061.「戦いの狼煙-7」
戦場に響くモンスターと人間の怒声に悲鳴。俺は横から回り込もうとする集団にコーラルと混ざり、後ろから投石や自らの枝を飛び道具にするウッドゴーレムに攻撃をしかけようとしていた。巨体が邪魔で俺の動きが他の人間に見えにくいというのも選んだ理由だ。
「薪にでもなってろ!」
コーラルら魔法使いにより、炎系統の魔法を浴びて狂ったように暴れるウッドゴーレム。そこへ大きく跳躍し、攻撃方法の源となる人間で言う手にあたる部分を上段から真下へと振り抜いた剣でばっさりと切り落とす。多少近くで暴れて俺にぶつかろうが大したダメージにならないどころか、皆無だ。この程度では、痛みにもならない。柔らかいウレタンの棒で叩かれているかのようだ。
視線の先では、木とは思えない妙に質感のある手ごたえと共に、大きな音を立てて切り取った部分が落下し、動かなくなる。特別柔らかいってわけじゃなさそうだな。それが周囲の注目を集めたのか、いくつもの殺気らしきものが俺のほうを向き、周囲にいたウッドゴーレムがその体を独特の動きで揺らす。
(あれは、飛ばしてくる!)
その動きは人の体などあっさりと貫く鋭い枝の槍とでも言うべき飛び道具の予備動作。その数は多く、1匹からくるものでも防ぐのはなかなか困難だ。今向かい合っている俺はともかく、それ以外のメンバーはそもそも飛来してくることすらわからないことだってある。
避けろと叫ぶことが頭をよぎるものの、目の前で他の敵と戦っているのにそうそう他の攻撃を避ける余裕などありやしない。こちらの面々とて、盾を持っていない人間もいる。
(こうなったら! ちょっと目立つが……)
今からやることは、この前兄妹を助けたのとある意味同じ手段。周囲に漂う、蹂躙された大地や林の中にいたと思われる緑色の精霊の力を借りての手段! 持ち手のいない守り手を産み出そう!
「今から盾が出てくる。構えろ!」
ウッドゴーレムの攻撃をどう防ごうかと悩んでいる様子の近くの冒険者たちに大きく声を張り上げ、俺はスキルに集中する。今度は守る人数は数人ではすまない。見渡す限りの……だ。持続時間は極力減らして他の部分へと魔力を分配する。ゲームじゃ自分にドロップも来ないようなこんなこと、めったにやらなかったがやってやれないことはないはずだ。
ついにウッドゴーレムの目が赤く光る。後少しでそれは放たれるだろう。人間の肉体を貫く無数の槍。だが間に合った!
「盾生成!!」
一度の詠唱で、一か所に集まった無数の盾、という物が出来上がる。そして同じスキルを何度も叫び、いくつもの壁を作り出す。まるで川の流れを遮るように、大きな盾がモンスターと人間との間に生み出される。
突然目の前、もしくは手の中に生まれた重量に慌てるものの、それは普段が命がけの冒険者。理由は後回しとでもいう動きで生まれ出た盾を構え、自らと仲間を守るような位置に動く。ちょうどそのとき、弓矢のような風切り音をたて、かなりの数の枝が飛び出してきた。全てを防ぎきることなどはできなかったが、動作を見越して各人回避したり、構えた盾で受け止める形で事なきを得る。
はじかれた音は無く、ズブリと刺されるような音。それは盾に突き刺さった相手の攻撃が生み出したものだった。俺が作り出した盾は木製といっていいタイプ。完全に防ぐようなものでは、どこにはじかれていくかはわからない。突き刺さり、威力を殺せるようなものが必要だったのだ。
「今のは……?」
「精霊の守りは我々と共にある! 正しく力を使う我等に祝福があったのだ!」
誰かの呟きを始まりとして、近くに広がる衝撃。さてどうしたものかと思案したときに、1人の声が届く。その背後からの声に振り返れば、身なりの良い、騎士と思わしき一団。その先頭にいたリーダー格と思わしき人物が叫び、部下であろう幾人もの兵士が敵へと突撃していく。どうやらうまく使われたようだが説明の手間が省けたので丁度いい。妙に力のあったその声は周囲の動揺を収め、待ったの無い戦闘がそれ以上の混乱を押し流していった。
「教会の連絡がうまくいってるみたいですね」
「いや、それだけではないな。君がファクトか? イリスから色々と聞いているぞ」
「隊長! 指揮官が馬から降りた上に1人で移動しないでください!」
息を整えるためにか、俺のそばにやってきたコーラルがそう声をかけてくるが、後ろからの声に驚いて俺の後ろに引っ込んでしまう。まあ、年頃らしい人見知りの仕草ってところだな。その声の主が、こちらへと歩み寄ってきたかと思うと思ってもいなかった名前を口にした。ついでに、追いついてきたもう1人の言葉が、彼の立場を教えてくれる。
「イリス? 元気に……ってそれどころじゃないな」
「そういうことだ! まずは終わらせてからだな!」
騎士は若く、20台前半と思わしき青年だった。力強い動きと共に振るわれる両手剣はオークを武器ごと押し返していく。俺もまた、手薄になりそうな場所へと飛び込みその手助けをするのだった。
しばらく後、俺は一緒に行動していたメンバーの武器交換や、休息のために一度後退していた。1度前線から下がって戦線を見渡すと、人間側にも相応の被害は出ているのがわかる。
自分の足で後退するもの、運ばれるもの。……倒れているもの。だが、このまま行けば人間側の勝利で終わるだろう。
「戦いって……」
小さくつぶやいたコーラルの顔は険しい。何か声をかけようかと思案したとき、彼女だけでなく、一緒にいた冒険者の何人かが体をこわばらせる。戦場に、風が吹いた。ひどく生暖かい、嫌な感じだ。
(ん? 何か……なんだアレは?)
