062.「戦いの狼煙-8」
戦場で、生きているモンスターも死んでしまったモンスターもが区別なく不死者と化す恐ろしい光景が広がっていた。原因を探す俺の視界は……ひどくまばらだった。草が生えているとか木々が無いとかそういったことではなく、これは……。
瞬間、脳裏に走る感じていた違和感。大地が、見た目以上に穴だらけに感じていたのは……!
「そうか、精霊を代償にしたか! なんということを。これでは人が住めなくなる!」
俺が言葉をつむぐより早く、手早くアンデッド達に有効な炎魔法を打ち出していた魔法使いが叫ぶ通りに、あちこちから精霊が消えている。正確には、力を絞り出されるようになって存在が希薄になっているんだ……精霊は世界のあちこちに存在している不思議な相手。逆に言うと、精霊のいない場所や宿っていない物は……抜け殻のような物だ。
「妙に水が濁っていたり、作物が育たなかったり……そういうことか」
「ええ……通常、魔法の数々は精霊の力を借ります。私の感覚では精霊そのものと言って良いです。ですが、借りているだけですから本来精霊自身が持っている力のいくらかです。強い魔法はそれだけ多くの精霊の力を借りて発動します。でも、あれは力だけを使って……無理やり……。このままでは、精霊が壊れたままになってしまいます」
衝撃的な光景ばかりが続くが、手を止めるわけにもいかない。嘆きの声を上げるコーラルの手から繰り出された光の魔法がオークだったものにぶつかり、その体を崩れさせる。元の世界の学者とかが見たら泡を吹いて倒れそうな光景だな。
「ある程度ダメージを与えてあればこの魔法ならなんとか……でも数が多すぎます!」
どうやらあの幽霊に教わった魔法であれば懸念したことにはならないようだが、彼女の言うように戦場の敵は全てあってはならないものに変わっている。通常、生きていれば手を落とせば碌に戦えないし、足が駄目になれば進むこともできない。
だが、奴らはその理屈が通じない。足が無くなれば這ってでも迫り、腕が無くなれば噛みつこうとする。その対象は人間にとどまらず、近くにいるお互いにも向いている。まさに、無差別。
倒すことは不可能ではない。だが、そのまま倒してしまえばこの土地は不毛な土地となるだろうという予感もあった。倒した躯は、きっと大地に良くないだろうからだ。
(なるほど、命を頂く、とは洒落た話だ)
防ぎきれなければ蹂躙され、防ぎきってもこの土地には住めない。よくできた、作戦だ。何ができる? 何か……出来るのか? もどかしさばかりが胸に飛来する。今の俺には集団を焼き尽くす大魔法も使えなければ、薙ぎ払う強力なスキルが使えるわけでもない。1匹1匹、相手をしていくしかないのか?
「くっ! 空っ!」
誰かの叫びが聞こえ、上を向けば羽の生えた異形。どこからやってきたのか、地上と比べて数は多くないが空を舞う、ガーゴイル。普段は遺跡等にいるはずの彼らが今、飛んでいる。一瞬の隙を相手は見逃さず、俺に向けてガーゴイルの手から魔力光が放たれる。余裕で回避をしたはずが、魔力光は向きを変えてきた。
(しまった!)
すっかり忘れていた相手の攻撃の特徴に、近くの相手に攻撃を仕掛けた姿勢のままでは回避も間に合わない。直撃しても致命傷にはならない可能性は十分にある攻撃。だが、そんなことは周りから見ればわからない。
「ぐぅっ!」
「大丈夫か!」
響くうめき声。横から滑り込んできた影は、俺に当たるはずだった魔力光をその身で受け止めた。俺は魔力光を受けた姿勢のままで倒れそうになる相手、どこかで見覚えのある男性を抱きかかえる。魔力光は怪我を負わせるものではない……無いが。
「ははっ……そっちは大丈夫か? 奇跡の担い手さえいれば、なんとかなる」
力の無い声。慌てて回復のためのポーションを飲ませようとするが、俺は気がついてしまう。彼の、HPゲージは……もう黒い。正確には、半透明のゲージだけは赤く残っている。だがこれは、大きなダメージを受けたときに残る今際の時間のようなものだ。真っ赤な部分が残ってさえいれば、回復させることも可能だが、これでは!
