064.「人の手のひら・後」
「王子だったんだな」
「何、末弟だがね」
深い意味もなく、目の前の事実に口を開いたが、王子、フィルのほうは皮肉と受け取ったようだった。確かに長兄等であればあんな前線に出ることもないか……。
「すまん。別に深い意味はない」
「いいさ。私も城にいるより剣を振るっているほうが好きなのでね。騎士のような真似事をしているということさ」
自分の格好を見やり、フィルは自嘲気味に笑う。真似事、というにはだいぶ鍛えてるように見えるが本人的にはまだ満足していないのだろう。護衛も部屋の外に何人もいるしな。自分だけの実力がわかりにくいのかもしれない。
「それで、王子となるとますますこの場の意味が気になるんだが?」
「ここにいるのが父だったり、長兄達であれば、拘束の上で恭順を迫ったかもしれんな。ただ、私には別の考えがある。そもそも、君の力は教会認定の奇跡なのだから、人からどうこう言われて、はいそうですかと使えるようなものでもあるまい?」
国に直結している人物と同席となれば、色々と蠢いていそうなのが世の中だ。当たり前の疑問に、フィルはそう言って、腰に下げていた剣を鞘ごとテーブルに載せる。この感じ……そして装飾は……。
「確かに、今目の前でやれといわれてもできないし、誰かの欲のためだけに使うのもお断りだな」
俺は剣に視線をやりながら、敢えてストレートに返答する。変な嘘を言っても、得が無い様に思ったからだ。それに、置かれた剣が彼がいわゆる悪人ではなさそうだということを証明してくれる。刻まれた文様は戦女神。不正を働き、悪に身を落とす者を罰するという懲罰の役割も持つ戦女神だ。
「それで良いのだと思うよ。さて、これは教会の神秘の1つである祝福を抱いた一振りだ。とはいえ、王族なら必ず持っているがな。それでも世間で言えば重要なお宝、といった扱いをされるものだ」
俺の視線に気がついたのか、フィルは剣の鞘を撫でながらそう言い、
また腰に戻す。
(ふうん……ゲームでも教会関係の騎士が持っていたやつに似てるな)
見ただけでは性能はわからないが、鞘の装飾や雰囲気から、何かしらの補助がついていることは推測できる。プレイヤーからすると微々たるものでも良い物には間違いない。
「戦いで最後に出てきた槍。あの場でもいったが、アレはかなり稀に見られるものだ。この剣と同じ、教会の神秘の1つ。歴史上も作られたという話も聞かなければ、授かったという話も少ない理由はわからなかったが、今日の戦いで納得した。使えば消えるのであれば、そう世の中に出てくるものでもないな」
「少し、意図が見えないんだが?」
剣を見せた理由、そして槍との関連性がわからず、俺はせかすようにフィルのほうを見る。そういうことにしておこう、という話でもなさそうだ。喋り方としては演劇の様で聞いていても不快ではないが、出来ればすっきりしておきたいものだ。
「ん? おお、すまない。私は、君を国で抱えようとは思っていない。無論、他の国に仕えてくれ、というわけでもないがな。私は人間、ひいては世界の安定のために力を振るってくれれば良いと考えている」
「理由を詳しく聞いても?」
国の人間が、自分の国だけじゃなく、全体のために戦えと? 言葉だけなら立派なことだが、実際にそうするには何かと障害がある。人は霞だけを食べるわけでもないし、民衆も噂だけで納得する物でもない。何かしら、これだという物が必要だろう。
「うむ。私は古来の文献を色々と見るのが好きでね。それが高じてダンジョンにももぐっている。そうなれば剣の腕も上がるし、呪いの物品に対する知識や対抗の手段なども手に入る。時には遺物もな。王族としては言うことなしだな」
語るフィルの顔は少年のようで、若々しい輝きを放っている。これはあれだな、普段思い切ったことをやれないから有事にはっちゃけてるパターンを感じるぞ。今回も戦いのとき、これ幸いと前線に出てきたに違いない。
「そんな中、古文書と言うわけでもないが、昔の日記や記録も多く見つけることができた。その中には様々なことが描かれていた。人間同士の争いのこと、神話のこと、モンスターのこと。そして、失われた魔法や武具、何よりスキルと呼ばれるもののこと」
「スキルだって!?」
(っと、やっちまったな……)
思わず立ち上がった俺に、フィルはニヤリと良い笑顔。これではスキルというものを知っているといったのと同じである。どっかりと音を立てて座ることで時間をわずかに作った。
「私が有用と思うものほど古い情報でね。断片的なものが多かった。だが、どれを見ても代償が必要であるということは共通していた。そして、振るうには相応の力が必要であるとも」
語り続けるフィルは真面目そのもの。俺もその内容に耳を傾け、周囲の喧騒がどこか遠く感じていく。そう、スキルを使うには魔法と同じく魔力がいるし、ある程度のLvがなければ取得することも使うこともできない。あるいはイベントをこなしていかないといけないものもあるから、ゲーム時代に合った魔法やスキルのいくつは習得不可能か、習得場所が変わっているはずだ。
「それらを読んで私はやっとわかったのだ。語り継がれる英雄であったり、強力な者達は今は無い魔法を使い、スキルを使っていたのだと。そんな時、初めて聞く結果の奇跡の情報が耳に入り、そして、またその奇跡は起きた。世間は奇跡で納得するだろう。だが私は別の考えを持った。……だが、そんな真実はどうでもいい」
「どうでもいい?」
意味がわからない。ついに目の前に自分が気にしていた事柄の真実を知っていそうな存在が出てきたのだ。気にしないほうがおかしい。そりゃ、その力を利用して!等と来られる方が厄介だが……何が、狙いだ?
