祝う、というものではなかったようだから仕方ないのかもしれない。
ともあれ、最初の挨拶の頃からミリーは俺の事をくん付けとなっている。対してキャニーは呼び捨てが基本だ。おじさん呼ばわりは確かに嫌だし、ここでお兄さんなどと呼ばれるのも何か誤解を招くので問題はないといえばないのだが……まあいいか。
「さすがに死者の蘇生とかはないだろうけど、大怪我がすぐに治る!とかだったら見てみたいな。魔力消費も大きそうだし、かけられた側も何か問題がありそうだけど。あ、何か発動に媒体が必要とかもありそうだな」
俺はあごに手をやりながら、MDにもあった強力な回復魔法を思い浮かべ、当たり障りのない単語で答える。ゲームでも大きな結果を産むものには何かしら代償が必要だ。それは魔力であったり、アイテムの消費であったり……まあ、プレイヤーとしては大したことが無くても世界の住人にとってはかなりの負担だろうと思う物もある。
「ファクトは見たことがあるように言うのね」
俺の口調に何かを感じたのか、キャニーの瞳がネコ科のそれを思させるように細くなる。問い詰めるというより、まだ隠し事が多いのね、まったくと言われそうな呆れた顔だ。その瞳に、一瞬硬直する。これが、女のカンというやつだろうか?
「いいわ。良い男には秘密が多いものなんでしょ?」
静寂の後、キャニーがウィンク1つ、すぐさま体の向きをかえて入り口に歩き出す。全部を話せるときは、来るのだろうか?
「え? ファクトくんにはああいうの以外にまだ何か必殺技があるの?」
袖を掴んで聞いてくるミリーを適当にごまかしながら、先に進むも平和な時間。暗がりには何もいないし、崩れてくる様子もない。
「平和、ね。逆にそれが不気味だけど」
「どきどきするよー。今のところ気配なーし! お宝もなーし!」
「最近は探索されてない場所だからな。何があるかわからない、注意してくれ」
切れていた灯りの魔法を例のショートソードにかけなおすと、好奇心が先に出ているキャニーに、真面目なのか天然なのかわからないミリーと、どちらもちょっと不安を覚える姉妹の声が返ってきた。
ただ、身のこなしに油断は無い様なので彼女達なりの平常なのだろう。
改めて3人でフロアを探索すると、大きな通路以外には隠し扉などはなく、通路をいくしかないようだった。さて、そうなると……。
俺は変哲のない木の棒、ただし3mぐらい、をぽんっと生み出す。なぜ3mなのかは、古来より伝わるダンジョン探索の最高の相棒だからとだけ言っておこう。さすがに長物が突然出てきたことに驚く気配が伝わってくるが、視線は変なものではない。
「それって何でも出せるの?」
「秘密だ。賢者は世界の全てを知った時に死ぬというしな」
ミリーの質問に、俺はどこかで読んだ一説を口に出す。あれは確かどこかの街の老賢者の日記だったか? 人はなぜ知るのか……現代でも答えの出ない問いかけだ。
「古典的ね。されど全てを知るまで賢者は死ねない、故に全てを知ろうとするのだ。後半は後付けかしらね?」
どうやらマイナーではないようで、キャニーが俺の後に続けてきた。そう、極めたが故にほぼ不老となり、自殺以外での死ぬための方法を捜し求めた老賢者の皮肉のきいた世間への忠告なのである。短いながらも冒険者としての経験からそれ以上問わないことを考えたのか、その後ミリーからの追撃はなく、俺は生み出した棒で怪しい場所をつつきながら進む。
高さがあるのは入り口部分だけのようで、通路を進むごとにだんだんと普通の建物ぐらいの高さしかなくなっていく。
「罠は無し……か、自然にできたものか、元はそういう場所ではなかったのか」
落とし穴や落石などはなく、時折ある部屋のような空間も朽ち果てた何かがあるばかりで敵の気配もなければ、お宝の気配もない。どれだけ進んだのか、はずれの部屋を10ほど引いた後、大き目の扉の前に着く。あからさまと言えばあからさまだが、無視というわけにもいかないな。
「これまでのはお試しでここから本番ってとこかしら?」
「……するよ。イヤな臭いがする。あいつらみたいな」
「……ミリー?」
からかうようなキャニーの声と対照的に、冷徹な空気が混じったミリーに思わず声をかける。どこかのほほんとしていた顔が、いつか見たような冷たい表情になっていた。