「俺の、俺のために!」
「何、命にはそれぞれ役目がある。生きるもの、全てにな。俺は山で動物たちにそれを学んだ」
力なくつぶやく男性、彼は以前談笑した……猟師のおっちゃんだ。見た目は怪我1つ無いのに、恐らくは魔法への耐性が無い状態で直撃を受けてしまったせいだ。
「俺は見てたよ。お前が地竜に挑むところをな。だったら、俺なんかより、生き残るのは……お前だ。手が、あるんだろ? なら、後は頼むぜ。この大地を救ってくれ」
言い切った彼の体は、動かなくなった。握ったままの手はまだ温かい、だがその手から力は失われていく。
俺が正体を明言していればこんなことにはならなかったのか? もっと早くあらゆる手段で力を使い続ければ解決したのか? 俺が、俺の遠慮が彼を殺してしまったのか?
脳裏に浮かぶ意味の無い問いかけ。今も命は失われている。それが、戦いだ。俺だって、何かの命を手にかけている。
思考を無理やり纏め上げ、俺は立ち上がる。そして周囲を見渡し、コーラルと、見覚えのある騎士を見つける。2人がいるなら、ちょうどいい。
「コーラル、あの魔法は武器に重ねられるか?」
「え? いろんな魔法は武器の追加効果みたいに付与できますよ。でも、長くは持ちません。使う分には魔法使いであれば適性に関係なく使えると思いますけれど」
予想通り、彼女のあれは魔法の1種だ。であれば魔法剣として武器に付与できるようだ。彼女もそれを考えていたらしいが、ずっとかけ続けるには魔力の絶対量が足りないためかあきらめていたようだ。可能ならば、十分だ。時間と魔力は……俺がなんとかする。
「これを。いっぺんに飲まずに魔力が無くなってから順番に飲んでくれ」
「これ……こんな高いの払えませんよ!」
無造作に手渡したのはあまり多く在庫を持っていない魔力も回復するポーション。素材が高騰していたためにゲームでは他の体力回復用と比べて在庫は少ないがあくまで比較してみれば、だ。1人が使う分には余裕過ぎる量がある。
「構わないさ。後で適当にどこからか引っ張ってくる」
「で、でも。スピリットそのものではないので、ある程度ダメージを与えていないと効いてないですよ?」
慌てた様子で魔法の欠点を伝えてくるコーラルだが、それにも力強く頷きで返した。手段は……ある。俺が悪目立ちするかもしれないという問題を除けば、いくらかあるのだ。空を舞うガーゴイルはこうしてる間にも地上に向けて魔力光を放っている。迎撃と回避は続いているが、それでもいくらかは当たってしまう。このままでは被害が増える一方だろう。
「大丈夫だ。手段はある」
「どうした、ファクト。奇跡の算段はついたのかな?」
騎士はイリスからどこまで聞いているのか、何かを期待するように近づいてきたこちらに視線をやりながらも手の武器を振るうことをやめない。
「声を届かせる手段はあるか?」
「あるとも。どこに、誰の声を伝える?」
俺の短い問いかけに、騎士はきっぱりと答えた。魔法か、遺物か……どちらでも、構わない。
「彼女の、コーラルの声を。そして、その後起こることに従わせられる人の声を」
「ならば私が後のほうは行おう。これでも指揮権は持っている」
力強く答えた騎士は、すばやくコーラルの元へと駆け寄り、懐から何か拳大の物を取り出す。それは一見、ワイヤレスのマイクのようなものだった。もしかしたら元プレイヤーが作った物なのかもしれないな。
「これに力を込めて語りかけろ」
「よし、流れはこうだ。まずは彼女が使える浄化用の魔法を各所にいる魔法使いに伝える。その後、なぜか人員の手元に出てくる武器にその魔法をかけ、倒す」
俺は乱暴に手順を伝え、コーラルと彼、2人に伝達を依頼する。果たしてこの道具越しの声で魔法を覚えさせるということがが成功するかは未知数だがきっと大丈夫。精霊が……味方してくれるだろう。
「ほう……奇跡はいつ起こるかわからんものだと思っていたがな。それはいい。方法があるのならば問題は無い。まずは私が」
言って、彼は戦場へと語りかける。
曰く、
・状況を打破する手段がある。
・次に続く魔法使いの声を聞き、魔法の使い方を覚えろ。
・この後に何があっても驚くな。そして、やるべき事をやれ。
俺としてもこれで伝わるのか、少し不安だったが、彼は有名人なのか、大きな混乱は起きなかった。続けてコーラルからの伝達の後、乱戦の中でも聞こえるほどの声量であちこちで魔法の詠唱が響く。
「あの魔法使いはこの近くにいたんじゃな」
行動を共にしていた初老の冒険者がそうつぶやき、コーラルから教えられた魔法の準備をするようにつぶやく。ほのかに光るその手の中の武器、成功だ。
「よし、伝わったぞ? さあ、どうするのだ?」
どこか興奮した様子の彼の視線を受けながら、俺は目を閉じる。
(そのまま実行したのでは足りない!……感じろ!)