「そう、どうでもいい。君が古代の魔法やスキルを全て身につけていたとしてもだ。大切なのは、それが人間を滅ぼすように使われるかどうかと、その力を持った人物がどういう人間なのか、だけでいいのだ。本当の歴史は1人で作られるのではなく、万人で作られるものだからな」
「王族の言葉とは思えないね。父親が聞いたら激怒するんじゃないか?」
とても王族の一員とは思えない、特権階級の思考がないフィルの言葉に、俺は思わずそう口に出していた。大なり小なり、王族なんてのは民衆の上にいるもの、あるいはひっくり返して全てを王族が支えていると表現されることもあるが、少なくとも民衆とは違う、というのが主だろう。
「だろうね。だが考えてもみてほしい。王族以外に、王族を凌駕する力の持ち主がいて、それが英雄として活躍しだしたら、国の立場が無いだろう?」
確かに、そんな相手が出てきたら取り込むか、滅ぼすか、どちらかになることだろう。俺は言葉に出さず、頷きで答える。魔王を倒したら勇者はどうなるのか? たまに創作の方面でも題材になる、その後……だ。モンスターを薙ぎ払う魔法、スキル……それが人に向く……。
「つまり、君が人間に敵対せず、いざ力を明言するときにちょっと声をかけてくれれば、それでいいのさ」
フィルは俺が何かしらのスキルを隠している事を確信した様子で、俺に視線を向けている。俺は頭をポリポリとかきながら、考えをまとめていた……ここは乗っておくが吉か。
「それで? 俺は何もしなくて良いのか?」
フィルの目的が、俺の取り込みと侵略、というわけではないことはわかった。だが、それだけではこの場所にいるには不十分だ。かといって正式に滞在している場所に招くような状態でもない……仕事か?
「その意味では自由にしてくれてかまわない。ただ、この国や人間を相手に、力を振るうようなことがないに越したことはない」
フィルはそこで言葉を切り、テーブルに1枚の紙を広げた。地図だ。見覚えのある名前が記された街の位置関係のほか、いくつものポイントが記されている。おおざっぱなように見えてこれから記入できるように間隔が広いだけだ。それにしてもかなり大きい。
「これは私が用いている探索用の地図だ。噂だけで、所在も不確定なダンジョンなども多く記載してある。君にはこれらの探索を平行して依頼したい。当然、内容に応じて報酬は支払おう。結果として君は、国公認の実績を得ることができるし、そこで得たのだと言い張れば大概の物品は怪しまれることはあるまい」
フィルはそのままじっと俺を見つめてくる。おいしい話だ……断る理由は見当たらない。
─だからこそ、確認をしなくてはならない。
「いいのか? 国に有用な物を全部隠して何もなかったって言うかもしれないぞ?」
「選んでくれるに越したことはない。選択されたということは、こちらに渡されるのはそれ1つで戦況を変えるような、人の手に余るものではないということだ。そのほうがありがたい」
とんでもない物が出てきたら報告はしないかもしれないぞ、という大いに皮肉を混ぜた俺の問いかけに、フィルはむしろそれが狙いだといわんばかりに大きく、うなずいた。なるほど、扱いきれるかどうかはわからなくても影響が大きすぎるものは不要……と。
(普段の言動が少々難ありだとしても王族は王族。下手に隠しきれるものではない……か)
つまり、フィルは俺にめぼしい発掘品達を預かってほしいのだ。それなりの権力はあっても、人目に触れさせたくない物品を、王族の生活の中で隠し続けるのは困難なのは間違いない。
「受けよう。詳しくは後日でいいのか?」
「ああ。しばらくはこの街にいる。後日たずねてくれ。正式に依頼書を用意しよう」
こうして、俺の決断を含んでまた世界が動き出していく。神でも精霊でもなく、人の手のひらに乗せるべく……。




