063.「人の手のひら・前」
俺はその夜、一人酔えないアルコールに気分だけは浸っていた。街中が騒ぎに包まれ、ジェームズらも俺を誘ってくれたが用事があると言って断った。
少し、一人で考えたかったのだ。今後のこと、自分がどこまで行けて何を目指すのか。今回の戦いでは、ゲームではできなかったようなことまでやることが出来た。ゲームでは精々が、同じフィールドにいるパーティーメンバーにしかできなかったようなことを、その体に宿る精霊たちを頼りに特定、ターゲットするということをやったのだ。
「この力は……」
(やれるだろうと思ったからやった、言ってしまえばそれだけのことだ。けれどもこれは……)
手元のグラスで氷が音を立て、揺れる。そこに色を添える人物が1人。顔を上げると、見知らぬ老人がこちらに近づいてくるところだった。良い感じに顔を赤らめた、魔法使い然とした爺さんだった。
「若いくせに一人静かにと思えば、奇跡の人ではないか」
「俺はただの冒険者だよ。ちょっと運が良いだけのね」
そっけなく答えながらも、不快な気はしなかった。爺さんの様子が、こちらをおだてるような物ではなく、心配した様子だったからかもしれない。隣に座った爺さんの手のグラスは空だった。俺は手元にあった瓶から酒を注ぐ。
「ありがとよ。ワシはあいつの作る干し肉で一杯やるのが好きでなあ。あいつが引退するのが先か、ワシが死ぬのが先か、そう思っていたが……いや、責めているのではないぞ? 魔物との戦いとはそういうもんじゃ」
「爺さんはあの人の……」
俺をかばって死んでしまった猟師の、とは口に出来なかった。散々モンスターの命を奪っておいて何を今さら、そう自分を叱る俺もいる。俺はあれを受けてもきっと致命傷にはならなかった。そのことが知られてしまえば彼が無駄死にだったように思われるのをどこかで怖がっている自覚があった。
だからこそ聞いてみた。俺のやったことを皆は気にしないのか?と。
「そりゃ気にするじゃろう。今はそうでもないが、そのうち調子に乗った馬鹿共が脅しにでもくるかもしれんなあ。あるいは死なないように教えてくれとしつこいかもしれん」
笑い、グラスの中身を飲み干しながら言うその内容に俺はどきりとし、慌てて口を開こうとするも爺さんの瞳が俺を射抜いた。人生の味をかみしめた老人の瞳だった。
「だがな、ほとんどはわかっとる。冒険者なんぞ、所詮は身一つ。力にせよ、魔法にせよ、自分の力が全ての種。仮にお前さんがアレを自在にやれるとしよう。無敗の体を手に入れてるとしよう。だが、それを聞いてどうなる? 自分にも同じことができるかどうか。自分に扱いきれるかどうか。そういうのを考えてしまうんじゃ」
「扱いきれるか……」
「そう。自分が一番、楽をしたい、あるいは世界を自分の手に!なーんて考えとるやつは別かもしれんがの。お前さんに面と向かって言うのもなんだが、あんなのができるようになったところで、周りが怖くて何もやれなくなってしまうじゃろう。いつ、国から危険人物として追われるかもしれん」
グラス越しにこちらを見る爺さんの瞳はいつしか優しい物になっていた。そのまま誰であれ、どんな英雄であれ手は2本しかなく、掴めるもの、拾える物には限度がある。そう言って笑い、俺は掴むものを間違えないようにしないといけない、とつぶやいた。
(掴むものを間違えないように……か)
「教会からの奇跡の認定に加えて、その中身。こいつは、師弟関係で教わる技術やら、ちょっと良い武器、なんてものとは話が違う。試してみたい、とは思うかもしれんが、ぜひ自分のものに!と思う連中は冒険者には少ないじゃろうよ。有象無象の集まりの中に、自分の大切な物を見失わぬようにな」
時間が待ってくれるか、そして国はどうするかは知らんがな、と最後の最後に物騒なことを加え、魔法使いはどこかに立ち去っていった。後には空のグラスだけが残り、空いた隙間に喧騒が満ちてくる。
「人の手に……余る……か」
この世界に魔法はある。間違いなく、攻撃のスキルもある。では、作成のスキルは? そのほかのさまざまなスキルはどうなのだろうか? そして、マテリアルドライブは俺だけのスキルなのだろうか?