前のようにマテリアルドライブを実行したのでは範囲も効果時間もたいしたことは無い。俺は意識を広げ、人の、精霊の気配を読み取る。
「がんばってください……」
そっと、コーラルが俺の手をとりつぶやくのがわかる。感じるつながり。全ては精霊に連なり、精霊は全てにめぐる。それは人同士だって同じだ。
(……掴んだ!)
「廻る精霊の恵み! 制限開放・武器生成!《マテリアルドライブ》」
叫びながら開いた目は白い光の奔流に、精霊があふれる姿を幻視した。そのまま脳裏でスキルの実行結果をイメージしながら魔力を注ぎ込む。それは禍々しい地面の雰囲気を押し流すように戦場を満たし、俺に最後の一手を繰り出す力を与えてくれる。
(作り出す物は槍!)
俺の、近くの冒険者の、そして恐らくは離れた場所にいるジェームズやクレイの手元にも。作り出される白い槍。
――ホワイティア
MDにおいて、マテリアル教の教会で貢献度のようなもので交換、あるいは製法を教わることで特殊なアイテムを素材にして作り出すことで手にすることができる武器だ。通常の使い道としての武器のランクは低い。儀礼用というべきランクの強さしか持たないのだ。だが、この武器の真価は投擲時に表れる。
スキル名、━想いの一投━。使えばアイテムとしては消滅することになるが、効果は絶大となる。貫通効果をもち、ここで投げれば後ろのほうまで巻き込んでいくことだろう。そして地竜のような特定の相手や、ユニークボスの類には効かないが、効果はHP100%ダメージ。つまり、確実に倒す。一人では上級ダンジョンになど行けない俺のいざというときの一手の1つ。
ドロップ無しというゲームのアイテムとしては致命的なデメリットのため、イマイチなネタアイテムだ。それが今、戦場の全ての人間の手に渡る。
「魔法を! そして」
「唱えよ! そして投げろ!」
俺の言葉を途中でさえぎり、騎士の声が戦場へと響き渡る。届く詠唱の声、そして……。
あっけなく、戦場から音が消える。空に、大地に白い光が走り、当たった相手はその身を消滅させる。それはまるでアニメで見たSFのビーム兵器のような、派手な光景だった。周囲に舞う、なじみのある光。スキルの効果と魔法の効果が合わさり、一撃で倒された上、精霊は開放されたのだ。無数のモンスターを倒したことで、多くの人間がレベルアップを果たした光景でもある。
「ありがとう。よくわかったな?」
「何、私とて無駄に武器を振るってるのではないからな。驚いたぞ。アレは教会の儀礼の際に稀に受けることのできるモノだろう?」
興奮しつつも探るような騎士の言葉にはあいまいな笑顔だけを浮かべ、握手を交わす。まだ残敵はあるかもしれないが粗方片付いた。嫌な気配もいつの間にかない。撤退したのか、一気に消滅したのか……微妙なところだ。
「いや、多くは聞くまい。奇跡は起きた。それでいいのだ。後はなんとかしてみせよう」
騎士はそういい、口元に拡声器もどきを持っていくと叫ぶ。奇跡は起きた。我らの勝利だと。勝利の雄たけびが、戦場を満たした。