皆の視線の先、戦場の上空。今はまだ黒めの雲、と言った様子だが明らかに異質だ。何かが、おかしい。そこからこの風は吹いている……のか?
「よくわかりませんけど、嫌なものがアレに向かって上っていっています」
「ワシは見たことがある。確かアレは何かの召喚用の儀式だった」
誰もがよくわからない光景に驚く中、一人の初老というべき冒険者の男性が、含蓄を持った言葉でその正体の一片を語った。あれだけの規模で何を召喚しようというのだろうか? それに、あれに感じるのは良くない物だ。
怒りだとか負の感情だけでなく、意識ある者の感情というものは集まると何かしらの力を持つ。それはお祭りの熱狂であったり、戦場の狂気であったり、喜びの催しだったり。何が呼び出されるかはわからないが、放っておいても良い物ではないだろう。
「ワシが見たときは、大地が死霊で埋め尽くされておったよ」
そのときはたまたま、英雄の集団がおったがな、とつぶやき、男性は武器を構えなおした。俺は双眼鏡もどきを取り出し、雲の真下辺りに見当をつけて見る。これだけの規模だ、魔法使いも相当な人数が……いた。
「いるな……何かが杖を振ってる。10……もっといるか」
既に黒いオーラが周囲に漂っており、姿ははっきりとはわからない。だが結構な人数のモンスターがこの状況を生み出しているのは間違いない状況だった。
「……行こう」
誰とでもなくつぶやかれた声に、俺の足も動き出す。いざとなれば消耗品の攻撃アイテムをばらまいたり、ポーションをがぶ飲みしての無理もしないといけないかもしれない。一番の懸念は、ゲーム時代にはあんな光景は記憶にないことだった。この世界には俺の知らないゲーム上の仕様だったことと、ゲームにはなかったことが混在しているように思えた。
(マテリアルドライブは一回限り。どこだ、どこで行く?)
「コーラル、そっちの少年も」
俺は走り出しながら、恐らくは切り札を切るシーンが来る事を感じ取っていた。でもそれは今じゃない。ならば時間を稼ぎ、状況を変化させなくてはいけない。そう思って腰のベルトと、外套の内ポケットに下げていたポーション、以前彼女にも飲んでもらったことがある魔力回復用のソレを無造作に投げ渡す。
「これは金貨でようやく買えるかという……いえ、今はそういう話ではないですね」
受け取った少年は思った通り魔法使いだったようで、一息に飲み干した後、その回復具合に驚いているようだった。少しでも魔法の援護があればいい、そう思ってのことだったがそれもずっとというわけにはいかない。どこでどう動くか、よく考える必要がある。
そして、俺たちが戦場にたどり着いたとき、輝いていたはずの太陽は――黒雲に覆われた。
どこからか聞こえる高笑い。それはあのモンスターのものなのか、情景が生み出した幻聴なのか。どちらにせよ、形勢に変化があったのは間違いない。
オークが、ウッドゴーレムが、相手が立ち止まる。瞬間、何かもやのようなものに覆われたと思うと現れたのはぼろぼろになった肌、うつろな瞳、禍々しい空気をまとった相手。
とても生きているようには見えない。立ったまま死んで……そして不死者となったように見える。
(なんだこれは……こんなことが!?)
俺の知らないことがあるだろうという覚悟はあっても、予想外過ぎる光景に俺も言葉を失った。
「馬鹿な! 生きているものが不死者になるだと!?」
騎士、俺のフォローを先ほどしてくれた青年が驚愕の声を張り上げる。当然のことだ。死体がよみがえる。これ自体はそう突拍子の無いことではない。確かに、この世界にはアンデッドやその類はいるのだから。
だが、意識もある上に、致命傷を負っているわけではない相手がそのまま変化するなんてことは、聞いたことが無い。そんなことが可能なら、危険を冒さずとも相手を暗殺できるような物だ。
「見ろ! 他にも!」
叫びが指し示すのはこれまでに俺たちが倒してきたモンスターの死骸が転がっている方向。現在、本来ありえない……生きていた相手がそのまま不死者になるという状況が発生した。ならば、本来ありえる相手は?
俺の考えを肯定するように立ち上がる影はゆらりと動き、ぼろぼろで今にも千切れそうな体を動かしてゆっくりとだがこちらに動いてきた。
「ひどい……」
(効率的……ではあるのだ。間違いない)
ひどく震えるコーラルの声を聞きながらどこか冷静な頭が現状をそう評する。今のところ、人間側には被害が無いが敵を倒し、味方が倒されとなれば……恐らくはどちらもが不死者となる。残るのは自分の勝利のみ。
だが、こんなことができるのは相当に力を持った特定のモンスターだけのはず。この場にはそれだけの気配は感じない。迫る不死者へと構えながら、俺は原因を探していた。