階下や他の場所でも騒いでいる兵士や多くの冒険者は今回、レベルアップを果たしたはずだ。無数の羽根の生えた白い影、輝きがそれを証明している。中には俺のようにスキルに目覚めた人や、魔法を新しく使えるようになった人もいるかもしれない。その力は扱いきれるものとは限らない……かもしれない。
いつしか、誰からともなく勝利を祝った催しが始まり、店はさらに騒がしくなっていく。聞こえてくる中身は大体一緒だ。皆で奇跡が起こせたのだと……だが、俺のやっていたことを近くで見ていた冒険者達は、当然俺が何かをしたことを見ているし、聞いている。中には地竜の時にも戦っていた人もいただろう。思い出したように、俺がしたことに話題が飛ぶたびに少しばかりドキドキしているのは内緒だ。
「ファクト殿、こちらでしたか」
「ん?」
俺が思考の海に沈みかけていたとき、聞き覚えのない声がかかる。振り返れば、身なりの良い男性が1人。兜はしていないが、鎧と外套からは騎士だということがわかる。細かいことは言われないが、着いてきてほしいのだろう。俺が立ち上がると、頭を下げてからこちらへ、と誘われた。
案内された先は個室がいくつかあるうちの1つ。逆に目立つだろうに、部屋の前には屈強そうな兵士が1人、立っていた。つまりは、中にはそれなりの相手がいるということだ。
「お連れしました」
「入ってもらってくれ」
中から聞こえた声に聞き覚えがあった俺は覚悟を決めて扉をくぐる。そこにいたのは……若い騎士だった。戦場で、俺の言うことを信じてあれこれ動いてくれた相手だ。促されるままに椅子に座り、正面で向かい合う。
「……国が何の話だ?」
「おや? 誰かが先に話したかな?」
椅子に座るなり発した俺の言葉に、騎士である青年はわざとらしく首をかしげる。そんな姿も様になっているあたりは、ただの騎士ではないようだ。俺の言葉は半分ははったりだったんだがな。
「別に推理でも誰かが話したわけでもないさ。あの現場で指揮権なんかを持てるのはそれだけの立場の人間ってだけだ。それで? 国に仕えろっていうならお断りだが」
「つれないことだ。一緒に死闘を潜り抜けた仲だというのに。いや、それは別の話だな。今回はただの礼さ。君がいてくれたおかげで犠牲者も少なく、迎撃できた」
一息に言い放った俺に対して、青年はお手上げとばかりに両手を上げて苦笑を浮かべる。そのまま気品を感じる仕草でテーブルの上に置かれる、こぶし大ほどに膨らんだ布袋。音からして硬貨が入っている。銅貨ということはあるまい。
「これは私個人からの謝礼だ。想定された被害の中で浮いた分だからね。誰の懐も痛まない。受け取ってくれたまえ」
「もらえるものはもらっておくが……ただの礼に呼ぶのも信じられないな」
袋を自分のほうに引き寄せた後、俺は青年の目を見て続きを促す。逆に言えば、ここであっさりと話が終わるようでは期待外れ、ということになるので難しいところだ。
「まあ、そうだな。まずは自己紹介といこうか。私はフィル。この街も領土に一応含んでいる国の末王子さ」
兜をかぶっていない青年の髪は金。まさにファンタジーの王道だが、瞳は緑だ。肩にかかるかどうかという長さの髪はさらさらとしており、子供の頃は中性的な雰囲気を持っていたのだろうと推測できる。
甲冑のままなので詳しくはわからないが、見える範囲での体つきからは後方でふんぞり返っているようなタイプではないようだ。
半ば予想はしていたが、突然の告白に俺はまじまじと相手……フィルを見るのだった。




